鉄壁の少女 | ナノ

22-1






〜第22話〜
純情ですね。




 昨日の事を思い出すと顔から火が出る。何故ってそんなの決まっている。
 居残りをさせられた放課後、私は仗助君とついにキスをしてしまったのだ。するまでは、特にこれといった甘い雰囲気なんてなくただ単にじゃれていただけだったのに、ふと見つめ合った瞬間、思わず、というか吸い寄せられるかのように唇を重ねていたのだ。その後なんてほっぺちゅーまでして私なんか不意打ちキスまでしちゃったよ。でもいいよね、彼は分からないけど確実に私のファーストとセカンドをあげたんだもの! 余韻に浸ったまま帰宅すると不意に3つ下の妹である茜に「気持ち悪い」と言われた。姉に気持ち悪いとは失礼な。
 柔らかかったなあ、なんて思いながら家を出る。すると、玄関の前に仗助君がいた。「よう」なんて声をかけられても私の思考はどうしてか現実に追いつけず、漸く「おはよ」と消えかかりそうな声で返したのだ。どうして、と思いながら彼を茫然と見上げていると、不意に手を取られて引っ張られる。たどたどしくついて行き、やっと隣で歩けるようになったかと思えば自然と繋がれていた手に気づく。
 仗助君は何も言わない。ただ、ちょっと、耳朶を赤く染めてそっぽを向いている。私も何も言わないで、かわりに手を握り返した。

「桔梗」
「ん?」
「……おめーの手、柔らけーな」
「お肉たっぷりだからね」
「そーゆーんじゃなくて、ふわふわしてんの」
「ふうん? 仗助君のはやっぱり男の子だから硬いね」
「おうよ」

 感触を確かめるように、仗助君はにぎにぎと強弱をつけて握ってくる。それと時折、親指の腹で手の甲を撫でてくる。仗助君だからいいけど、他の人だったら嫌だなあって思うんだろうな。
 私は、手の感触を堪能(?)している仗助君のソレの感触を堪能した。ゴツゴツしていて骨ばっていて、とても硬くて、きっと喧嘩でいつもこの大きな拳を作って相手の顔面に叩きつけているであろう彼の手は、それでも温かくて私にとってはとても安心する物。それに今、握られていると思うと、自然と笑みがこぼれた。突然笑い出した私を不思議に思ったのか、見下ろしてくる仗助君は視線だけで「どうした?」と問うてくる。

「いや、嬉しいなって思っただけだよ」

 くすくす笑いをとめられないままに、繋いでいる方の手を掲げて言うと、私の言いたいことが分かったのか仗助君は照れた。ぼそり、と「そーいうの平然と言うな」と呟く。可愛いと思った瞬間だ。
 しっかりと繋がれた手は、億泰君が現れるまでずっとそのままだった。やっぱり人前は流石にお互いが恥ずかしいのです。


 * * *


(どうしてこうなった)

 私は天井の海を眺め、頬を撫でる風と夏だが今日は控えめな日差しの中、背中に感じる逞しい胸をいやでも意識しながら思った。簡潔に述べよう。屋上にて仗助君に後ろからハグされてます。

 つい数分前の事だ。どうにも浮足立った感じの抜けない私はお昼休みを知らせるチャイムが鳴るまでずっと表情がニヤニヤというか、ウキウキというか、とにかくずっと笑っていた。先生に「今日はご機嫌だな」と指摘されるくらいだから分かりやすいくらいに表情がくずれていたんだと思う。まあここまでは私のテンションが「ハイ」になっているだけで済んだ。
 問題はここからだった。
 花ちゃんと由香子さんのもとへ行って一緒にお昼を食べようとお弁当を掴んだその時、隣にいた仗助君が立ち上がったと思えば突然私の腕を掴むではないか。驚いて彼の顔を見上げると、眉間に皺をこれでもかと言う程に寄せて皺をつくり、優しいたれ目は少しいつもよりつりあがっている様。そんな彼の表情にこれまた度肝を抜かれていると、唐突に彼は掴んでいる手を引く。そして、ついて来いと背中で語りながらズンズンと何も言葉を発する事なく教室から私を伴って出る。彼の異様な雰囲気に気づいたクラスメイト達がざわついているのを私は背中で感じながら、未だ無口な彼を見上げる。
 どうしたの、と問うても仗助君からの返事はなく。私はついに閉口し、彼のなすがままになった。そうして手を引かれて連れてこられたのは屋上。誰もいない、静寂だけがあるその場所。何故ここに連れてこられたのか分からないでいると、仗助君はそんな私に構わず屋上の適当なフェンスに近づく。くるりとこちらを漸く振り返ったと思えば、彼は背中をフェンスに預け、座ると私の手を引く。強引に腕を引かれた私は前のめりになると、そのまま仗助君の胸にダ――イブッ! 急激に近づいた彼の顔から逃げるように腕の中でもがきながら背を向けると、何も言われずそのままがっちりとホールドされてしまった。
 私は慌てた。だって、こんなにも好きな人が近くにいるのだから、慌てるに決まっている。どうしたの、何かあったの、ねえ、教えてよ。問いかけても答えは返って来ず、私も恐ろしくて後ろを振り返る事も出来ず、私が閉口するとそこからはずっと沈黙。風の音しか聞こえなかった。
 不意に肩に重みを感じたと思えば仗助君の額がそこに乗せられているとリーゼントを見た瞬間理解し、私の心臓は太鼓をバチで達人が思いきり叩くように脈拍を大きく打ち始めた。

(どうして不機嫌なのか分からないし、どうすればいいのかも分からない……ピンチッ!)

