鉄壁の少女 | ナノ

5-2



 楽しい本日のスクールライフを終えて私は、仗助君と億泰君の巨人兵に挟まれながら下校していた。商店街に差し掛かると、顔をしる生徒はほとんど見当たらない。

「――で、その間田って野郎〜〜、俺の兄貴をやった「電気野郎」の事……何にも知らねーっつってんのかよぉ――?」
「ああ〜、間田から奴の正体を知る事はできなかったぜー」

 億泰君が、仗助君に問う。
 入院――予想以上に怪我が酷かったらしい――して数日、漸く話せるくらいには回復した間田さんから、仗助君と承太郎さんは、《レッド・ホット・チリ・ペッパー》の本体について探ろうとした。しかし、間田さんは電話でしか話した事がなかったため、顔は知らないとの事。「電気野郎」は結構用心深い人物なようで、顔も名前も、「弓と矢」の事すら話していなかったらしい。

「仗助おめー、それ信じたのかよ。拷問したんかよーッ!」
(ごっ拷問って……)

 爪剥ぎとか男の(ピー)に電流云々かんぬん――。私は「(ピー)」の部分で思わず耳を塞いでしまった。億泰君、私これでも女の子! そこらへん、ちょっと配慮してよバカぁ!

「おい、少しは考えろよな〜、もし間田が「電気野郎」の正体知ってんならよー、今頃よー、とっくに「口封じ」されてんだろーぜー」

 それと桔梗も一応女なんだからそっち系のネタやめろ――なんて注意してくれる仗助君。「一応」が入ってなかったら純粋に喜べたかなっ。
 彼の言葉に納得させられたのか、億泰君は表情をほんの少し曇らせてうなずいた頷いた。形兆さんが殺害されたあの日の出来事を思い出しているのだろう。そう思うと、私の胸の奥でツキリ、と軋む音が聞こえた気がした。
 間田さんが生きているという事は、また《レッド・ホット・チリ・ペッパー》の本体の事は何も知らないという事実の証明になっている――やっぱり散々ボコボコにされたから、今更ウソをつくような気は起きないのだろうなあ――。なんだか、あれほど頑張って特に大きな収穫がなかったと思うと私と、億泰君も少々落胆する。

「だがよ、間田は俺と承太郎さんの前でこんな事を言ってたぜ……」

 神妙な表情で語り出す彼。私と億泰君はすいい、とそれに引き寄せられるかのように、俯き気味だった顔を上げた。
 入院中、包帯でぐるぐる巻きのミイラ男のような状態となった間田さんは、奇妙な事を口走った。

《スタンド使い同士ってのは、どういう理由か正体を知らなくても知らず知らずのうちに「引き合う」んだ……結婚する相手の事を「運命の赤い糸で結ばれている」とか言うだろ? そんな風にいつか、どこかで出会うんだよ……敵か友人か、バスん中で足を踏んづける奴か、引っ越してきた隣の住人とか……それはわからねえけどな》
《この狭い杜王町に今、一体何人のスタンド使いがいるのか知らないけど、いくら隠れていても、その内きっとボロを出して手がかりを見せるだろうね。アイツはいずれそうなるのを知ってるんだよ。だから承太郎、アンタに居なくなって欲しいのさ》

 私は、「スタンド同士」は引かれ合う、という言葉に一瞬体が強張るのが分かった。脳裏を掠めたのは、「奴」の事である。今日、こんなにも朝から、夕方にまで「奴」の事を思い出しては考えているなんて今までなら相当ありえなかった。これも、仗助君達が居てくれるお蔭か。いや、もしかして、何かの予兆か――考えすぎか。
 私の右隣の億泰君は、「電気野郎」の事を「臆病な野郎」と評し、さっさと襲って来いと吼える。ああ、まどろっこしいの苦手だもんね。左隣の仗助君は、確かに、と彼の言葉に頷く。

「だが、「臆病」イコール「用心深い」……そーいう奴が襲ってくる時はよ〜〜、完全に「勝つ」と確信した時だろーな〜〜」
「そっそう思うと何だか怖いね」
「桔梗も一応気をつけとけよ? お前もあの場面に居たんだ、もしかすっと一番に狙われるかもしれねー」
「その時は返り討ちにしてやるぜェ〜〜っ!」

 鼻息荒く宣言する億泰君。うむむ、「電気野郎」に襲われる時は私が一人の時なような気がするけれど……嬉しいから「ありがとう」と言っておく。
 用心深いから、返り討ちに遭わないくらいの実力差をつけてから襲ってくるような気がする。よくある、RPGで中ボスとかボスとかと戦う前に雑魚敵を地道に倒してかなりのレベルを上げて挑むっていう戦法。これがかなり効果的だったりするんだよね。「電気野郎」が私達を甘く見込んでくれてればそんな事はないのだけれど、それはそれで悔しいかも。

「お!」
「ん?」

 億泰君が何かに気づいて頓狂な声を上げたので、それにつられる様にして私も彼の視線のほうへと向く。すると、そこにはお洒落な喫茶店があり、その外のテーブルの一つに、康一君が妙にソワソワした様子でお茶をしていた。
 喫茶店の名前を確認すると、「カフェ・ドゥ・マゴ」だった。

「おい、ありゃ康一だぜ」
「おーそうだ……あいつ何気取って茶しんでんだ?」
「なにかソワソワしてる感じだけどどうしたんだろう?」

 億泰君が指をさして言う ので、仗助君もその方向へと顔を向ける。私は大きな二人を前に出すと見えなくなるのでサンド覚悟で前に出ると案外すんなりと二人の前に出れた。うん、二人ともさりげなく紳士だからちょっと胸キュンしちゃったよ。この泥ボー!
 ソワソワしている康一君が面白かったのか、二人はからかってやろうと声をかけることにする「おい、康……」

「なっ!?」
「えっ」
(うわォ!?)

 億泰君が彼の名を呼ぼうとするものの、その声は途中で驚愕する声に変わる。仗助君も、まさか、と言いたげな表情で頓狂な声をもらし、私もついつい目がカッと見開いてしまった。そして、誰もがあまりの驚きで体がその場で硬直してしまっている。
 私達三人が遭遇した、衝撃的光景は、康一君が気取って喫茶店でお茶をしている光景ではなく――康一君の元にやってきた一人の綺麗な女の子がにっこりと彼に微笑みかけながら隣に座る場面であった。

「うわぁ、綺麗な子ォ〜〜」
「康一が女と二人っきりとはねェ〜〜」

 同姓にも関わらず、思わず本音をポロリ、として見入ってしまう程目の前の女の子は綺麗だった。真っ黒で艶のある長い髪の毛はしっかりと手入れされており、風が靡く度にユラリユラリとまるで生き物のように波打つ。あれ、彼女どこかで見た覚えがある気がする。同じ制服だから学校のどこかで見かけたかな。
 珍しい光景なのか、仗助君も目を丸くしてみていた。そんな私達の首をがっちりとホールドして物陰へと引っ張る億泰君。どうして隠れるのだろう?

「おい、仗助、桔梗隠れろ!」
「ええ? なんで〜〜!?」
「そうだよぉ?」
「いいから隠れろ! 偵察すんだよ――っ!」

 億泰君に引っ張られ、物陰にそっと身を隠してそこからソロリと顔を出し、康一君と女の子の様子を伺う。なんだか、探偵さんと同じような気分。

「好きだよなーおめえもよー、億泰……わくわくしてきたけどよー」
「ありゃ確か俺と同じクラスの山岸由花子って女だぜー……双眼鏡と盗聴器が欲しいのォ〜」

 ああ、そうか、彼女億泰君のクラスで見たんだ。思い出した!

