鉄壁の少女 | ナノ

2-1



〜第2話〜
少女、スタンドを知る




「少し、俺の過去の事をしゃべってや……ろう」

 形兆さんは、肩で息をしながら語りだす。この10年にわたる彼の覚悟とその原因を。
 10年前、当時形兆さんは8歳、億泰君は5歳のときであった。彼らは東京に住んでいたが、その二年前に母親を失い、父親の仕事はうまくいかず、高度経済成長期であったにも関わらず膨大な借金を抱えてしまった。
 父親はよく彼らを理由なく殴った。完全に人間としての価値の低い存在となり下がった彼らの父親だったが、ある日、大量のお金が彼らの下に転がり込んでくるようになった。時には宝石や貴金属の時もあった……仕事もろくにしていないにも関わらず。

「後から調べて分かったんだが……その時すでにおやじは「DIO」に心を売っちまっていたよーなだァ……金の為に手下になったのさ」

 私には、「DIO」という存在が分からないが、当時、その男は世界中から《スタンド使い》やその才能のある人間を集めていたそうだ。今となっては彼らのおやじさんのスタンドがどんなものであったのかは不明だ。
 暫く経済的には安定した生活を送っていたが、ある日、形兆さんが家に帰ると、億泰君が泣いていたという。形兆さんはおやじさんが億泰君を殴り、それで泣いているのだと思った。そして怒った。しかし、それは違っていた。
 彼は、おやじさんが台所の隅で苦しんでいるのを発見した。その顔はぐずぐずに崩れ、まるで図工の時間の油粘土のようだったと彼は語る。救急車を呼ぼうという彼らに、おやじさんは無駄だ「DIO」が死んで肉の芽が暴走したのだ、と叫びながら部屋に閉じこもってしまった。
 なんて、むごいのだろう。
 それから、1年ほどで息子である彼らの事も忘れ、所謂ただの生ける屍となってしまったのだ。

「俺は10年かかって全て調べたよ……「スタンド」の事「承太郎」の事、エンヤという老婆を知って「弓と矢」の事を知ったんだがな……」

 いろんなことを知っていく内に、彼らは、この肉塊となったおやじさんは決してもとに戻らないという事を知っていったのだ。「DIO」という人は、不老不死で、その細胞とおやじさんの身体が融合してしまったのだ。

(ッ……)

 こちらを振り向いた「おやじさん」だったモノの表情は生気を感じず、形兆さんが語ったように確かにグチャグチャに崩れていた。
 「おやじさん」は、部屋にあった大きな宝箱のような物をひっくり返す。ガラクタが床に散らばった。そして、中に唯一あった紙切れをごそごそと、不器用な指先で弄くり始める。彼は、くる日も来る日も毎日飽きずにこの行為を繰り返しているらしい。10年間、ただひたすらに。
 その行為に意義を感じない形兆さんは、見る度にイラつき、そしてその感情をぶつける様に「おやじさん」を殴りつけ、蹴り続ける。こちらが「やめろ、父親だろう」と言っても、それを肯定はするが同時に「DIOに魂を売った下種ヤロウ」だと評す。自業自得。
 しかし、一方で父親のそのつながりがあるからこそやりきれない思いがある。だから、せめて普通に死なせてやりたいのだ、と。
 私は彼の思いを聞いて理解した。きっと、私達と形兆さんの価値観は違うのだ。助けたいから「殺す」のと、「治す」の。どちらも、助けたい対象を思っての行動なのだ。私はそれを否定はしない。けれど――

「チクチョー、やめろっつってんだよ! イラつくんだよォッ」
「おい、そこまでにしとけよ!」

 殴られて床に転がったまま宝箱の中を再びゴソゴソといじり始めたおやじさんの背中を踏みつける形兆さんに、東方君が待ったをかける。ズンズンと進んでいく巨漢に、形兆さんは「弓と矢」を取られると思ったのか、身構える。しかし、東方君の目的はまた違っており、「弓と矢」は後回しだと言いながら《クレイジー・D》を出す。
 彼は、ずっと箱の中を見ていた。そして、彼の《クレイジー・D》は思いっきり箱を殴りつける。すると、破壊された筈の箱は元の形に戻り、中にあった紙屑はみるみる「元の形」に戻って行く。

「しゃ……しん?」

 紙屑は、写真であった。それに映っているのは、一組の男女と二人の少年。おそらく、仲睦まじくしている男女は彼らの両親、そして二人の少年は形兆さんと億泰君だ。
 写真が《クレイジー・D》おお蔭で元通りになると、ソレを拾い上げ、そして、「おやじさん」はそれを見て、号泣した。同時に、私も目頭が熱くなる。
 何十年も行っていたこの行為には、全て理由があったのだ。全て、無駄ではなかったのだ。今の事は分からないけれど、昔の家族の思い出は、彼の記憶の中に深く深く、大切な物として「生きて」いた……凄く、感動。

