鉄壁の少女 | ナノ

23-1






〜第23話〜
鉄壁の少女




 朝――7時55分。つけたテレビでは天気予報がやっており、男のキャスターが既に番組が始まっている事に気づかず慌てたように喋りだす。
 本日は快晴でしょう。杜王町で二十数匹の犬と猫が仲良く走りさったとの情報が――うん、なんとなく身に覚えがあるぞ。
 朝食の支度は既に終えてある。寝坊癖がある縹や蒲公英に木賊もすでにたたき起こしてある。不良娘の癖に茜は早寝早起きだから世の中不思議だ。
 今日は、ちょっといつもより早く家を出て、露伴先生とある場所で落ち合う事になっている。承太郎さんや仗助君、康一君に億泰君もだ。理由は、露伴先生が怪しいと思っている『川尻早人』の行動。自分の父親を盗撮しているように見える写真を偶然にも露伴先生が撮ったのが始まりだ。
 今日の朝は、その川尻の家へ行ってそこの大黒柱である『川尻浩作』について調べようと思っている。私も、なぜ初対面で、しかも写真を見ただけなのにあんなに怯えたのか、自分でも分からないから気になる。本当は縹が行く予定だったが、無理を言って私が行くことになった。――いや、ほら、下の子達を守るのがお姉ちゃんの仕事っていうし、ね?
 仗助君はあまりいい顔をしなかったけれど、諦めたように笑って「そういう顔をする時は何言っても駄目だからなァ」と言った。どういう顔をしていたんだ、私。

「いってきまーす」
「はーい、はやいのね」
「まあねー」

 お母さんに適当に手を振って玄関の戸を開けると、背後で木賊が不安げな声で私の事を呼んだ。それを気にする事なく、遅れないように、と一言残して家を出た。家を出ると仗助君が眠たそうな表情で家を出るところを目撃した。欠伸を噛みしめている彼に苦笑を浮かべながら挨拶をすると、眠たげな声で「おお」と返ってきた。
 暫く二人で歩いていると、億泰君の家に着く。ドタバタと大きな彼の家から荒々しい足音が聞こえてくる。そろそろ急がないと約束に遅刻しそうだ。億泰君に催促の声をかけると、ゼエハアと息を切らして家から出てきた彼。朝からご苦労様です。
 三人で急ぐことになり、早足で集合場所へと急いだ。
 ふと空を見上げると、快晴だという予報だったにもかかわらず曇天になりつつある。もしや、と思っていればぽつぽつ、ぽつぽつ、と冷たいしずくが落ちてきた。
 逸る気持ちを抑えて、集合場所を確認する。確かここら辺の近くだった筈だ。ちらりと時計を見ると、今の時刻は8時29分――
 きょろきょろと首を回して周りを見ていると、ふと、一人のサラリーマンと一人の少年を見つけた。小さな少年は蹲っていて具合が悪そうにしており、対して男の方は悦に浸っているような恍惚とした表情でいる。明らかに何かがおかしい。もしかして、少年いびりでもしているのだろうか。
 私は仗助君の横を抜けて彼らに近づこうとした。私には一応《スタンド》があるし、男の子を助ける事くらいはできる筈だ。そう思っていると不意に腕を取られる。手の感触で直ぐに分かった。仗助君だ。見上げると彼は私の方ではなく、サラリーマンと少年の方を見ていた。その視線を私の方へ向けると、コクリと一つ頷く。

 ――優しいなあ。

 私は頷き返すと、仗助君を伴って彼らに近づいた。

「『バイツァ・ダスト』は無敵だ! そしてこの『吉良吉影』に「運」は味方してくれているッ!」

 私と仗助君の足が止まった。
 男は、さっき、なにを、言った?
 先程まで泣いていた少年は、フッと、私達の方を見ると何かをその大きな瞳に宿した。

「『名前』……今言った、その『名前』……」
「おっと、わたしの『本名』を言っちゃったかなァ〜〜! そう、わたしの名は『吉良吉影』、フフフ、ハハハハ、誰かに喋っても構わないよ。ところで今何時かね?」
「……僕は「喋っちゃいない」。最初から僕はあんたの事を一言だって喋っちゃあいない」

 私は、男の背を見た。ああ、そうだ、確かに、この人は――似ている。

「ぼくは、「電話」しただけなんだ。寝坊して遅刻したって言ってたから「番号」を調べて起こしただけなんだ。朝……家から「コール」しただけなんだ……僕はただ待ってただけなんだ。寝坊しないで早く来ることを待っていただけなんだ」

 男は漸く笑みを引っ込めて背後を振り返る。もちろん、彼の背後で会話を聞いていた私達は彼……自称『吉良吉影』と視線をかわした。私達の姿をとらえた瞬間、彼は驚愕に顔を歪める。

