鉄壁の少女 | ナノ

6-1



〜第6話〜
少女、力の解放を望む




 唐突に部屋で鳴り響く発信音に、青年は鬱陶しげな表情を浮かべたのちに写真を置いて、物をとった。

「……もしもし?」
「お前が《嬬恋 晃》か?」
「そうですが」

 とった受話器から聞こえてきたのは、男の声だった。少年にとって、それは聞き覚えがある声だった。そう、その声は確か――

「ああ、君は「電気野郎」……《レッド・ホット・チリ・ペッパー》の本体だね」
「俺を知ってんのか」
「別に、君の正体なんて知らないし正直どうでもいいさ。僕はさっさと消さなくちゃならない奴がいて忙しいんだから構わないでくれ、それじゃ――」
「まッまて! いや、待ってくれ……俺と取引して欲しい」
「取引?」

 余りの無頓着で一方的な言葉に相手は予想外だったのか、上からの物言いが突然、下へと回ってきた。少年は、聞いてやるくらいなら、と静かに男の次の言葉を待つ。

「ああ、お前、《空条承太郎》と《東方仗助》が邪魔なんだろう? 俺は奴らを町から追い出したいんだ」
「……違う」
「え?」
「俺は《追い出したい》んじゃあない、《殺したい》んだ」
「……」
「まあ、でも……彼らが「邪魔」という点では、僕と君は共通の目的を持っている……いいよ、取引しよう。同盟を組もうじゃあないか」
「ああ、だが、俺たちはお互いに必要以上には干渉しない……顔も見せないし居場所も教えない……けれど、俺たちは「能力」さえ合わせてくれれば十分、そうだろう?」
「そうだね……で、取引の内容は?」
「ああ、俺は才能のある奴を《スタンド使い》にできる「弓と矢」を持っている……こいつで今、一人射抜いた。そいつは生きてる、スタンド使いになった。あんた、スタンド使いは操れるか?」
「ああ、もちろん。なんだい、君、僕の能力を知っているのかい?」
「「操る」っていう事だけな。それ以外は知らないし、もしあんたの能力を知らなけりゃこんな取引持ちかけねーさ」
「それもそうだ」

 「電気野郎」は、おそらく少年の目的も知っている。その目的に、どれだけ執着しているのかも。だからこその取引、だからこその同盟だ。相手はスタンドで実りある生活を送りたい、対して少年は「彼女」をわが物にしたい。互いの目的の為に、「空条承太郎」とその彼に協力する人間は邪魔な存在だ。
 邪魔なものは、排除するのが常。だからこそ、少年――否、「嬬恋 晃」は「電気野郎」に力を貸す。すべては、《彼女》――「山吹 桔梗」を手に入れるため。


 * * *


 いろいろあって忘れていた、ノートの存在。仗助君には話したけれど、まだ承太郎さんに相談していなかった。康一君と由花子さんの騒動でどうにもウヤムヤになってしまっていた。一応、ノートは未だに私のバッグに眠っている。

「……」

 黒板に書かれた数式と、先生の解説をさっさかノートにとりながら、私は考える。できれば相談は早い方がいいだろう。承太郎さんに会うにはどうすればいいのだろうか、不意に考えてしまう。場所は知っているがいきなり尋ねるのも失礼だし、かといって連絡しようにもその連絡先を知らない。
 仗助君に聞いてみるしかなさそうだ。
 私はチラリと隣の席にいる仗助君へと視線を移す。彼は、見事なリーゼントを崩す事なく、いい具合に机に伏せて居眠りしていた。……寝顔、可愛いな。
 いかんいかん、見惚れている場合じゃあなかった。私は授業に集中しようと躍起になった。となりでは、まるで天国にいるかのように気持ちよさそうに寝ている仗助君がいるが、決して今度は視界に入れない。絶対に入れてなるものか、入れた瞬間、私も彼の後を追ってしまう事になりかねないッ。
 ああ、でもやっぱ可愛いからついつい――

