鉄壁の少女 | ナノ

3-3



「ドラァアッ!!」

 最近聞き馴染み始めた声が廊下に轟いた。同時に、私の頭上の影が消え、廊下の壁が半壊した。驚いて顔を上げると、まず目に飛び込んできたのは、《クレイジー・ダイアモンド》を背にして立ち鋭い眼光を放つ東方君だった。

「どーも腑に落ちねえ。なんで山吹が呼び出しくらうのか、無性に気になって来てみりゃなんだ? 落ち込んで無抵抗な山吹にスタンドで襲い掛かろうとしてるヤローがいんじゃねーか」

 ポケットに手を突っ込んで佇む彼は、私には不良ではなく光り輝く何かに見えた。ああ、彼がこの場に来てくれたことがこんなにも嬉しくて安堵するのは何故だろう。億泰君でも康一君でもなく、彼だからだと主張するこの安心感は一体なんなのだろう。
 じわり、と涙が滲んだ。そんな私を見て、彼は直ぐに駆け寄ってくれた。私に怪我はないか、なにもされていないかと尋ねてくれる彼が本当にハンサムでハンサムで……。

「大丈夫、ありがとう。凄く、今安堵してる」
「……へ、安心するにはまだ早ェーよ」

 笑顔だった。彼の笑顔は――出会ってそこまで日数は経ってないけど――いつだって私の荒みそうになる心を洗い流してくれる、勇気付けてくれる。だから、私は彼のこの顔がとても気に入っていた。私も、自然と笑みがこぼれる。
 東方君は、すっくと立ち上がると、先ほどの笑みとはまったく違う、剣呑な表情になってぶっ飛ばされた男子生徒をにらみ付ける。私も、彼にならって睨み付けてみた。
 名も知らない男子生徒はムクリと起き上がると、奇妙な笑声を上げはじめる。その姿が、妙な胸騒ぎを覚えさせる。

「おぉ〜いおい、まぁ〜さかまさか、俺以外にも「能力」を持っているなんて思わなかったぜェ〜〜」
「う、あ……その口調、その声……」

 東方君に殴られて口から血反吐をドバドバと吐きながら、彼は特徴的なしゃべり方で、そして足元から這いずって来るような声音、しぐさ。この行為すべてに、この光景すべてに、私は見覚えがあった。ずっと忘れたくても忘れることができない――「奴」の特徴だ。
 傍にいる東方君は、知っているのかと私に視線で問う。私は首を振った。

「知っているけれど知らない」

 彼のことは知らない。けれど、彼のその口調などは知っている。「奴」に操られている人間の特徴だからだ。

「成るほどな……てめーの手は汚さねーで他人を傷つける、ゲスな手口だぜ」

 操られてしまった人間は、「奴」がもう使えないと判断して解放しなければ絶対に解くことができない。それと、必ず私の体には傷つけさせようとはしない。万が一、傷がちょっとでも付けば、「奴」は問答無用で操り人形の人間の体を操作し自滅させる。初めてその光景を目の当たりにしたとき――小さな爆弾を大量に呑み込んで自分でスイッチを押したのだ――は、ショックで一週間ほどはまともに食事すらできなかった。
 どうしても操られる人は傷ついてしまう――私のせいでッ!

「あとで治してやっから、覚悟しろよォ」
「え……」

 東方君はズンズンと名も知らぬ男子生徒Aに向かって歩いていく。そして、またもやあの掛け声で一発決める。力がないスタンドなのか、東方君の凄まじいパワーに押されて手も足も出ない状態だった。す、すごい。

「おい、さっさとソイツん中から出てけよ。今ならまだ間に合うスよ」

 こんな状況でも彼は優しいのか。確かに、いくら治せるといっても痛いものは痛いもんね。だから、なるだけダメージを与えないようにしているんだ。
 男子生徒Aは、壁に手をついてよろよろと立ち上がる。体中が傷だらけで、みるも無残な姿だ。ああ、本当に、本当にごめん。彼はただ巻き込まれただけなのにッ……。

「う、うるせェ――ッ! ちょっと力のあるスタンドだからっていい気になってんじゃあねーぞォ!!」
「話通じねー奴だな〜〜。いいからとっとと出てけって言ってんスよ!」
「通じてねーのはオメーの髪型だ!」

 どうやって彼を「奴」から解放させようか。そう私が思案している間に、彼らは言い争っていた。しかし、ふと、東方君の髪型の悪口を男子生徒Aもとい「奴」が言うと、突然、東方君の雰囲気が一変した。

「……今、なんつった?」
(東方、くん……?)
「ああ!? 聞こえんかったンかい!? てめーの髪型は時代遅れで流行りに乗っかってない世間じゃまったく通じねーって言ってんだよォ!」

 「プッツ〜〜〜〜〜〜ンッ!!!!」という、何かが切れる音がした――と思えば、男子生徒Aは見事なまでにぶっ飛ばされていた。気が付けば顔面をぶん殴られて吹っ飛んでいたのだ。目にもとまらぬ速さで繰り出された《クレイジー・ダイアモンド》のパンチングせいだ。

