鉄壁の少女 | ナノ

3-1



〜第3話〜
少女、仲を深める




 清々しい朝を向かえ、さっさと朝食を済ませ、家を出る。すると、丁度東方君も出ていく所であったので、一緒に登校する事になった。お互いに、無言で歩く。何か話題はないかと考えあぐねいていると、彼の方から話題を振られた。

「昨日のアップルパイ、やっぱすげー美味かったぜ」
「ほんと!? 良かった」
「おふくろもかなり気に入ってよ。また今度作ってくれよ」
「うん!」

 きっかけはアップルパイ。そこから、昨日の出来事とか、スタンドの事、これからの事と少しだけ話した。あと、億泰君とも協力するから仲良くしてくれって感じの事も。
 うん、まずは誤解をとかなくっちゃね! その事をいうと、何と億泰君は私が《レッド・ホット・チリ・ペッパー》の本体とは考えていないと教えてくれた。じゃあ、安心していいって事かなあ。でも、じゃあなんであんなふうに怒った顔をしてたんだろう。……元から強面だから、私が勘違いしちゃっただけかな。
 安心したという事や、勘違いしていた事を笑い話にして歩いて行けば、億泰君の家の前。「おーい」と東方君が呼びかければ、バタバタという忙しない音と共に億泰君が現れた。彼は、私に気づくと少し警戒したような表情をする。うう、話しにくいじゃあないか。
 億泰君の警戒を解くように諭してくれたのは他でもなく東方君だった。事情を説明して、私がまだ《スタンド能力》に目覚めていない事、能力のある「ストーカー」に狙われている事、そして、近所である自分たちが一応、護衛っていうと大げさだけれど、そんな感じの役目に抜擢された事を伝える。すると、億泰君は別に敵意を持っている訳ではないと言い出した。彼の言葉の意図がつかめず、東方君と共に首を傾いでいると、彼は後頭部を掻きながら、視線を宙に彷徨わせて言う――

「あー、なんつーか……悪かったな、この前は。まるでおめーが犯人みてーな態度とっちまってよ」
「え……あ、いっいや! ほら、私が見える事を黙ってたのも悪いし、きっ気にしてないよ!」
「そうか?」
「うんうん」

 私が何度も頷いて、気にしていないという事をアピールすると、億泰君は豪快に二カッと笑った。……笑った所がちょっと可愛いと思った事は、本人には内緒にしておこうかな。
 私達は、肩を並べて意気揚々と歩き出す。ほんのちょっと前の気まずさはなくなっていた。うん、いい朝だ!! 東方君は、私のアップルパイの事を話し、それを物凄く羨ましがる億泰君。い、いやそんな大層なものじゃあないぞ。

「ちぇー、女の子の手作り菓子……いいなあ」

 そういう事かい。

「ん? 何なら作ってこようか? けっこーいろいろな物作れるから、リクエストとかあったら……」
「マジか!?」
「まっ、マジです」
「おい億泰、んな詰め寄ったら山吹がひっくりかえっぞ」

 女の子に一度も手作りお菓子とかもらった事が無いらしい。まあ、強面だから、怖がられやすいんだろうなあ。……よし、これからお世話になる事だし、腕によりをかけてやろう。
 それにしても、冷静になってよく考えてみると、スタンドというきっかけさえなければ、私達は多分、出会わなかっただろう。引っ越してきたとしても、私はきっと億泰君とも話すらしなかったと思う。そう考えると、何だかちょっと得した気分になった。
 私達は、再び杜王駅に向かって歩き出す。

「ん? ねえねえ、あれって康一君だよね」
「ん〜?」

 ベンチに座る柄の悪い男と、その男に挑むような姿勢で佇む康一君を目撃し、それを二人に伝える。何を話しているかは、私達の距離では分からない。だが、私にはあまり好ましくない状況に見えた。

「ああ、ありゃ確かに康一だなァ〜〜。あいつ、人付き合いいいけどよ〜〜、結構柄の悪そうな奴と付き合い多いよなー」
「でも楽しそうだなーっ」
(え、それってカモにされてるんじゃない?)

