4-3
間田は、サーフィスを使い、公衆電話で「杜王グランドホテル」の承太郎さんが宿泊している部屋の電話へコールした。いつの間に調べたんだ、この人。
サーフィスは、まるっきり仗助君が承太郎さんと会話する感じで電話する。な、なんてこったい、これじゃあ絶対承太郎さん、偽者だって気づかないぞっ。
電話をしようとする際に、一度は、最中に声を上げてやろうかと思ったけれど、その思惑に気づかないほど間田は馬鹿じゃあなかったみたいで、今現在、私の喉元にはカッターナイフが突きつけられている。もし、ちょっとでも声を上げたらそのまま喉を掻っ切るつもりなのだろう。
第一の作戦、失敗。
「俺、今学校の帰りなんスよ。駅なら15分ありゃあいけますか……――」
がちゃり、と受話器が置かれる。ニヤニヤとサーフィスは仗助君の顔で笑みを浮かべて親指を立て、「ちょろいっスねー」なんて言う。まんまと呼び出すことに成功したようだ、くっそー。
間田は、私の喉からカッターを引くと再び背中に当て、「歩け」と命令してくる。この人の言いなりになるのは悔しいが、《スタンド》が使えない今は素直に従って歩くしか出来ない。いつか絶対にほっぺに一発決めてやるんだからね、覚悟しときなよ!
――とまあ、密かに邪念を抱きつつ、私は、前を歩くサーフィスの後ろで仏頂面になりながら歩く。
「仗助くーん、さよならーっ」
「さよなら、仗助くーん」
「仗助君っ」
学校敷地内を出る前に、まあ、当然のことながら、全校女子とは行かないまでもたくさんの女の子に甘い笑顔で声を掛けられては手を振られ、さよならの挨拶をされーの――さっきの声なんか、語尾にハートマークがつく勢いだったぞ。流石仗助君! サーフィスを褒めている訳じゃないよ、本物の仗助君に賞賛の内なる声を送っているのだよ!
サーフィス(仗助君の姿をしている)ばかり声を掛けられているからか、間田の表情がだんだんと不満そうな表情になっていく。へん、ざまあみろー! 私は絶対に貴方なんかには声かけないもんねーっだ!
ちょっとしたり顔になった私。そのまま二人と一体が校門をまたぎ出て、町へと続く道を歩いていくと、あたりを適当に物色していた玉美さん――たぶん、康一君と仗助君を待っていてくれたんだろうね、意外と優しーね――とばったり出会う。……あ、まずい。
「お〜〜、仗助ェ〜〜よおっ! 早いじゃあねーか!」
何も疑いもせずに駆け寄ってくる玉美さん。やっやっぱりまずい!
私はアタフタと拙くて小さなゼスチャーで玉美さんに危険を知らせようとする。それに気づいてくれたはいいものの、彼は全く意味を汲み取れているようすは、ない。うあああ、どどどどうしようっ!
「どうだった? 間田の事なんか分かったか!?」
言ってしまったァ――ッ! そして、サーフィスの影からひょっこり顔を出した間田に、玉美さんは「あっ!」と大きな声を上げて硬直してしまった。だめだ、今すぐ逃げてっ。
「じょっ仗助……なんでおめー間田と一緒にいるんだ」
だらだらと脂汗を浮かせ始める玉美さんに、サーフィスはキョトンとした、無害そうな表情で近づいてゆく。ゆっくり、ゆっくりと。
「なんで一緒にいんのかよー、分かんねーのかい?」
「?……わっ分かんねーよ……なっ何でだよ?」
高い腰をかがめて、ずずい、と玉美さんに顔を近づけるサーフィス。実体化しているスタンドだからか、玉美さんはそれが《スタンド》であることに気がついていないみたいだ。どこからどう見ても「仗助君」にしか見えない玉美さんは、何故彼が妙な問いかけをしてくるのか理解できず、さらに汗を滴らせる。そこで、私はハッ気がつく。かがんだサーフィスと玉美さんの間の一直線上に立っている所為かすぐに、奴が後ろ手にして握られている物に気づくことができたのだ。そしてそれを見た瞬間、私は間田が困惑している玉美さんに何をしでかそうとしているのかハッキリと把握した。
「全然分かんねーのか?」
「だから何でなん――」
「ッ、玉美さんッ逃げて!!」
私が、間田の手から逃れて玉美さんを突き飛ばしたのと、サーフィスが持っていたレンガを振り下ろしたのは、ほぼ同時だった。「ガツンッ!!」という鈍い《金属が撓る音》がした。
「な、にぃ!?」
間田は驚く。勿論、私も驚いた。だって、顔を上げた目の前には、あの「交通事故(未遂)」で見た純白の甲冑と盾を身に纏った「それ」がいたのだから。驚愕する一同の視線を集める「それ」は、ユラリと一瞬揺らいだと思えば、跡形もなく消えてしまった。え、ちょっちょっと待ってまだサーフィスはそこに居るんですけれども!?
「このアマァ! よくも余計なことしてくれたなァ!?」
「う、ぐっ……」
制服の胸倉を思い切り掴み上げる彼の手には、カッターが握られていた。サーフィスの方は、逃げ遅れた玉美さんの頭に思い切り、持っていたレンガを叩きつけていた。くっそう、守れ、なかったっ……!!
襲撃の邪魔をした私に怒り心頭したのか、間田はこめかみをピグピグとヒクツかせ、手にしていたカッターの刃を一気に出すと私の口内へと突っ込む。
「はがっ……!?」
「余計なことしたら、ただじゃおかねえっつったよなァ」
下品な笑みを浮かべたと思えば、彼は持っていたカッターを躊躇せずに一閃した。
「っ〜〜〜〜〜〜!!!?」
私は、手で口を押さえたままその場にうずくまる。頬に走った激痛が、まるで全身を駆け抜けるような感覚に見舞われ、気絶するかと思った。目からは情けなくもボタボタと涙が零れ落ち、完全に覆いきれずに隙間から真っ赤な鮮血が道路のアスファルトを染めてゆく。
「どうだ思い知ったか? え? これに懲りたらもう変なマネすんじゃねーぞ」
うつむく私に対して、屈み込みながらいう間田。優位に立っていると思って完全に見下している。そんな彼に、私は、負けじとしたから睨むようにして見上げた。こんな奴に、屈してたまるものか!
彼は、私の態度が気に入らなかったのか、乱暴に腕を引いて立たせると背中に先ほどのカッターを当てて歩かせようとする。玉美さんを始末し終えたサーフィスは、気絶している玉美さんを暫く誰にも気づかれないようにするためか、近くの草陰へと投げて隠してしまう。
再び平然とした態度で歩き出したサーフィスに続き、私はポケットからハンカチを取り出してそれで口を覆い、後に続く。出来るだけ顔をあげて、出来るだけ自分の気持ちを強く・誇り高く保つようにして――。
漸く、私たちは町の方へと着く。駅まであとほんの少しのところだ。しかしそこで、世の中不平等だなあ、と私は今日、改めて思った。
「さよなら、仗助君」
「仗助くーん」
「仗助君、さよなら」
「また明日ね、仗助君」
「バイバイ、仗助君」
もの凄いラッシュです、どーぞー。……って、トランシーバーないし。
さっすが仗助君、甘いマスクに甘い声でたくさんの女の子達からあいさつされまくってるよ! そこに痺れる、憧れるゥ!!
「なんでてめーだけ、みんなから「さよなら」言ってもらえんだよ……俺なんか、一度も女の子にさよなら言ってもらったこたぁーねーのによー」
おやおや、性格のゆがんだアンちゃんは仗助君に嫉妬心をめらめら燃やしている模様でございますな、フハッ! 仗助君は見た目の性格もハンサムだから好かれているに決まってるじゃないか。それに……この学校にはブスしかいないだって? 冗談おっしゃい! 私知ってるんだからね。億泰君と同じクラスにスッゴイ美人で物静かな女の子いんだからね!
