鉄壁の少女 | ナノ

22-3






 露伴先生はいつも不思議である意味凄い人だが、康一君と追っている現在の露伴先生はもっと変だった。壁に背中をこすれるくらいに引っ付けて蟹の横這いみたいに歩き、壁のない交差点の時は他人の背中に自分の背中を預けて渡ったり、独り言(?)なのに凄んで見せたり、一人でやっている。
 交差点を渡り切って次の壁に辿り着くと、先生はそのままどこかへと行ってしまう。私と康一君は急いで交差点をわたり、先生の行方を追う。
 ある角を曲がると、遠くに先生を見つけた。しかし、私達はまだ近づかない。敵の正体が分からないからという理由もある。しばらく様子を見ていると、ふと、私はある事に気が付いた。

「ねっねえ、康一君……」

 一匹、二匹、三匹と彼らは数を増やしていく。

「猫と犬の数……増えてない?」

 露伴先生の周りだけ。そうつぶやいた時だった。木に登っていた猫が露伴先生の頬を引っ掻くのを合図に、猫と犬たちが一斉に先生を襲い始めたのだ。先生は《ヘブンズ・ドアー》で対抗するも、数が数なだけに処理が追いつかないでいる。
 私と康一君は頷き合うとそれぞれの射程距離まで走った。私は、上から遅い来る犬猫を盾で防ぎ、康一君は飛び掛かる犬を《エコーズ ACT3》の《3 FREEZE》の重くする能力で止めた。私達の突然の登場により、露伴先生は驚く。康一君は《エコーズ ACT3》で犬猫を追っ払った。

「いるんですね、背中に《敵のスタンド》が……」

 康一君の《エコーズ》が構えを取った。そんな康一君を、露伴先生は感動で目を湿らせながら言うのだ、やっぱり君は親友だと。……私の存在忘れてません?
 どうやら先生にはカッコイイ、スーパーな康一君しか目に入っていないらしい。知ってるよ、康一君がいざという時に頼りになる男だって。私だってときどき頼りにしてるんだから! 一度見捨てられた経験はあるけど!
 彼は、《エコーズ》の能力で背中にいるという《敵のスタンド》を引っぺがそうとした。「重い!」とうめく声が先生の背後で聞こえる。

「え……」
「えっ!? えっ!?」

 康一君が間違える筈がない。そう思った。けれど現実に起こっている。
 確かに、康一君は露伴先生の背後にいる《チープ・トリック》を狙った。効果もあった、手ごたえもあった。しかし、まさか露伴先生までも一緒に効果を受けて沈むなんてっ!
 露伴先生の足下にクッキリとした穴が形成されていく。《重くなって》いっているからだ。

「こっ康一くん、君が戻って来てくれた事は凄く感動しているし、感謝もしているんだ。でも《ACT3》を引っ込めてくれると嬉しいんだが……君からは見えないが、僕の背中がちょっぴりだが……裂け始めてるんでね」

 ブシュ、ブシュ、ブシュ、と柔らかいモノが裂けて中の液体が飛び出るような音がする。私は露伴先生の背中の上体を想像しただけで顔が蒼くなってしまう。

「康一君!」
「あああACT3! 《3 FREEZE》を解除しろォ――ッ!」

 べったりと、先生の背中の傷から吹き出したのであろう鮮血が、背中を預けていた壁に付着する。ずるずると、彼がその場にへたり込もうと腰を下ろしていくたびにその真っ赤な色は下に伸びて行った。
 私と康一君は青い顔をしながら露伴先生に駆け寄ると彼の安否を尋ねた。大丈夫ですか、と。

「だいじょぶなわけねーだろッ! 広瀬康一! おまえのせいだよねこのダメージは!」

 一瞬、私と康一君は息をのんだ。露伴先生が言ったかと思ったからだ。しかしよくよく考えてみれば先程の声は先生の物ではなく、別人のものだった。そう、先生の背中に取り憑く《敵のスタンド》の声だ。

「これでわかった!? ねっ!? ぼくを取る方法はないッ! 承太郎の所へ行っても無駄なんだよ。たとえ『止まった時の中を動けるスタープラチナ』だって僕を引っぺがす事は……露伴、お前の背中を引っぺがすって事なんだからなーっ」

 ぞくっと、私の背筋に冷たいモノが走る。露伴先生の背中にいる《敵のスタンド》は、どんな最強の《スタンド》だろうとパワーのない自分を倒す事は出来ないと高らかに豪語する。
 高笑いされつつも、露伴先生は蒼白な表情を浮かべたままだが立ち上がり、また歩を進めた。
 夕方になってくると、日が傾き、あたりが赤く染まってゆく。そんな空に《敵のスタンド》の幼稚な声がこだまする。