「おい、仗助ェ〜〜雨が降って来たけどよォー、みんなとの待ち合わせの時間に間に合うぜ〜っ!」
「待て! 億泰……」

 仗助君が、億泰君を制する。私は、男から目を離さないでいた。

「偶然なのか、それとも運命なのか……」
「今よおー、ブッたまげる『名前』をよぉ、こいつが喋ったんだぜッ!」

 仗助君は鋭く男を睨みつけると、人差し指で彼を指さす。

「てめー、今確かに「吉良吉影」っつったよなあぁ〜!!」
「うっうぐっ……」
「確かに聞いたよ! 貴方は確かに今、「吉良吉影」だと自ら名乗ったんだ!」

 仗助君はズンズンと『吉良吉影』に近づくと《クレイジー・ダイアモンド》で一発顔面に拳を叩き込んだ。彼は口を切ったのかそれとも歯が折れたのか、口から血をふき、凄まじいパワーに負けて冷たいコンクリートの地面に伏せる。
 同姓同名の人違いでも、仗助君の《クレイジー・D》の能力を使えば傷は元通りに治せる。手加減はなしだ。
 仗助君は《クレイジー・ダイアモンド》のラッシュで一気に攻める。武骨な彼の拳が『川尻浩作』の顔面をめちゃめちゃにする勢いで襲った。しかし、彼の顔面は殴られて青あざを作るどころか攻撃を全く受けなかった。防御したからだ。『吉良吉影』の《スタンド》――名を《キラークイーン》――で。
 私はすぐさま己の《スタンド》である《レディアント・ヴァルキリー》を出現させた。防御力は高いがスピードが余りないのが弱点だ。よく分かっている。だから、少しでも早く動けるように準備しておくのだ。スタートダッシュは相手より早い方が良い。

「この『川尻浩作』が『吉良吉影』とはよォーッ!! イキナリ出会うとは大当たりだぜッ! この露伴の取った写真はよォ〜〜〜〜ッ!!」
「だが偶然出会ったようじゃあねーようだぜ、億泰」
「詳しくは分からないけど、どうも『川尻早人』に自分の本名名乗ってるって事は彼が何かして、とても今危機一髪な状態だったみたいだよ」

 偶然にしては出来過ぎている。目の前の小さな少年が一般人に成り代わっている吉良吉影に何かアクションを起こして「今」を作り出していると考える方が妥当だった。
 私と仗助君、そして億泰君が吉良吉影を睨みつける。そんな中、彼は、焦燥に駆られた目の色を変える。そして、《クレイジー・ダイアモンド》の拳を《キラークイーン》の腕でで受け止めたままスッと立ち上がった。

「言っておくが私は……『川尻浩作』となって別にお前達から逃げていた訳ではない。お前らを始末しようと思えばいつでも殺す事は出来た。やらなかったのは、単に私が『闘い』の嫌いな性格だったからだ」

 闘争は自分の目指す『平穏な人生』とは相反しているから嫌いだと語る。一つの戦いに勝利する事は簡単だが、また次の戦いの為にストレスを溜める事は愚かな行為である。彼はそう考えている。
 私も争いごとは嫌いだ。吉良吉影の言葉にはどことなく頷ける要素がある。しかし、自分の『平穏』と『性癖』を両立させようだなんて、赦せる範囲とそうでないものがある。彼は『女を殺さずにはいられない性格』だ。ソレを抱えたまま平穏を生きようとする姿勢は確かに凄い。そしてとても生き生きとしてカッコイイとすら思った。だが、『殺人』は見逃していいものではない。

(もともと住んでいた訳じゃあない、けれど……私はここが好きだ、この杜王町が好きだ。だから、『彼』を見逃すわけにはいかない!)

 私は逸らしてしまいそうな目を無理やり吉良吉影に合わせる。本当は怖い。目の前で殺された人を見せつけられた分、恐怖心が足をすくませようとする。けれど、どうしてだろう、隣に仗助君がいると分かっているだけで、こんなにも気持ちが強くなれる。それはまるで、きらきらと黄金のように輝く、眩い光を放った精神(こころ)だった。
 吉良の《キラークイーン》の右手がスッと《クレイジー・ダイアモンド》の腕に伸びる。私はハッとなって息をのむが、仗助君は既に気づいていたのか、すぐさま腕を引っ込め距離を取った。そう、彼の《キラークイーン》は、触れた物体を爆弾に変えてしまう能力を有しているのだ。
 スウゥ、と流れるような動作で《キラークイーン》が構えを取る。早人君は、私達の後ろに来させた。

「私の平穏を乱すのは今、お前らたったの「三人」だけ。正体を知った者だけは闘わざるをえないッ!」

 ずん、と吉良は一歩踏み出す。――あれ、おかしい。彼は今「何人」と言った?
 不意に浮上した疑問点。そんな私の心を読んだのか、ふと、吉良と目があった。いや、彼が合わせてきたと言うべきか。