しかもさっきのラブレターを(仗助君になった)サーフィスに照れながら渡したあの女の子、物凄い可愛かったじゃない。貴方の目はお飾りですかー? 節穴ですかー? 応答を願います、どーぞー。――頬を裂かれて喋れない私はありったけの悪口を胸の中で叫んでいます。音に出来ないってちょっと歯がゆいね。しかもすっごく痛いからボタボタ涙が止まりません。
あの走り去っていった女の子の大切なラブレターを思い切りビリビリに破いた間田は、奇声を上げてこめかみに青筋を立てる。最終的には、「俺とお前の何が違うんだ」なんていいだす始末。ふふん、言ってやろう。まずビジュアルが違います。
「ンなこたあ〜〜どーでもいいだろうがよ〜〜。オメー、チンタラ場合じゃないっショオ〜〜」
「てってめッー! 何だその口の利き方は!」
おっおおう。仲間割れ(?)し始めたぞ。自分のスタンドの癖に、喧嘩してるぞ。スタンドと本体って喧嘩できるもんなの? 自分自身と喧嘩するって事だよね? うん?
サーフィスの態度が気に入らなかった間田は、顔に思い切り拳を叩き込んだのだが、いかんせん、サーフィスは木でできているので、人間と違って「硬い」。勿論ダメージなんかサーフィス自体には全くなく、寧ろ、殴った本人が手を擦りむく始末だ。間抜けだなぁ。余りにも目も当てられない光景だったので、さりげなく私はあさっての方向へと向いていた。かかわるとろくな事にならなそうなので、他人のフリ実行中です。
彼が、サーフィスを蹴って先をズンズンと歩き始める。おーい、私を見張らなくていいのかーい。
ふらふら、ふらふらと覚束ない足取りで彼は進む。一瞬、体が寄れたが、近くにバイクがあったのでそこへ手を突いて体勢を保った。しかし、そのバイクには彼の擦りむいた時に流した血が付着し、さらに、そのバイクの持ち主が物凄く柄の悪そうな男の人だった。
「俺がピカピカに磨いて大切にしている愛車にあの野郎、何かつけて行きやがったぞ! チョコレートかあ〜〜?」
「チョコというよりそれ、指についてた血の滲みじゃねーの? ちタねーっ」
「本当だ、マジかよ〜〜」
おっおおう。物凄い反感買ってますよ間田さーん。無視して歩いていかないで謝ったらどうですか。
愛車に血を付けられてた男の人は、ぶっ殺してやろうかと怒鳴り散らす。そんな彼をなだめようともう一人が言うが、やはり、毎日ピカピカにして大事にしているんだから怒りは相当だろう。だってこめかみの青筋が物凄いピグピグしているもの。
「フラフラ歩きやがって! 死にそーなコオロギのような奴じゃあねーかよ」
(あ、その表現うまい)
男の人の言った例えは、もう一人にもウケて、二人して大笑いしている。私もおもしろかったと思います。しかし、彼らの大きな笑声は、一瞬にしてかき消される。うちの一人の頭を、サーフィスが振り下ろした手刀で叩き割ったからである。一瞬にして笑顔が凍りついた男の人。彼は呆然と、床に伏す相棒を見ていると、その隙に、サーフィスに背後を取られて腕を押さえつけられてしまった。
身動きの取れなくなった男の人は、抵抗出来ずに、間田の肘鉄を顔面に叩き込まれてしまう。そして、間田は、鼻の骨を折って血を流す男の人の口の中に、私にしたときと同様、カッターを当てる。
「なっ何なんだ一体!?」
「「なんだ」なんて考えなくていいんだよ……その口、二度とよぉ〜〜聞けなくしてやるだけだからよ〜〜っ」
ゆっくりとカッターの刃が男の人の頬へ向かって移動していく。ぷつ、と刃が彼の肉に食い込んだ――そのときだった。
(ガラスの破片っ!)
