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「それにしてもアイツ……仗助君の姿使ってやりたい放題だよーッ!」
「ああ、やりたい放題だよな」
康一君と仗助君は、間田とサーフィスが駅へ向かって行くのを物陰から伺いながら言う。私とは言うと、ちょっとボーっとした頭で未だに、自分の頬に触れていた。
傷を治してもらう時に触れた、彼の手の感触が、未だリアルに思い出せる。逆に、忘れたくないと思うくらいだ。彼の手は凄く硬くて、でも、とても温かくて、痛みとは違う意味で泣きそうになった。彼の《クレイジー・D》の手も優しい感じがした気がする。
くそう、スタンドも含めて君はハンサムだったッ!
「じょッ仗助君、なに落ち着いてるんだよ! 早く追わなきゃ! 間田のコピーより先に承太郎さんの所へいかなきゃ!」
「言うとおりだ。確かにそーなんだよな〜」
康一君の切羽詰った声に、漸く私の思考も現実に戻ってくる。そうだった、ぼんやりしている暇なんてなかった、承太郎さんが危ないッ。
間田らが行った道が駅までの最短ルートになる。踏み切りをこえたらもう彼らは駅前広場に到着してしまう。このままでは本当に危険な状況になってしまう。私も康一君と同じく、のんびりしている仗助君を催促しようと思います。
「じゃあ早く追わなくちゃ!」
「そうだよ仗助君ッ!」
「ン、だからさあー、お前がいるんじゃあねーかよォ康一……お前がよお〜」
せかす私と康一君の肩を大きな体の彼が纏めて抱いて、不敵な笑みを浮かべる。はじめ、私と康一君は彼が何を言いたいのか分からなかった。しかし、彼が「康一君」というところをやけに強調していうので、漸く鈍い私でもピンと来た。
「あ、《エコーズ》で、音を……」
「お、桔梗は気づいたみてーだな」
「え?……あ、そういう事か!」
私の一言で、康一君も気がついたみたいだ。私たち三人は、顔を合わせてニヤリと笑う。そして、康一君は《エコーズ》を踏み切りの方へと飛ばした。
――「カンカンカンカン」。音がする。電車が来る事を知らせる音だ。しかし、他の人達には聞こえないのか、「カンカンカンカン」という音がするのに車も、ベビーカーを押す女の人まで踏み切りを横切る。
かくいう、私と仗助君と康一君も、踏み切りを駆け抜けた。――電車は、来ない。ぴたりと時が止まったかのように、陸橋は静かである。私達は、踏み切りを全速力で駆け抜け、駅前広場へと一心不乱にひた走る。私はというと、一応女子の威厳があるのでスカートがめくれ上がる事だけは全力で阻止しました。そ、それにしても二人とも走るの速いっ。
人ごみの中を糸を縫うようにして抜けると、ついに広場へと辿り着いた。そんな私達の目は、一身に人の目を引く白い大きな男性を捉えた。瞬間、私の胸の中に大きな喜びが弾ける。康一君と共についつい「やったぁ〜〜!」と大声を上げていた。
向こう――承太郎さんも、私達の存在に気づいたようで、読んでいた新聞をさっさと畳んでベンチから立ち上がる。
「よう」
とりあえず、しぐさがカッコ良かったとだけ伝えておこう――え、だめ?
承太郎さん、ちょっと立ち上がって適当に挨拶しただけなのに、どうしてあんなカッコイイんだろう。ちょっと神様不公平じゃあないですか。
彼は、私達の様子か少し普通でない事にすぐに気がついたようだ。まあ、三人とも全力で走ったからものずっごく息切れしているもんね。そりゃ理由をしらなきゃちょっとびっくりするよね。
「なんかあったのか?」
キョトンとした表情で聞いてくる承太郎さん、ちょっと可愛いです。不覚にも胸キュンしましたっ……。そんな彼に事情を説明したのは康一君だった。承太郎さんに連絡をしてこの駅前の公園に呼び出したのは実は仗助君じゃあなく、その偽者という事、その偽者はスタンドという事。
「「コピー」?……「指紋までお前をコピーしているスタンドだと」……?」
「そお〜ッスよーッ。本当、見分けがつかねーんスから〜……そいつが俺より先にここに着いてたら承太郎さん、ただじゃあいられなかったっスよー」
「でも、よかったーっ。これで承太郎さんはもう安心だね! もう教えたから……っていうか桔梗さん大丈夫?」
「うん、酸欠……げほっ」
「ははは……」
男子のスピードについていくには、女子にはとてもキツかったです。あと数メートル距離があったら完全に置いていかれてました。それにしても康一君、自分も息切れしてるのに、私の心配をしてくれるなんて……なっなんて良い人なんだ、改めて君の懐の広さを知ったよ。
仗助君は、承太郎さんにサーフィスと自分の見分け方を説明をしている。私は、適当に辺りを見回してみた。――作戦通りに行けばいいのだけれどなあ。
「ん? 桔梗、どうしたその手」
「へ?」
目敏いな承太郎さん。別に隠していたわけじゃないけれど、真っ赤な手を見られるとなんと言ってよいのか分からなくなる。急いでいたから洗い損ねちゃったしさ。
「……あ、ええっと……」
「そういえば詳しく聞いてなかったね」
