鉄壁の少女 | ナノ

2-4



 東方君の怪我の手当をした後、不器用な長男・縹が焼いたホットケーキと、ホットケーキを焼く前に作ったアップルパイを卓の上に並べて――そのアップルパイを出した時東方君は「グレート」と言って驚いていた。何故だろう?――、私と縹、そして東方君と承太郎さんでそれを囲む。末っ子と三女は次女に任せた。……ちょっと不安だけれど、仲良く静かにしている様に言いつけてあるから、だい、じょう、ぶ……。
 そんな事よりも、重要な事がある。彼らがわざわざ家を尋ねてくるという事は、何かあるのだろう。私は佇まいを正して、承太郎さんを見た。

「まず、君が「悪霊」と呼んでいたモノ……これは《スタンド》と言って、《スタンド使い》にしかこれは見えない。ここまではいいか?」
「はい……あ、でも、私は……」
「君もまだ発現はしていないが《スタンド使い》になる可能性は十分ある」

 承太郎さんから告げられたのは、驚くべき事実であった。
 《スタンド》――それは、精神エネルギーが形となったモノで、《スタンド》はその人自身の本質を顕著に表しているらしい。……縹があんな荒々しいスタンドという事は、ご察しの通りです。
 さらに、《スタンド》を攻撃できるのは《スタンド》だけであり、《スタンド》が傷つけばその本体も同じ、傷つくらしい。となれば、スタンドが死んでしまえば本体も、逆に本体が死んでしまえばスタンドは消滅してしまうらしい。……な、なんて恐ろしいの。
 また、その所為で《スタンド》を見れるのは《スタンド使い》のみで、更に《スタンド》に触れられるのは《スタンド》のみ。それは絶対で、唯一、《スタンド》が「物体」に触れる時だけは人間の方も感触を得るらしい。この事実から、私もスタンド使いという事にはなるのだけれど、一度として出した事がない。承太郎さんは発現していないだけだと言っているけれど、じゃあ、発現ってどうすればできるのだろうか。

「何時から見える様になっていたんだ?」
「それは、生まれた時かららしいです」
「成程……生まれながらの《スタンド使い》という事か」

 スタンド使いには「生まれながら」の者と「何らかの原因でなる」者がいるらしい。私は前者だが、縹は後者だ。だって、この町に来る前は、見えなかった人間だったんだ。その事を承太郎さんと東方君に言えば、二人は表情を険しくする。
 彼らは、今度は縹に質問してきた。

「君は、どこかで「矢」に打たれた記憶はないか?」
「「矢」?……「矢」だったかは分からないっスけど、確か、背中から何かにブッスリされた記憶はあります。ただ、気が付いたら傷がどこにもないんで気のせいだとは思ったんスけど」
「……成程な。おそらく、君は「弓と矢」によって《スタンド》能力を引き出された人間だ」

 兄弟にスタンド使いの才能があったという事は、その血縁者も遺伝するらしい。生まれながらという訳ではなかったが、縹にも血縁者としては才能はあったみたい。

「君のこの能力について知る者は?」
「姉ちゃんと……っつーか、うちの兄弟は全員知ってますよ、一応。まあ、末の奴も姉ちゃんと同じ生まれながらの《スタンド使い》っスからね」
「な、んつー兄弟……」

 縹の発現に東方君は驚愕する。まあ、普通は吃驚するよね。あ、そうそう、兄弟は知っているけれど両親は知らないという事も一応断って置いた。

「で、うちの姉に用ってあの「ストーカー」の事にも関係あるんですよね」
「ああ……君との戦闘で確信した。桔梗、君は《スタンド使い》に狙われている」
「……そう、なりますよね」

 私、今顔がかなり引き攣ってるんだろうなあ。優しい東方君や、縹が心配そうな表情を浮かべている。二人に、大丈夫だと笑って、私は承太郎さんに向き直る。

「「ストーカー」は相当に粘着質な野郎だ。君が奴から逃げる為にここに来たという事を知れば、再び君を追ってくるだろう……それどころか、ますます悪質になる可能性が非常に高い」
「……」

 やっぱり、と思った。
 もう耐えられない、と両親に無理を言って転校させてもらった。両親だって、私の気持ちをくみ取ってくれて、転勤を理由に転校させてくれた。けれど、「奴」はまたやって来る。こんなの、束の間の休息だというのは、重々理解しているんだ。

「対象が《スタンド使い》となれば、俺も動かざるを得ない。幸い、近所には仗助も億泰もいる。何かあったらこいつらに頼ると良い」
「え、でもっ――」

 言いかけた私を片手で制する承太郎さん。彼の翡翠の瞳はとても綺麗で、思わず見惚れてしまった。……はっ、こんな惚けている場面じゃあないでしょ私の馬鹿!

