鉄壁の少女 | ナノ

4-2






「グレートだぜ……いい度胸じゃあねーか! 俺になるとはよ〜〜、おもしれェ」

 未だ呆然と立ち尽くしている私と康一君をよそに、仗助君は「自分自身」を睨み付けた。この、目の前にいるのが、間田先輩の《スタンド》か――これは、「奴」のじゃあない。

「自分自身を見るっつーのはよォ、結構精神的に来るもんあんなぁ〜〜気持ち悪いっつーか、よ」

 息を呑む私たちをよそに、もう一人の「仗助君」はロッカーから、こちらから目を逸らす事なく出てくる。そして、仗助君と対峙する。彼の名前を使うのもあれなので、私は彼を「それ」と呼ぶことにした。
 《スタンド》は普通、精神エネルギーであるに「実体」がない。だから普通の人には見えない訳だけど、今目の前に存在している「それ」には実体があった。そういうスタンドなのかな。

「パーマンよォ、知ってんだろ?」

 私と康一君、そして仗助君までも驚愕し、言葉をなくした。「それ」が喋ったからではない。「それ」が余りにも仗助君であるかのように、そっくりに喋ったからである。
 よく雑誌や本のおまけページのクイズで同じような二枚のイラストが並び、「Aの絵にはBとは違う所が7箇所あります――探して云々かんぬん」というのがある。なかなか見つからずにいると目が疲れてきてついには気持ち悪くなるけれど……。
 ――「それ」と「仗助君」の区別が全くつかない。本当に、鏡で写したとかいうレベルじゃあなくて(鏡の場合左右が反転してしまうしね)、「それ」が彼そのものに見えてしまう。一部、額にゴミかなんなのか、ネジのようなものがついているけれどね。それで何とか区別がつく程度。ぱっとみは明らかに仗助君にしか見えません。

「「パーマン」に出てくるよー、コピーロボットってありゃ便利だよな〜〜居たらいいよなーって思うよなー」
「おい、康一、桔梗、コイツなに言ってんだ? 「パーマン」って何だよ」
「お前、「パーマン」知らねーのか? 知らねー奴がこの日本にいたのかよォー。グレート!」

 口調や姿だけじゃない、口癖も、立ち姿も、(当たり前かもしれないけど)声までもすべてが怖いくらいに一緒であった。
 「そいつ」は、次々と質問してくる、「パーマン」がどうのとか「何を見て育った」のかとか、アーティストの名前などを口にして知っているかと尋ねてくる。きっとどれも「それ」の本体の趣味だろう。

「うるせーなァー! 質問すんのは俺のほうだッ! 俺に化けてよー、何するつもりだてめー!!」

 ついに鬱陶しくなったのか、仗助君は声を張り上げた。「それ」は口を閉ざし、そして、なにを思ったのか自身の片腕を振り上げる。すると、奴とは向かい側の腕をいきなり振り上げた。不安定にあがっているように見えることから、自分の意思ではないように思う。と、なると――

「俺の方はよー、《いなきゃいいな》って思うコピー人形さ……」

 「それ」が振り上げた腕を曲げる。すると、仗助君の上がっていた腕も曲がった。彼の意思ではない為か、腕と顔の距離が近かったので頬を引っかくようになっている。
 にやり、と「それ」が笑った。

「――コピーされた者は必ずこの人形と同じポーズをとってしまう……つまり! 《操る人形》って事さっ!」

 瞬間、一気に「それ」は自身の肘でロッカーを粉砕する。同時に、仗助君の腕も同じように勢いよく振り回され、そして――康一君をぶっ飛ばした。腕が彼の喉にめり込む時、骨が何本か折れる音があたりに響き、そして彼の吐血した物が腕に滴り落ちる。

「こっ康一くんっ……!!」

 正直言うと、私は今、何が起こったのか、うまく把握することができずにいた。けれど、突然の事に停止していた思考を現実へと引き戻すかのようにじわじわと先ほどの出来事が脳裏に浸透し、ついには私はその場にへたり込んでしまっていた。
 「それ」は、仗助君のものとは思えないような笑声を上げると、これまた仗助君のものとは思いたくないようなニヤニヤとした笑みを浮かべていた。うう、気持ち悪いぞこの「仗助君」は。
 吹っ飛ばされた康一君の体は、その勢い衰えぬままドアと衝突し、そのままぶち破ってしまった。どれほど勢いよく吹っ飛ばされ、そして体に大きなダメージを与えられたのかが分かる。それを理解した途端、全身から血の気が引いてクラリと視界が一瞬、一巡したように思えてしまった。