「あ、うーんと……途中で玉美さんと会ってさ、彼、仗助君が偽者だって気づかないで近づいてきたからレンガで思いっきりぶたれそうになったの。その時に彼を庇ったら「余計なことしてくれたなこのやろー」っていうノリで間田さんにカッターで口内からほっぺブシャッてやられたんだ。これは口を押さえた時についた物です」
痛みで泣いてしまったという恥ずかしい部分はあえて省略させてもらいます。
「ううっ、痛そう……喋れないくらいだったしね。仗助君に治してもらえてよかったね」
「本当だよ。物凄く痛かった」
んー、それにしても、何か重大なことを忘れている気がする。さっき口の傷の事を説明してたときにふっと思い浮かんだ筈なのにまたすぐに消えてしまって思い出せない。人って一回忘れるとなかなか思い出せないから困るよねえ。
「お?」
「?」
何を忘れたのか思い出そうとしたとき、不意に仗助君が素っ頓狂な声を上げた。彼の手から――いつの間に持っていたんだろう?――ボールペンが投げられる。それを不思議に思ったのか、承太郎さんはどうしたのかと問う。すると、問われた彼は、駅の大きなガラス窓の方を見ながら、
「どうやら《あいつら》、間田を見つけてくれたようだなと思ってよ……」
ああ、作戦は成功したのか。私はほっと胸を撫で下ろす。
私達はただ、康一君の《エコーズ》で電車が来ると彼らを騙したのではない。彼らが陸橋を渡って駅ビルの方へ行くと踏んで、彼らに傷つけられた男の人達に協力して一種の騙まし討ちを目論んでいた。仗助君が、傷ついた彼らを《治し》、恨みつらみを晴らしたいという思いをちょっとばかし利用して間田本体を叩いて貰うように仕向けたのです。
きっと、暫くは間田さんは病院生活なんだろうなあ。ご愁傷様です。でも、可哀想なんて思いませんよ、頬の恨みがありますからね。まあ、おかげで初めて仗助君に手当てしてもらえたんだけどね! そこだけはちょっと癪だけど感謝してるよ、そこだけね!
「間田はきっと便所裏だろーなー」なんてぼやきながら、仗助君は、彼のスタンドである人形を壊しに行く。これで暫くは悪さが出来ないから安心だね。間田さんも、退院する頃にはこれに懲りて「いい人」になってくれればいいんだけどなあ。
「ところで桔梗、スタンドの方はどうだ?」
「あ、それが……玉美さんを庇った時は出てきたのにやっぱりまたすぐに引っ込んでしまって、それっきり出てこないんですよ」
会ったのでついでに、という感じで聞いてくる承太郎さん。べっ別にいいよ、ついででもっ、承太郎さんなら許せる!
私は、サーフィスにレンガを当てられそうになった場面を思い返す。とは言っても、私は怖くて目を瞑っていたので、どうやってスタンドが出てきたのかは分からない。ただ、状況が把握できていない玉美さんを守ろうと・庇おうと思ったのだ。
もしかすると、私は、サーフィスとは闘う気がなかったのかな。だって、スタンドは闘う意思で操るっていうし、さ。
「どうして上手く操れないんだろう?」
「桔梗さん自体が、喧嘩とかしないからじゃないかな? 相手をぶちのめしたいなんて思った事ないでしょ?」
「え、それっていうと、私には闘う意思がないと?」
「それはないだろうな」
承太郎さんは、私と康一君の推測をスッパリと切り捨てる。何故かというと、もし、闘いの本能なくして《スタンド》を持っていたとしたら、そのスタンドが暴走して自分のスタンドが害になり、死に至ってしまうらしい。実際にあるらしく、一時期それで承太郎さんのお母様が生死を彷徨ったとか――。
私の場合、スタンドが少しだけだけど発現してからというものの、別段それの影響で体を悪くした場合はない。どちらかといえば、危機を凌いでもらっているくらいだ。
「何らかの形で君の「闘争心」に火がつき、スタンドが現れたのだろう」
「桔梗さんに「闘争心」だなんてなんか似合わないなあ〜」
「それを言うなら見た目は康一君も一緒じゃない?」
「え〜〜、それどーいう意味?」
ぶーぶー言い合いを始めた私達に、承太郎さんは「やれやれ」と呆れる。そんな姿もカッコイイです。
そういえば、承太郎さんのスタンドは一体どんなスタンドなんだろう。気になって尋ねてみると、案外あっさりと見せてくれた。承太郎さんって見た目はとてもクールで冷たそうに見えるけれど実は優しい人なんですね、惚れ直しました。
そんな承太郎さんのスタンドである《スタープラチナ》はやっぱりかっこよかった。いや、想像以上だった。風にたゆたう様に流れる頭髪に筋骨隆々とした逞しく眩しい肉体美、意思の強そうなその眼はまさしく承太郎さんそのものだ。というか、ただのハンサムさんじゃあないですか。こんなカッコイイ《スタンド》がいるなんて羨ましいです。
私のは……まだ、ちょっと形とかが曖昧だけれど、彼のようにカッコイイ《スタンド》だったらいいなあ、と思う。
間田さんの一件も無事に片付いて、手持ち無沙汰になった私達一行は、せっかくなので近くの駅前のファストフード店で一休みするのだった。
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