鉄壁の少女 | ナノ

5-4



 私が由花子さんと初めて会話をした日の翌日――康一君が行方不明になった。
 仗助君と億泰君から聞いた事なのだが、あの日のお昼休み、四時限の科学の授業が終わって康一君はそこの掃除当番で掃除をしていると、由花子さんがたった一晩で編み上げたセーターとお守り、そして、手料理の豪華な弁当を作ったのを持って現れたのだそうだ。
 康一君のクラスの委員長の女の子が、彼の掃除を見に来て手伝うとその日に彼女は由花子さんに呼び出され、丸焼けになりそうになったそうな。なんでも、火のついた真っ黒な髪の毛が彼女に絡み付いていたそうだ。私はゾッとした。もしかすると、一歩間違えれば私も彼女のようになっていたかもしれないのだ。その委員長だが、億泰君の《ザ・ハンド》が髪の毛を全部削り取ってしまったので一命は取り留める事が出来たらしい。禿になってしまったが――。

 三人は相談して、由花子さんに、幻滅してもらおうと思い、康一君が「最低な男」と思わせるように仕向けた。しかし、その作戦は失敗に終わり、現在に至る。たぶん、由花子さんは、康一君をどこかへ攫って拉致しているんだと思う。彼女、めちゃくちゃプライド高いと思うから、「私が見合うような男に育てたげる」とか言ってそう。
 康一君の家はそこまでまだパニックにはなっていないが、警察に通報するだとか。ああ、早くしないと事が大きくなってしまう。そうなると、由花子さんも康一君も互いにいい事なんかない。

「俺責任感じるぜー。まさか死んでるって事はねーだろーなーっ」
「ふっ不吉な事言わないでよ億泰君っ!」
「億泰、まだそれはねーと思うぜーどっかに監禁されてんだぜ……もっとも、早く探しださねーと――」
「探し出さない、と?」
「生死にかかわる事になるかもしれねーがよ〜〜っ」
「うわあああ、だから怖い事言わないでよォ〜〜!」

 考えたくない考えたくない、と私は頭をぶんぶん振った。視界がめちゃくちゃ揺れた。……馬鹿だ。

「康一の野郎はよおー《エコーズ》を持ってるぜ!」
「ああ、だが《エコーズ》の射程距離は50mくらいだぜ。気を失ってるか……周りに人が住んでねーとこに連れてかれただなあ〜〜その辺から居場所を推測すっか〜〜」

 そういえば、仗助君て意外と頭がキレる。これは嫌味じゃなく本心だ。不良イコール頭悪いっていうイメージが強いから、そんな偏見を持ってしまうんだろうなあ。彼らも、見た目も言動もちゃらんぽらんだけれど、きちっとする所はするし、なによりさりげなく紳士的だ。

(康一君、無事でいてくれればいいけど……)

 その日のスクールライフは、ちょっと生きた心地がしなかった。
 夕方ごろくらいだろうか。夕飯の支度をしていると、突然仗助君がやってきた。吃驚している私と兄弟たちをよそに、彼はエプロンをつけようとしていた私の腕をとって家を飛び出す。そのまま、彼は億泰君のもとへと走った。

「じょっ仗助くん、どう、したっ、のっ!?」

 息切れしながら尋ねると、「康一から電話があった」という答えが返ってくる。

「多分、《エコーズ》だ。誰かが公衆電話あたりを使ってるトコにプッシュ回線の音を出して俺んちにかけたんだぜ!」
「ええっと、波の音が聞こえたんだっけ!?」
「ああ……海のそばで、監禁できる場所があるとすりゃあ杜王海岸沿いにある別荘地くらいだぜ〜〜」

 走りながらは本当にきっついです。仗助君が手を引いて走ってくれてなかったら完全に足を止めてしまっていましたよおおーっ。
 億泰君とも合流して、私たちは次にタクシー乗り場へと走った。タクシーをつかまえ、目指すは杜王海岸にある別荘地――

(どうか、無事でいて、康一君っ)