 打開策はないものか、と頭を抱えたくなった時だった。不意にくぐもった声が聞こえた。仗助君のものだと気づいた私は、「え?」と聞き返す。すると、今度ははっきりとした声で。

「すまねぇ」

 と仗助君は言った。

「何かあった?」

 私は問う。ようやく、ここで彼を振り返る事が出来た。彼は困ったような、情けない表情を浮かべていた。こんな 顔、初めて見る。

「ちょっと、な」
「ちょっとって?」

 ちゃんと言ってくれなければ分からない。そんな態度を示す私に、仗助君はもっと困った表情になる。ちょっと可愛いと変にエス心が刺激されたとかそんなんじゃあないよ、うん。

「キスしてから、色々と気持ちのセーブが出来なくなっただけだぜ」

 そう言われた瞬間、胸の奥がむずがゆくなった。恥ずかしくて再び前を向くと仗助君は肩に顎を乗せた。そして、「桔梗」と私の名前を呼ぶ。耳を掠める彼の吐息と声に、どきん、と胸が高鳴った。これ以上上がったら、私、死ぬかもしれない。
 ぎゅう、と肩に回る仗助君の腕の力が強くなった。ちらりと見えた、シンプルなピアスが飾る耳朶は赤く染まっていた。

「おまえさ、今日一日中笑顔だったろ? 他の野郎共がずっと釘づけよォ」
「えっ、う……え?」
「チラチラ、チラチラ、下心丸出しな視線送ってんの気づかなかったのかよ〜〜?」
「分かん、なかった」
「能天気なもんだぜ、桔梗ゥ〜〜」
「ご、めん」

 感情のブレーキがきかなくなったのは私の方だ。その所為で、手足は末端冷え症なのに凄く熱いし、顔だってそうだ。心臓はバクバクと煩いし、背中から感じる仗助君の激しい鼓動を感じると更に相乗効果か勢いを増すし。

「やきもち?」
「……おう」

 指摘されたことが恥ずかしかったのか、仗助君は再び顔を私の肩に埋めた。
 私は嬉しくなった。だって、あの仗助君がやきもちだよ、やきもち! 女の子にモッテモテな彼が、だよッ。それに、朝のちょっと不思議な行動は「気持ちのセーブ」がきかなかったからだという事も判明し、私のニヤニヤ具合が半端じゃあない。私を萌え死にさせる気か、この子はッ。
 強張っていた全身からはいらない緊張がほどけ、通常よりも早いが心地よくトクトクと脈打ち始めた鼓動を感じながら、私を抱く逞しい腕に手をかけて、ゆっくりと厚い胸板に背中を預けた。すると、甘えるようにすり寄ってきた。くそう、可愛い。リーゼントがちょっとチクチクくすぐったいけれど、喜びが胸を占めるから全然気にならない、不思議。

「お弁当、食べようよ。お腹すいちゃった」
「教室において来ちまった」
「じゃあ一緒に食べよう! 今日はいつもより作り過ぎたから」

 昨日のことでテンション上がって作り過ぎたという理由は言えないよ! たとえ口が裂けたとしてもね!
 お弁当のつつみをあけ、殺風景といってもいい屋上のコンクリートの上に並べ始める。

(お箸は……きょっ共用でいいよね、だってもうチューとかしたし、間接キスなんていいいいい今更さっ!)

 そんな動揺丸分かりな私、情けないとです。どうせ分かってしまっているだろうが、羞恥心とプライドで動揺を一生懸命に隠していると、不意に頭の上から声をかけられた。「んー」と生返事を返すと再び名前を呼ばれた。何だろうと思って振り返ると、明るかった景色が突然暗くなり、額にはちくちくとくすぐったい感覚。

「ん……」

 声が漏れたのはどちらの方だったのか。唇に柔らかいぬくもりを感じて一気に思考がとろとろに溶かされてしまった私には分からなかった。暗くなってしまった景色だからと、私は瞼を閉じる。すると、感じる柔らかいぬくもりは、あむあむと食むように動き始める。
 まるで、食べられてるみたいだ。時間帯が時間帯なだけに、余計そう思う。溶かされたせいで、正常な思考ができず「おいしいかな、私」なんて口にはできなさそうな事を考えている。
 どのくらいそうしていたのかは定かではない。短いようで、長いようでもあった。
 どちらからともなくゆっくりと離れると、目の前の仗助君はしてやったり、という笑みを浮かべるのだ。

「奪ってやったぜ」
「……やられた」

 してやられた。
 どうやら昨日のを、倍返しされてしまったようだった。





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