鉄壁の少女 | ナノ

3-2



 人生と言うのはおかしなもので、嫌な事があった次は良い事もやって来るもんだ。
 康一君がお金を取られてしまい、憂鬱な一日を過ごしたその翌日、落ち込んでいるであろう康一君の家へ東方君と億泰君、そして私の三人で励ましに行った。そして、私達は驚愕的場面に遭遇してしまうのだ。

「康一殿! 学校までカバン持たせて頂きますッ!」
「ねえ、やめてくれよ。ほっ本当に持つ気?」
「勿論ですッ! いよ、康一殿! 決まってますよ! 男の中の男!」

 どういうこったい。

「おっおい、億泰ゥ、山吹ィ〜〜」
「俺に聞くなァ〜〜、俺頭悪いんだからよォ」
「私も同じく……ただちょっと康一君表情が逞しくなった?」

 昨日、学校から帰ってから彼らの間に何かあったのだろう。
 事情を聞くと、済んだ事だから気にしないで、と康一君は苦笑する。ただ、「卵」であった彼のスタンドが「孵って」、幼虫のような、カメレオンのような、でもちょっと可愛いスタンドになっていた。彼が成長したことによるものなのだろうか。だって、《スタンド》って本体の作り出す精神エネルギーなんだから、精神力が強ければ強い程、強いスタンドが生まれるって事だよね。
 え、じゃあそうすると東方君って相当精神力高くない? だって《クレイジー・D》バリ強じゃん。億泰君も負けていないし、きっと承太郎さんも強くて素敵なスタンドなんだろうなァ……って、なんで私は承太郎さんに対してこんなに憧れを抱いてるんだい。
 まあ、翌日と打って変わってヘコヘコな玉美さん――恭しく頭を下げて康一君に挨拶していました――をしり目に私達四人は苦笑と、あとよく分からない笑いをこらえながら登校しました。

 本日の二時間目は化学の実験。実験室にて組み分けがなされ、私はまだ一度も会話したことのない女の子と組む事になった。向こうも話す事が苦手だったらしく、どこかギクシャクしながら始まったものの、ちょっとしたハプニング――試験管を落として割ってしまうというものだった――を経て少しだけ仲良くなれた。
 割ってしまった実験器具は東方君がさり気なく拾い上げる振りをして《クレイジー・D》で直してくれました。くぅっ、ハンサムだね!
 三時間目は教室で数学の授業。外で億泰君のクラスが体育を行っていた。
 お昼は実験で一緒になった女の事過ごした。彼女も口下手でなかなか友達を作るきっかけがつかめなかったらしく、私もだよ、と言って笑い合った。やっやりました、遂に女友達げっつぅううう。ただ、家の方向は真逆だったので一緒に登下校は出来そうにないです。……くう、無念。
 でも、これはここにきてい一番の収穫なのではないだろうか。念願の、女の子友達ですよ! それに、ここでは「普通」の頼れる男友達も出来たし、杜王町に来れて今はとても良かったと心の底から思う。三年以上も「普通」スクールライフを望んでその念願叶い、少ないけれど友人達と笑顔で過ごす一日――ああ、なんて幸せなんだろうか!
 私はとても浮かれていた。そう、それは、長い間手に入らなかった本を遂に手にしたときや、突然授業が休講になって休み時間が増えた時のようにだ。テンションが「ハイ」になっていて、ちょっと周りが見えなくなっている時と同じ、いや、今まさにそんな状態だった。だから、私は忘れていたのだ。
 正確に表せば、「忘れたかった」、言いかえれば「安心したかった」。もう「奴」は追ってこないと、二度とこの私の「日常」を脅かそうなどとはしないのだと。けれど、「奴」は狡猾でかつ悪意なく、そして私自身にも受け止めきれないような狂った「劣情」を抱えて生きている事を、私は、思い知る羽目になる。

 まず、重大な事を忘れていた。「奴」は――正体は知らないが――「奴」は学生である。そして、特殊な「能力」で他人の心を支配し、巧みに私を追い詰めていくのが常套手段だった。

「山吹ィ、化学の小林先生が用があるから来いだとよー」
「へ?」

 本日の学生のお勤めである授業も全て終えて、東方君達と帰宅しようとしたところに、未だ話した事のないクラスの男子に言われ首を傾ぐ。はて、私は小林先生に何か呼ばれるような事をしでかしてしまっただろうか。生まれてこの方、先生に怒られるような粗相をしたことがないので言い知れぬ不安が募る。
 先に行っててと言おうとすると、東方君の方が早く「待ってるから行って来い」と言われてしまった。あ、そうか一応「護衛っぽい」のが目的で一緒に帰ってるんだもんね。ここで対象である私一人おいて先に帰っていたら意味がない。お礼を言って私はカバンを机に置いたまま教室を出て急ぎ足で小林先生の下へと向かった。先生は準備室に居るとのこと。てっとり早く用件を済ませて早く東方君と合流しなくちゃ、彼に悪いよね。
 三階の準備室は、階段を上がって右へ曲がり、そのままずっと歩いて突き当りにある部屋だった。そこは人の出入りも凄く少なく、何より薄暗い。……私、狭くて薄暗い所が苦手なんだよなあ。
 先生は薄暗い部屋にある奥の棚よりさらに奥の一角に立っていた。

「やあ、来たね」

 先生は人の良さそうな笑みを浮かべる。そんな彼の手には試験管が一つだけ握られていた。

「私に、何か用ですか?」

 直ぐに用事を済ませてこの部屋から出たいがために、ストレートに聞く。すると、先生は苦笑して、中身のない試験管を、試薬を混ぜる時みたいに振り出した。すると、先生は苦笑してこっちにいらっしゃいと手招きをする。私は、部屋のドアを閉めて渋々先生の方へと近づく。
 私が先生の隣に立つと、先生は持っていた試験管へと視線を移した。

「おかしいんだ、この試験管……何かがオカシイ。何がオカシイって、僕は君がこれを落とすところを見たんだ。確実にこの目で捉えた。けれどどうだい? 僕が箒と塵取りを持ってきた時には既に割れた試験管は無く、あったのはごく普通の試験管だった」

 あれ、これってちょっと不味くないかな。私は、杜王町に来る前に住んでいた所での生活をフラッシュバックさせる。

「本数だって数えて確認したさ。きっちり100本。個数には変わりない。もし、君が割れた試験管を他の新しい試験管とすり替えていたなら99本になっている筈だからね」

 何が言いたい、とは聞けない。この人は、もしかすると《スタンド使い》なのかもしれない。だから、探っているのかもしれない。ああ、こんな状況になるんだったら東方君と一緒に来るんだったよ。
 先生は、一歩、踏み出す。それに合わせて、私は一歩、後退した。

「僕は知りたがり屋なんだ、とても色々な事に興味を持ってしまう。だから、ね……」
「っ!?」

 先生を避けるなんて失礼だろうと思ていた私は、先生が私の両肩を撫でる様に掴んできた時、直ぐに逃げ出す事ができなかった。そして、私の脳裏を掠めたのは、杜王町に来る前に散々悩まされて恐怖してきたあの――

「……君を、」
「うわァアアアアッ!!」

 私は突き飛ばした。何の躊躇も無く、先生を危険な薬品や実験器具でひしめき合うこの部屋で、思いっきり突き飛ばしてやった。この狭い空間で勢いよく転倒すると、勿論なかなか身動きが取れないのは自明。そして、私は先生の身体よりもスレンダーな事を活かして棚と棚の間をスイスイと抜けてゆき部屋を飛び出した。
 これまでずっと「奴」から逃げてきたのだ。逃亡はちょっとした十八番になりつつあった。……逃げ腰って意味じゃあない、よ、うん。
 準備室を飛び出して一目散に廊下を駆け抜けた。左に曲がって階段を降りようとすると、ぬっと人影が現れる。今更止まれない私は当然、その影の人物と衝突して私が押し倒す形となってしまった。

「イッタタ……あ、ごっごめん!」

 慌てて立ち上ろうとすると、腕を掴まれる。吃驚して硬直してしまった。私の腕を掴んだ人物はゆっくりと起き上がる。彼の顔を見た……――知らない顔だった。

「吃驚するじゃないか、廊下は走るなよ」
「す、すみません……」
「謝ったって許さないね。おい、制服のボタンがもげそうになってるじゃないか。お前の所為だぞ」
「ごめんなさいっ」
「だから謝ったって許さないって言ってるだろ? 何か償いをしてもらわなくちゃな。言っておくけど俺はお金で解決する行為が嫌いなんだ。弁償で済むと思うなよ」
「そ、んな……」

 トラウマを思い出しただけでなく、こんなタカリ見たいな状況に陥るなんて……女友達が出来て浮かれすぎた私への罰? そんな罰あり?
 名も知らぬ男子生徒は私の腕を掴んだまま考えるそぶりを見せ、暫くすると名案だとばかりな表情を浮かべて私を見る。……ああ、何だかとても嫌な予感がする。こういう時に限って鈍い私の予感は的中する――

「そうだ、君可愛いから俺の彼女になってよ」
「ん、なっ……!?」

 出会って数分しか経っていない上に無理矢理付き合えだなんて、私がそこまで気の弱そうな女に見えるのかい?……そうだよ、気が弱いよ。自分のしでかした罪にどうしようもなく責任を感じてしまう様な程ね。
 私はその場で打ちひしがれる。全身から力が抜けて、諦めという感情がじわじわと胸の内を侵食していくのが分かる。ああ、この状況、何だか一度体験したことがあるような気がする。

 ――私の頭上に影が差した。


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