 ――私の格闘も、授業が終われば終了。漸く誘惑が去って、ほっと一息をつくと、おもむろに隣の仗助君が起き上がる。

「あれ、もう終わってたのかよ」
「今日も爆睡だったね」
「だってよォ〜〜あんなん聞いてられるかあ〜〜? 起きてちゃんとノート取ってるのなんておめーくらいだぜェ〜〜?」
「それはな――」
「山吹さぁ〜〜んっ、今日の数学のノートうつさしてェ〜〜」

 仗助君と会話していると、ようやく顔と名前が一致し始めてたクラスメイトが数人、お供を引き連れてやってきた。隣の仗助君を見ると、「ほらな」という表情を浮かべている。
 やってきたクラスメイトは、「爆睡しててとってないよテヘペロ☆」な顔をしているのでちょっとムカっと来たが、別にそれ以外なら断る理由なんてない。さっきのノートをせかせか渡してさっさと退散させました。

「あとで俺にも写させてくれ」

 ぱん、と手を合わせてお願いして来る仗助君は可愛いから喜んで貸します。

「うん、いいよ」
「さすが桔梗ゥ、グレートだぜェ〜〜」
「どうも。……あ、そうだ、私も仗助君にお願いがあるんだ」
「おう、なんだ?」

 承太郎さんと連絡が取りたい事とその理由を説明すると、彼は二つ返事でおーけーしてくれた。

「アポとれるかなあ、承太郎さん忙しそう、なんか」
「大丈夫だと思うぜ? あの人の優先順位は《スタンド関係》だし」
「そっかー。ならよかった」

 その日、私は仗助君のお宅にお邪魔して、彼が承太郎さんに電話をかけて代わるのを待つ。その間、彼のお母さんである朋子さんが帰宅してきて、挨拶をすると、綺麗なニコニコとした笑顔で「いらっしゃい」という歓迎の言葉をもらいました。仗助君も仗助君ながら、朋子さんも朋子さんで綺麗だよなあ。
 朋子さんとは、引っ越してきたその日に挨拶へ行ったので顔見知りである。彼女は何だか意味深な笑みを浮かべて仗助君を見たが、彼女の表情の意味をくみ取れたのは見られた彼本人で、私は一向に把握できず。朋子さんは表情をキープしたまま台所へと入っていった。

「ほらよ、桔梗」
「ありがとう――……もっもしもし?」

 受話器を手渡され、ちょっと緊張しながら声を発すると、受話器の奥から承太郎さんの声がした。うわわわっ、耳元っ、イケメンボイスがみっみみみみみ、耳元にっ……――って、落ち着け私!
 平常心をなんとか取り戻した私は未だ、緊張気味な声で受話器の向こうに立っているであろう承太郎さんへ、相談がある旨を伝える。内容は「ストーカー野郎」の《スタンド》について、それとその対策。受話器の向こうの彼は、二言三言質問してきて、私がそれに答えると二つ返事で了解してくれた。

「大丈夫か? 学校からホテルまでだぞ?」
「だっ大丈夫です、その日はちょうど母の仕事が休みなので兄弟の面倒も彼女に任せられますし……それに、周りに人がいる方が、「奴」に情報の漏れる危険が高いですから」
「……そうか、なら、学校が終わったら俺の部屋に来てくれ」
「はい。あっありがとうございます」
「ん」

 そうして、承太郎さんの方から電話が切れた。私は、急に緊張の糸が切れたように安堵のため息を吐くと耳から受話器を離した。だらり、と腕が下がる。ふと、笑声が聞こえて顔を上げれば、口に手をあてた仗助君が必死に笑いをこらえているのが目に入った。

「あ、何で笑うの」
「いっいやさ、おめー緊張しすぎっだっつーの……ブクク」
「しっ仕方ないよ、承太郎さんとワンツーマンで話すのなんてなかったし……電話で畏まっちゃうタチなんです! それと、笑いすぎ!」
「わーったわーった、俺が悪かった」

 全く詫びいれた様子のない仗助君の態度に、どうしても恥ずかしくて顔が赤くなっていく。ああもう、最近分かったけれど仗助君って意外と意地悪だ。紳士な所もあるし、カッコいい所や可愛い所もあるけれど、時折のぞく悪戯精神をなんとかして欲しい。

