たまにやっちゃう
あるよく晴れた休日のことである。私の家に、二人の大柄な少年がやってきた。二人とも、歳は少年なのに見た目が損所そこらの青年よりも威圧感のある男だ。
彼らの名は180センチ越えをしているのが仗助君、そして彼より少し身長の低い方が億泰君だ。二人とも、ご近所さんである。特に、仗助君はお隣さんだ。
「ど、どうしたの二人とも?」
威圧感バリバリの二人に少々気圧されながらも問いかけると、仗助君は苦い顔をして、億泰君は私に何故か泣きついてきた。珍しい彼の行動に私の思考は一瞬ストップする。狼狽していると、ちょっと怒ったような顔で仗助君が億泰君を引っぺがした。
「この前、化学の宿題が出ただろ?」
「え? ああ、うん」
化学の鈴木先生にはずっと苦手意識を持っているので、自然と気分が沈む。しかし、仗助君や億泰君の手前、いやな顔を見せられない。気を取り直して私は二人を見上げた。
「その宿題がよォ〜〜、明日までにやってこれねぇと俺達夏休み返上して補講うけにゃならなくなんのよ」
「……見せないよ」
「わーってるって。桔梗は宿題を写さしてくんねーのはよォ」
「とーぜんです」
不満げな顔をする億泰君に、私は「いーっ」と歯をむき出しにして威嚇行為をした。全然効果はなかった。
「ちょうど課題を進めていたところだし、二人ともとにかく中に入って。三人で一緒にやろう」
「さっすが桔梗ゥ〜、頼りになるぜぇ〜〜っ」
「分かるまでおせーてくれるから、ほんと助かるぜぇ〜〜っ」
「もー、二人とも調子いいんだから」
呆れつつも、二人を放って置けないのは友人だからか、それとも二人の醸し出す子犬オーラのためか。……両方な気がするよ。
玄関にいつまでも大柄な二人が立っていられては困るので、私はさっさと二人を家にあげることにした。広い机のあるリビングへと通し、私は台所に向かって先程焼いていたクッキーとピーチパイを取り出す。ソレを適当に更に盛り付けて、冷蔵庫にて冷やしてあった麦茶を三つのグラスに注ぐ。それらすべてをお盆の上にのせ、二人が待つリビングへと持って行った。
「はい、じゃ、これからみっちり教えますからね!」
「宜しく頼むぜ桔梗センセー!」
こうして私達は課題を片付け始めたのだった。
30分ほどして――
「で、できない……」
私は、冷や汗を垂らしながら紙面と向かい合っていた。
「桔梗にも出来ない問題だとォ〜〜ッ?」
私と仗助君、億泰君は漸く殆どの問題を片付けることが出来たのだが、なんと最後の一問で詰まってしまったのである。
教科書をあさっても似たような例題は見つからず、かといって使えそうな公式を何度か試してみても途中で理論が成り立たなくなって答えが出ない。完全に、お手上げだった。
藁にもすがる思いで仗助君や億泰君を見るも、二人はぶんぶんと頭を振るだけだった。
まさに(仗助君と億泰君の)絶体絶命。そのときだった。仗助君が素っ頓狂な声を上げた。
「承太郎さんに聞いてみりゃあイイんじゃあねーか? あの人ならこれくらいの問題きっと、ちょちょいのちょいだぜェ〜〜っ」
「おおッ! そいつぁいいアイデアだ! さっそく連絡とろーぜェッ」
「で、でも承太郎さん忙しくないかなぁ」
「だぁーいじょうぶだって!」
行き詰った私達は、結局承太郎さんのもとへ行くこととなった。仗助君が連絡したところ、「大丈夫だ」と許可をもらったのだ。
杜王グランドホテルに到着した私達は、承太郎さんが宿を取る部屋へと向かった。ノックをすると、「入れ」と奥から聞こえてきた。私たちは頷き合うと扉を開き中へと入った。
* * *
私達は、さっそく承太郎さんに問題を見せる。すると、彼は「ああ」と頷いたのちスラスラと問いを解き始める。よどみなく書かれる内容は、私には全く見覚えのないものばかり。解き終えた承太郎さんを茫然としながら見上げると向かいに座る承太郎さんは、
「珍しいな、これくらいの問題を桔梗が解けないなんて」
「えっ」
というように、逆に不思議そうな目で私を見下ろした。いやいや、全然簡単とかそんなレベルじゃあなかったですよ。私は教科書を見やった。すると、承太郎さんも私の前から逆さに教科書を覗き込む。……あ、ええっと、その……――
(近いです)
なんて言えたらいいのに。承太郎さん、雰囲気や性格だけでなく顔も男前だから心臓がドッキドッキしてしまう。
緊張しながら教科書をパラパラめくっていくと、不意に前に座っていた承太郎さんの大きな手がページをめくる私の手を掴んだ。思わずドキンッと心臓が跳ね上がる。
「なるほど、君が出来ない訳だ……これは一つ上の学年の範囲だ」
「なっ、なにィ――――ッ!?」
仗助君と億泰君は騒然となった。私はピキリ、と身を硬直させたまま承太郎さんを見る。
「あのセンコーッ! 俺達に嫌がらせしやがってぇッ」
