鉄壁の少女 | ナノ

大事な子






 見慣れない風景に、普通は心躍るのだろうが、私の今の心境では、新天地に浮かれていられるほどの余裕などなかった。
 杜王町――なぜ、私が夏休みにすらなってもいないのに、この場所にやって来たのか。それは、私の通う中学校……いや、私の身の回りに問題があった。
 私は、奇妙な能力を使うストーカーに追われていた。サイコパスとか超常現象とかぶっ飛んだ言い方だと思うけれど、《奇妙な能力を使う悪霊》が取り憑いた人間に追われているのだ。そういう奴が存在しているのだ。普通の人間では見る事が出来ないが、私には《その存在》を見ることができるのだ。
 ストーカーの所為で、私の通う学校の一部が大破し、暫く学校に通う事が出来なくなった。怖くなった私は、両親に相談して、杜王町に住む親せき(おじいちゃんとおばあちゃん)に一時期預けられることとなった。

「桔梗ちゃんや、たまには気分転換に外で散歩にでもいかないか?」

 外に出ることが怖かった。私ではなく、他の人に迷惑がかかるからだ。だから、極力外に出ないようにしていた。けれど、ひきこもる私を心配したおじいちゃんが私を外の散歩に誘う。ここしばらくは何もないし、私も好きで引きこもっている訳ではない。ちょっとくらいならいいか、とそんな考えでおじいちゃんとお散歩に向かった。
 それが、間違いだったと《あの時》は思った。けれど、《あの時》がなければ、私はずっと今のままだったのかもしれない。

 それは、よく晴れた日のことだった。おじいちゃんに誘われるままに外へ出てブラブラと当てもなく二人で散歩をした。田舎田舎と言われてたわりには、道路は整い、人通りも多く賑わっている。百聞は一見にしかず、とはこのことか。
 しばらくぶりの外の空気に、私は浮かれていた。ほんの少しの間、《やつ》のことなど忘れて散歩を楽しんでいた。けれど――

「あ、すみません」

 どん、と肩が何か硬いものにぶつかる。見上げると、ガラの悪そうな、いかにも不良ですっていう人と目があった。厳つい顔、改造学ラン――けれど、《やつ》に追われるよりも恐怖は感じない。私の表情が、無表情だったからなのか、それともあまり怖がらなかったからなのか。ぶつかってしまった相手は不機嫌に顔を歪めると私に詰め寄っていちゃもんをつけてきた。辺りをサッと見渡したが人はおらず、助けを期待できそうになかった。
 相手が中学生だからか、それとも女の子だからか、はたまた仲間が後ろに二人ほどいるからか。強面を私に近づけてきてワザと滑舌悪く顎をしゃくりながら脅してくる。ぶつかった私も悪いので「すみません」と頭を下げる。すると、足りないと言って体で払えだなんて無理難題を押し付けてきた。すると、おじいちゃんが私と不良の間に割って入って「やめてくれ!」と言う。すると、不良はおじいちゃんを突き飛ばし罵詈雑言を浴びせる。

「やっやめて下さい!」

 おじいちゃんは悪くない。私はおじいちゃんに殴りかかろうとする不良の前に立っておじいちゃんを庇う。大柄な不良の影が私に迫ってきた。
 私は、殴られた時の痛みが怖くて目をつぶった。

「?」

 けれども、いつまでも衝撃は訪れない。まさか、と私は青ざめて目を開ける。

「ぎゃああああ!?」

 ああ、やっぱり、来てた。
 私に殴りかかろうとしていた不良は、まるで操られる木偶人形のように不気味な動きを見せた後、近くにいた仲間に殴りかかる。人間の力とは到底思えないほどの腕力で仲間を殴った。腕がビキビキと撓る音が聞こえる。骨の悲鳴だ。
 人間の筋肉は10%ほどしか使用されていない。間接や骨が筋肉の起こす力の作用に耐久しきれないからだ。だから普段は脳がリミッターをかけて制御している。外すのは窮地に陥ってしまいそれをなんとか切り抜けようとしたとき。いわば火事場の馬鹿力ってやつだ。
 しかし、どうやら《やつ》の能力はリミッターをかける脳に直接作用するのか、問答無用でリミッターを外してしまう。しかも、それは《乗っ取っている》間ずっと継続されているので、いうなれば常にフルパワーで稼働するくせに発生した熱を冷やす作業を失ったモーターのようなもの。いつぶっ壊れてしまってもおかしくはない。
 私は、おじいちゃんをその場に残し、震えて竦みそうになる体を無理やり動かして飛び出した。一瞬、《やつ》が取り憑く不良の動きが鈍る。その隙に、顔中血だらけで身体もボロボロな不良二人の腕を引いて私の後ろへと投げた。

「逃げて! 死にたくなかったら逃げなさい!」

 私は叫んだ。すると、彼らは一目散に逃げていく。残されたのは、《やつ》と私だけ。

「なんで、助ける……桔梗、君を、殴ろうとした、やつの仲間、を……」
「フェアじゃあないから、だよ」

 声が、震える。足も、手も、何もかもが恐怖で震えている。今すぐにでも逃げ出してしまいたいけれど、このまま目の前の不良を置いて行けば、確実に《やつ》に殺されてしまう。それだけは、避けたかった。

「君が大人しく来れば、大丈夫、なにもしないよ……」

 にやり、と顔を歪めて《やつ》は言う。私は考えた。捕まるのも、殺されるところをみるのも、両方嫌だった。だから二人が助かる方法を考える。けれど、そんな都合のいい作戦なんて思いつかなくて、泣きたくなって、どうすればいいのか分からなくなって――
 私は、強く目をつぶった。

 ――ガオン!

 奇妙な音が聞こえた。

「ドラァッ!」

 威勢のいい雄叫びが聞こえた。
 驚いて目を開けると、地に伏せる《やつ》の入っていた不良。気絶しているようだ。そして、驚いたのは彼の傍に立つリーゼントヘアな二人の大柄な不良。彼らの傍に《立って》いる透明だが確かにいる存在。
 私は、茫然となった。ぼうっと突っ立っていると、二人の内、堀の深い顔をしている人(ハーフかな? 目の色が綺麗だ)が私に近づいてきた。その人はとても大きくて、優に180センチはありそうだった。

「あんた、大丈夫か?」
「へ?」
「傷はねえかって」
「え、あ……はい、ありません、大丈夫です」

 ポカンと言う顔で尋ねて来た彼に返事をすると、目の前の彼はニカリと人懐っこそうな笑みを浮かべる。

「こっちは大丈夫そうだぜェ億泰!」
「おう! こいつぁ完全に気ぃ失っちまってらァッ!」

 独特なリーゼントをした彼は、もう一人の億泰と言う少年を振り返って言った。
 ――助かった?
 今まで出会ったことのない状況に、私の頭は全くついて行けない。

「もう平気だ。安心しな」
「あ……」

 混濁とする思考の中、見た目とは裏腹にとても優しい声をする彼の言葉が私の胸にストン、と落ちてきた。
 もう大丈夫、大丈夫、怖くない――

「あ、私……私ッ……」

 目頭が熱くなり、ぶわりと目の淵に何か熱いモノがたまってゆくのが分かった。私の顔を見ていた彼がぎょっとする。それでも、溢れてくる感情を抑えることなんかできなかった。

「うっ、ひっぐ、うぐっ……わ、わだじ、わだじッ……」
「あ、え、あァ〜〜、おっ億泰!」
「おっ俺かァッ!? 泣かしたのは仗助だろうが、おめーがなんとかすんのが筋ってもんだろォッ!」
「ンなわけねぇだろ!」
「ううっ、ごべんだざい〜〜っ」
「あーもー泣くな! 頼むから泣くなよォ〜〜ッ。俺らこんななりしてっから勘違いされちまうって」
「ずびばぜっ……」

 億泰と言う人に仗助と呼ばれた独特リーゼントの人は困った顔で私と億泰という人を交互に見る。
 私を慰めるためか、困った笑顔のまま、彼はそっと遠慮がちに私の頭を撫でる。しかし、その行為は更に私の涙を誘うだけであって……。
 結局、勘違いした巡回の警官に私が必死で弁護することになったのだった。