「……こーいうのってよー、一番むかつくんだよなあ〜〜自分では直接手を下さず、他人を利用してやるっつーかよォ、政治の黒幕っつーかよォ……――最高にブチのめしたいと思うぜッ!!」

 仗助君はギロリと剣のある眼光で「それ」を捕らえたと思えば、瞬間、《クレイジー・ダイアモンド》を出すと猛進していく。しかし――

「グレート、いひっ!」

 鋭いアッパーを繰り出す《クレイジー・ダイアモンド》だったが、その拳は「それ」の顎を割る事なく、空を切っただけだった。悔しいことに、射程距離外だったためだ。
 仗助君は動けない。「それ」に体を操られている為だ。本体が動くことができなければ、距離をつめる事はできず、《クレイジー・ダイアモンド》の強烈な拳を叩き込む事もできない。それでも、と仗助君は、床に転がっているペンを拾うとペン先を「それ」に向けて思い切り投げる。

「なにっ!?」

 ささるか、と思いきや「それ」は飛んできたペンを難なくキャッチしてしまう。そして、得意げに自身のことをご丁寧に解説し始めるのだ。
 私が「それ」と呼んでいた人形のスタンドの名前は「SURFACE(サーフィス)」、日本語で「うわっ面」という意味の名前だ。スピードには本人自身も結構自信があるようで、その実、仗助君の《クレイジー・D》の攻撃も難なく防いだ。

「ま、パワーはお前の《クレイジー・D》や空条承太郎の《スタープラチナ》の方が上かもしんねーがよー」

 承太郎さんの《スタンド》の名前って《スター・プラチナ》っていうんだー、かっこいいー。ナチュラルにカッコイイ。……って、違う、今はそんな悠長なことを考えている状況じゃあないぞ自分!
 「サーフィス」が持っていたペンを仗助君に投げて、それを「不本意」に受け取った彼は奴が操るままに先端部を自分の目の方へと向けて抉ろうとしてるぞ!? こっ、こうやって親友の左目も抉ったのか、最低だこの本体(人間)っ!

「じょっ仗助君っ!」
「来るなッ桔梗!!」

 立ち上がって駆け寄ろうとすると、それを彼の鶴の一声で制される。そうか、《スタンド》も出せない私が出て行ったところで邪魔になるだけなんだ。……悔しい、凄く、物凄く悔しい。

(こんな、友人をも平気で傷つける最低な男に大切な友達を傷つけられてただ見ている事しかできない自分が、凄く惨めだ。惨めで惨めで自分を自分で殴り飛ばしたい気分だ)

 間田は、サーフィスを通して私たちに目的を語りだした。そんな簡単に話していいものなのか、と思われたが、彼は、この絶対的優位な状況でどうやら酷く饒舌になっているのかもしれない。
 彼が自分で語った目的とは。それは承太郎さんをこの杜王町から追い出す事であった。よそ者の癖に自分たちのことを探りまわられたのが気に障ったらしい。場合によっては殺す、とまで言っている。なんて奴だ。そんな簡単に人を殺せるのか、この人は――。

「とはいえ、《スタープラチナ》は1秒か2秒「時」を止められるっつー話を聞いた。あいつに近づいて対抗できるスタンド使いは「俺達」の仲間には今んとこいねー……仗助、お前をコピーした「サーフィス」以外はな〜〜」

 時を止められる、だと!? さ、最強じゃあないかそれ。とはいえ、確かにそんな凄いスタンドを持っている承太郎さんでも、これだけ仗助君にソックリな「サーフィス」相手だと偽者だって気がつかないかもしれない。いつもの、人懐っこい笑みを浮かべて近づき、そして油断している所を襲撃する、とか――その作戦の為にも、本物には意識不明になってもらう他ない。
 仗助君の握るペンの先端が、彼の目元に突き刺さり血が滴る。う、あ、あ……ど、どうしようッ。完全に足手まといな私は、ただ狼狽して立ち尽くすしかないのかッ!
 間田先輩は、珍しい《スタンド能力》にせっかく目覚める事ができたので、普通の人よりも楽しく自由で実りある人生を送りたいらしい。だからと言って、今みたいに人を傷つけていいはずなかろうにッ。そんな身勝手極まりない間田先輩に対し、仗助君も怒り心頭しているのか、目元にペン先が突き刺さっていながらも鋭い眼光で「サーフィス」を捉える。

「ブチのめしてやるぜ、間田!」

 最初からそうだったけれど、彼は「先輩」とは言わない。きっと、「こんな野郎なんかに敬称をつけてやるもんかよ」という感じなんだろう。……よし、私もつけない。
 私は、ぎゅっと拳を握り締めて身構える。サーフィスに飛び掛るためだ。サーフィスのあの動きを止め、彼と向かい合わせにしない事が出来れば、仗助君の拘束も解かれるはずだ。だって、奴が操るとき、決まって仗助君の体は対照的に動くんだもの。きっと、向かい合わせにならなければ操れないんだ。だから、私が割って入るかすればきっと仗助君は自由になる。

