鉄壁の少女 | ナノ

勘違いはほどほどに






 プールの授業が始まったと思えば直ぐに期末テストがやってきて、そうしていつの間にか夏休みが始まっていた。
 ミンミンと、どこもかしこも蝉の鳴き声が聞こえてくる。
 ぶどうヶ丘高校一年の私こと山吹桔梗は、友人たちと出かける初めての公共プール――ウォーターなんとかっていう水をテーマにした遊園地みたいなものだ――へと出かける最中であった。集合場所は杜王駅。ちょっと急いでいる為に、私は仗助君と億泰君と共にバスに乗って向かっていた。

(……うぐぅ)

 正直言うと、物凄く蒸し暑い。バスは冷房を効かせてくれているはずなのだが、いかんせん、バスの中がひどく混雑している為に殆ど涼風は人肌に吸収されてしまって効果なし。また、ぎゅうぎゅう詰めなためにいろんな人の足や手が当たってくる。女子供ならいいが男の人だったりすると何だか不愉快になる。……仗助君なら別だけどさ。

(あーもう、また当たった)

 先程からしつこく当たってくる手がある。柔らかい生地のショートパンツな為に余計感触がリアルに伝わってきて困った。払いのけようにも、私の手は体と同じように身動きの取れない状態だ。

(くそう、こうなりゃ《スタンド》を使って追っ払うしかない)

 一般人相手に気が進まないが、どうにも不快感を耐える事が出来ない。私は覚悟を決めて脂っこい手首を掴もうとした。その時だ、横からぬっと大きな手が伸びてきて私の傍にあった手をひっぱたく――と同時に別の手が私を強引に引っ張った。その感触には覚えがある。
 ――仗助君だ。

「大丈夫か?」
「……うん、ありがとう」
「気にすんな。あたりめーの事をやったまでよ」

 脂っこい手をひっぱたいたのは仗助君の《スタンド》である《クレイジー・ダイアモンド》だった。流石に一般人相手に殴るような事、ましてやこの人ごみでは大きな事は出来なかったらしい。うん、優しくて配慮のある人だ、まったく。
 その後、私はお婆ちゃんが座る席の丁度隣に立たされる。そして仗助君と億泰君の二人が壁になるように、人ごみと私との境界線となってくれた。ヤダもう、二人ともカッコイイ。
 しばらく、がたんごとんとバスが揺れて走行した。

(あ……)

 私は気づいてしまった。さっきの脂っこい手が、他の女の子のお尻を撫でているのを。性懲りもなく、女の子のお尻を狙うスケベ野郎には粛清をしなければならない。同じ女の子としての責任というものか、私は覚悟を決めると《レディアント・ヴァルキリー》の腕を伸ばし、そしてその男の腕を捕まえたのだった。
 強引にこっちへと引き寄せて、「この人痴漢です!」って叫ぼうとした。

「えっ……」

 先程の女の子の手が伸び、近くにあった人の手首を捻り上げる。まさか、違う、その人じゃ――

「この人、痴漢ですっ!」

 女の子は可愛らしいソプラノ声で叫んでしまった。
 車内は騒然となり、おそらく濡れ衣だろう男の人は戸惑いの表情を浮かべている。《レディアント・ヴァルキリー》が掴んでいる男の腕は必死に振りほどこうとしているが、そんな軟な力で私の《スタンド》の手を振りほどけるわけがない。
 警察が呼ばれ、最寄の停車場に着くと、女の子は、「やっていない!」と叫ぶ男の人を――他の人に手伝ってもらいながら――バスから引き下ろす。だめ、だめ、その人には罪はないのにっ!

「桔梗?」
「ちょっといってくる!」

 私は仗助君と億泰君の間をすり抜け、人ごみをかき分けながら外に出る。勿論、捕獲した男の腕も引っ張ってだ。下車する間際にベタベタと脂っこい男の腕を掴むと、私は連行されそうな男の人と警察に向かって待ったをかけた。

「その人は犯人じゃあありませんっ! 本当の痴漢はこの人です!」
「なに!?」

 私の手の上に《レディアント・ヴァルキリー》を重ねて押さえつけてあるので、男は私の腕を振り払えないでいた。それでいい、どんどん焦ればいい。
 偶然女の子のお尻を撫でていた場面を見ていた事、その手を掴んで「痴漢です」と言おうとしたところで彼女が間違えて別の人を痴漢扱いしてしまった事を説明した。

「私もこの人にお尻撫でられました。間違いありません、この人です」
「ご協力感謝します」
「いえ。冤罪だなんて酷いにも程がありますから」

 本当の犯人を警察の人に渡すと、何故か拍手をもらった。……う、うーんちょっと恥ずかしい。
 ちらりとバスの方を見てみると、仗助君と億泰君が「よくやった!」と言いたげな笑みを浮かべて親指を立てている。私もそんな二人にピースを送った。

「あ〜もう災難だったわね、私も貴方も。でもおかげで助かったわ、ありがとう」
「いえ、私にお礼をする前に犯人と間違われた彼に謝罪をしてください。危うく罪もないのに汚名を着せられる所だったんですよ? 貴方の所為で」
「うっ……」

 少し強く言い過ぎかもしれないが、彼女の一言の所為で、間違われたあの男の人の人生が終わってしまう危機だったのだ。そういう危機感っていえばいいのかな、持ってほしいんだ。言葉に責任を持ってほしい。
 私の訴えが通じてくれたのか、女の子は申し訳なさそうに男の人に謝罪した。良かった、これで一件落着って奴かな。

