鉄壁の少女 | ナノ

時には憧れる






「あれ、噴上君だ」

 鈴のような可愛らしい声と嗅ぎ覚えのある匂い、そしてむず痒さを感じ、振り返れば案の定――

「よう桔梗。買い物か」
「まあ、そんなとこです」

 照れたように笑う桔梗の手には、買い物袋があった。そして彼女は再び口を開く「噴上君は」と。

「どうしたの? いつもの彼女達は?」

 きょろきょろと辺りを見回す彼女は、身構えて恐々としている。以前、二人で話している所を取り巻きの三人に目撃された時、鬼のような形相で迫られたことがあるのだ。それがトラウマなのか、彼女はあの三人に苦手意識を抱いているようだ。
 鼻を引くつかせると、取り巻きたちの匂いはないので、近くにいない事が分かる。それを伝えるとホッとした表情を浮かべて笑った。おそろしく分かりやすい。

「噴上君っていつもバイクでブイブイ言わせてるイメージがあるけれど今日は全然そんな事ないんだね」
「俺がバイクで事故ったことをネタにしてるだろ、それ」

 天然なのかそれとも世間知らずか、時々さらっと心を抉ってゆく桔梗。いや、もしかすると常に行動を共にしているあのワル達(約二名)に感化されたのかもしれない。確率は高いだろう。

「噴上君は……」
「それ」
「え?」

 やっぱりだ。なんだかむず痒い。

「おめー仗助や億泰はては康一や露伴なんかを名前で呼んでる癖に、俺はいつまで経っても苗字で呼ぶよなァ」
「え、あ、そっそれは」
「俺は仲間外れってかァ〜悲しいぜェ」
「そっ! そういう訳じゃあないんだよ!」

 ちょっとつつくと、桔梗は必死な表情で詰め寄ってくる。

「最近知ったけれど、ふっ噴上君って私達より年上で……だっだから馴れ馴れしくしちゃあ駄目かなあとか、いきなり呼び方変えたら不自然だなァとか、その、考えちゃって……」

 噴上裕也は思いだす。そうだ、彼女は杜王町きっての生真面目だったということを。

「気にしねーよ。むしろ、変に気を使われりゃあむず痒くてしかたねェー」
「あ、そっそうだったんだ。ごめん、気づけなくて!」
「いや、だからそれが……ああ、もういいや」

 きっと、彼女の生真面目さは一生変わることのないだろう性格だ。言っても無駄だと早々に悟った裕也は肩をすくめて落ち込んでいる桔梗の頭の上にポンと手を置いた。

「おめーが呼びたいよーに呼んでくれ。なんなら、あいつらみてーに《裕ちゃん》でもいいんだぜェ〜」
「そ、それは流石に報復が怖そうだから遠慮するねっ!」

 ちょっとは期待してみたり。

「あ、あの!」
「ん?」

 声を上げたと思えば、彼女は直ぐに俯いた。匂いからして恥ずかしがっている。しばし、もごもごと口をまごつかせていたと思えば、彼女は恐る恐る顔を上げて上目づかいに見てきた。

「じゃ、じゃあ《裕也君》……?」
「……」
「……」
「……」
「だ、だめ、かな?」

 裕也は、くるりと踵を返すと近くの木に長いコンパスで歩み寄る。そして、幹を武骨な両手で掴むと、自らの額を激突させたのだった。

「ふっ噴上君ン――――っ!?」

 驚いた桔梗は慌てて彼に駆け寄る。チカチカと明暗する視界で桔梗をとらえると、裕也はニヤリと笑みを見せて親指を上げたのだった。そんな彼に「何やってるの!」と狼狽しながらハンカチを取り出し、傷ついた額から出る血を拭う。
 正直、危なかった。何かに目覚めそうだった。
 しかし、下手に山吹桔梗に手を出せば、彼女の守護神でもあるあの男の報復が恐ろしい事になるだろう。態度からは分かりにくいことが多いが、匂いで感情の起伏をある程度分かる裕也は知っていた。桔梗の傍にいる時のあの男はひどく幸福を感じていることを。そんな男が大事にしている女だ、絶対に手を出したらヤバいに決まっている。
 だがさっきのは可愛かった。ふつーに可愛かった。不安げな表情で見上げている様がグッとくる。あのリンゴほっぺに思わずキスしたくなるほどだ。怖くて絶対にやらないがな。

「ん? どうした?」

 一人思考を巡らせて、最終的に納得、と頷いていると不意に視線を感じた。なのでその先にいる桔梗に尋ねると、彼女は照れたように微笑んだ。

「へへ、噴上君ってなんかお兄さんみたいだなーって」
「兄貴だァ?」
「うん!」

 にへら、と笑う桔梗。というか、さっきあれほど「噴上君」は止めろと言ったのに。しかし今は流そう。そうめんのように。

「面倒見が良かったり、カッコよかったり……私、噴上君みたいなお兄さんが欲しかったなあ」
「……なら、そうするか?」
「へえ?」

 ポカンとした表情で見上げてくる桔梗。そんな彼女に、裕也は甘いマスクで微笑みかけた。彼の言葉を理解したのか、段々と彼女の表情が輝く。

「じゃっじゃあ、じゃあっ……ゆっ《裕にぃ》って、呼んでも、いい!?」
「おう、いいぜ」

 許可を出すと、更に表情を輝かせる。彼女は、嬉々とした顔で、詰め寄ってきた。

「あ、あのね! ずっとずっとカッコよくて頼りになるお兄さんが欲しかったんだ!」
「でもおめー長女じゃあねーか」
「長女だからこそだよ! うううっありがとう! 今すっごく嬉しい!」
「そうかいそうかい、そりゃあ良かったなァ!」
「うん。あ、でも人前で言うのはちょっと恥ずかしいかも」
「なら二人きりの時でいいだろ?」
「うん、分かった!」

 恋人のポジションは全力で譲ろう。

「ひひひ、嬉し〜っ」

 桃色の頬を更に朱に染めて喜びを表現する桔梗の柔らかい髪の毛を梳きながら頭を撫でる。

(ただし、兄貴ポジションは譲らねえぜ)

 こうして妹分を手に入れたのだった。





――――
あとがき

 きっと素敵なお兄さんになると思うんだ噴上君。
 ただ単に《裕にぃ》と言わせたかっただけ。





更新日 2013.5.23(Thu)
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