鉄壁の少女 | ナノ

21-3






 夜――
 私は仗助君と白熱したバトルを繰り広げていた。言わずもがな、内容はただのテレビゲームだ。もしこれが《スタンド》ならば私の《レディアント・ヴァルキリー》は五分ともたずに完敗しているだろう。しかし、このテレビゲームに関しては私もいつもは敵わない仗助君に対してぐうの声も出ない程にコテンパンにするチャンスがあるのだ。
 ここで負ける訳にはいかない、と私は得意のコマンドを素早くタップしてラストスパートと出た。横にいる仗助君が苦悶の声を上げたが、ここで罪悪感を感じて引くわけにはいかないッ。勝負の世界は常に非情、勝つ為には手段を択ばないッ。結果的に勝てれば何をしてもよかろうなのだァアアアア!
 ゲーム熱中しすぎている所為か、私達は《スタンド》で敵を叩きのめす時に使う掛け声を無意識のうちに叫んでいた。「ドラァッ!」やら「ウラァッ!」が部屋で横行して傍から見ればシュールな光景なのだろうが、今の私達は目の前のちかちか光る画面しか意識にないので羞恥心は画面の向こう側へと飛んで行っていた。

「そこだァ!」
「ああッ! ちょ、たん……あああ――ッ」
「よし、これで5連勝!」

 私(プレーヤー2)にはでかでかと『WIN』の文字、そして仗助君(プレーヤー1)には『LOSS』の文字がでかでかと輝いた。ふふん、まぁたまたやらせて頂きましたァん!

「腕を上げやがったな桔梗」
「ふっふっふー、人は成長するのだよ仗助君」

 得意げになりながら、ふと目に入った時計を見ればもう8時になる。まだ来て間もないと思っていたのに、何時間も経過していた。

「朋子さん遅いね?」
「あー、そういえば遅くなるとか言ってたっけなァ」

 思い出したように言う仗助君。ちょっと君、それ大問題だよ、家に君しかいない場合ものすっごく大問題だよ。

「ご飯とかはどうしてるの?」

 そう、これだ。ご飯だ。絶賛成長中の彼には食欲も旺盛だし、夕飯抜きはきついだろう。心配する私をよそに、当の本人は何でもない表情で一言。

「適当にあるもんありあわせて食ってる」

 あ、ちょっと顔をしかめた。何でもないように言っているが、本当はちゃんとした夕飯を食べたいのだろう。
 そろそろ夕飯の支度でもすっか、と言いながらノソノソと立ち上がる仗助君。そんな彼の背中を見て、私の頭はピーンとある事をひらめいた。

「なら私が作ろうか?」
「……え?」
「私が作ろうか?」

 聞こえてなかったみたいなので、もう一度、ポカンとした表情で硬直する仗助君に言った。すると彼は「マジで?」と聞き返してきた。なので私は頷きながら「マジで」と答えた。

「何でも使っていいの?」
「お、おお……いないときは冷蔵庫のもん適当に使えって言ってるからな」
「ほうほう……あ、何か食べたい物とかある?」
「……なら、オムライスで」
「了解っス!」

 だんだんと楽しくなってきた私は、「失礼しまーす」と言いながら東方宅の冷蔵庫を開いた。うむ、卵にケチャップはあるな。野菜室にもちゃんと玉ねぎやら必要な食材が揃っていた。ご飯も炊けているから大丈夫だ、作れる。
 さっと下準備を終えて私は調理に取り掛かった。玉ねぎを切っていると、横から仗助君が「目にしみないのか?」と聞いてきたが、ふっふっふー、長年やっているともう目が慣れて沁みなくなるのだよ。得意げに話すと感心されてしまった。玉ねぎ如きで感心されるとは思ってもみなかったよ。
 東方宅のキッチンは綺麗に掃除がしてあり、道具の場所も仗助君が知っているので調理は滞りなく進んだ。

「出来た!」
「おお〜ッ!」

 食卓の上には二人分の夕飯。仗助君と私の分だ。彼が夕飯を食べていけというので遠慮なく作らせてもらった。
 二人だけなので、些か山吹家の食卓よりは静かだと思われたがそうでもなかった。ばくばくと勢いよく彼の大きな口の中へと消えてゆくオムライスやその他ありあわせのサラダ等々――を見ていると、作った側は気持ちよく思う。良い食べっぷりを見ているとそれだけで食卓が賑やかさを感じるから不思議だ。

「あ? なんだよー桔梗、おれの顔になんか付いてるのか?」
「え? ああ、良い食べっぷりで気持ちいいなあって思ってたんだよ」

 おいしそうに食べて貰えているだけでこっちはもう満腹です、ごちそう様! 私はニヒッと笑いながら言った。つられるように仗助君も豪快に笑う。こういう夕飯もいいなあ、なんか。
 和やかな夕食を終えて食器も片付けると私達は再びテレビの前に座った。けれど再びゲームをする気も起きず、ただただ適当な番組を仲良く並んで見ていた。