「俺の髪がサザエさんだとォ!?」

 いや、言ってません。
 東方君は、大声で男子生徒Aに言う。誰だろうとこの髪型を貶す奴は許さねーって。物凄い勢いで怒るものだから、本当にリーゼントを貶されるのが嫌いなんだろう。男子生徒Aもとい「奴」はダサいと言っていたが、私としては彼はなかなかに似合っていてカッコイイと思う。
 まあ、男子生徒Aがタコ殴りにされているこの状況でこんな悠長に構えて暢気な事を思っている私は、結構薄情者なんだろうなあ。
 タコ殴りにされた男子生徒Aは、病院送りにはならなかったものの、顔が少し「変形」していた。東方君を怒らせてしまった影響だった。
 騒ぎを聞きつけて康一君と億泰君に事情を説明すると、昔から東方君は「髪型を侮辱されると一気にキレて手に負えなくなる」性格ならしい。何故そんなにも髪型のことで激怒するのかは、康一君も億泰君も、いや、学校全土の生徒たちも知らないらしい。……ちょっと気になる。
 男子生徒Aは無論、先ほどの私とのやり取りやその前後の事すら覚えていなかった。やっぱり、「奴」に操られていたみたい。
 私たちは一応、この事を承太郎さんに報告するべく杜王グランドホテルへと向かった。その道中で気になったのが、東方君の言う「射程距離」の事であった。彼が言うには、「奴」の《スタンド》は射程距離の長い遠距離タイプならしい。何故それが分かるのかと問うと、彼は次のように答えた。

「《スタンド》には射程距離があってよォ、パワーがある奴ほど「射程距離」が短けーんだよ」

 東方君の《クレイジー・D》や億泰君の《ザ・ハンド》のようなパワーのあるスタンドは近接パワー型、そして康一君のような《エコーズ》を遠距離型というらしい。うむむ、奥が深い。この場合、うちの木賊はパワーがないので遠距離型になる。
 それにしても、私はいつになればちゃんとスタンドを発現させる事ができるのだろう。ちょっと……いや、かなり不安。だって、このまま自分の身を自分で守れないでいたら、東方君や億泰君に康一君や承太郎さんにまで迷惑かけるどころか、赤の他人にまで迷惑が及んでしまう。……昔のように。

「どうしたんだよ山吹?」
「へ?」

 不意に、頭上から東方君の声が降ってきた。無意識に頭をたれさせていた私は、呼ばれてようやく気が付き、顔を上げた。すると、

「浮かない顔してっけどよ、あんま気に病むなよ。あんなゲス野郎の為におめーが落ち込む必要なんてねースから」
「え、あ、えっと……うん、ありがとう」

 ううむ……不思議だ。東方君に励まされるだけで心の中のシコリが減るような気がしてくる。ちょっと元気になった。
 そうだよね、あんな奴の為にどうして私は生まれてこなければよかったと責任感じて、死んだほうがましだと怯える必要なんてあるんだろう! ああ、そう思うとなんだかムカっ腹立ってきた。
 こーなったら、アイツに攻め込まれる前にちゃっちゃかスタンドとやらを使えるようにしてやろーじゃないか!

「ところで三人とも、どうやって《スタンド》を出し入れしてるの?」
「ん?……簡単だぜ、「自分の身を守る」とか「敵を懲らしめてやる」って気持ちになりゃあいいんだよ」
「お、おおう……絶賛そんな気持ちの割には出てこない場合どうすれば」
「あとは本能だ!」
「ほ、本能!? ちょっと投げやりじゃあない!?」
「ううん、僕も相手スタンドの攻撃がキッカケで出たり、仗助君の言う二つの気持ちで動かしたりできたんだ」
「な、なんと……」
「でも、おめーは何かトロソーな顔してっから難しいんじゃあねーの?」
「おっ億泰君酷い……」

 木賊に聞いても「ダーってやってゴーってやってハーだよ!」という日本語でOK?みたいな説明されて諦める事を余儀なくされ、縹に聞いても「なんとなく」とか曖昧な感じに返されて結局分からずじまい。ベテラン(?)の三人に聞いてみても、明確な動かし方は得られなかった。そもそも、精神エネルギーだから、はっきりとした操作方法がないのかもしれない。
 やっぱり、三人の言う「気持ち」で「動かす」ものなんだろう。……ますます難しくなってきたぞ。

「ああ、後、承太郎さんが言ってたんだけどよォ、「認識」も必要らしいぜ?」
「認識?」

 なんでも、「できる」という「認識」がなかったりしないといけない事もあるらしい。私はどこかで、まだ自分はスタンドを出せないと思っているのだろうか。
 ぐぬぬ、気持ちというのは結構難しい。……私、さっきから難しい難しいと言ってばかりな気がする。
 若干気力が落ち気味な私は、強面なのに今はどこか暢気そうな表情をしている億泰君の顔を見てこれ見よがしに大きくため息をついた。


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