鉄壁の少女 | ナノ

2-3



 仗助、億泰、康一の三人は、東方家の庭のある一角から、山吹家、正確に言えば桔梗の様子を窺っていた。彼らが、この日彼女を見てはいたものの、どこも変わらない、ごく普通の少女だという事しかわからなかった。
 その日の夜だ――
 仗助は承太郎からある奇妙な二つの情報を得た。ソレは、桔梗がぶどうヶ丘高校に転校してくる前の頃の情報であった。彼女は成績も結構優秀な方で、全寮制の高校に通っていたらしい。寮のある高校は珍しく、そこはやはり結構な有名校であった。そこで抱いた一つの疑問。寮があるにも関わらず、彼女は転勤に合わせて態々転校したのだ。しなくてもよい転校を、ましてやよい高校に入学していたにも関わらず、彼女はこの杜王町のぶどうヶ丘高校へと転がり込んできた。
 ――何故?
 もう一つの情報では、彼女は「ストーカー」に悩まされていたというものだった。なんでも、3年以上は続いているらしく、なんども警察への依頼があったらしい。これらから導き出された答えは、「ストーカー」から逃げる為に、転勤をきっかけにして転校してきただけ。これでは彼女が《スタンド使い》という確証どころか、ある意味プライバシーの侵害になってしまっただけではないか。
 しかし、「奇妙な情報」は彼女がストーカーに悩まされていたという事ではない。そのストーカーが妙だという事なのだ。なんでも、ストーカーは「何人も」捕まっており、彼らは何故彼女に「ストーカー行為」をしていたか「全く覚えがない」のである。これではただの桔梗の被害妄想で終わってしまいそうだが、ストーカー行為をしたという情報もしっかりと取れているので、妄想という領域から明らかに逸脱している。
 これら二つの情報から導き出される一つの仮説。それは、彼女が――

「もしかすると、山吹桔梗は《スタンド使い》に狙われている可能性がある」

 承太郎は、電話越しに仗助へと言った。そしてそれを聞いた仗助は思った。それじゃあ、山吹の命が危ないのではないかと。
 スタント能力を兼ね備え、それで三年以上もねちねち彼女の心を追い詰めていた野郎が、遠くに引っ越しただけで彼女を諦めるとは考えにくい。寧ろ、逆上して親戚たちを襲いかねない、非常に危険なものだ。

「明日、彼女にその事を伝えねばならん。彼女自身にも警戒心を持ってもらうためだ。スタンドの戦闘中に取り乱す事もなかったのだから理解は出来なくとも聞き入れる事ぐらいはするだろう」
「分かりました。俺も、一応周囲には警戒しておくっス」

 仗助はそうして電話を切った。

(ま、おふくろも親しい隣人だし、せっかく出来たダチだしよォ……これくらいはやってやらねーとな)

 まさか、三年以上もストーカーに悩まされていたとは思わなかった。彼の勝手な見解だが、そんな事をされれば精神的にも来て頭がおかしくなったりすると思っていた。実際、精神病になったりという噂も聞く。
 しかし、彼女は精神病どころか、ごく普通な女子高生として過ごしている。承太郎からも、精神病に罹ったという話はない。……言っていないだけという場合もあるだろうが、それでも、彼女はとても落ち着いており、よく笑う明るい仗助のクラスメイトである。結構笑顔だってチャーミングだし、見てるやつを和ませるタイプだよなァ、なんて――


 * * *


 用事があるとかで、桔梗は仗助達が声を掛けるよりも先に下校してしまっていた。なんて行動が早い女子だろう。……感心している場合ではなかった。仗助も急いで帰宅し、承太郎とともに、山吹家へとやって来た。まあ、すぐ隣なので徒歩10秒程度で到着だ。

「で、どうやって説明するつもりっスか?」
「ああ、そこなんだがな……」

 承太郎は、ふと閉口する。仗助は、どうしたのだろうかと不思議に思った。その時、二人の背中に低い声がかかった。

「うちになんかようっスか?」

 振り返れば、億泰程はありそうで、それでいてガタイの良い長身の少年が立っていた。何故少年とわかったのかといえば、彼が身に着けているスポーツバッグに「ぶどうヶ丘中学校」と記されていたからである。
 少年は、ギロリ、という睨みをきかせて仗助と承太郎を見上げてきた。承太郎に対してメンチきってくる輩がいるとは、いやはや仗助は驚きだった。その為か、彼が言っていた言葉を理解するのに数秒を有した。

