鉄壁の少女 | ナノ

3-4



 承太郎さんへのご報告を終えて数日。今のところ、私はごくごく普通に過ごしている。
 あの襲撃事件からは今のところ「奴」は妙な動きを見せてはいないが、こういう、沈黙の時が一番怖い。だって奴はそういう時は必ず、次の策を入念に練って大掛かりで傍迷惑な事件を引き起こす。そのときの私の自責の念は大きく膨れ上がって破裂してしまいそうになる。でも、きっと――もし、いや、絶対、東方君が近くに居れば、私は強く気持ちを保てるだろう。
 ひとり、ちょっと思って納得しながら私は下校を共にしている隣の東方君を盗み見た。うん、今日も横顔がハンサムだ。
 本日はちょっと寄り道してもらう。夕飯とおやつの食材の買出しをしなくてはいけないのです。ごめんね、東方君。申し訳なくて謝ると、「じゃあ俺にもおめーの手作り菓子くれよな」という条件で付いてきてもらうこととなった。私の手作りお菓子でいいならば喜んで!
 交差点に差し掛かった時だ。前方から弟の木賊がやってくる。ああ、そういえば木賊は好奇心旺盛で冒険大好きお馬鹿だった。彼は私の姿を捉えると一目散に駆け寄ってくる。しかし、横断歩道を渡る前にすっ転げてしまった。ああもう、またこれかい。やれやれといいながら私は駆け寄る。東方君はのんびりと私について来る。

「木賊、そこでじっとし――」

 いいかけて、私は愕然とした。
 木賊は馬鹿そうに見えてその実、馬鹿ではなく、学校では雰囲気だけで一年も多く見積もられるほどしっかり者だ。だから、こういう横断歩道で信号が赤になったら止まるとかいう常識は身についている筈。それにもかかわらず、彼はフラフラと立ち上がるとまるで夢遊病者の様に覚束ない足取りで自動車信号が青のままである道路へと足を踏み入れ始めるのだ。

「ちょっと、何してるの、早く戻りなさい!」

 私は、だんだんと血の気が引いていくのが分かった。いつもなら、彼はちゃんと言うことを聞く。賢い弟だったはず。道路わきで狼狽している私に対し、どんどん彼は進んで来る。そして、道路のど真ん中で立ち止まるとゲラゲラ笑い出した。おかしい、なにかが、おかしい!
 後ろで東方君の叫び声と足音が聞こえてくる。視界の端では、大型トラックがクラクションを鳴らして突っ込んでくる。私は、もう、頭が真っ白になった。
 気が付けば木賊をキツク抱きしめていて、ただ、「守りたい」と強く思った。「奴」から、「守りたい」と。

「……?」

 爆風を感じた。何かが潰れる音も聞こえた。ざわざわと野次馬の騒然とする声も聞こえる。……私はどうかしてしまったのか?
 どうして、痛みを感じないのだろう。その、たった一つの疑問で、真っ暗にしていた視界をクリアにするために、目を開けてトラックのほうを見た。

「あ、れ……?」

 まずはじめに思ったのが、「これは誰の《スタンド》だろう?」だ。私の目の前には、純白をベースに青い紋様が描かれた甲冑を身に纏う半透明な、しかしそれでも確かに存在する「それ」がいた。「それ」は大型トラックの進行を「それ」が持つ大きな盾で防ぎきっていたのだ。トラックの方はというと――まったくの無傷、とはいかず、結構へこんでいた。損傷はそこまで大きくはない。
 純白の甲冑と純白の盾をもった「それ」は、ゆっくりと私の方を振り返ると、能面な顔をほんの少し、綻ばせた――様な気がする。ゆらり、と幻影がゆれたかと思えば「それ」は存在すらしなかったかのように消えていた。

「大丈夫か!?」
「じょう、すけ、くん……」

 私はパニックになっていたのだろう。思わずポロっと彼の下の名前を口にしていた。呆然となる私の手を引いて――勿論しっかり《クレイジー・D》でトラックの損傷を直してから――野次馬に囲まれる前にその場を去った。
 騒ぎから逃げるようにして、公園へとたどり着いた私たちは、私同様に、いやそれ以上に茫然としている木賊を挟んでベンチにどっかりと腰を下ろした。

「さ、さっきのって……」
「ああ、おめーの……」
「アイツの仕業だ! いつの間にか木賊に取り付いて交通事故を起こそうとしたんだ!」
「そっちか!」

 え、違う?

「さっきの白い《スタンド》だよ!」
「ああ、それか!」
「ったくよォ〜〜、いやまあ、確かにおめーの言うほうも大事だがよ」

 あの純白の《スタンド》がなければ確実に両方死んでいた。運がよければ東方君の《クレイジー・D》で助かったけれど、それでも、危機一髪であるには変わりない。

「もう一回出せるか?」
「ううん。さっきからやってるんだけれど、全然……」
「なァんで出たんだァ?」
「……「守る」」
「ん?」
「あのとき、私、ただ、「アイツ」から木賊をとにかく守りたいッ、て強く思ったんだ。ただそれだけ、たったそれだけ思った……そしたら!」
「……闘いの本能って奴が、他の奴とは何かが違うのかも知れねーな」
「他との違いって?」

 分からない、と彼は首を振った。
 こーなったら奥の手しかないね! 秘儀、承太郎さんに相談!――ということにまとまりました。

「それにしても東方君が居て助かったよ。もし、あの事故で助かってても君が居なかったら「どうやって防いだのか?」って思いっきり不審に思われるし」
「なあ山吹」
「うん?」

 よかったよかった、と安堵し喜んでいると神妙な面持ちで東方君が呼ぶ。なんだか眉間に皺も寄っているので、何事かと私は彼の次の言葉を待った。

「その……「東方」って呼ぶのやめねえ?」
「へ?」
「いやー、なんつーの? 他人ぎょーぎみてーでよー……むず痒いんだよなァ。交差点とこの時みたいに「仗助」でいいぜ。俺もお前ら兄弟多いし「桔梗」って呼ぶからよー」
「へ、あ、はい、うん、そっそうだね、そっちの方が呼びやすそうだし、ね、うん」
「大丈夫か? 若干言ってる事メチャクチャだぜ?」
「大丈夫!」
「お、おお……」

 う、うおぉおおお。何だか、何だか、何だかァああああ。よく分からないけれど滾るぅうううう。

「じょっ仗助君?」
「おう?」
「これからもよろしく?」
「ああ」

 ほんの少し、手を掠めた《スタンド》の存在。そして、ほんの少し近くなった気がする彼との距離感。不思議、呼び方ひとつで印象変わるんだ。
 スタンド使いへの道は険しそうであるけれど、東方君あらため、仗助君が傍にいれば不可能ではないと思う。あれ、これは言いすぎ?


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