 口には出さなかったが、君達、それって康一君がいろいろとやばいんじゃあないかい? え、私の見解がおかしいの?……どうしよう、彼らへの接し方が分からなくなりそうだ。――いや、きっと大丈夫だ。そう思いながら、私は康一君とガラの悪い男を見つめる。気になったらとことん凝視してしまうといういつもの悪い癖だ。だから気づいた、康一君の様子がなんだかおかしい事に。幸い、他二人も康一君と合流するつもりだったのでどんどん康一君に近づいて行く。
 彼らに結構近づいて、気づいた。康一君の胸の辺りに大きな錠前が融合している。これはおかしい。まさか、《スタンド》? 私は東方君と億泰君を見やる。すると、二人も私を見て頷く。
 男が、康一君からお金を取ったその時、東方君が男の背に声を掛けた。

「なにやってんスか? あんた」
「あ〜〜〜〜?」

 男は振り返る。頬に、十字の古傷があった。

「今、康一の財布から取ったもん元に戻して下さいよ。社会人が高校生にタカリかけてんスか? 働いて稼いで下さいよ」
「あのねーっ、ボーヤ達は引っ込んでなよ〜〜っ。これは二人の問題つーもんでしてねーっ」
「そ〜〜はいかねーっスね〜〜。俺達の町にくせーゴミはいらねェースからねェ〜〜。ましてや、今見てたけどせこい《スタンド》を使う……ゴミが出て来たとなりゃあ袋詰めにしてどーにか処理しねーとよォ〜〜〜〜っ」

 な、なんという言い合い。そして東方君が怖い。だが良いぞ、もっと言ってやれ!! 優しい康一君の心に付け込む輩なんか君の《クレイジー・D》でぼっこぼこにしてしまえぇええ。
 康一君の胸の錠前は、億泰君が引っ張ってみるが取れない。どうやら、これは目の前にいる男が解除か、条件を満たさない限りははずれないタイプのようだ。私達が、この錠前が見える事に驚く男は、自分以外のスタンド使いと初めて会った様だ。普通の人には見えない事から、やっぱりこの錠前が彼のスタンドなんだ。
 とりあえずこの錠前を外して貰わねば、康一君の身にどんな災厄が降りかかってしまうだろうか。分からないからこそ、外して貰わねば。東方君が男に錠前を外すよう諭すが、男は逆に怒り出す。彼は、「遊びでやってるんじゃあない」と吠え、罪を犯した者には償いを与えなければならない、それが社会のルールだとか言って自分はそれを教えているだけだと主張し始める。なんて奴だ。タカリを正当化させようとするなんて!

「それとも何かァ!? おめーらが康一の代わりに払うのか? おめーらが払うんなら許してやるぜ……ヒヒヒ」

 なんて品の無い笑い方をするのだろうか、この男は。ムッとした表情で私は彼を睨む。すると、男は余裕の笑みを浮かべて「そんな可愛い顔で見つめちゃってどうしたのかなァ〜〜?」なんて茶化してくる。女だからと完全に私をなめてる。悔しいけれど、まだスタンドを発現していない私には、スタンド使い相手にどうする事もできない。
 けれど、何か言い返したい。私は、別に見つめてなんかないと言い返そうとして口を開くが、康一君の「待って」という叫びに結局閉口するほかなかった。

「今、七千円とったじゃないか!」
「七千円はおめーが一円も持ってねェーって嘘こいた分だよ、ボケェ!!」
「ええ!?」

 なんでも、康一君は新品の自転車で登校しようとしていた所、道路で袋詰めされた猫を引いてしまったのだそうだ。その分の金の徴収が出来ていないと男は言う。
 ちょっとまって、おかしいでしょ。まず、猫が道路に袋詰めされて置かれていた所からおかしい。