「ここ、お前んち?」

 仗助は知っていたが、あえて問う。先日、彼がこの家に帰って行ったのを億泰と康一と共に目撃しているのだ。彼は確か長男だった。
 問いに、「そうです」と口調は丁寧だがぶっきら棒に答える少年の視線は、以前、鋭い。しかし、それに物怖じするような空条承太郎ではない。彼の視線をものともせず、寧ろ一歩前に出て、高い視点から彼を見下ろす。

「君のお姉さんに話があるんだ」
「……へえ」
「?」

 桔梗に用がある、そう言っただけで、更に彼の視線は鋭くなる。先ほど場では、サボテン程だったが、今はサバイバルナイフ並に鋭利だ。何故そんな態度をとるのか、ただこちらは危険を知らせたいだけだというのに。
 とにかく、説明しなければ。そう思って口を開こうとした瞬間、承太郎は手に鋭い痛みを覚えた。見下ろしてみれば、彼の大きな手のひらが真一文字にざっくりと切られている。血が大量に滴り、アスファルトを赤く染めていく。ハッとして顔を上げて少年を見れば、少年の背後には確かに存在するモノがいた。それは、まるで人間が猛獣になったような姿だった。手足の五本指の爪は獅子のように鋭く、全身はフサフサとした毛に覆われ、口が覆いきれない程大きな牙を二本、持っている。

「また性懲りも無くやってきやがって……でもな、《あの時》の俺のままだと思ったら大間違いだぜ。俺は、漸くアンタと同じ能力を得て、同じ土俵に立ったんだ、ぜってー負けねえッ!!」
「おッ、おい、お前なにか勘違いしてねーか? 落ち着けよ、俺らは別におめーとやり合おうっていうわけじゃ……」
「そうやって油断させる気だろーが! もうその手は喰らわねえ!」
「ッ!?」

 説得しようとした仗助の左腕が裂ける。瞬く間に、彼の鮮血が辺りに飛び散った。

(おいおいおい、どーゆう事だ? なんで山吹の弟が《スタンド使い》なのか今は置いといて……一体どんな能力なんだ? さっぱりわからねえ)
「さっさとそっから出やがれ。家をてめーらの血で汚すわけにゃあいかねえからな」

 仗助は、半分戦闘態勢に入っていた。次の攻撃が来る前に、隙を見つけて彼に一発大きいのを叩き込むつもりであった。しかし、隣にいた承太郎が彼の言う通り、敷地内から出ていくので、彼に続いて仗助も出た。
 空気は凍るように冷たく、両者何も言葉を交わすことなく、にらみ合いが続く――
 先に動いたのは少年の方であった。彼の《スタンド》が拳を振りえげてくるので、承太郎も仗助も共に身構える。承太郎には《スタープラチナ》という最強のスタンド――時を1から2秒間止められる――がいるが、いかんせん、少年の能力が不明なので迂闊に使えない。タイミングが必要なのだ。

「今日こそ、てめーの能力を暴いて、喉を掻っ切ってやるッ!!」

 本気の殺意であった。一般の少年が抱くには、余りにも大きすぎる殺気に、承太郎と仗助は度肝を抜かれる。だからだろうか、彼らは気が付かなかったのだ。

「縹ァ!」

 玄関から駆け寄ってくる、黒い影を――

「ッ!?」
「なにッ!?」
「ッあ……ねえ、ちゃ、ん……」

 三人は、茫然とした。特に、少年は茫然を通り越して愕然としている。
 彼らの間には、一人の少女がいた。少年のスタンドの拳を腹と腕で受け止めている、エプロン姿の少女がいた。彼女の手には、まだ未使用のフライパンとお玉が握られていた。彼女は、「うげえ、きつい」と目に涙を溜めながらうめく。それもそうだろう、《スタンド》の拳を生身で受けたのだから。

「ねえ、ちゃ……どうし……」
「こんの馬鹿たれ!!」
「いでッ!?」

 呻くのを止め、少年のスタンドの腕を払いのけたと思えば、少年の姉・山吹桔梗は彼を持っていたフライパンの腹で思い切り殴りつけた。ぱこん、というこぎみ良い音が鳴る。先程までの殺気と威圧感は一体どこへ落としていったのか、少年は本当に、ただの少年になってしまっていた。

