鉄壁の少女 | ナノ

23-3






 腹部と脚部の負傷は重く、出血量だって尋常じゃあない。立っている事が奇跡なくらいなのに、その体で仗助君は吉良に近づいて行った。その距離約二メートル弱、彼の射程圏内である。

「東方……仗助……」
「出しな、てめ〜の……《キラークイーン》……」

 鋭利な眼光が交わされる。早人君を守るという名目の避難している状況の私は、歯がゆさに拳を握り、この緊迫した状況に息をのんだ。
 目が合っていたのはほんの数秒、いや、一瞬だったのかもしれない。瞬間、彼らは各々の《スタンド》を出現させ、《クレイジー・D》は拳を、《キラークイーン》は手のひらを勢いよく伸ばす。

「ドラアアッ!」

 入ったのは仗助君の攻撃。《キラークイーン》の顔面にめり込み、硬く能面な顔にヒビを入れた。すると、本体である吉良の頬も同様の負傷が現れる。
 《キラークイーン》が右こぶしを突き出す。しかし、それを《クレイジー・D》は、腕で払うように拳を叩きつける事で防御と攻撃を同時に行う事で《爆弾に変えられる》事とダメージを受ける事を防いだ。奴の渾身のラッシュも、奴の腕を両脇から拳で叩きつける事で防ぐ。メキョメキョという骨が軋む音が聞こえた。
 吉良が動けばそこを攻撃し、手が触れる事さえ許さない怒涛の攻撃。

「うおおおおおおおおおおおッ!」

 止められない、吉良吉影に彼の攻撃を止める事などできはしないッ!
 トドメと言わんばかりに、仗助君は「ドラァッ!」の掛け声でラッシュを繰り出す。鋭いパンチの連打は、全て《キラークイーン》の体にめり込んだ――かに思えた。

「ッ!……そ、んな……」

 ボロボロの《キラークイーン》の体の前、《クレイジー・ダイアモンド》の拳の辺り――二人の間には、丸い空気の層が出来ていた。この能力は、《キラークイーン》の物ではない、彼が持つ《猫草》の物だった。
 何という事だろう。防御する余裕のなかった《キラークイーン》の代わりに、危機を察して防衛本能の働いた《猫草》が《空気の玉》を作った。自衛が結果的に《キラークイーン》を《クレイジー・ダイアモンド》の攻撃から守る形になってしまったのだ。
 仗助君は膝から崩れ落ちる。もう、立てない。それが普通だった。立っている事、ましてや吉良と闘う事ですらあり得ない事だったのだから。
 吉良はチャンスとばかりに《猫草》の自衛用に放った《空気弾》を爆弾に変える。そして、もう動く事すらできない仗助君へ向けて放った。爆弾の種類は《接触弾》――触れば即座に爆発する。

(ごめん、早人君ッ!)

 私は下唇を噛んで走り出した。《レディアント・ヴァルキリー》を出す。向かうは――

「なッ!?」
「ばッ……桔梗ッ!」

 私は、《レディアント・ヴァルキリー》の盾を突出し、吉良の放った《接触弾》に自ら触れた。その名の通り、触れた途端、「カチリ」と音を立てて《空気弾》は爆発する。そのあまりの威力に《レディアント・ヴァルキリー》の盾は吹っ飛んでしまった。いくら頑丈でも、持ち手の腕が貧弱じゃあ飛んでいくのも無理ない。

「なん、で……なに前に出てきてんだ! おめーは!」
「分かってるよッ!」

 怒鳴る仗助君の顔を見るのが怖くて、私は吉良を見つめたまま叫んだ。

「私は全然戦闘とか出来ないし、弱虫さッ! でも! でも…………もう、何もしないで、目の前で大切な人が殺されるのを、見たくはないの……」

 じわりと視界がぼやける。ああ、泣くな、泣くなよ自分。視界が悪くなったら次の攻撃に対応しにくいじゃあないか。

「私も戦うッ、私だって戦えるッ……絶対に、吉良さんには屈しないッ!」

 仗助君の前に立ち、吉良と向かい合う。《レディアント。ヴァルキリー》の装備は外し、アタックモードへと移行する。拳での喧嘩とか闘いとかやった事ないけれど、格闘ゲームとかやった事あるから構えは出来てると思う。思うだけ。

「そうか……ふん、だったらお望み通り、始末してやる」
「望んでない」

 口答えすれば、ヒクリと吉良の眉が動く。彼は《キラークイーン》に構えを取らせると、再び《接触弾》を放ってきた。どうやって戦うとか全然考えてない。けれど、ここから逃げたら、駄目な気がして、私は拳を構えたまま動かないでいた。

「駄目だ、桔梗さん避けて!」
「逃げろッ! 桔梗ゥ――――ッ!」

 早人君と仗助君の声が聞こえたその時だ、ガオン、という音が私の直ぐそばで聞こえた。その聞き覚えのある音の正体を確かめるべく顔を動かそうとすると、ふと、《接触弾》が方向を変えてあらぬ方へと向かってゆく。この現象は――《瞬間移動》ッ!?
 空気弾が向かう方を追ってゆけば、見覚えのある靴が見え、そこから上へと視線を登らせてゆけば見慣れた改造学ランに、見慣れた――顔。

「あ、お、おく、おく……」

 ――億泰君ッ!

「いっつもよォー不思議に思う思うんだぜェ〜〜。俺のこの《ザ・ハンド》の「右手」よォ〜〜、削り取ったモノはいったいどこへ行っちまうんだろう? ってなあ〜〜っ」

 ま、俺頭悪いから深く考えると頭痛おきるけどよ〜。なんて、億泰君は呑気な顔で言う。
 信じられなかった。心臓も呼吸も止まり、ふつうならば死んだと思われるような状況でも、彼は、生きていたのだ。「ホレ」と言いながら《空気弾》を右手で《削り取っ》た。

「俺、変な夢を見たぜ……」

 頭を抱えて虚空を眺めながら億泰君は語る。

「夢の中で暗闇を歩いてるとよぉ、光が見えて俺の死んだ兄貴に会ったんだ。『どこへ行くんだ億泰』って兄貴がオレに聞くんだ」

 夢の中、問われた億泰君は『兄貴について行くよ』と返した。なぜなら、形兆さんは彼にとっていつだって頼りになり、形兆さんの決断には間違いがないので安心できるからだ。すると、形兆さんは億泰君に言うのだ『お前が決めろ』と。『億泰、行き先を決めるのはお前だ』と言うのだ。
 億泰君は少し考えて――

「『杜王町』に行くって答えたら目が醒めたんだ。とても寂しい夢だったよ」
「……億泰……」

 仗助君はぐぐ、と体を持ち上げて億泰君を見上げると言った。

「て、てめ〜〜……こんな時に……のん気して夢なんか見てんじゃあねーぜェ――ッ!」
「おおっ! その悪態のつきぶり! その傷の割にはよォ〜〜結構大丈夫そうじゃあねーかッ!」
「やかましい! 生きてんならよォ〜〜さっさと目を覚ませ〜〜、コラァ〜〜〜〜ッ!」
「い、きてる……生きてる、良かった、ほん、に、よがッ……億泰くっ……」
「んな泣くなよォ〜〜桔梗。嗚咽で何言ってんのかさっぱりだぜェ〜〜」
「うっ、さいっ……ばか、おくっ、やすっ、く、ん、のばかぁ!」

 私は号泣した。仗助君も涙を流した。彼が涙するのを、初めて見た。
 吉良は私達に再び弾を発射しようとしたが、《猫草》を《ザ・ハンド》の《瞬間移動》でこっちに寄せて捕まえたのでそれは叶わなくなる。億泰君の《ザ・ハンド》の前に《キラークイーン》は殆ど無力だ。凄いぞ、億泰君の《ザ・ハンド》!

「ばっバカな……こっこの私が……この吉良吉影が切り抜けられなかった物事など一度だってなッ――」

 私は、ぎろりと吉良を睨みつけると《レディアント・ヴァルキリー》で彼の《キラークイーン》の顔面をぶん殴った。骨を砕くような生々しい感触が《スタンド》越しに伝わって来る。

「今のは、誘拐された時に何も出来ないグズな自分への決別の印……全て返せたわけじゃあないけれど、これでまあまあイーブンかな」

 通りに転がり出た吉良に、私は言った。

「私だって、やる時はやるんですよ。覚えておいてくださいこのヤロウ!」
「桔梗ゥ〜駄目だぜそんなんじゃ」
「え?」

 後ろから億泰君が声をかけてきた。彼は厳しい表情で私に言う。

「おめーのは丁寧過ぎンだよ……なじる時はもっとこう……勢いがなくっちゃあな! 『このブタ野郎! おとと行きやがれ!』とかよ」
「わ、分かった!」
「いや分かるなよ!」

 億泰君のアドバイスに頷くと、仗助君がすかさず突っ込みを入れた。え、なんで?
 とにかく私はもう一度、やってみる。リトライってやつさ!

「私だってやる時ゃやるの、このブぎゃッ……」
「……」
「はんは(噛んだ)……」
「お前にはまだ早かったのな」

 キメ台詞完成の筈が、私の舌が回らずあえなく失敗。くッ悔しい!

「ほら! 承太郎さん、あの大きな音はあの家からですよ。煙が出てる。どうしたんだろ? ガス爆発かな」
「康一君、そんな事より僕はくそったれ仗助たちなんかもう待てん! 川尻早人を探しにいくからな」

 ふと、聞こえきた康一君と露伴先生の声。というか露伴先生、仗助君はクソッタレじゃあなくてハンサムです。

「みッ見てください、あの人、怪我している!」

 吉良に気づいた康一君。それじゃあ、彼と向かい合っている私達の事も見えているだろう。
 ハデに爆破させたものだから、音に気付いた周囲の住人達がぞろぞろと集まって行っているようだ。

「これは……夢だ……」

 吉良は呟くとその場に倒れ込んだ。もう、逃げ道はないと悟り、絶望しているのだろうか。そんな彼のもとへ、一人の女性が駆け寄る。救助に来た人だろう。被っていたヘルメットを外し、吉良に声をかけている。

「億泰さん! その人を「キラ」に近づけちゃあだめだァ――ッ!!」

 早人君が叫ぶ。何かを知っているその様子に戸惑っている間に、女の人は吉良の隣に膝をつき、手を伸ばす。その手を、吉良は握った。

「たっ大変だ……あの女の人が「爆弾」にかえられてしまったぞッ!」
「爆弾に変えて人質だと〜〜〜〜」

 仗助君相手には聞かないだろう。彼の《クレイジー・ダイアモンド》なら、早人君の時のように瞬間的に治せてしまうのだから。

「「人質」なんてなまっちょろいもんじゃあない! ぼっ僕は知っている。今まで説明する暇がなかったけどあいつには隠された能力があるんだ」

 けれど、早人君は首を振る。彼の表情は戦慄していた。

「『バイツァ・ダスト』っていう時間をぶっ飛ばす能力なんだ!」

 早人君の言葉に、その場にいた私・仗助君・億泰君・承太郎さん・康一君・露伴先生は戦慄する。
 『バイツァ・ダスト』は、早人君の推測によれば彼やあの女性のように《スタンド能力》の無い無力な人間にだけ発揮し、吉良自身がどうしようもなく追い詰められた時だけ偶発的に産み出す事の出来る能力。つまり、今のように、奴がとことん絶望した状況に発動できる、時間を一時間程だけ戻す《爆弾》なのだ。 
 吉良はモナリザがどうの、綺麗な手がどうの――ちょっとそこらへんは誤魔化させて……切実に――と語ると自分の本名『吉良吉影』を名乗る。今まで四十八人の手の綺麗な女性を殺害した、という事も打ち明ける。

「まずい! 『バイツァ・ダスト』が始まるぞッ! キラを守る為「正体」を知った者はみんな吹っ飛んでしまうッ! 今やつをやっつけないと「あの女の人以外」ここにいる全員が吹っ飛んでしまうんだ!」

 早人君のその言葉を聞いて、まず走り出したのは承太郎さんだった。彼の《スタンド》である《スタープラチナ》は時を2秒ほど止められる。
 続いて露伴先生に康一君だ。私達も走り出す。

「承太郎さん! 「時」を止めろッ! 吉良にスイッチを押させるなッ!」
「いいや! 限界だッ! 押すねッ! 《今》だ!」

 右の人差し指にあるスイッチを押そうとする吉良。しかし――ズドン、という音と共に彼の――《キラークイーン》――の手が地面にめり込む。《重く》なったのだ。

「《ACT3 FREEZE》!! 射程距離五メートルに到達しました。S・H・I・T!」

 康一君の《エコーズ》の能力だった。彼の能力で吉良の手を《重く》してスイッチを押させることを阻止しているのだ。しかし吉良はまだ諦めずにスイッチを押そうとしている。

「《スタープラチナ・ザ・ワールド》!」

 承太郎さんの《スタープラチナ》が時を止めた。



 * * *



 騒然となる惨劇――
 吉良吉影という男の末路は、救急車に引かれて死ぬという事故で幕を閉じた。顔がはぎ取られたらしい。私は事故の瞬間を見た訳じゃあない。仗助君が咄嗟に私の顔を手で覆い、自分の胸に押し付けたからであった。
 正直、助かった。あの時、きっと私は茫然と頭の回らない状態で吉良の最後を見届けてしまっただろうから。
 あの男を、この世の法律では裁くことなど、できないのだ。誰も、出来ない。
 早人君は、残された鞄を胸の前でぎゅう、と抱きしめて言うのだ。裁いてほしかった、と。

「別に仲良しじゃあなかったけど、僕のパパはあいつに殺された……僕は裁いてほしかった。あいつを誰かが裁いてほしかった」

 ただ静かに、さびしそうに語る彼はそのまま去って行った。





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