鉄壁の少女 | ナノ

5-3



「あたしの事、嫌いですか?」

 物陰に隠れる私たちは、「おお!?」と声を上げる。ついにくるか、決断の時が!
 わくわくとしながら三人で身を乗り出して康一君の答えを待つ。しかし、この場は私たちの思い描いたゴールへと進む事無くピリオドを打った。いや、これは終わりではなく、彼と彼女の「スタート」だったのかもしれない。
 答えを、唐突に迫られた康一君は狼狽する。それもそうだ、康一君はこういう場面に慣れてはいない。だから、どう答えていいかもわからない。けれど、告白されたのはとても嬉しい、よって余計に思考が混雑する。彼の曖昧な態度に痺れを切らしたのか、由花子さんは、右拳を握り、勢いよく立ち上がると叫んだ。

「どっちなの!? あたしの事、愛してるの!? 愛してないの!? さっさと言ってよっ! こんなに言ってるのに!!」
「えっ」

 ゆらりと怪しく揺らめく彼女の美しい黒髪、鬼神の様な形相に歪められた美しい顔、ひっくり返ったコーヒー。私は、思わず「ひっ」と情けない声を上げて近くにいた仗助君の制服の裾を掴んでしまった。
 激怒した由花子さんだが、茫然となっている康一君の表情に気が付いたのか、ハッと我に返って、自分がしてしまった失態を悔いるように顔を両手で覆ってシクシクと泣く。ああ、確かに夢中になってついつい言い過ぎちゃう事ってあるよね、うん、あるある。けれど結構驚きました御嬢さん。

「なっ何かよ……膨らんだ風船萎んじまった気分だな〜〜っ、康一の幸運だとか、俺の羨ましいだとかの気持ちは……ビックリしたよな〜、あぶねーよあの女〜〜っ……ブッ飛んだなあー」
「ああ……康一には知らんぷりしてよーぜー。それと大丈夫か桔梗?」
「うん、女の子怖いです」
「おめーも女だぜ」

 後で、いつまでも仗助君の服の裾を掴んでいる事に気が付いて「ごめん」と謝り手を放した。すると、彼は別に気にしてない、とヘラっと笑って言う「俺もあれにはびびったしな」、と。フッ……今日も彼はハンサムだった。
 皺になってなさそうだから一安心。
 私達は、康一君には気づかれないように、すぐにその場を去る事に決める。

(……仗助君?)

 泣きながら去っていく由花子さんを仗助君が見ている事に気づいて、私と億泰君は振り返る。

「あの女……まさか、な」
(?)

 何かを思い出しているような、その思い出したものを彼女に当てているような表情だった。ちょっと、その表情が鋭くて怖かったのは秘密だ。


 * * *


 私は、どうしてこんな状況になっているのか、よく分からなかった。いや、本当な何とはなく理解していたけれど、外れてほしいと願っていた。だって、とても嫌な予感がする。女の勘って、普段は違ってる癖に「嫌なこと」は結構的中したりするんだもん。
 ちょっとドキドキしながら、私は朝日を浴びて校舎裏にいた。呼び出しをくらったのだ、人生初、校舎裏呼び出しです。仗助君と共に教室につくと、女の子の一人に何故か手紙を渡された。開いて読んでみると、走り書きでたった一言、「校舎裏にこい」。――ああ、お母さん、私明日入院しそうです。あ、その前に《クレイジー・ダイアモンド》で治して貰えるか。ならいいや。
 正直、遅い方だったと思われる。だって、毎日仗助君と登下校しているんだよ? ぶどうヶ丘高校一のアイドルさんである彼とだよ。女の子にモッテモテの彼とだよ! 今まで呼び出されなかった事が奇跡だと思う。その幸運も今日で尽きたんだろうな、とここに来るまで思う。
 早くこないかなあ、なんて自分でも自覚できる程呑気に構えている――だって、くよくよしても仕方ないし、時間が経つとね暇なんだよ――と数人で近づいてくるような足音が聞こえてきた。ああ、ようやくだ。よし、頑張るぞ、私。仗助君と私はそんなんじゃなくて、家が隣だから一緒に通ってるだけだって。ストーカーとスタンドの事は言っても仕方ないので伏せておく。
 角を曲がって私の前に姿を現した少女たち(うわ、予想通り)は先に来ていた私を見て驚いたような表情を浮かべた。

「なによ、はっ早いのね」
「うん、授業に遅れたくないし、人を待たせるのはよくないと思って」

 あれ、私何か変なこと言ったかなあ。私の発言の後に、目の前の少女達はあからさまに不機嫌になった。うわあ、どうしよう、自分でも気づかないうちに墓穴を掘ったみたいだ。

「なによ、生意気な奴……」
「ほんとよ。仗助君はこんな奴のなにがいいんだか」
(ひっ酷い言われようだな私)