「双眼鏡と盗聴器って……うう、でもまあ私、目が悪いからあんまし二人の様子が分からないなぁ」
「よし、桔梗、もっと傍に行くぜー」

 どんな会話が繰り広げられているのか、今の位置では分からないため、彼と彼女の近くの物陰に移ることにした私達。……歩幅が大きくて走るのが速い二人を精一杯追いかけながら、私は彼らと共に、康一君と由花子さんのいる喫茶店の傍にある並木のうちの一本に身を隠した。傍には杜王町のシンボルマークが描かれたゴミ箱が置いてあるので、二人よりも背の低い私がそこからヒョッコリと顔を出す形になる。
 康一君と由花子さんの会話で分かったのは、康一君が由花子さんにここへ呼び出されたという事。そして、康一君は何故呼び出されたのか知らされていないという事だった。

(何だろう、あの由花子さんって人……)

 楽しそうに偵察をしている仗助君と億泰君は気づいていないと思う。けれど、私はまだ半信半疑だが、なんとなく彼女の表情をみて、今目の前の現状がなんとなく察する事ができた。だって、ずっと憧れていたから……。

「康一君、思い切っていいます」
「え?……思い切って言う事か〜、何かあるかなぁ?」

 由花子さんは、呼ばれた理由を一生懸命考える康一君の目を真っ直ぐと見つめる。その彼女の頬はほんのりと赤く染まっており、目は決意の光を宿していた。やっぱり、私が憧れていた物を、今、彼女は抱いている。メチャクチャにされた中学時代で、一番憧れていた物……――それは、

「あたし、康一君のこと好きなんです」
「えッ?」

 ――恋、だ。

「なんだってェ――っ!!」

 大声を上げる億泰君。その彼の口に、彼の後ろから様子を見ていた仗助君が大きな手で塞いだ。うん、気づかれたらこっちが気まずくなるもんね。
 私達は、さらに息を潜めて様子を伺う。まさか康一君に春がやってくるとは思っても見なかったのか、仗助君はとても驚いていた。――自分の顔がいいからといって失礼だよっ! 私もちょっとどこかで納得しちゃってるから失礼な奴の部類に入るんだけどさっ!
 由花子さんは、堰を切った様に、赤裸々に胸の内を打ち明け始めた。最近ずっと康一君の事ばかり考えている――彼に素敵な彼女がいたらどうしようとか、自分なんか相手にしてくれる筈がないと何度も思ったりとか。気持ちを打ち明けるのが怖い、けれど、伝えずにいると胸が張り裂けそうになる。嫌われてもいい、勇気をだして告白しよう――と。私は、なんて儚くて甘美なセリフを言うのだろうか、と感動してしまった。

「何で康一が〜〜! ウソだろォー、ウソだろォー……俺だってあんな事言われたこたねーのに〜〜」
「おい、泣くこたねーだろー、なにもよォー……って、桔梗お前もか」
「だって、あの由花子さんって人とっても健気で感動しちゃうよ〜っ……良かったね康一君、春だよ、青春だよ〜〜」

 ちょっと涙ぐんでしまったのでポケットからハンカチを取り出し、目じりに溜まった涙をぬぐった。

「康一君、ここ最近急に顔が引き締まりました。勇気と信念を持った男の顔って感じです。でも、笑うと、その……可愛いし」

 ほんのり染まる頬をさらに赤くしていう由花子さん。まさに、その姿は恋する乙女だ。ものすんごい可愛い。

「う〜ん、そいつは言えるぜ、確かによお」
「ここんところ、なんか凄いもんね、康一君」
「俺だって引き締まってるよな〜〜、なあ、桔梗ゥ〜〜」
「あはは、大丈夫だよ、億泰君はもとから引き締まってるよ。むしろ引き締まりすぎて怖いよ」
「桔梗、フォローになってねえ」
「あれ?」

 仗助君に指摘されて気が付く。ずん、と石が頭の上に乗っかられたみたいに落ち込む億泰君を、私はどうしようと狼狽しながらも何か声をかけようと思うのだが、いかんせん、こういう男子の気持ちがわからないので上手い言葉が見つからない。助けを求めた仗助君は、放っておけ、と目で伝えてくる。面倒くさがりじゃあありませんっ!?


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