「なんだか……私、自信を打ち砕かれて傷心中……」
がっくり、と肩を落として私は俯く。その頭に、温かく大きな手が乗せられた。この感触には覚えがある。承太郎さんのものだ。彼には、本当に助けられた。彼が居なければ、大げさかもしれないけれど、問題を解くことができなかった。
私は、顔を上げて承太郎さんを見上げる。彼はフッと不敵な笑みを浮かべていた。つられて私も笑顔になる。
「ありがとうございました、これで仗助君も億泰君も私も無事に課題を提出できそうです……これも『父さん』のお蔭です」
「ああ、たいしたこ……ん?」
「あ?」
「ん?」
「へ?」
ぴしり、と空気が一瞬にして凍らされたように固まる。私は承太郎さんを見つめたまま、そして彼に見つめ返されたまま、自分が言ったことを振り返る。確か、私、承太郎さんのこと――
「っ〜〜〜〜〜!!!!!?」
慌てて口を押えても時は既に遅く、さっと視線を走らせれば、ニヤニヤとした顔で笑いをこらえている億泰君に仗助君、表情は帽子で隠れていて分からないけれど、肩を震わせて時折クツクツという笑声を漏らす承太郎さん。
「そ、そんなっ、みんなして笑わなくてもいいじゃんッ」
羞恥心で顔だけ熱帯雨林にいるようだ。
「だ、だって、おまっ、『父さ』――」
「わああああっ、言わないで言わないで恥ずかしいからぁあああっ」
言いかけた仗助君の口を慌てて手で塞いで私は誤魔化した。いや、誤魔化しきれてないけれどさ。
「ううっ、小2のころに慕っていた先生にもおんなじことやっちゃてたなぁ……すっごいお世話になって大好きな先生だったもんなあ」
小さい頃の恥ずかしい出来事を思い出しながら項垂れる。
「それってーと、桔梗」
「ん?」
「つまりあれだよな」
「あれって?」
「仗助、彼女が妙なところで鈍いのは分かっているだろ」
「……私、いま怒るところでしょうか承太郎さん」
「フッ、どうだろうな?」
垂れた頭を上げて承太郎さんを見上げれば、まーカッコイイ不敵な笑みを浮かべて見下ろしてきて。麗しいですよ。
「すいません、なんか……いろいろとすいません」
未だ頬が火照っているが、冷ますよりも承太郎さんへの謝罪が先だ。彼は既婚者なのに、なんと失礼なことを私はしてしまったのだろうか。この失態を教訓に、もうしないようにしなくては。
(あーもー……いっそ、《スタープラチナ》でオラオラしてくれたら気が楽なのにィ……)
そう人知れず落ち込んでいると、不意に影が差す。視線を上にやると丁度こちらに手を伸ばす承太郎さんと視線が絡んだ。吃驚して思わず目を瞑ると、「オラッ」というキレのいい掛け声とともに、これまた「ビシッ!」というキレのいい音、そして微かな痛みを感じる。
小さな悲鳴を上げてからソロリと瞼を上げると、悪戯が成功したような意地の悪い笑みを浮かべる承太郎さんと目が合う。どうやら私は、デコぴんというやつをやられたようだ。無意識に、彼にデコぴんされた額を手でおさえる。
承太郎さんは、「これで許してやる」と言いニヤリと笑うとすっくと立ち上がる。
「茶を用意しよう。億泰、手伝ってくれ」
「あ、はいッス!」
億泰君を伴って離れたところにあるポットとティーパックのもとへ向かう承太郎さんの背中を見つめたまま、隣にいる仗助君に話しかける。
「どうして承太郎さんってあんな男前なの」
「おれにも分からん」
「いま、すっごく胸がきゅ〜ってなった。やばかった。あの人は人間兵器だと思う」
「……ふぅ〜ん」
気のない返事しかしてくれない仗助君だが、今は気にならない。いやもう、なんてったって、承太郎さんを見つめることに必死なんですって。
28歳って、結構おじさん、なほうだよね。でもなんであんなに若々しいんだろう。でもただ若々しいってわけじゃなくてそこには年齢相応の静けさやオトナの雰囲気が漂っていて……とっても不思議である。
どれくらい、見つめていたのだろうか。たぶん、ほんの数秒程度だ。だって、横にいる仗助君に頬をひっぱられてしまったのだ。おかげで痛みに意識を仗助君に投げることとなったのだ。
「痛い痛い、仗助君痛いよ〜」
「ふ〜ん」
「なんでそんなドライなのぉ〜〜っ、私何かしましたかッ?」
「いんや、べっつにィ〜〜っ」
「え、えええ〜〜……」
その後、仗助君の指の形に真っ赤な跡が付いた私の頬を、億泰君が馬鹿笑いして突っつくのだった。
――――
あとがき
きっと、お茶を用意しながら奴もガキだなぁ、なんて思っていたんだと思いますムフフ。
仗助君要素が少なくだいぶ承太郎さん要素が多かったのですが……まっまあいっか、うんうん。
やきもち焼いて不機嫌になると、口数が減って意地悪になるというイメージ。
更新日 2013.08.17(Sat)
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