「50万は払ってもらうぜ」
「50万ンン!?」
「ちょっと、まず猫を袋詰めにして置いておく方が……」

 男に意義申し立てしようとしたその時だ。横にいた億泰君がズカズカと男に詰め寄り、その屈強な筋肉をしなやかに動かしてごっつごつの拳を彼の頬に叩き込んでしまう。

「うるせーっ、ダボがッ!」
「おっ億泰君ッ!」
「お、おい無茶すんなよ」
「な、なんて鋭いパンチング……流石億泰君」

 億泰君の行動に、三者三様の反応。康一君はどこか焦ったような表情で、東方君は声の割には表情や佇まいは冷静そのものだ。私は……なんだか感心してしまっていた。

「ウダウダ言ってんじゃあねーぞこのタコ!」

 億泰君はスッとろい事は嫌いだったらしく、このなかなか動かない状況をさっさと片付けてしまいたいようだ。うん、考える事が苦手な億泰君らしいや。まだ付き合いが短いと言うよりも、知って三日くらいしか経ってないけれどね。彼、分かりやすい性格なんだな、うん。
 彼が男に詰め寄ると、男は今度はヨロヨロと後退していく。その様子が、何だか挙動不審で訝しむ感情を引き起こさせる。そして、「あっ」と気が付いた時には男は盛大に転び、顔をコンクリートに打ち付けて、前歯を折ってしまった。……うう、痛そう。
 案の定、男は悲鳴を上げる。すると、億泰君が、まさか転んで前歯を折るとは思っても見なかったのか引き攣った笑顔を浮かべ始める。……あ、何だか嫌な予感がする。

「うわァ〜〜っ! 前歯が折れちまってるよォ、ひっでェなァ〜〜あんた〜〜!」
「おっおい、待てよ。だっ大丈夫か……?」
「億泰君! ソイツに対して「罪の意識」を感じちゃあだめだッ!」

 康一君の警告も間に合わず、億泰君の胸に大きな錠前がかけられた。ワザとだ。態と億泰君の心に罪悪感を抱かせて貶めた。なんてヒキョーな男なんだ、この人! しかも、この錠前がまた厭らしい能力を持っていて、錠前をつけられた者が本体の男を攻撃すると、そのダメージが「自分自身の錠前」に返って来るのだ。
 男は、前歯を折った痛みで涙をダラダラと流したまま「イヒヒ」と下卑た笑声を上げる。うう、生理的にこの笑い方は受け付けられない。

「おい、康一がひき殺した猫ってのはコイツのことかい?」

 絶体絶命のピンチかと思われたその時、東方君が血が滴る袋の中から猫型の人形を引っ張り出して言う。その人形からは、不気味に掠れた猫の鳴き声が発せられていた。
 東方君は次に男の方へと歩み寄り、彼の怪我の具合を見るかのように男の顎に触れる。茫然としている隙に彼は《クレイジー・D》で男の折れた前歯を治してしまった。彼の能力を知らない男は、どうして折れたはずの前歯が元通りになっているのか把握できずに焦燥した表情になった。
 猫をひき殺してもいない、男の怪我もない。だからだろうか、康一君と億泰君の「罪の意識」が消えて、錠前も消滅した。
 一変、不利になった状況に怖れ、男はズルズルと後退する。そんな彼に東方君はトドメと言わんばかりに康一君から取った七千円を返せとドスのきいた声で言う。すると、男は観念したのか「近づくな」と片手を前に出して牽制しながら素直に財布を地面に置き、そして脱兎の如く逃げて行った。

「よかったァー、二人とも取りあえず何ともなくて」
「ほんと、助かったよ」
「くっそおー、ボコボコにしなかったのが心残りだぜ!」
「しかし考えてみるとよー、恐ろしいスタンドだぜ。もっと狡猾にやられていたらたまったもんじゃあねーぞありゃあ、よ」

 確かにそうだ。男の手がまだ甘かったから良かったものの、もっと卑怯で計画的だったらなばどうなっていた事やら。
 一安心した、と安堵の溜息をつくと、突然、康一君が悲痛な叫び声をあげた。どうしたのか、と私や東方君、億泰君が彼を見ると、彼はお札のほんの切れ端だけを持って青い顔をしていた。例の男が端っこだけを残して本体全部持ってまんまと逃げ去ったからだ。銀行に持って行っても取り替えてもらえるのは男が持ち去った方のみ。
 朝から悔しい思いを抱えながら、私達は学校へと向かった。


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