鉄壁の少女 | ナノ

真夏の日の出来事






 強く刺すような熱線を乱反射させてきらきら輝く水面。塩素特有のにおいを放つソレに、私は足だけを浸し、きゃっきゃっと無邪気に泳ぐクラスメイト(女子)たちを眺めていた。
 今の時間はクラス混合で、体育のプール――体系を気にしている身としては一番酷な時間だ。唯一の救いとしては、男女が分かれていて仗助君がこの場にいないことである。こんな生大根足を見せられるわけがない。
 友達の花ちゃんは、今日は女の子の日なので見学である。由花子さんは、他の人達と混ざる気がないのか、ずっと私の隣にいた。

「ねえ、知ってる? 最近、杜王町で行方不明者が発生しなくなったけど、今度は放火事件が多発してるらしいよ」
「そういえば、ここ最近じゃその話題で持ちきりだよね……同一犯っていう線が強いらしいけど」

 見学が暇になってきたのか、花ちゃんはプールサイドのテントから離れ、私達のところへとやってきた。そんな彼女が何気なく振った話題に私が答える。由香子さんは花ちゃんの何が気に入らないのか、余り話したがらないのだ。むう、悲しいです。

「この前なんか、うちの近所が放火されちゃって……次は我が家かもって母さんが毎日不安がってるんだ」
「ケーサツは何か犯人特定につながる情報とか掴んだりしてないのかな?」
「火元がいつも分からないらしいわよ。突然燃え出してくるらしいわ」

 話の輪に入って来た由香子さんの言葉に、私と花ちゃんは驚愕する。だって、火元がいつも分からないって今じゃ考えられないくらい不思議な出来事だもの。

「いくつかに発火場所がトイレだったっていうのを聞いたわ」
「トイレって……燃えやすいのトイレットペーパーくらいじゃあないですか! そっからどうやって家が丸焼けする大火事に発展するの?」
「私に分かるわけないじゃない」
「すいません」

 愛の化身由花子様にも分からない事があるらしい。ああ、「愛」にしか興味ないのか!

「桔梗、貴方今、失礼な事考えなかった?」
「え? いいえ?」
「……そう」

 最高の褒め言葉は考えましたけれどね。
 ぱしゃん、と私は水を蹴り上げた。飛沫は一つ一つ、太陽の光を浴びてきらきらと宝石のように輝いた。

「桔梗」
「ん?」
「気をつけなさいよ」
「へえ?」

 唐突な由花子様の注意喚起に私は変な声で返事をしてしまった。何を突然、と聞き返そうと彼女を振り返った瞬間、私は閉口してしまう。――彼女の目が、余りにも真剣だったからだ。

「貴方、妙な事に巻き込まれやすいもの……すっトロイし、間抜けだし、それに鈍感だわ」
「え、ええ〜ッ。なんですかその理由。思いっきり悪口じゃあないですかぁ」
「悪口じゃあないわ、事実よ」

 無表情できっぱりと言ってのけた由香子さん、男前です。よけいに傷つきました。

「とにかく、犯人が捕まるまでは仗助や億泰なんかとべったりくっ付いてなさい。その方が安全だわ」
「億泰君はともかく、仗助君とべったりなんてしてたらそっちの方が危険です、私の心臓がもちません」
「いいじゃない。役得よ。嫌なの?」
「凄く……イイですッ!」

 あんな素敵なハンサムさんにべったりだなんていったいなんのご褒美ですか。日頃の苦労が全て癒されてしまうじゃあないですかああああ。あ、でも私の心臓が一気にお仕事して一気に止まりそう。これじゃあ私フライ・ア・ウェイしちゃうよ。
 嗚呼、その前に仗助君に迷惑かけちゃうから駄目だ。べったりは駄目だ。

「まあ、家を焼かれちゃたまらないし……気を付けておかなきゃね」

 由香子さんにそう返し、適当に話に区切りを入れた時だった。ふっと私の視界の端で何かが動く。なんとなく振り返ってみると、暑い中ご苦労にも外で体育をやっていた男子生徒たちがいた。そろそろ体育の時間も終わりなようだ。

「あっ……」

 集団の中に、見知った人物を見つけ、私はプールサイドを囲うフェンスにひたひたと近寄った。由香子さんも花ちゃんも一緒になって来る。

「仗助君と億泰君に康一君だ!」

 流石に「おーい」と言って呼びかけるような事はしなかった。高校生にもなって恥ずかしいからである。しかし、手は振ってもらいたい。だから、伝わるかどうかは別として、億泰君と康一君と共に談笑している仗助君へ自分なりに電波を送った。気づけ気づけ気づけェええええっ。
 じっと彼を見つめながら1秒、何かに気づいた訳もなく、ただ前を振り返るというたった一つの動作をした仗助君。そんな彼の綺麗な色をした瞳と、私は目があった。
 気づいた! 私は嬉しくなって、でも恥ずかしいから控え目に手を振る。すると、仗助君はこっちを向いた億泰君の両目を、勢いよく彼の大きな手のひらで覆った。勢いがよずぎたのか、「バチンッ!」といういい音がする。うん、痛そうだ。絶対赤くなってるよ億泰君の目の周り。