「あ、あの……」
「あ、大丈夫ですか? 気分とか」
「え、ええ……」

 あらぬ疑いを駆けられた男の人は、とても痴漢なんかできそうにない優しい雰囲気を持った人だった。なんだか、災難だったな、この人も。
 彼はにっこりとほほ笑み、お礼を言ってきた。私はトンデモナイ、と首を振る。

「罪のない人が裁かれて、本当の犯人が裁かれないなんて……世の中不公平ですもん」
「……そうだね、本当に」
「貴方が捕まらなくてよかった」
「ああ、僕もそう思うよ……あ、名前、教えてくれないかな。恩人の名前を憶えておきたいんだ」
「そんな、恩人だなんて……ただのしがない高校生ですよ」
「いや、頼む。教えてほしい……」

 結構真面目な性格なようだった。私は恥ずかしかったが、男の人だけに聞こえる音量で答えた。

「山吹桔梗っていいます」
「山吹さん、だね」
「はい」
「僕はただのしがない会社員の《増田クロオ》です」
「増田クロオさん、ですね」
「うん」

 私とクロオさんは手を取り合って握手を交わした。彼の手は、まさに仕事をする手、という感じで指にペンだこや紙でささくれたような跡があった。仕事熱心なのがうかがえる。

「おーい、さっさと乗らねーと発進しちまうってよォ〜!」
「え、あ、うっうん! 二人とも、早く乗りましょうっ!」

 窓から仗助君に教えられて漸く周りを確認するといつの間にか野次馬は消えてバスに乗る人は乗っていた。慌てて私は女の子と男の人と共にバスに乗り込んだ。

「なかなかカッコよかったぜェ〜ッ桔梗ゥ〜〜」
「へ、へへへっ……ありがとうっ! うへへ」
「なぁ〜にニヤニヤ笑ってんだよォ〜ッ!」
「うわぁッ!?」

 仗助君に褒められて照れていると、横の億泰君が首に腕を回してきてグリグリと私の頭をこねくり回す。すると、仗助君が億泰君をいさめて私から引き離してくれた。ちょっと強引だったから引っぺがすって言った方が合ってるかもしれない。
 一日の初めから何だか色々と大変だったが、問題は難なく解決したようで良かった。


 * * *


「いつまで出ないつもりよ」
「だっだって、だって、これ……」

 プールについて更衣室にて、私は由花子さんと暫しの門答を繰り返していた。原因は、私が身に着けるもの、水着である。

「なんでっ、ビキニなんですかっ!」
「私もよ」
「由花子さんはスタイルがいいからいいのっ」

 私の体を見て下さい、由花子様。ぷよぷよの腹部にぷよぷよの太もも、そして貧相な胸元――こんなんでビキニなんていう水着を着てみてください、居た堪れないでしょうに。

「もう着てるわ」
「そこは言わないでくださいぃ〜〜……」

 がっくりと膝をついた私。
 そもそも、お母さんが「スク水だなんてもうやめなさい!」なんて言って勝手にビキニをつくろって来るからいけないんだ。初めてのビキニデビューをまさかこんなところでするなんて思わなかったよ。
 唯一の救いは、ビキニにフリフリが付いていて下着のようになっていないことだ。これがもう紐と少々の布きれだけだったら私は本気で泣いていただろう。

「分かりました、じゃあパーカーを着させて下さい」
「だめよ」
「じゃっじゃあ気休めに持っていかせて下さいィ〜〜っ」
「……はあ、仕方ないわね」

 漸く、由花子様のお許しが出たので、私は鞄に詰め込んでいた薄手のパーカーを取り出した。これがなきゃあ一日やってらんないね。気持ち的に。
 お守りとして、パーカーも胸元で抱きしめながら私は由香子さんと共に、仗助君達男の子勢が待つであろう場所へと向かった。花ちゃんはげりぴーで休みである。ほんと、彼女は色んな意味で凄いと思う。


 更衣室を少し出ると、私の大好きな人のトレードマークであるリーゼントが見えた。近くにはこれまたコンパクト(?)なリーゼントと、巨人兵二人に比べると小人サイズな男の子が一人。私は由香子さんと一緒に、談笑している三人へゆっくりと近づいた。

「ごめん、遅くなりました!」

 私は謝罪の言葉を発し、声をかけた。するとクルリとこちらを、「おせーよ」と文句を言いつつ振り返る仗助君と億泰君。そんな二人のうち、仗助君と視線をかわしたその時だった。突然彼は顔色を変えて真剣な表情になると私の真ん前に立った。
 正直、私、彼の体に見惚れてました。だって、ほんと、鍛え抜かれてますって感じに腹筋われててムッキムキで、野球やっていつも筋トレしてるうちの縹よりも強そうなんだもん。吃驚しちゃった。ポカンと間抜け面だろう私は仗助君を見上げた。すると、目の前の彼は私の腕からパーカーをさっと流れるような動作でとってしまう。突然の彼の行動に茫然となっていると、彼はパーカーを広げて、私の肩にかけた。

「着とけ。なんか寒そーだぜ」
「え、あ、う、うん」

 やけに真剣な顔になって言うもんだから、私はただコクコクと頷くだけだった。というか、どうして康一君は億泰君の視線を必死に逸らそうとしているのかな。億泰君は億泰君でなんか珍獣を見るような目で見てるし。なんなの君たちっ!

「まだまだ子供ね」
「おめーにだけは言われたくねーぜ、由花子」

 仗助君と由香子さんが意味深な会話をしたのち、私達は漸く泳ぎに向かったのだった。




――――
あとがき

 夏休みに入ったぶどうヶ丘高校。
 まだまだこっちじゃ中間試験も始まっちゃあいないのにねっ! 先取りって奴だぁアアアハハハハハッ!

 ビキニ恥ずかしいですん(*・ω・*)ポッ......





2013.05.12(Sun)
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