「なあ桔梗ゥ」
「んー?」

 あ、最近テレビに出るようになったピン芸人さんがネタで滑った。なんて思いながら返事をする。視線はテレビに向けたままでいると、私を囲う空気が震えた気がした。なんとなく横の彼を見てみると、距離が最初に座った時より近い気がした。特に、顔の距離が。

(綺麗だなぁ……)

 紫水晶のように透き通った色をした彼の瞳。吸い込まれそうなソレに思わず見入っていると、段々とその距離が近づいている事に気が付いた。このままだと、ぶつかる。どこが、なんて言わせないでくれ。
 ふと、前にも経験したことがあると既視感を覚えた。記憶の海を探っているとなんなのか、どこでなのか、すぐに思い出せた。未起隆君と初めて出会う前、ミステリーサークルを見つける直前だ。爛々としている様にも、虎視眈々と獲物を狙っている様にも見えるあの光を宿した目だ。
 私は少々たじろぐ。思わず、後ろへと右手を突き少しだけ仰け反った。すると、仗助君は左腕を手前について私が仰け反った分の距離を詰めてきた。あれ、どういう状況だ、これ?

「じょっ仗助君っ……!?」

 流石にこんな状況になれば私でも分かった。つまり、あれだ……由香子さんと花ちゃんが言ってたやつ。私もなんとなく意識し始めてたやつ。

「おれが何を言いたいのか、分かるよな桔梗」

 私の両肩を仗助君の大きな手がギュッ、と掴んでくる。強いけれど優しい手つき、でもどこか拙いその仕草に彼も初めてなんだな、と実感した。

「それは、うん、でも、まだ、こっ心のじゅっじゅっ準備がッ」
「おっおれだってまだだぜ。でもよ……まあその、欲には勝てねーっつーか、よ……」

 まっまさか、こんな私に仗助君が例の事をしたいと言う欲求を抱くだなんて思いもしなかった。いや、持たなかったら持たなかったで虚しいし悲しくなるけれど、ちょっと吃驚だ。
 段々と肩を握る彼の手に力がこもっていく。正直骨がギシギシと悲鳴を上げはじめて来たが、雰囲気を壊したくないので我慢する。
 仗助君がしたいのならば、私も彼のその気持ちに応えたい。寧ろバッチ来いだ! 私のそんな心意気を目の前の彼に緊張でたどたどしくなりながらも伝えると、ほんのり朱に染まっていた彼の頬が更に紅葉した。私は彼の数倍顔を熱くした。
 いいか、いいよ。そんな問答をしてから私たちは互いの顔を見つめ合う。
 少しずつ、彼が近づいてきた。私は距離が縮まっていく程に膝にある手でスカートをきつく握った。ほとんど、紫水晶の瞳しか見えなくなって来ると耐えきれずに目を瞑った。すると、視界を失った分感覚だけが敏感になってきて、彼の吐息だとか気配だとかを感じる度に心臓を高ぶらせていく。
 ふわり、と鼻孔をくすぐる彼の香り。私の唇に彼の息がかかり、「ああ、来る」と身を硬くした――その時。

「ただいまぁ!」

 ガチャリと勢いよく部屋の扉を開けて現れたのは、東方宅のドンである朋子さんであった。私達は思わず奇声を上げて互いから離れる。そんな奇怪な行動をしていれば、怪しまれる事は必至であり、案の定朋子さんは目を座らせて私と仗助君を交互に見ていた。

「あっあー! もうこんな時間だし私もう帰らなくっちゃなあ! というわけで仗助君また明日ねッ!」
「あ、おい桔梗……ッ」
「朋子さん夕飯を作っておいたのでよかったら召し上がってください!」
「あら、ありがとう桔梗ちゃん」
「それでは!」

 早口に捲し立て、学生鞄を乱暴に掴み取ると玄関へ直行した。現場を目撃された犯罪者の気分を腹に抱えたまま私は熱くなる頬を必死に冷まそうと手で押さえるがあいにく手の方も熱い。
 後ろからドタドタと荒々しい足音が聞こえてきて、そこから名前を呼ばれようと私は振り返らなかった。真っ赤になっている顔を見られたくないからだ。足を止めるくらいはしたけどさ。

「……」
「……」

 互いに無言。それもそうだ、例の事をしそうになった時にまさかの朋子さん来訪、雰囲気はそのまま霧散して互いにちょっと気まずい感じだけが残ったのだから。背後の仗助君は「あー」だの「うー」だの言葉にならない事を繰り返している。程なくして彼は一言。

「気ィつけて帰れよ」

 と言った。振り返って彼を見てみれば苦い笑みを浮かべている。私も彼に苦笑を返して頷いた。


 * * *


 桔梗を見送り部屋へ戻ればニヤニヤと意味深な笑みを浮かべている東方宅のドン、朋子の姿があった。彼女はブスッとしかめ面をする仗助に言う。

「お邪魔だったみたいね?」
「……ちくしょー」

 おまけに、手の早い男は嫌われるだのなんだのと、散々からかわれる始末。
 母親の冷やかしから逃げるようにさっさと風呂を済ませて自分の部屋へ行き2時間眠った……そして、目を覚ましてから暫くして桔梗とのやり取りを思い出し、赤面した。





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