「あいつも子供ね」
「へ?」

 ふん、とどこか小ばかにしたような由香子さんの表情と声音に、私はただ首を傾ぐしかなかった。


 プールの後は、どうしても眠くなってしまう。普段、使わない筋肉とか使ったりして、疲労感とか一気に溜めこんじゃうからかなあ。お腹もすいてしまった。早くお昼の時間にならないかなあ。
 唯一の救いは数学という事だ。古典や英語は先生の授業自体はそこまで悪くないが、二人とも声が独特というか兎に角眠気を誘っているようにしか思えない声だ。対して数学の丸山先生は、ハキハキしていて、一見体育の先生じゃあないかなんて思えてしまう。冗談も交えながら教えてくれるので、とても面白おかしく数学が学べる。
 でも、そんな彼の魅力を分かってくれる生徒は少なく――まあ、数学自体がダメっていう人もいるし――体育で疲れ切った生徒たちは惰眠をむさぼっていた。
 仗助君も例に洩れず、私の横の席で気持ちよさそうにぐーすか寝ている。

(きっとこれは、ノートを貸しまわされるフラグだな)

 仗助君ならいいが、他の人はなんだかもう当たり前のようにしているのでちょっと、否かなり不服だ。もうちょっと感謝と謙遜の気持ちを持つべきだ。仗助君のようにッ! 彼はいつも「悪いな」って言いながら眩しい笑顔をくれるよ。半分くらい私の目にフィルターかかってるだろうけどさ。
 公式をノートに書き込み、それをオレンジ色のマーカーで囲った。これは重要公式だからだ。
 先生が、手を上げて質問した生徒に、関数グラフの事を説明している時にふう、と私は息をつく。ちょっと小休止。
 こった手首をほぐしながら、なんとなく隣の席を見てみると、仗助君の虚ろな目と視線が絡む。どうやら半分起きているようで、彼は腕に頭を預け、顔をこちらに向けていたようだった。じい、と見てくる彼を、私もまたじい、と見返す。

「む、ね……」
「?」

 微かに仗助君の唇が動く。けれどあまりに小さくて私には聞き取れなかった。
 聞き返そうとしたその時、授業終了を知らせるチャイムが鳴った。


 * * *


 放課後、私は仗助君と共にならんで歩いていた。別に、珍しい光景ではないが、人気者な仗助君の隣に女の子がいるとあらば同年代――ひいては先輩――の女子が黙っちゃあいない。良くも悪くも視線を集める。甘い声と顔で仗助君に「ばいばい」「またね」とあいさつしてゆく姿は私から見ても可憐で可愛い。ああ、私もあれくらいできたらいいのに。
 いま、ふと思ったのだが、仗助君は私のどこが好きなのだろう。手を振って挨拶をしていく女の子たちのように可愛くもないし、お胸やおしりも大きくはない。小さくないとはおもうけれど、かなり平均的だろう。唯一誇れるものと言えば学年トップの成績くらいか。でもなんだかあんまり自慢にならない気がする。
 本当に、どこに好きになってもらえる要素があったのだろうか。

「桔梗」
「なに?」

 繋がれた手が不意に強くなったと思えば、頭上から名前を呼ばれた。見上げると、いつものように綺麗な瞳と視線が絡む。

「おめー、結構……いや、なんでもねえ」
「え、ちょ、なっなあにィ〜? 物凄く気になる断りかただよ〜」

 一度ちらりと私の制服のリボンあたりを見たと思えば、何でもないと言い出すなんて、物凄く気になる。だから私は彼にちょっと詰め寄って問いただした。すると――

「う、うるせー! いいんだよ。なんでもねーんだからよォ〜!」
「うそだッ。仗助君「うるせー」って言いながらそうやって顔逸らすときは必ず何でもなくないんだからね! 知ってるんだからね!」
「知らなくていいモン知ってんじゃあねェ――ッ!」

 焦っているのか、仗助君の顔と耳はほんのりと赤くなっている。なんだかそれが可愛くてついつい笑ってしまう。すると、彼はふて腐れたのか、私の手を強く握ったままズンズンと歩を進めていく。別に家の方向は一緒だし隣同士だから問題ないけどさ、足のリーチには問題がある。私、ちょっとこけそうです。





――――
あとがき

 春の時期なのに夏のネタをやる勇気。
 あれ、高校って、男女体育別れてやるんだっけ? あれれ?……なんて思いながら書きました。ちなみに私の高校は混合です。プールも。

 仗助君の行動の意味はまあ……うん(なに)

 好きな子の水着姿は見せらんねーぜっていう事だ……と思う(おい)

 この件の話はちょっと続きます ( ・ω・)っ≡つ ババババ





更新日 2013.05.11(Sat)
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