「「殺す」スタンド使いよりよー、「治す」スタンド使い探すっつーんなら……手伝ってもいいぜ」

 何だか東方君がとてもハンサムに見えます。いや、もとからハンサムだけれど……なんというか、ほら、ハンサム率が上がったって感じ?……「ハンサム率」っていったい何。
 東方君は、形兆さんに「弓と矢」を渡すように諭す。そう、この道具は人の命を奪うものだ。だから、破壊しなくてはならない。しかし、形兆さんは一歩、また一歩とドアの方へと後退していく。逃げる気なのか。
 走って追い詰めようと身構えた時、彼が向かっていた出入り口から億泰君が姿を現す。おそらくここでの話をすべて聞いていたのだろう、実兄の握る「弓と矢」の「弓」の方を握り、もうやめよう、と諭すように言う。身体は無理でも、心は何とかなるかもしれないと、億泰君は続ける。信じたいのだろう。どんなにひどくてもやはり父親、殺したくはないのかもしれない。
 しかし、そんな純粋な彼の気持ちも無下にするように言い放つ「俺はもう後戻りできない」と。確かに、形兆さんは、「弓と矢」を使って《スタンド》を発現させようとして、幾人もの人々を殺してきた。

「俺はてめーを弟とは思っちゃいない! 弟じゃねえから躊躇なくてめーを殺せるんだぜー!!」
(そんな……)

 形兆さんと億泰君が「弓と矢」を挟んで対立する。そこで、私は彼らのその光景に目を取られて気が付かなかったのだ。私達の様子を、天窓から何者かが窺っていた事を。
 初めに異変に気付いたのは、東方君だった。彼は、硬直状態にあった二人に問うのだ「おやじの他に身内がまだいるのか?」と。どうしてそんな問いをするのか分からず、私は彼が見上げている天窓を見上げた。形兆さんも――けれど、そこには勿論誰もいない。

 ふと、私は嫌な感じを覚えて、辺りを見回す。そして気が付いた。――億泰君の背後に迫る「スタンド」が、コンセントから現れている事を。
 私は、咄嗟に声が出なかった。言わなければ、でも、震えて喉から声が出ない。億泰君の、もうすぐ後ろにいると言うのに!

「億泰ゥ――ッ! ボケっとしてんじゃあねーぞッ!!」

 形兆さんは億泰君の頬を殴った。たった一発、殴り飛ばした。すると、今度は突如出現した《スタンド》が形兆さんの胸を拳で「貫いた」。
 そのスタンドは、ギョロリとした目で私達を見ると、吐血する形兆さんの胸に拳を貫かせたまま言う。

「この「弓と矢」は俺がいただくぜ……利用させてもらうよ〜〜っ。虹村形兆、アンタにこの矢で貫かれてスタンドの才能を引き出されたこの俺がなー!」
「き、さまごときがこの「弓と矢」を……っ」
「虹村形兆……スタンドは精神力と言ったな……俺は成長したんだよ! それとも我がスタンド《レッド・ホット・チリ・ペッパー》がこんなに成長すると思わなかったかい?」

 スタンドは精神力?……え、てことは幽霊の類とかじゃあないの?
 私は《レッド・ホット・チリ・ペッパー》による新たな《スタンド》の知識に愕然とした。
 何もできないでいる内に、形兆さんは自身のスタンドで対抗しようとしたが、《レッド・ホット・チリ・ペッパー》は電気による能力を持っているのか、彼に触れている部分からたちまち形兆さんを「電気」にしてしまい、そのまま「弓と矢」ごとコンセント内へと逃げて行こうとする。
 まさか、人間や他の物質まで電気にしてしまうとは予想外。その所為か、私達は反応が一歩遅れた。引きづり込まれていく彼の手を掴もうと、億泰君が駆けだす。

「俺に触るんじゃあねえッ!!」

 億泰君をたった一言で制止させてしまったのは、他でもなく形兆さんの怒声であった。彼は、じっと億泰君を睨んだまま、言うのだ――

「億泰、おめーも「引きづり込まれる」……ぜッ!」

 彼は、「弓と矢」が奪われる事を悔しがり、そして最後に、億泰君に言うのだ。お前は最後まで俺の足手まといだった、と。そうして、完全にコンセントの中へと彼は消えて行った。
 億泰君や康一君、私が茫然としている中、東方君は天窓を拳で殴ってわり、屋上に出た。それに、億泰君と康一君も続く。私も、彼らに続こうとしたが、踏み台となる木箱の上に上ったと同時に東方君に「来るな!」と一喝されてしまった。
 何故と問おうとしたとき、康一君が教えてくれた。

「形兆さん、死んでるんだ……電信柱で、焼け焦げて、感電死、して、る……」

 震える声で伝えられ、私は、その場にヘナヘナと膝から崩れる。きっと、私は彼の死体を見た瞬間、嘔吐してしまっていただろう。

「……」

 形兆さんは、自業自得だった。沢山殺しもしてきたから、きっとその報復が訪れるという事を、億泰君も、彼自身も気づいていた。けれど、彼は、最後に――最後に、億泰君を危機から強引だが救い、そして巻き込まない様に庇ったのだ。

(世界は、こんなにも残酷になれるんだね……)

 私は、結構涙もろい。彼の死体をみてはいないが「殺されてしまった」という事実だけで、私は、涙を三粒、流した。


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