男の人を押さえつけるサーフィスへとガラスの破片が飛んできた。男の人の拘束を一瞬で解くとサーフィスは難なく破片をキャッチした。
私は飛んできた方向を見て、驚愕する。そして同時に歓喜が胸を占めた。
(仗助君っ、康一君!)
私たちの視線の先に居たのは、不敵な笑みを浮かべる仗助君と、なんだかちょっと逞しい表情の康一君、そのひとだった。
「桔梗さん! こっち!」
サーフィスと間田との距離がある今、私は逃げるチャンスがあった。康一君の声に引っ張られるようにして、私は口元にハンカチを当てたまま走り出す。うっかり私を拘束し忘れていた間田は焦ったが、まずは仗助君を操る事を優先したのか、サーフィスに彼を操作するよう命令する。
「どうかな?」
康一君が言う。え、と思って振り返ると――。
ガラスの破片がひとつのガラス瓶に「元に戻って」いき、サーフィスが握っていた手をそのまま覆ってしまっていた。
「そのコピー野郎が受け取った破片はよー、おめーにブチ当てる為に投げたんじゃあねーぜ……――元の形になおす為に投げたんだぜ」
目元に傷のある仗助君と、無傷の康一君のもとに辿り着いた私は、一息つき、サーフィスを見る。奴の右掌はガラス瓶の中へと閉じ込められ、中の部品はただの木に戻ってしまった。――よっしゃ!
したり顔な仗助君、今日も君はハンサムだった!
「それじゃあ隠れるか……」
すいぃ、と建物の影に隠れる仗助君。私と康一君も、気がついたようにハッと我に返り、慌てて彼と共に身を隠した。
* * *
「よっ良かった〜、桔梗さん無事で」
「……」
「連れて行かれちまった時はどうなる事かと焦ったぜ」
「……」
「あ! アイツに何か変な事されなかった?」
「……」
「?……桔梗さん?」
「……」
「おっおい、そーいや何でお前さっきからずっと口をハンカチで押さえてんだ? 具合でも悪いのか? 腹とか、女の子の日とか」
「じょっ仗助君それセクハラだよ!……ね、ねえどうしたの? 本当にどこか具合でも……」
俯いたままの桔梗に、二人は心配になる。顔を覗き込もうとした二人は、徐に顔を上げた彼女の表情を見て、目を見張る。
泣いている。それなのに、苦笑している。無理に笑っているのだ。彼女は苦笑を浮かべたまま、ちょいちょいとハンカチの中を指差す。何事かと思いきや、覗き込もうとした二人の前に、彼女は、悲惨な頬を晒した。まるで、妖怪口裂け婆のような有様に、二人は思わず息を呑んだ。
「お、まえ……それ、アイツにやられたのか!?」
控えめに頷く桔梗。どうやら先ほどから頬が裂けて喋れなかったらしい。仗助と康一は怒りに震える。スタンドも使えない女の子に対してこのような仕打ちをする奴に、「間田の野郎〜〜ッ!」と拳を震わせずには居られなかった。
仗助は、悲惨な有様の頬にそっと触れて、すぐに《クレイジー・D》で桔梗の頬を治す。すると、彼女は治った頬にひたひたと触れ――その手も、ハンカチも血だらけだった――パッと表情を輝かせるというのだ。
「痛くない!」
治したので当たり前である。その後、彼女は、己の傷など最初からなかったかの様に、仗助と康一が無事である事を心から喜ぶ。確かに跡形もなく傷は消えているが、切り替えが早すぎやしないだろうか。のんびりとした表情で、ニコニコ笑う彼女に、どうしても足から力が抜けてしまいそうになってしまうのは不可抗力だと康一は思うのだった。
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