 初対面の人の前で大泣きするというなんとも黒歴史なるものを建設したわたしだが、そのおかげで頼りになる先輩を持つことが出来た。
 私の事情を知った先輩達は、さらに頼りになる男の人――仗助先輩の《甥》で空条承太郎さん(28歳)――にも《やつ》について話を通してくれた。なんでも、《やつ》や仗助先輩、億泰先輩、さらには承太郎さんが使う《悪霊》は実は《スタンド》と呼ばれるもので、使う人間の精神を具現化したものらしい。しかも、それは《スタンド》を持っている人にしか見えないので、見える私も《スタンド》が使えるらしい。なぜ、ビジョンが現れたり能力が使えないのかは分からないけれど。
 スタンドの絡む事件の経験が豊富な承太郎さんからの提案で、何かあれば仗助さんや億泰さんに連絡するように言われた。私が中学校に帰るまでに、何とかするとも彼は約束してくれた。その話を聞いた時の肩の力の抜け方は半端じゃあなかったなぁ。
 仗助先輩と億泰先輩と関わるうちに、《スタンド使い》の知り合いも増えて行った。例えば、二人の友人である康一先輩。男子高校生なのに私よりも身長が低い人だった。あとは、康一先輩に恋をする由花子様。……ええ、由花子《様》なんです。それと、自称康一先輩の舎弟である玉美さん、自称友人の間田さん。彼らと関わるうちに、私は紆余曲折を経て自分の《スタンド》を発現させるのだが、その話はまたどこかで。
 スタンドを発現させて間もなく、私はストーカーと対峙した。仗助先輩に協力してもらって、なんとか倒すことはできた。ストーカーは刑務所送りになった。またストーカー行為をするようならば、承太郎さんと仗助さんが地の果てまでも追ってぶっ潰すと脅すと、怯えたように刑務所にこもった方が安全だと泣いた。意外と小心者だった。
 ストーカーを退治した後もいろいろあった。
 電気野郎と呼ばれる《レッド・ホット・チリ・ペッパー》との戦い、奇妙奇天烈な漫画家『岸辺露伴』(スタンドは《天国への扉》)という人との戦い――
 いつのまにか、私の世界は広がっていっていた。


 ある日のこと、私は偶然道端で出会った仗助先輩と共に杜王の町をうねり歩いていた。二人きりになるのはストーカーとの戦い以来だった。
 二人で、他愛のない会話を展開する。

「おめーの作る菓子を食ってからというもの、あまり既製品のやつ食ってうめーって思わなくなっちまってよォ〜〜」
「ええ!? そ、そんなに美味しかったですか?」
「おうよ。持って帰ったやつはおふくろにつまみ食いされた挙句ほとんど食われる始末よ」
「へ、へへ、でへへ……そんな褒めないで下さいよぉ〜、照れますって」

 喜びに身悶えていると、頭を撫でられる。ここ、杜王町に来てからというもの、承太郎さんやジョースターさんや仗助先輩たちによく頭を撫でられるようになった。嬉しいからいいけれど、みなさんそんなに頭を撫でるのが好きなのだろうか。

(仗助先輩のおかげで、私の恐怖時代は終わったんだよね……)

 お化けと爬虫類が異様に苦手で情けないときだってある。それでも、いざという時、プレッシャーをも跳ね返して敵を打ち砕くダイアモンドのように輝く存在。この人に出会えて、本当に良かった。


 * * *


 仗助は、横で鼻歌でも歌いだしそうなほどご機嫌な少女を見下ろす。その小さき存在は、初めて出会ったころの印象とあまり変化していない。
 不良に絡まれて困った顔をしていたのに、さほど恐怖心を抱いているようには思えなかった。だから、少し気がかりだったが大丈夫だろうと思っていた。しかし、絡んでいた不良の様子が急変してから、この世の終わりの様な表情を浮かべて小刻みに震え始めたときは流石にビビった。
 不良の様子もおかしかったので、これはただ事ではないと判断し、億泰と共に助けに入ろうとした。しかし、そのとき彼は思わず足を止めてしまった。桔梗が、狂ったように暴れる不良に、怯えながらも地に足付けて対峙するからだ。今にも泣きだしてしまいそうなくせに、気張って、目すらそらさずに、対峙するのだ。
 なんて度胸のある奴なのだろうか、と当時の仗助は思った。だから、急に泣き出した桔梗に戸惑いもした。ついさっきまでは気丈に振舞っていたからだ。けれど、やはり彼女の普通の女の子なのだ。怖いものは怖いし、泣くときは泣く。
 だから、だろうか。仗助は、彼女を放って置けなくなったのだ。

「先輩っ、先輩っ、見て下さいあれ、あれ!」
「ん〜?」

 強いけれど、やっぱりどこか弱い所も見せる。ころころ表情を面白いくらいに変える。そんな彼女を――

「カメです!」
「どわっ!? やめろ! 俺ァ亀が苦手なんだよォ〜〜ッ!」

 ――大事に思うんだ。





――――
あとがき

 鉄壁夢主 年下Verです。
 きっと、由花子さん以外は名前に《先輩》とつけて慕っていそうです。とくに、仗助君に対しては忠犬ハチ公なみにくっ付いて歩きそう……恩人ですから。
 由花子様は由花子様であって由花子様の何物でもないのですね分かります。

 つっきー様、このたびはリクエストありがとうございました。
 鉄壁夢主のIFで年下だった時のお話で友情とのことでしたが……仗助君との絡みがすこし薄くて申し訳ないですっ。
 もしよろしければ、受け取ってくださいませ!



更新日 2013.08.02(Thu)
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