「迷惑だなんて考えるな。無理をして事が大きくなる方がよっぽど迷惑だ」
「は、はい……すみません。その……ありがとうございます」

 なんて論理的で効率的思考ができる人なのだろう。……あ、そういえば、承太郎さんもスタンド使いなのかな。どんなスタンドを使うんだろう。本体もこんなカッコいいんだから、きっとスタンドもカッコいいんだろうなあ。
 私が、東方君や億泰君の協力を得るという事で一先ずこの件は片付く。私も、しっかりと警戒しておかなくちゃ。

「なあ、山吹。これってマジで手作り?」
「ん? そうだよ」

 東方君が指さして言うのは、私が作ったアップルパイ。彼は、私が肯定すると、物凄き、そしてまた「グレートォ」と驚いた。彼の口癖なのかな?
 彼は、アップルパイを色々な角度から凝視しながらこれで店を出せる、なんてほめてくれる。ううう嬉しい。兄弟以外に余り手作りお菓子とか出した事無かったから、凄く不安なんだけれどね。
 堅苦しい話も終わったので、東方君と承太郎さんはまず、アップルパイをつつき始めた。……じょっ承太郎さんがアップルパイを食べてる、食べてるよォおおお。なんだかとても感動的場面に遭遇しているようにしか感じられない私って、一体承太郎さんに対してどんなイメージを持ってるんだ。

「うっ、うめえ、うめーよ山吹! ねえ、承太郎さん!」
「ああ」
「あ、りがとうございますっ!」
「おめーの兄弟は週に三回もこんなウメーもん食ってんのかよォ」
「結構昔からお菓子作りしてますし、姉ちゃんは器用っスから」

 う、うふふ、うふふふふ……。嬉しすぎて変な笑い声が出そうですよ、お三方。
 私の好きな紅茶、ダージリンを入れて私達は一服。とても有意義な時間だった。……だったんだ――私達は、不意に奥の方で妙な騒音を聞く。物がいくつも落ちる音と、そして、女の子の悲鳴。それは三女・蒲公英と次女・茜のものだ。

「げ、喧嘩してる」
「はっ縹、直ぐにバスタオルか何かもってきて!」
「おう!」
「え? 喧嘩? なんでバスタオル?」
「木賊を止める為に必要なんだよ」

 疑問符で頭がいっぱいだろう東方君と承太郎さんを伴って、私は隣の部屋へと向かう。そして、予想はしていたけれど、余りにも酷い有様に脱力しそうになった。
 部屋は、タンスがひっくり返り、お皿が割れて、机も壁に激突したままになっている。こんな惨事、後ろの二人には見せたくなかったけれど木賊がスタンド使いなんだから仕方ないか。私は、縹が持ってきたバスタオルを持って、声を張り上げる。

「木賊!」
「げ、ねえちゃ……」

 私は、青い顔をしている木賊にバスタオルを投げた。投げられたバスタオルは、バサッと大きく広がり、彼の視界を覆い尽くす。その隙に一気に彼との距離を詰めて、予想通り「バスタオルが消えた」と同時に両手で彼の両頬を抓った。

「兄弟喧嘩でスタンドは使わないって約束したでしょォ〜〜」
「ごべんなざい、ごべんなざい! もうしまふぇん〜〜っ」
「次やったらおやつ減らすからね」

 何とか捕獲(?)成功。その後は、承太郎さんと東方君に木賊の能力の説明タイムが待っていた。
 木賊の能力は「ものを特定の場所に瞬間移動させる」というもので、いわゆるテレポーテーションというやつだ。場所は、木賊自身が訪れた事のある場所。ただし、イメージが出来ていなければ正確には瞬間移動できない。そして、瞬間移動させられるのは一度に一つ。ただし、それが何かに接触している場合、接触している対象も一個体として見れるのだ。
 けっこう便利だが、時には面倒くさいくらいに厄介な能力だ。彼がどこに飛ばしたのか分からなければ探し物すらできなくなってしまうのである。大惨事になってしまっている部屋は、東方君の《クレイジー・D》の修復能力で大方直してもらった。壁の穴も割れた皿も元通りだよ。ほんと、便利だね!
 承太郎さんは、「SPW財団」とかゆう巨大組織に連絡する為に早々に帰宅。東方君は、大方部屋を修復した後に、夕飯が待っていると言って帰宅した。あ、ちゃんと御礼として、アップルパイをプレゼントしたよ。朋子さんと一緒に食べてねって。

(……守られてばっかだなあ)

 引っ越す前も、この町に訪れた後も。兄弟や友人に助けてもらってばかりである。

(私にも、もし、スタンド能力があるのだとしたら……)

 可能性があるのなら、発現してみたい。スタンド使いになって、今度こそ、「奴」を追い返して、今まで迷惑かけてきた家族や友人に恩返ししていきたい。
 今度、億泰君や康一君、東方君にも、どうやってスタンドを出すのか聞いてみようかな。

「早く、明日こいこい」

 夕飯の支度をしながら、私は鼻歌を歌う。今日は本当に気分がいい。承太郎さんと東方君にお菓子が美味しいと褒められたし、勇気づけられたし、悪霊だと悩んでいた力も本当は精神エネルギーの表れだと知れたし。
 億泰君にも、伝えたいな。なんだかものすごく警戒しているみたいだったし。もしかすると、あの《レッド・ホット・チリ・ペッパー》の本体だと思われたりしているのかも。誤解は早めに解いておかなければね!
 どうか、明日も一日、平和に過ごせますように――私は切実に祈った。


.
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -