鉄壁の少女 | ナノ

姉ちゃんは姉ちゃん



「桔梗の奴はほんっと良い姉ちゃんだよなあ〜〜」

 山吹家のリビングで親友の仗助、康一と共に寛ぎながら、億泰は突発的に言った。彼の視線の先には、友人たちが来たという事で張り切りながら台所でお菓子作りをしている桔梗の姿があった。

「突然どうしたんスか億泰先輩」

 億泰の向かいに座ってジュースを飲むのは桔梗の弟である縹である。彼は中学3年生であるにも関わらず、その体格は傍に居る仗助や億泰に負けず劣らずである。彼は見た目は厳ついが、根は真面目で努力家、そして大好きな野球に没頭する今どきな少年なのである。
 そんな彼は、当然、億泰相手に物おじせずに意見を申す。ちゃんと尊敬の念はあるそうだ。

「あんなに兄弟の面倒とかを見てくれる奴そうそういないと思うぜ〜〜、俺にも兄貴はいたけどよ〜〜」
「そらあ、あれだぜ、下に4人もいりゃあ嫌でも面倒見がよくなるんじゃあねーか?」

 億泰に続き、仗助も言う。確かに、4人もやんちゃな弟・妹がいれば嫌でもしっかりしなくてはならなくなるだろう。環境が人を育てる、というのが一般的常識だ。しかし――

「いや、多分そーでもねえと思うっスよ」
「どーいう事?」

 ずびび、とコーラを飲みながら、先輩二人の意見に反論する縹に、康一が問う。すると、縹は、昔話を始めた。それは本当に彼らが幼かった頃の話であった――


 山吹家は、実を言うと、二度引っ越しを経験していた。ここ、杜王町に引っ越す前はG県に住んでいたのだが、その更に前には結構都会の方に住んでいたのだ。そこの幼稚園はとても大きく、子供の数も相当であった。その幼稚園には、夕方、子供の数が少なくなるとよく先生が残っている子供たちを集めて読み聞かせをしてくれていた。けれども、親の迎えが早い桔梗と縹は子供の多いうちに帰ってしまうので、いつも読み聞かせを聞いたことがなかった。
 しかし、ある日の事、両親の迎えが遅くなるという連絡が幼稚園に入った。その日、彼らは読み聞かせを聞ける組になった。
 場所を競うようにして先生の前に座る子供たち。いくら少ないと言ってもそこは大きな幼稚園だ、実際は20人以上の子供がいた。そうなると、後ろの方は全く絵が見えなかったりする。縹は、その当時、体がとても小さく、そして結構コミュニケーションを取るのが苦手で、気が付けば一番後ろの方になっていた。更に、その日に限って通常よりも子供の数が多かった。
 せっかく、初めて読み聞かせなのに、最後尾になってしまうなど……なんてついてない日なのだろうか。そうしょんぼりしている彼の視界の先には、いつも一緒の桔梗が居なかった。
 どこへいったのだろう? いいポジションでも取ったのだろうか? そんな事を思っていると、不意に名前を呼ばれた。姉の桔梗の声だった。
 顔を上げ、探して漸く見つけたその姿。なんと彼女が居たのは先生のド真ん前、一番の特等席であった。彼女は縹の姿を見つけるなり、ちょいちょいと手招きをする。一度躊躇ったが、まだ読み聞かせは始まってはいないので前に出ても大丈夫だろうと彼は桔梗のもとへと駆け寄った。

「んっ」
「?」

 桔梗は、だらりと伸ばされた自分の足の膝を手でポンポンと叩く。彼女の意図がつかめずに首を傾いでいると、再び彼女は口を開いて言うのだ。

「場所開いてないでしょ。ほら、膝! お膝!」

 なんと、場所がないので自分の膝の上に乗るようにと言っているのだ。当時の縹はそれほど深く考える事はせず、ただ、前で見れる事を喜び、彼女の膝の上に乗って読み聞かせを楽しんだのだった。


「今から思うと、姉貴絶対、前見えてなかったと思うんスよね〜〜。1歳しか違わないし、背格好もほとんど差がなかった上に膝の上に俺を乗っけてたら足は痺れるわ俺が邪魔で絵本は見れないわでかなり損してたと思うんスよォ〜〜」

 それでも、当時4歳だった彼女は何も文句も言わず、むしろ、彼が落ちないようにしっかりと自分の腕を彼の腰に回して抱っこしていたのである。

「もう環境が云々というより、もともとそういう性格だったんじゃあないっスかね……って、億泰先輩、なに泣いてんスか」
「なんかスゲーじ〜〜んときたッ! 感動したぞッ! なあ仗助ェ!」
「おお!……もともと姉貴気質な奴だったんだなあ〜〜」
「そりゃ弟と妹に好かれるわけだねえ」
「さ、さいですか……」

 泣かれるとは想像していなかったのか、縹は少々引き気味であった。

「みんなー、クッキーが焼けたよー」

 まさか昔話をされている事などつゆ知らず、ニコニコと笑顔を振りまきながら台所からリビングにお盆いっぱいのクッキーを持ってやってきた桔梗。彼女は、泣いている億泰を見て仰天した。

「お前、ほんっと良い奴だな〜〜っ!」
「え、い、いきなりどうしたの億泰君……? どういう事?」
「うん、俺もお前ほんと良い奴だと思う」
「ううん?」

 説明を求めた仗助にすら言われて訳が分からなくなる桔梗。そんな彼女に、康一がさり気なく「桔梗さんと縹君の昔話を聞いてたんだよ」と答えた。それを聞いて桔梗が恥ずかしさで顔を真っ赤にし、縹に詰め寄り叱るのは言うまでもない。





――――
あとがき

 番外編第一弾が時間軸を亜空間に放り投げた状態のものになってしまうとはッ……やっちまったぜ。
 ちょっと、主人公やその兄弟の過去をちらつかせてみたかっただけですすみません。



更新日 2013年 4月17日(水)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -