鉄壁の少女 | ナノ

23-2






 私は何て役立たずなのだろう。制服のスカートに皺が付く事もいとわず、ぎゅうと思いきり握りしめながら思った。
 負傷した億泰君を抱えて逃げ込んだのは知らない人の大きな家。住人は留守だった。ここまで逃げるまでに、仗助君は多くのダメージを負った。受けたのは「空気爆弾」のただ一発だったが、それでも十分に大きい怪我だ。「空気」と「爆弾」、吉良が密かに育てていた「猫草」と早人君に呼ばれる実体型の《スタンド》の能力は「空気を操作する」。これほどに最悪に相性のいいものはあろうか。それで億泰君はやられたのだ。「見えない爆弾」の所為で。
 倒れた億泰君の傷を治そうとしたが、彼を一時は爆弾に変えられてしまった。それでも早人君の捨て身の機転を利かせてくれたおかげで身体は無事だった。そう、体は――彼の鼓動は既に止まっているのだ。
 私は、彼の横たわるその隣で、止まらない涙を流していた。どうしても、止まってくれない。はらはらと落ちてゆく熱いしずくは、床を、近くの億泰君の手のひらを、濡らしていった。

「あ、あの……」

 そんな私の肩に手を置いたのは、早人君だった。彼は本当に小学生なのかと疑ってしまう程に精神的に強かった。爆弾に変えられていると《スタンド》は見えないが吉良の表情でいち早く気づいただけでなく、吉良の能力の弱点――爆弾は一発ずつしかうてない――を見破った。億泰君が死んで取り乱していた私と仗助君に対し、彼は吉良を倒す事だけを考えるように諭した。一見非情にも取れる言葉だが、彼の言い分はもっともだ。既に、死んでしまっている仲間を、いつまでのメソメソと悲しんでいれば、横から吉良がやってくる。それを分かっての叱咤だった。
 仗助君は既に落ち着いている。私だけだった。そんな情けない私に、小さな彼は心配してくれていた。彼にもうみっともない姿を見せまいと、私は涙をぬぐい、彼に笑みを見せた。もう大丈夫だ、と。
 この屋敷に逃げ込んだ行為は吉と出るか凶と出るか。ソレは分からなかったが、露伴先生たちが来る前に決着をつけると仗助君は言った。相手も相当焦っており、時間はかけないだろうと。
 私は彼に早人君を見てろと言われたが、結局は危険から遠ざけようとしている事が分かる。相手は必ず仗助君を狙ってくると分かっているからこそ、彼は私を遠ざける。正直な所、とても悔しい。私には彼を助ける事の出来る力はおろか、サポートする事もできないのだ。

(いや、違う……決めつけちゃあだめだ。私の出来る事を探さなきゃ)

 私の《レディアント・ヴァルキリー》はパワー型の割には射程距離が4〜5メートルとそこそこある。だから、それを活かす方法を考えるのだ。高い防御とソレを捨てた時のスピードと攻撃力、その大きな物理的有利をうまく利用するのだッ。
 決意をした時、隣の早人君の様子が変わった。彼はグラリと体勢を崩してしまう。慌てて私は彼の体を支えた。彼は、宙を見て表情を強張らせている。

「じょッ仗助さん! 『空気弾』だッ! 今、かっ壁を通過して来たッ! ぼくの顔の横を通って仗助さんに向かっていったッ!」
「なッ……じょっ仗助君っ!!」

 私にはまだ見えない。『空気弾』は空気の塊ゆえ、可視化の域を軽くはみ出ている。目が悪い私にはかなり相性が悪い技だ。
 早人君の証言によれば、大きさはこの屋敷に来る前に放たれた物と同じ大きさだ。そして、吉良には私達の位置など分かる筈がないのにもかかわらず、正確に仗助君の方へと向かって行っているらしい。見えた時にはもう遅く、すぐに爆発されてしまうだろう。
 たまらず、私は彼に駆け寄ろうとした時だった。仗助君は近くにあったタバコとライター、そして灰皿を手に取る。灰の溜まったソレをひっくり返し、あたりに灰をばらまいた。すると、チリのお蔭で浮彫となった『空気弾』。目の悪い私でも見えるほどクッキリだ。
 私達(仗助君)が家の中に入ったのは、このように『空気弾』を探知するための小道具がいくらでもあるからだけでなく、雨や風も入ってこないから。
 火をつけたタバコを仗助君は投げ、近づいてくる空気弾を避けた。

「よかった、これで『空気弾』を受けなくて済む!」

 そう、私が安心した時だ。『空気弾』にピッ、と切れ目が入る。すると、そこからプシューッと空気が抜けてその反動で『空気弾』が方向を変えた。その先には仗助君がいる。これには仗助君も私も早人君も驚愕してしまう。
 仗助君は一歩一歩後ずさり、階段を上ってゆく。そんな彼を、『空気弾』は再び中の空気を少し抜いて上昇しながら追っていった。これで確定する、吉良は仗助君の位置を把握している――そんな馬鹿なッ。
 私達は愕然となる。部屋には窓がなかったし、今いる廊下だって窓にはカーテンがかかっている。この部屋のどこかに居なければ仗助君を追跡する事なんて出来る筈がない。
 早人君は『自動的』なのではと疑う。

「多分違うよ、《キラークイーン》の《自動追尾》は『熱』に向かって行く『シアーハートアタック』っていうのがあるけど……見て、そこの煙草の火にはまるで反応していない」

 仗助君の投げ落としたタバコの火は確実に仗助君の体温より高いはずだ。それなのに全く反応しない。それに、吉良はおそらく仗助君を自分の手で直接始末する気だ。ならばこれは『手動』であって『自動』ではない。
 だが、分からない、どうやって彼が仗助君の位置を把握しているのか。もしやと思って窓から確認してみたが、彼はこの家の前の壁に寄り掛かっている。ソレを一応仗助君に伝えた。

(どうやって、彼は外から仗助君の位置を把握しているんだッ! たった一人では、彼は私達の位置を把握できるはずが……)

 ふと、私はある存在を思い出す。そう、この感覚、前にも感じたことがあった。確か、吉良の家に誘拐され、彼が私の見張りをしなければならない筈なのに拘束具も使わず、自由に会社や台所へと行く――

「まさかッ!……仗助君ッ!」

 私は仗助君に知らせなければと階段を上がっていた彼を見上げた。彼は、残り1メートルとなった『空気弾』そっちのけ、《クレイジー・ダイアモンド》で花瓶を割り、その破片を吉良さんがいるであろう外へと撃ち出したのだった。
 だめだ、仗助君、だめ! 私はそう叫びながら駆け出した。その瞬間、仗助君の脇付近まで近づいた『空気弾』が爆発してしまった。

「そんなッ!」

 木製の手すりは爆発で吹っ飛び、支えの柱が近くに立っていた彼の脇腹を穿つ。私は泣きながら落ちてくる彼の体を《レディアント・ヴァルキリー》で受け止めた。
 ぐったりとしている彼の体をそっとおろすと、私は彼の体をぎゅう、と抱きしめた。私自体には力がそこまでないから、上半身を支えるので精一杯だった。だらりとした彼の四肢を見て、私はポッカリと胸に穴が開いたような気持ちになる。その後、その穴に注ぎ込まれてゆくのは、焦燥と痛嘆の思い。億泰君だけでなく、仗助君まで失ってしまうと思うと、私は溢れる涙を止める事ができなくなった。

「うッ……」
「ッ、じょ、仗助君っ……生きてる、生きてるっ……」

 胸のあたりにある彼の口から洩れた声に、私は安堵を覚える。彼は徐に顔を上げると、苦痛に顔を歪めながらもニヤリと笑い「泣くな」と武骨な指で私の涙をぬぐった。その手を私は取り、ぎゅう、と握った。

「おれの《クレイジー・D》は自分の傷は治せない……だが、固まった血ならなら、体外に流れ出て固まった血ならよォ〜〜、ただの『物体』だ、もう自分のじゃあねえ! 簡単に集めてくっつけられるからなあ〜……そして、ガラスの破片に閉じ込めた!」
「え……」

 ニヤリ、とよく彼が私に意地悪をする時の笑みを浮かべる。

「雨が上がって、さっき奴の服に飛ばしてつけた血のシミも固まってるだろーしよォー〜〜〜〜ッ、俺の《自動追尾弾》だぜ」

 彼の言葉に、私はこの家に逃げ込む前の出来事を思い出す。そうだ、彼は自分の流れ出た血を《クレイジー・D》でカッターのように鋭い手刀で飛ばし、吉良の着るスーツの肩をほんの少し切ったのだった。
 凄い、と私は思った。ここまで考えて闘っていたなんて、思いもよらなかった。

(《スタンド使い》は、自分の能力が強いとかうんぬんじゃなくて、自分の能力を理解してどうやって戦うかとか、相手の《スタンド使い》の能力を分析していくのが大切なんだ……)

 今更、まざまざと突き付けられた仗助君の戦闘スキル。学校の勉強では絶対に学ぶ事などできないだろう知恵。私は、きゅ、と唇を結ぶ。そして、私は仗助君を《レディアント・ヴァルキリー》で支えるとそのままゆっくり家の出口へ近づく。

「桔梗さん! どこに!」
「吉良のとこ」

 ちらりと私は仗助君を見る。すると、彼は「分かってんじゃねーか」と笑った。私達が倒すべき相手は吉良だ。だから、その男から逃げる事をしてはいけない。仗助君は、絶対に「ぶっ飛ばす」とか「ぶっ殺す」とか言うだろう。
 早人君が、カーテンを少し開け、ちらりと外の様子を見る。すると、仗助君の放ったガラスの破片が吉良に命中し撃ち込まれていると報告してきた。ソレを聞き、仗助君はもう一発撃とうと、ガラスの破片を用意する。