「背中にいる《スタンド》ッ! いったいどんなッ! ぼっぼくはどうすれば……!?」

 康一君と私がもう手はないのかと焦燥感に駆られているときだ。ふと、敵の《スタンド》ではない笑声が聞こえた。露伴先生だ。彼が、笑ったのだ。
 無表情だった彼は、目は瞳孔をこれでもかと開いたまま、口角を吊りあげて、まるで薬をやって頭がとちくるったような表情で私達を振り返って、言うのだ「見たい?」と。

「どんな《スタンド》か? へへ……ぼくの背中……フヘへ、見たいのかい? フフフ……いいよ……フッ、見せて……あげるよ」

 先生はゆっくりと壁から背中をはなして歩き始める。奇怪な笑声を上げながら、彼はこちらに背を向けた。
 私と康一君が見た背中。そこには、赤ん坊のようなサイズの人型《スタンド》がぺったりと露伴先生の背中におぶさっていた。

「ついにやっちまったかーッ。空条承太郎の所へ行っても無駄だとわかったんでーっ、ハハハ精神が崩壊しちまったようだなあーッ」

 ――違う。

 私は、視界の端でチラリと捉えた赤い《ある物》を見て漸く気づいた。そうか、露伴先生は全てこのために、《ここ》に《来る》ために移動していたんだ。

「承太郎? フフ、僕は最初からそんな所へは向かってないよ。《ここ》ヘ向かってたんだ。ついに到着出来たんで、嬉しくってね。フフフ、つい笑っちまったよ。お前に『犬と猫』を呼ばれた時はマジにやられたと思ったよ……康一君が来なかったらぼくは確実にこの場所着く前にやられていたよ……いや、今は冷静だよ、ぼくは」

 先生の背中にいる《敵のスタンド》は気づかない。いや、知らないのだろう。《ここ》がどういった《場所》なのかを――

「よしッ! 康一に背中を見せたなッ! 次は広瀬康一に『転憑依』するッ!」

 そういって、「彼」は振り返る。露伴先生の背中を見た、康一君に乗り移る為に。……っていうか、私の存在みんなしてガン無視だよね。とくに露伴先生。
 敵の《スタンド》――名を《チープ・トリック》――は得意げな表情から一変、驚愕に顔を歪めた。自転車のライトのような目玉をギョロリと開いて、私と康一君の後ろにいる存在を見ると今度は恐怖にゆがむ。
 小さな《チープ・トリック》の体は、闇から現れた無数の手にとらえられると、ゆっくりと露伴先生の体からはがされた。しかし、先生の背中は無事である。

「確かに、どんな《スタンド》だろうがお前を取り除こうとすればお前はぼくにダメージを返す! しかし、お前だけを掴める者はいたな……振り返ってしまった者だけをひっぱっていく者がーっ。お前の魂だけを連れ去る者が……!」

 そう、《ここ》は鈴美さんと彼女の愛犬アーノルドのいる、『決して振り返ってはいけない小道』。

「うおおおおっ放せッ! ねっ! 放せッ! どこへ引っ張っていく気だァーッねっ!」
「『あの世』だよ」

 腕に囚われてもなお暴れている往生際の悪い《チープ・トリック》に、露伴先生は冷静に言葉を返した。

「『天国』とか『地獄』とかはあるのかどーかは知らんが念のため、描いといてやるよ」
「うわああああああああああああああ!」

 露伴先生は、《チープ・トリック》の額をぺらりと『めくる』と『地獄に行く』と描き込んだ。そして、描かれた《彼》は断末魔の叫びを上げると《連れていかれ》ていったのだった。
 残された私達は、気が付けばいつの間にかオーソンの前にいた。露伴先生は緊張が途切れたのと疲労とでその場で膝を着く。

「喋る以外何もしないがもの凄い奴だった。康一君、本当、君が来てくれなければ僕はここに来れず、殺されていたよ」
「私もいたのに酷いです先生」
「君はお呼びじゃあないぜ」
「酷い!」

 康一君ばっかり贔屓は狡い。そういって抗議の声を上げると、鬱陶しい奴を見るような目で露伴先生は私をにらんだ。

「『ような』じゃあなくて実際に鬱陶しいんだろ」
「冷たい、なんて冷たいんだこの人。康一君へ向ける穏やかな目とは大違いだぞ」
「君の事は親友とは思ってないからな。というかクソッタレの仗助を好きな時点でぼくは君の精神を疑うね」
「どーしてそんな事言うんですかー。もういいです、私は勝手に露伴先生にファンで尊敬させてもらいますからー、嫌と言っても聞き入れませんからね〜っだ」
「……べつに嫌だとは言ってないだろ」
「……あれ、先生デレ期ですか」
「違う!」

