鉄壁の少女 | ナノ

6-2



 自分が緊張した面持ちで立っている自覚はある。すれ違う人々が、「あの子迷子? とても引きつった顔して大丈夫かしら?」みたいな視線を送って去っていくが、あながち間違ってはいない。……迷子ではないけれど。
 私は、杜王グランドホテルを見上げた。承太郎さんが泊まっていると考えるだけで、この建物自体が威圧を放っているように思えてくるから不思議だ。気のせいか「ゴゴゴゴゴゴッ……」っていう音が聞こえる。
 深呼吸をいくつかして、いざ、出陣!

「遅かったな」
「うわああァァア――ッ!? 承太郎さんだァ――ッ!!!?」

 意外! それは承太郎!
 まさかホテルに入ろうとしたところに承太郎さんがスタンバイしていたとは思ってもおらず、私は驚いて思いっきり叫んでしまっていた。はっと気が付いて口を押えたが、全く意味をなしていないその行動。うう、穴があったら入りたい気分。
 口を押えたまま謝ると、承太郎さんは「いい」との一言。本当にすみません。彼について行ってやってきたのは、彼の宿泊している部屋だった。高級ホテルなだけに、とても広くて豪華だ。部屋のソファに腰掛けるよう促され、私は遠慮がちに座る。向かいの席に、大きな彼が座った。

「あ、あの、見てもらいたいノートがあるんです」

 いつまでも本題に入らないというのは、好きじゃない。承太郎さんにもお時間を頂いている身なので、さっさと終わらせなければ彼に迷惑がかかってしまう。それにしても、彼は部屋の中でも帽子を被ったままなんですね、でもカッコいいです。
 バッグからノートを取り出し、彼に渡す。彼は、パラリパラリとページをめくり、ざっと目を通すと私を見た。

「今まで体験してきた事をもとにして、「奴」の能力を推測してみました。……その、有力なのかは、判断しかねますが……」
「……よくまとめてある。ここまで、客観的に観察できたのは評価に値する」
「あ、ありがとうございます……たぶん、心強い友達が周りにいるからですか、ね」

 笑ってみたけれど、多分引きつっている。がっちごちに緊張しているから、無理もないんですが、ね!

「……「ストーカー野郎」がまさか複数人操る事ができたとは、予想外だ」
「多分、そこは油断させようとしているんだと思います。「奴」のよくある手口です」
「ふむ……」

 もしかしたら、町にいる人全員が操られているかもしれない。今日、ここまで送ってくれたタクシーの運転手か、すれ違った人々か、ホテルのフロントに立っていた受付の人か、それは全く見当もつかないし、見分けようもないけれど、私には、「奴」の気配がわかる。
 因縁なんだと思う。強い、因縁が私と「奴」をつないでいるのだ。決して切れる事のないだろう、どちらかが倒されるまで続く、永久の因縁が――

「あ、電話?」
「ん?」

 電子音が部屋中に鳴り響いている。承太郎さんは取らないのだろうか、私の顔を不思議そうな表情で見つめている。そんなに見つめられると私、穴が開きます。
 ちょっと喧しいので、承太郎さんに「電話、取らないんですか?」と尋ねる。すると、彼は怪訝そうな表情を浮かべたまま何も言わない。私は、仕方なく電話を探した。あたりを見回すと、すぐに、ホテルに設置されてある電話を見つける事が出来た。しかし、これではない。他の、別のところから鳴っている。

「あの、承太郎さん、そこの以外に他に、電話ってありますか?」
「君は何を言っているんだ?」
「へ?」
「電話なんて一台も鳴ってなんかいない」

 うそ。私はそう思わず口にしていた。だって、今なおこの部屋に鳴り響いているのだから、彼の耳の方を疑ってしまう。
 確かに、確かに聞こえるんだ。「音」が、確かに、この部屋の中で、ずっと誰かが出るのを待っている。本当に聞こえるんだ。そう、承太郎さんに伝えようとした時だ――

「ッ――!?」

 私は、背筋に悪寒が走るのを敏感に感じ取った。体が自分でもどうしようも出来ない程小刻みに震え始め、自衛するかのように両肩を抱いた。そんな私の異常な状態を見て彼は何かを察したのか、素早く椅子から立ち上がると鋭い眼で部屋を見渡す。