「ム! あれは……」

 早人君同様に、カーテンの隙間から外の様子を見た仗助君が呟く。何かを見ている。それが気になって私も窓を覗いた。そこには、誰もいなかった。どうやら吉良が再び壁に隠れてしまったみたいだ。くそう、と悔しがる私の目に、今度は目に見えるくらいの大きさがある《空気弾》が移りこんだ。それは真っ直ぐこちらへと向かってきている。

「正真正銘最後の一撃ってわけか……俺もだぜ!」

 仗助君は言うや否や、ガラスの破片を飛ばす。

「ガラスの破片はもう撃っても無駄だ! 吉良に同じ攻撃が二度通用するとは思えない! 防御されるッ」

 早人君は口早に言った。けれど、私は彼の考えにも一理あるが、仗助君が単純に同じ攻撃を仕掛けるとは、それこそ到底思えない。
 私は、仗助君を信じる。

「桔梗、すまねえが腰のポケットにさっきのライターが入ってる、出してくれねーか」
「分かった」
「ら、ライター!? 煙なんかもう無駄だ! 《空気弾》が見えてるんですよッ!」

 腰に木片が刺さっていて自分でライターを出すのがしんどい仗助君の代わりにライターを探す。早人君は、もう仗助君の位置を把握しているから隠す必要なしだと空気弾が見えるくらいに大きいと叫ぶ。

「このライターで見るのは、今度は《空気弾》じゃあねーッ、別の物を見るんだぜ……だからよ」

 仗助君は、早人君を近くに呼ぶ。そして、ライターに火を灯すとなんと、早人君の上着のポケットを裾から燃やし始めた。私は驚いたが、彼には何か考えがあるのだろうと、騒ぎそうになる早人君の肩をおさえて落ち着くように言った。

「ひょってして『見てる』んじゃあないかもしれねえ、もしかして『聞いてる』のかも……」

 そう仗助君が呟いた時だ。ぐおん、とカーテンが持ち上がる気配がする。振り返れば、空気弾が窓を通過して私達のいる廊下へとやってきたのが見えた。

「吉良は今、携帯電話を持ってた。ただ持ってただけか? 違う! じゃあ誰に電話してたんだ? 会社の上司か? いや、違う。こんな時、吉良が電話する奴は一人しかいねえ!」

 私は彼の言葉でハッ気づいた――いや、思い出した時だった。「ギャアァアアッ!」という野太い悲鳴を聞いたかと思えば、早人君のポケットから写真が一枚飛び出してきた。吉良の父親、通称『写真のおやじ』だ。彼の手には携帯電話が握られていた。

(……そういえば、私も彼の存在に気づいて、仗助君に伝えようとしたところで空気弾爆発されちゃって……パニックになってたらすっかり忘れてた)

 余りにも恥ずかしく情けない失態。これはお墓まで持っていくしかないだろう。私のプライドの為に――そこ、プライドの「プ」の字もねーだろとか言わない!
 仗助君は、『写真のおやじ』から携帯電話を奪い取る。そんな彼の下に、大きな《空気弾》が迫った。彼は、早人君と私を押しこくって離れさせる。ここで言い合っても仕方ないので私は大人しく引き下がった。
 視界の端で何かが動いたと思い、振り返ればそこには『写真のおやじ』が居て、彼は仗助君の近くに居てはまきぞえを食らうからと、いつかの逃亡した時のように服の糸を使って逃げる。

「じょっ仗助君っ……!」

 仗助君へと視線を戻せば、《空気弾》が着弾してしまったところ。しかし、当の本人はいたって冷静で、奪った携帯電話にぼそぼそと呟いた「仗助は――」

「3メートル先に逃げている」

 するとどうだろうか、《空気弾》は仗助君をスルーしてしまった。

「さらに、そこから斜め右上に三メートル」

 仗助君が指示を出すと、《空気弾》がほんの少し裂け、空気を噴射する。その影響で上昇した。向かう先は、吉良吉影の父親、『写真のおやじ』である。
 なるほど、これで分かった。つまり、仗助君の位置が分かっていたのは、いつのまにか早人君のポケットに潜んでいた『写真のおやじ』の所為だった。彼が外の吉良に携帯電話で私達の位置や状況を逐一報告していたからだったのだ。カラクリが分かればなんてことない。
 仗助君は、解いたカラクリを利用して『写真のおやじ』を倒した。そう、吉良の《空気弾》を誘導して、爆死させたのだ。もっとも、彼はもともと幽霊だったので、漸く幽霊本来の行くべきところへと行ったというのが正しいだろう。

「ハデに吹っ飛んだよ……俺の誘導通り「あの世」までな……」

 仗助君は携帯電話越しに吉良を挑発するように言った。彼はその後、ブツリ、と通話を切ると立ち上がる。行くのだ、奴の下へ――





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