 巨人兵二人の間に小さくなって挟まりながら――運転手のオジサンが、物凄く驚いた表情で私を凝視した事は見なかった事にする――、必死に祈った。


 * * *


 大方、10分か20分くらいかかっただろう。漸く、別荘地へとついた私たちだったが、そこからが結構大変だった。ここまで来たものの、別荘はたくさんある。一つ一つ確かめなくてはならなかった。
 電話ボックスからかけてきた事と予想した私たちは、まず、その近辺から捜索する事にする。私は、バックンバックンと緊張で煩くなっていく胸を押さえた。下手したら、心臓が胸を突き破って出てきてしまうのではないかという程だ。
 もし、もしも、康一君の身に何かあったら……私は、由花子さんを恨んでしまうかもしれない。大事な友人が死んでしまったら、きっと、一生許せなくなる。だって、もう、せっかくできた大事な友人を、失いたくない――

「っ!! 二人とも、今の!」

 泣きそうな私の耳へ入ってきたのは何かが物凄い音で壊れる音だった。それは、二人の耳にも入っていたようで、音の出所を探す。――それはすぐに見つかった。

「おい、あの家じゃあねーか!?」
「なんかの冗談かぁ〜、あそこの家がなんかに巻きつかれて真っ黒になってるぞ!」
「あ、あああ、あれっ、髪の毛じゃない!?」

 億泰君、仗助君、私はそれぞれ三者三様の率直な感想を述べる。真っ黒になっている家には、よくよく目を凝らすと不気味に蠢く黒い糸のようなのもが絡まっているように見えた。私達は、その家に向かってひた走る。――ふっ二人とも、走るのが、速いッ、速すぎるぞッ!!

「おい、あれ康一じゃねーか!?」
「むッ! 本当だ、康一だ!」
「えっ? へっ? どっどこ!?」

 大きな二人が前に出ていて正直前が全然見えないっ。おまけにだんだん体力の差か、おいて行かれ始めたぞ。ちょっと待てえぇぇええいっ貴方たちいいいいっ!!

「おーいッ、康一! お前無事か!」
「大丈夫か!? 康一!」
「仗助君! 億泰君!……くんのが遅いんだよもー!」

 誰か私の心配をしてください、酸欠と疲労で死にそうです。
 ようやく、私も三人のいるところに追いついて、一息をつくことができた。

「だッ大丈夫、桔梗さんッ?」
「……康一君の優しさに今にも泣きそうです」
「ええ!?」
「体力ねーなあー桔梗はよォー」
「億泰君、君と私の体格差考えて、足のリーチ考えて!」
「こんだけ言えりゃあおめーも大した体力の持ち主だぜ」
「仗助君、それ褒めてる? 貶してる? っていうかこのやり取り別の形でやった覚えあるんだけどッ」

 膝に手を付きながら私は息を整える。もう、なりふり構っていられませんよ、本当、彼らと付き合っていると、自分の女の子としての嗜みが消え失せていくような気がするよ。

「おっおい見ろ! ありゃ由花子かあ!? 何があったんだ、髪の毛が真っ白だぞ」
「でも、なんだか幸せそうな顔してるね、もの凄く笑顔だよ、こっちを向いてさ」
「え!?」
「ほっ、ほんとだぜ〜〜ありゃ不気味だあ〜」
(酷い言われようだ、由花子さん……綺麗なのに)

 ある意味仕方ないか、と苦笑してしまう。

「ヒッヒエェェッ! はっ早く逃げようッ! 助けて仗助くーん!!」
「おっ俺に頼るな……」
「まず家に帰ろうよ、康一君のお家の人もすっごく心配してるだろうし」

 青い顔をして仗助君に飛びつく康一君の肩を叩き、言えば他二人も賛成だ、と頷く。
 四人で、物凄く狭くなったタクシーに乗り込み、康一君の家へと向かった。その間、彼の《スタンド》の《エコーズ》が成長して、形状が再び変化した事を話された。以前よりもスピードが上がり、さらに、しっぽの先が文字に変化してその文字に触れた者に「文字」に応じた効果を体感させるらしい。文字を操るという点では変化はない。彼は、この《エコーズ》を《エコーズ ACT2》と名づけたそうだ。

 そんな大波乱があった翌日、康一君の英文法試験は「100点」だったそうだ。


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