「く、る……」

 知らせなくちゃ、目の前のこの人に、知らせなくちゃ。
 私はただ一つの使命感を抱いて震える声で叫んだ。

「「あいつ」がッ、もうすぐ近くまで来てッ――」

 部屋の窓ガラスが私の叫びをかき消すかのように一斉に割られ、扉も勢いよく蹴破られる。私は、まるで時を止めたかのように素早く動いた承太郎さんに抱えられて窓から引き離された。部屋の中央に追い込まれる形となってしまった私たちの前に、沈む太陽を背負った一人の青年と、黒いマスクを被った少年少女達が立ちはだかる。
 青年は爽やかな笑みをたたえ、私たちを見ていた。まるで音楽のコンサートにでも行ってきたかのような服装に、私は注目してしまう。
 電話は、延々と鳴り続けている。まるで、それが一つの音楽になっているように、鳴り続けている。

「こんにちは……いや、もうこんばんは、かな? 初めまして《西尾 紀正》といいます。空条承太郎氏と山吹桔梗氏のお命を貰いに来ました」

 何故だ。私は思った。
 彼、西尾と名乗る青年は「奴」の気配が濃いように感じるにも関わらず、「奴」の口調とも動きとも全然違う。まだ、彼の意識の奥に隠れているというだけなのか。そもそも、そんな風に出来るのか。くそ、分からない。
 けれど、今のスタンドも自由に使えない私には、近くに「奴」が居るという事実だけで十分だった。それだけで、足が竦み、心臓は早鐘のように打ち、全身からは脂汗が噴出してきている。呼吸だって少々乱れており、あと一歩間違えれば過呼吸に陥るほどだ。

「さて、空条氏に近づくのは危ない。時を止められて一網打尽にされるのは非常に困る……そこで、だ」

 西尾は後ろ手に組んでいた手を前に出す。その彼の、ピアニストのような綺麗な手に握られていたのは、何十本というよくディナーに使用されるナイフだった。それは彼だけでなく、覆面をした少年少女達もどうように持っている。一体そんな数のナイフをどこで仕入れてきたのか。
 一方で、その彼らの武器を見た承太郎さんは、物凄く嫌そうな顔をしていた。昔、ナイフ関係で何かあったのだろうか。

「《強化》したこいつらの投げるナイフをどれだけ防げるかなァアアア――ッ!!!?」

 承太郎さんと私を取り囲む敵は一斉に何十本というナイフを投げた。

「《スター・プラチナ ザ・ワールド》」

 承太郎さんの声か、彼のスタンドの《スター・プラチナ》の物かは分からなかったけれど、そんな声が聞こえていた気がする。けれど、気が付いた時には視界が真っ暗になっていて状況が全く飲み込める状態じゃあなかった。

「じょう、たろう……さん?」

 心臓の音と肩を掴むゴツくて大きな手で、漸く私は承太郎さんに抱えられていた事に気が付いた。顔を上げた時、一番に目に飛び込んできたのは体に鋭いナイフを突き刺されたまま血を流して立つ彼の姿だった。私は、愕然としてしまった。
 不敵な笑みを浮かべて立つ西尾と、床に散乱するナイフや承太郎さんの血、そして覆面達の不気味な笑声によって全てを悟る。私の所為だ。彼が、動けないノロマな私なんかを庇って――

「いいねえ、男だねえ……そのまま男らしく散ってくれ」

 西尾は冷ややかな笑みを浮かべたまま冷酷無慈悲な言葉を落とす。彼の言葉が落ちたと同時に、承太郎さんの体もグラリと傾きそのまま床へ沈む。彼を中心に広がるモノは、モノクロになってしまった私の視界に禍々しい程に赤く映った。

「あ……ああ……」

 血の気が足から床へと流れ出ていくような感覚だった。動かない彼に、私は、「彼ら」を重ねてしまう。――ああ、まただ。また、自分は何も出来ずに失う。
 「奴」の耳触りな高笑いが聞こえる気がする。狂ったように目まぐるしくその声が私の脳髄で延々と響く。

(ああ、こんな事になるなら)

 最初から、私なんかいなければ良かったんだ。そうすれば、彼も、みんなも、こんな面倒な奴を相手しなくて済んだのに――
 気が付けば、私は近くに転がるナイフを手に取っていた。

 ――私さえ、死ねば。

 ――全て、まるく収まるんだ。

 震える手でナイフを握り、切っ先を自分の首へと向ける。
 今まで迷惑をかけた償いがこれで全てチャラにできるとは思ってはいない、けれど、これでこれ以上迷惑をかける事はないだろう。

「ごめんなさい」

 自分でも笑ってしまうくらい掠れた声だった。
 私はナイフを握る手に力を込めると一気に己の首へと突き立てる。
 電子音は、いつの間にか何かの曲を奏でる様に鳴っていた。


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