「同じ価値観を持つ者同士、それが「仲間」っつーもんだ。承太郎に仗助、おめーらは俺達の仲間にはならないようだな。考え方の違う奴らにゃあよォ、選ぶべき二つの道があるぜ……ひとつはこんな町住めるかって「町をおん出ていく道」――そしてもうひとつは!」

 必死に抗おうと仗助君は顔を逸らし、腕にも力をこめた。しかし、サーフィスはなんと、もう片方の手も添えて力強く押しこくるのだ!

「強い者に屈服して生きるっつー道だぜッ!」
「うおおおおおおおッ!?」
「じょッ仗助君ッ!」

 私はついに走り出そうとした。仗助君が止めようとしても構わずに飛び出すつもりだった。――しかし、何故か、何故か私の足が動かないのだ。恐怖に屈したのか? そう思って動かない足元を見下ろした。

「え……」

 腕が、あった。大きな手が、私の足首を強く掴み、動けないようにしているのだ。恐怖に屈してはいなかったとか、何故こんな所にとか、どうしてこんなことをとか、間田の仲間とか、そんな事などどうでも良くなるくらい、私はその腕の形状に激しい動揺を覚えた。その腕には、とても見覚えがあった。いや、忘れたくとも忘れることなんて出来ないくらい、腐れ縁のあるもの――「奴」の《スタンド》だ。
 脳が理解した瞬間、全身を真冬の吹雪に見舞われたような寒気を感じ、ガタガタと歯まで震えるくらいに身震いを始めてしまう。

「ジタバタしても、観念するっきゃあねーんだよ仗助ェアッ!!」

 添えた手とペンを掴んでいるモーションを取る腕に一気に力を込めてペンを押し込んだ瞬間、「グショォア!」という物凄い気持ち悪い音と、「うぐえッ!」という仗助君の悲痛なうめき声が廊下に響く。そして、彼は手で顔を押さえたまま床に崩れ落ちた。瞬間、私も床に膝をついて消沈してしまう。
 足首にあった腕は、なくなっていた。

「潰れたか? 気持ち良い音がしたな」

 間田は、私たちがすでに戦闘不能となって漸く姿を現せた。なんというか、性格がにじみ出ているような顔であった。彼は、神経が切れていなければまた見えるようになるさ、と楽観的に言う。なんというか、すっごくむかつく!
 私が間田とサーフィスを睨みつけていると、彼らは私の視線に気づいたのか、倒れる仗助君からこちらの方へと視線を移した。彼らは私を見るなり笑みを深める。

「そういや、山吹桔梗も居たんだったな。お前は「まだ」スタンドが使えないから見逃してやってもいいが……このまま承太郎に連絡されんのも面倒だな」

 私が、なんの力もないって思って完全に油断している。……いやまあ、実際「力」はないんだけれども、さ!
 なんとかしてこの場から逃げ切って承太郎さんに連絡するのもいいかもしれないけれど、もし、この場に残された仗助君たちの身に何かあったら、私はきっと立ち直れない。八方塞な私は、結局のところ動けない。奴らが近づいてきても、下唇を噛み、震える拳を握ることしか出来ない。

「お前も俺達と一緒に来い。ああ、余計なことしたらただじゃあおかねーぜ」
「ッ……」

 無理やり腕を掴まれて立たされ、私は連行される。背中には、間田がポケットから取り出した鋭いカッターの切っ先が当てられる。……ちょっと、チクチクあたって痛いんですけど!

(仗助君、康一君っ……!)

 動かない二人を見て、涙が出そうになった。居てもいなくても同じ同然だった、足手まといな私は、こうして涙で濡れてしまうのか。友達の手助けも出来ず、守ることも出来ず、簡単に敵に捕まって一緒に承太郎さんに――。

 ――まてよ、私、まだやることが残ってるじゃあないか。
 仗助君たちが動けなくなってしまった、私だけが承太郎さんの所へともに連れて行かれている、今、やるべき事があるじゃないか。……私がやるっきゃないんだ、承太郎さんがやられる前にこの二人を倒すか、承太郎さんに危険を知らせなくては!
 にじみ出てきた涙を無理やり引っ込めて――間田の前で涙を見せるなんて絶対に嫌だ!――決意した私と、奴らは気づかない。ロッカーの陰に隠れていた《エコーズ》と、私たちが去った後にムクリと起き上がった仗助君の存在に――。





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