「ああ、漸く見つけた……どうやら君は東方仗助らと仲が良かったようだな。「三人」を始末したのち、ゆっくりと君を攫ってゆこう」
「言っておきますけど、もうあの時の私じゃあないんです。もう、貴方には屈しないッ!」

 自分の出来る精一杯の威嚇。常日頃から呑気な顔と言われている私の睨みでは絶対に怯ませる事なんて出来ないが、それでもやらずにはいられない。そんな私を見て、彼は無表情から嬉々とした表情に変わる。

「そうか……そんな君を屈服させるのも楽しいだろうが、今は「一人身」ではないからな……仕方ない、君の綺麗な手だけを持って帰ろう」
「テメェッ!」

 その時だ、悦の表情を浮かべていた吉良に、仗助君が怒気をあらわにした声音で怒鳴りつけた。私は驚いて仗助君を見上げると、彼の横顔は今まで見た事もないくらいに怒りで歪んでいた。ぞくり、と全身の毛という毛が逆立った気がする。仗助君の纏う雰囲気は、空気を伝わって、私の肌をビリビリと痺れさせたようだ。

「「重ちー」だけでなく桔梗にまで手ェ出そうとしてんじゃあねーぞ、コラァッ!」
「殺人が趣味のブタ野郎が、てめーの都合だけしゃべくってじゃあねぇーぞこのタコッ!」

 仗助君と億泰君が口ぐちに言った。物凄く口は悪いし、ふつうだったら制止の一言でもかけていただろう。けれど、今はとてもスカッとした。私では言えない事を、この二人は当たり前のようにやってくれたからだ。
 前に立つ仗助君とその横に立つ億泰君。彼らの背中が、とても逞しくて、私には希望だった。

「《クレイジー・D》射程距離1〜2メートル、破壊された物を直す能力がある」
「おめーに対しその能力は必要ねえなぁ〜〜っ、ただぶちのめすだけだからよォ〜〜〜〜」

 会話を邪魔されたからか、些か機嫌を悪くした表情をする吉良。彼はギロリと仗助君を睨み間合いを詰める。己の射程距離まで近づく気だ。仗助君も、彼に向かってズンズンと歩き出す。射程圏内にお互いが入ると、拳を交える。凄まじいスピードで繰り出される互いのパンチ。それを受け流し、攻撃、流す、攻撃、避ける――凄い、とてもじゃあないが私には到底出来ない攻防戦だ。
 二人の戦闘に圧倒されていると、ふと、視界から《キラークイーン》が消える。――いや、奴は屈んだのだ。《クレイジー・ダイアモンド》の手刀を避けると同時に体勢を低くして、奴は足払いをくりだした。それは苦くもヒットしてしまい、《クレイジー・ダイアモンド》は倒れる。そこへすかさず奴の手が伸びてきた!

「仗助君!」
「仗助!」

 億泰君と私の叫ぶ声が重なる。
 しかし、私達の危惧は杞憂となった。体勢を崩しはしたが、仗助君は下からの踵蹴りで《キラークイーン》の顎を思いきり蹴り上げた。いい具合に入ったのか、吉良もふっとばされてコンクリートの壁に叩きつけられる。余りの衝撃に壁は悲鳴を上げ、吉良も吐血する。

「ドラァ……!!」

 どうだ、と言わんばかりに仗助君は人差し指で吉良をさした。……やばい、今すっごくキュンッ、ってなった。胸がキュンってなったッ!

「動きがすっトロイぜッ! 《キラークイーン》。どうやら『平穏な人生』目指してたんでよォー、ちとハングリーさに欠けてるようだなあッ! おめーの《スタンド》、一対一の闘いには向いてねえようだぜ!」

 地に沈む吉良に、仗助君は言った。《キラークイーン》はダメージが大きいのか、わなわなと体を震わせている。しかし、次の瞬間、奴の手が仗助君の足下へ伸びるッ。それに気づいた億泰君はすかさず《ザ・ハンド》を出現させた。

「すっトロくても油断すんな仗助ッ! そいつの手には気をつけろって言ってるだろうッ!」

 ガオン、と《ザ・ハンド》が空間を削り取る。すると、くるう、と《キラークイーン》の手が体と共に方向転換し、億泰君の方へと向く。確かに、億泰君の《ザ・ハンド》ならば《キラークイーン》に触らずとも攻撃が可能だ。凄い、いつもお馬鹿だから気が付かなかったけれどそういえば《ザ・ハンド》の能力って物凄く驚異的だった。
 勝てるかもしれない。そう、私が思った時だった。突然、億泰君の脇腹が《吹っ飛ん》だ。

「えっ……」

 私は現実と非現実の境目が分からなくなる。目の前で抉れたように脇腹がない億泰君は、本当に彼なのだろうか。まるで空気が暴発したように億泰君の脇腹をぶっ飛ばしたようにも見えた。私は、私は、私は――

「億泰君ッ!」

 どさりと、名を呼んだ彼は答える事もなく倒れた。





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