「俺もついて行ってやろうか?」
「え……ううん、大丈夫。いつもお世話になっているし、さすがにそこまで仗助君の時間を割いてもらうわけにはいかないよ」
「でもよォ、あぶねーぜ」
「大丈夫だって。私、これでも逃げ足だけは速いんだよ!」
「自慢になるのかあ、それ?」
「うっ……足が速いって事だよ」
「体力ねーって言ってたのはどこのどいつだよォ〜〜」
「うっ、ううう〜〜」

 これ以上この場にいたらもっと意地悪されそうな予感がしたので、私は早々に退散する事にします。夕飯の支度があるし、ね!
 赤くなった頬を両手で覆い、適当に言い訳をして私はクルリと踵を返す。目指すは、玄関っ。

「あ、おいおい待てって」
「仗助君が意地悪するから待たないよー」

 そんな茶番をやっていればすぐに玄関前。
 私が靴を履いて玄関の戸を開けて、別れのあいさつでもしようと振り返ると、彼は腕を組んだまま私を見下ろしていた。ちょっと、威圧感がありま……すん。

「気を付けて帰れよー、……隣だけど」
「うん、ちゃんと警戒して帰宅します。……隣だけど!」

 私たちはどちらからともなく失笑した。そして、私は手をふり、仗助君に「また明日」と言って東方家を後にする。彼も、「またなぁ〜」と間延びした声で返してくれた。

 ――また明日。

 私は、この挨拶が好きだった。だって、もう一度友人と会える事が、当たり前だというのを象徴しているかのようだから。「当たり前」だと、教えてくれるこの言葉が、好きだった。
 ウキウキとした気分で私は玄関の扉を開けて「ただいまあ」と一言。すると、兄弟たちが出迎えてくれる。私は、だらしない笑みを浮かべたまま、戸を閉めて、靴を脱ぎ、家へと上がった。


 * * *


 仗助は、桔梗が家に入るのを見送ってから、ふう、と一息つく。彼は、心配で仕方なかったのだ。
 桔梗は、壮絶な中学ライフを経てきたにも関わらず、何かと抜けている。その性格だからこそ思いつめたり、最悪自殺なんてしたりするほど鬱にはならなかったのだろうが、警戒心も薄い。だからこそ、いつ付け込まれるのか気が気でない。
 安全も確認したことだし、今日は大丈夫だろう。そう思って玄関の戸を閉めようとした時だった。

「で、仗助どうなのよ?」

 彼の母、東方朋子がひょっこりと顔を玄関から出して桔梗のいる家へと視線を向ける。その後、怪訝な表情を浮かべて立つ仗助へと視線を移したのち、先ほど、桔梗がいた時と同じような意味深な笑みを浮かべた。

「あ? どうって?」
「にっぶいわねえ〜〜桔梗ちゃんよ、桔梗ちゃん。彼女が来てからずっと一緒じゃな〜い」
「べっつに、あいつと俺はそんなんじゃあねーよっ!!」
「ムキになっちゃってー……いいんじゃない? 料理上手でお世話上手、勉強も出来てなおかつ笑顔が可愛いんだし。仗助にはありがたい子じゃないの」
「だからちげーって。俺とあいつは時間が被ってるから一緒に登下校してんだよ……まあ、確かにあいつは笑うと可愛いけどよォ」
「ふう〜ん、やっぱ気があるんじゃない」
「だっ、だから、あいつと俺は――」
「あ、夕飯の支度しなくっちゃ。仗助、ちゃんと玄関の戸締りしときなさいよー」
「……」

 がっくし、と膝から力が抜けそうになるのを何とか持ちこたえて玄関の戸を閉める。こういうとき、尊敬する承太郎の口癖が思わずポロリと出てしまいそうになる。

(別に、そーいう訳じゃあねーんスよ)

 誰もおらず、誰も心の中を読むわけでもないのにもかかわらず、彼は心の中でいもしない誰かに対して言い訳を募るのであった。


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