 別にそこまで可愛くないという自覚はある。授業中にかけるメガネだって全然似合わないのも、ちょっと頬が膨らんでいるのも、リンゴほっぺなのも、鼻が高くないのも、唇がそこまで厚くないのも、十分理解している。けれど、面と向かって言われるとクルなあ。
 唯一、誇れる点でいえば、めちゃくちゃ耳たぶの長い耳――福耳っていうんだよ、ひいばあちゃんが「いい耳だねえ」と泣いて触っていた――と、あまり自分では思わないけれど綺麗「らしい」両手――お母さんと花ちゃんがめちゃくちゃごり押しして来る――、そして大きくはないけれど形が良い「らしい」胸――前の高校の友人談――くらい。……あんまし目につく所じゃあないね。
 軽くショックを受けていると、おそらくリーダー格であろう女の子が、私の前に進み出てきた。

(うわわ、すっごく可愛い。けれど、うーん……由花子さんよりかは負けるかなあ)

 そんな呑気な事を考えていると、思いきり睨まれる。そして、彼女が何か嫌味を言おうとしたのだろう、綺麗な赤い唇を開こうとした。――しかし、その言葉は決して音になる事はなかった。

「ちょっと!」

 彼女達をまるでそこには初めから存在していなかったように、ずずいと押しのけて、私の前に現れたのは、先ほど考えていた由花子さんだった。やはりと言うべきか、由花子さんの方が何倍も綺麗だった。けれど、怖かった。

「貴方、康一君とどういった関係なの?」
「へ?」
「私たちが最初にその子と話をつけるんだから、貴方はそこらで待ってなさいよ!」

 顔を詰め寄らせて唐突に問うてくる由花子さんに私は茫然となってしまった。睨みつけてくる少女達と彼女を見比べて狼狽する私に、追い打ちをかけるかのように表情を鋭くした彼女がさらに顔を詰め寄らせて来る。

「早く答えて、康一君と貴方はどんな関係なの?」
「え、あ、とっ友達ですっ」
「それだけ?」
「うっうん、本当、友達だよ、大切な、私の、友達です」
「ちょっと聞いてるの!? 先輩ほっぽいて話してんじゃねーよ!!」

 堪忍袋の尾が切れた切れたのか、少女のうち一人が由花子さんに掴みかかる。すると、由花子さんはゆらりと優雅に長くて綺麗な黒髪をなびかせると、鋭利な瞳で彼女達を睨みつけた。その表情に恐怖したのか、彼女達は一瞬言葉を飲み込むも、すぐに自身を鼓舞するかのように高くて大きい声を張り上げた。

「イッタ!?」

 少女たちは、自分の頭を押さえる。私は、一瞬光った糸のような物を見た。それは確か、彼女達の頭に突き刺さっていった気がする。

「場所を変えるわ。ついてきて」
「え、あの」
「早く」

 私と由花子さんは校舎裏を去った。後にしたその場所から彼女達の悲鳴が上がった気がする。私が慌てて様子を見に行こうとしたが、背後から突き刺さる鋭い視線によってその足を地面に縫い付けられてしまった。

「彼の事は好きなの?」
「えっ?」
「康一君の事よ……好きなの? どっちなの?」
「え、す、好き、だけれど……ああ、あの! 由花子さんみたいなそう言った好きじゃなくて、友達として好きって意味だよ! 「love」じゃなくて「like」みたいな!!」

 「好き」と答えたときの由花子様の表情がとても恐ろしかったとです。まるでそれは鬼神、阿修羅、悪鬼――とにかく怖いものが全てごちゃ混ぜになって一つに集約されたような顔だった。

「友情から愛情に代わる事だってあるわ」
「そっ、それはないよ。だって、私は――」

 ――あれ?

「なに?」
「え、あ、あれ?……私、誰か、他に好きな人が、いる、のかな?」
「そんなの知らないわよ。貴方の気持ちでしょ」
「あそ、そうだね。ごめん」

 私、誰の名前を言おうとしたのだろう。不意に口にしそうになった人の名前は、誰だったのだろう。自分でもわからないのに、今、初めて会話した由花子さんに分かるはずもなかった。

「ふん……まあ……そうね、貴方からは泥棒猫のようなクサい臭いはしないから、ずっと友達として終わるのなら許してあげる」
「あ、ありがとうございます」

 康一君と友達になる事を許されたようです。よかった、これで変な反感は買わないね、万歳!
 由花子さんは、もう私には用はないのか、くるりと踵を返して去っていこうと歩き出す。そんな彼女に、私は思わず声をかけてしまった。

「あ、あの!」

 鬱陶しげに、彼女は私を振り返る。その表情にまた何だかグサッとくるが、ここは気持ちを上げなおして声を絞り出します軍曹っ!

「あの、康一君の事……余り、困らせないで下さい。その、貴方は、とても綺麗だから、ちょっとやり方を変えればきっと、気持ちも届くと、思います」
「……」
「あああのっ、私、ちゃんとしたこっ恋とか、した事なくて……いっいや、付き合った事はあるけれど、その、昔いろいろあったから……でも、それは本当はただ頼りたかった自分の甘えで、恋とは違くって、ええっとー…………自分は何を言っているのでしょうか」
「私に聞かないで」
「ごめん」

 ぎろりと睨まれてしまいました。その後、彼女は私がもう一度呼び止めても決して振り返る事なく、去って行ってしまった。
 ざわざわ、ざわざわ。私の気持ちは落ち着かない。それは、不意に口に仕掛けた自分でもわからない名前か、それとも、彼女と康一君の恋の行方か――
 今の私には、分からなかった。


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