 拳を握りしめた露伴先生が迫ってきたが、全然怖くなかった。だって照れてるんだもん。頬を赤くして視線を泳がせる様は見てて新鮮だ。によによする。

「あ、鈴美さん!」

 康一君のその声に私と露伴先生はいがみ合うのを止めて彼を振り返る。彼の見るそこを見れば、確かに鈴美さんと彼女の愛犬アーノルドがいた。一人と一匹は鞄から飛び出して散らばる写真を見つめていた。それは露伴先生の持ち物だった。

「この写真、露伴ちゃんが撮ったの?」
「……」

 露伴ちゃん、と呼ばれる事に慣れてないのか、先生はちょっと眉間に皺を寄せる。でもよくよく考えれば露伴先生より鈴美さんの方が年上なんだよね。見た目15歳だけどさ。

「そうだが……」
「この『一枚』記が付いてるけどどうかしたの? カコってあるの男の子みたいだけど」

 とん、と鈴美さんの綺麗な指がさすのはビデオカメラを持った目に覇気のない少年だった。ランドセルを背負っている事から小学生だと分かる。ここいらの近くに住んでいるならぶどうヶ丘小学校の子かな。

「ああ、そいつか……別にどうって事ないよ。コソコソしてる風なんでちょっと興味持っただけさ」
「でもこの『川尻早人』って名前、こっちの男と姓が同じね、二人の関係は?」
「えっ、そうかい?」
「ほら! 同じよ、あんたが調べたんでしょ」

 私と康一君、露伴先生は、鈴美さんの言う「姓が同じ男」の写真を覗き込んで見た。すると、何故か私はゾクリ、と背筋に悪寒が駆け抜けるのを感じた。写真に写る男、『川尻浩作』の目を見ただけだというのに。

「桔梗さん? どうかしたの?」
「えっ、あ……いや……」
「お前、知ってるのか? この男」
「いえ……初めて見ます、初めて見るんですけど……」

 ――初めて『会った』気がしない。
 駅前はここ最近行っていないし、顔だって初めて見る。なのに、初めて『会った』気がしない。目だ、目を見ていると何故か身体の真から冷えてゆくのを感じる。逸らしたいのに、なぜか写真から目が逸らせなくて、どんどん飲み込まれそうになっていく。

「私、言ってる事おかしいでしょうか?」

 声が震える。露伴先生と康一君や鈴美さんの様子が分からない。周りが見えない。どうしよう、こわい、こわい、こわい、こわ――

「あ……」

 ぱたん、とアルバムが閉じられる。やったのは露伴先生だった。彼は茫然と見上げる私を一瞥すると「フン」と鼻を鳴らした。

「……ありがとうございます」
「何の事かさっぱりだな」
「……フフフ、素直じゃないのね露伴ちゃんってば」
「う・る・さ・い」

 素知らぬ顔の露伴先生を含み笑いをしながら見上げる鈴美さんはとても可愛らしかった。そんな彼女は穏やかな笑みから急に真剣な顔になって私に向き直ると、そっと冷たい手で私の手を取った。

「『あいつ』とほんの数日だけど過ごした事でもしかしたら分かる様になっているのかもしれな」
「えっ……」

 頓狂な声を上げたのは康一君だった。彼は私と鈴美さんを交互に見て、どういうこと、と首を傾げながら問う。

「本能、って言えばいいのかしら……私が『あいつ』に殺された人たちが分かるように、桔梗ちゃんも別人に成り代わっても『あいつ』の雰囲気が分かるのかもしれない」
「ええっ!? じゃっじゃあこの『川尻浩作』って人が、もしかして……」
「いや、それはまだ分からないよ康一君。桔梗の感覚ってだけじゃあ判断できない」
「露伴ちゃん……」

 一人冷静な露伴先生は、客観的な視点でものを言う。流石は漫画家と言う所、かな。
 私も、気のせいかもしれない。間違いだったらとんだはた迷惑になってしまうもの。そう、取り乱した事を少し後悔した時だ。

「……でも、自分の父親を盗撮している『川尻早人』の事も気になる……一応、気に留めておく必要があるな」

 私は俯かせていた顔をバッと勢いよく上げて露伴先生を見た。気のせいか、私が彼を振り返るのとほぼ同時に彼は別の方向を見てしまっているようだ。その事を裏付けるかのように。鈴美さんがクスクスと含み笑いを浮かべて露伴先生を見ている。
 何だかんだで、良い人なんだと私は思った。





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