「イタイイタイ姉ちゃん、それ使用済み!? 危ないって!」
「安心して、まだ生地を作り終わった所だったからまだ未使用」

 しかし、フライパンは人を殴る物ではない。
 その事を突っ込みそうになったが、桔梗の背中がやけに剣呑な雰囲気を纏っていたので、言葉は喉の奥で止まったままになった。

「「幽霊」の能力を喧嘩に使うなっていつも言ってるのに何で破ったの」
「ち、違う、違うんだよ姉ちゃん。あいつらが「アイツ」の手先だと思って……」
「何言ってんの! この人たちはいい人だよ。あと強いからアイツなんかに操られたりしない」
「でもさ、昨日あいつら姉ちゃんの事いろいろ調べてたんだよ!」
「え?」

 そこで漸く、桔梗は承太郎と仗助を振り返る。本当なの? と問いたげなその表情に、苦々しく笑いながら頷けば、ほんのすこし、悲しそうな表情をした。そして、再び少年の方へと振り返る。

「私が、「悪霊」……あ、違った。えっとね、最近知ったんだよ……うーんと、あ、そうそう《スタンド》だ!」

 ごく最近まで、彼女は《スタンド》の事を悪霊だと思っていたらしい。承太郎は昔、自身が初めてスタンド能力に目覚めた時の事を思い出し、笑ってしまった。そんな彼の小さな表情の変化に気づかずに、話は進む。

「《スタンド》が見えるって言う事を教えなかったから、だから彼らは調べていたんじゃないかな」
「あ、やっぱ見えんのか」
「うん。あ、でも《スタンド》は見えても使えないよ?」

 仗助の言葉に律儀に答えてから、再び少年に向き直る。そして、彼女はハッと気づいたように言うのだ。結局悪いのって私じゃない?

「あちゃー」
「ねっ、姉ちゃん……「あちゃー」じゃねーよ、「あちゃー」じゃ」
「じゃあ、やっちまったぜ」
「フレーズ変えても一緒だから」

 先程の殺伐とした空気は一体どこへと向かっていったのか。いつの間にか、日向ぼっこをしよう、とでもいうような雰囲気になってしまっていた。彼女はその後、仗助と承太郎に、迷惑をかけた事を深く謝罪する。仗助は、彼女の腹の状態は大丈夫かと問うも、本人はニパリと笑って「平気だよ」と返してくる。しかし、心配なのでと《クレイジー・D》で触れてみればやはり青痣よりも悪く、まったく彼女はやせ我慢してそれを他人に隠すようなタイプのようであった。仗助は承太郎とともに「やれやれ」と呆れながら彼女の腹部を治した。
 承太郎の怪我は《クレイジー・D》で治るので大丈夫だと仗助が言えば、良かったと安心する、が――

「アレ、東方君は自分の怪我治さないの?」
「ああ、俺、自分の怪我は治せねーのよ。ま、これくらいの怪我どうって事……」
「よし、今すぐ手当てしよう。蒲公英ォ――! 救急箱用意しといてー!」

 太い仗助の手首を掴んで、空いたままの玄関から大声で中にいるであろう他の兄弟に頼みを出す。

「いや、だいじょう……」
「ばい菌入って膿になったら大変だし、なにより弟の不始末は長女の私がしなくちゃいけないから、ね!」
「おっ、おお……」

 自分のことは平気で放っておこうとした割には、他人の事となると一変する。自分に厳しいのか甘いのか分かりにくいが、彼女はおそらく前者の方だろうと仗助は思う。
 やけに真剣な表情の桔梗に、何も言えず、大人しくなるしかなくなった彼は、しぶしぶとついて行こうとする。そんな二人に、少年は不満げな表情で「ちょっと、姉ちゃんおやつ作りどうすんだよ」
 そう、彼女はいま、兄弟の為におやつを作っている真っ最中だったのだ。エプロンとお玉、フライパンがその証拠だ。彼女は、「あー」と言ったのち、思考を廻らせると、掴んでいた仗助の手をはなし、そして少年に歩み寄る。彼女は持っていたフライパンとお玉を彼に預けると、一言。

「任せた」
「ちょ、おおい!!」
「だいじょぶ、だいじょぶ。一種はホットケーキだからいけるいける」
「いやいや、無理無理。オレ不器用だってしってるでしょ! おい! 姉ちゃん!」

 はははと無邪気に笑いながら、桔梗は仗助と共に、家の中へと入って行った。
 愕然として、ぶるぶると震えている少年。そんな彼が哀れだったのか、早く中に入れと言う意味なのか、少年の肩に承太郎はポン、と軽く手を置いたのだった。


.
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -