鉄壁の少女 | ナノ

21-2






 控え目に言っても自分の顔はミケランジェロの彫刻のように美しいと自負している男、噴上裕也は嗅ぎ覚えのある匂いを感知した。それは、草の匂いと汗のにおいが混ざっている。感じからして焦っている。そのままスルーしてもいいのだが、丁度通り道であるし、相手は《女の子》である。放っておいては女たらしの名が廃る。
 近くには《彼女》の匂いしかなかった事から、一人でいる事も分かった。リーチのある足で距離を詰めてゆけばすぐに見えた栗色のくせ毛。ふわふわと触り心地の良さそうなソレをシンプルに後ろで纏めて黄色いヘアゴムで結っただけの個性の欠片もない髪型。殆ど規定通りの制服は大人しそうな彼女の顔もあって《優等生》という印象を強くしていた。
 正直、彼女が現れてあの仗助の女だと本人から明かされた時は驚いた。改造しまくりな学ランにリーゼント、おまけに荒々しい言葉を使う仗助はまさに《不良》というに相応しい。そんな彼とは正反対の彼女がまさか彼の女だとは想像もつかない。それにいかにも争いごとを嫌うような顔は《スタンド使い》と言われると首を傾げてしまう程呑気なものだ。そんな顔であの時――露伴と仗助を自分の傷を癒す為に襲った時――康一と共に仗助をサポート出来るのだから人間見た目によらない事を思い知った。
 可愛らしい顔をしているがお世辞にも綺麗や美人とはいいがたい。仗助が選んだのだから悪い奴ではないだろうがあまりにも個性がなさすぎる気もする。今日と言うこの機会に少々人格を探ってみようじゃあないか。

「よう」
「え……あっ、噴上君」

 振り返る彼女・山吹桔梗の、いかにも無害です、という顔に苦笑が漏れてしまう。彼女はペコリと頭を下げた。
 どこからやって来たんだ、こんな人間。少なくとも彼のいる暴走族にはいない人種だ。

「こんなとこで何やってんだ」
「ハンカチ、落としてしまって……多分、今朝ここで落としたと思うんだけど、見つからなくて……」
「なるほどな」

 桔梗の体にはところどころ草や葉っぱが付いていた。一体何をやったらそうなるのだ、と問うてみたいがなんとなく想像が出来てしまってやめた。近くの木の幹から彼女の匂いがしているからだ。

「ちょっと待ってな」
「へ?」

 目を丸くして首を傾ぐ桔梗をしり目に噴上裕也は鼻をひくつかせる。《ハイウェイ・スター》を身につけてからというものの、嗅覚が優れているので「こういうこと」には持って来いである。彼はすぐさま在り処を大方見当をつけると、そちらの方へと近づいて行く。匂いが強くなってゆき、場所もハッキリとして来るともう見つけたも同然だった。彼は現在地から数十メートル離れた場所にある木の幹の前に屈むと何かを拾い上げて程なくして茫然と彼の行動を見守っていた桔梗の眼前にソレを見せた。

「これだろ、お前さんのハンカチ」
「あ……はっはい、それです!」

 風に煽られたり、犬になんかに踏まれたりしたのだろう。黒い泥と皺があった。しかし、いつも綺麗に畳まれているのだろう、殆ど型崩れがなかった。
 白く小さな手にハンカチを渡すと。まんまるで栗色の瞳は爛々とした輝きを放ちながら彼を見上げ、ふっくらとした頬を上げながら言うのだ。

「ありがとうございます!」

 その笑顔はまるで日光浴を楽しむタンポポの様であった。常にりんご色をした頬は喜びで高揚した気持ちに比例して更に色を濃くする。

(……仗助が惚れた理由が分かった気がする)

 笑顔が可愛い。ふわふわと柔らかそうな髪の毛をひと房つまんでソレに口づけし、きっと赤くなるだろう顔を覗き込みながら口説きたい気分になる程だ。しかし、流石に彼女の守護神ともいえる男の報復が恐ろしいので止めておこう、まだ命は惜しい。

「にしても、どうして一人で探してたんだよ? 仗助なんかに言えば喜んで手伝ったんじゃあねーか」
「え……いっいやあ、流石にハンカチ如きで皆に迷惑かけちゃあ悪いし」

 山吹桔梗は見た目を裏切らずに真面目だった。いや、バカと思えるほどに生真面目だった。落ちたハンカチを探す事くらい、彼らが迷惑だと思う訳がないだろうに。
 迷惑をかけまいと態々用事があると言って誤魔化してまで探しに来た、なんて言われてしまえばもう噴上の中で桔梗は優等生生真面目お馬鹿と認定される。

「大事な友達から貰ったハンカチだから、無くした時はどうなっちゃうかと思ったよ。本当にありがとう、噴上君!」
「イイって事よ、これくらい朝飯前だからな」
「いいなあ、その嗅覚……無くし物しても全然困らないね」

 のほほんと笑う彼女は、初対面の時や先程の緊張した面持ちとは打って変わって和やかな雰囲気を放っている。ソレを見ていると無性に彼女の頭を撫でたくなった。聞いた話では彼女は5人兄弟の長女というが、全くそんな風には見えない。ハンカチを落としてしまうという凡ミスをする所を見ると、むしろ妹だろと言いたいくらいだ。しかし、先程の発言からして、甘え上手な妹と言うよりは勤勉で不器用な長女、という感じがする。

「……え? あの、噴上君?」
「気にするな」
「いっいやでも……」
「仗助には言うなよ」
「うっうん?」

 とうとう我慢できずに頭を撫でてしまった。困惑する桔梗などお構いなしだ。
 意を決して撫でてみた彼女の頭もとい髪の毛は予想通り、ふわふわだった。


 * * *


 ある日の出来事だった――

「いつになったらするのよ?」
「え? 何を?」
「キスよ」
「うええっ!?」
「あー、そういえば桔梗ちゃんって仗助君と付き合ってるんだっけー? いいなあ」

 休み時間、購買でアイスを買い近くのベンチで由香子さんと花ちゃんと一緒にのんびりと舐めていると、隣にいた由花子さんがなんと爆弾を投下して来た。まさかこんな和やかでちょっと蒸し暑い日に話を振られるとは思ってもみなかった私は慌てた。横の花ちゃんはのんびりとした口調でチョコチップバニラアイスを舐めながら「いいなあ」を繰り返した。

「その様子だとまだなようね」
「いっいや、だって、だって……」
「桔梗ちゃん、そろそろそーゆー事もしなきゃ」
「はっ花ちゃんまで……でっででででもさ、この間漸く、よっ漸く」

 漸く、仗助君にぎゅーっと抱きしめて貰ったばかりなのだ。後ろから、しかも人前でだったから時間はごく短かったけれどとても幸せだった。その余韻が未だに抜けないし、まだまだ浸っていたい気もする。そこまで焦らなくてもいいではないか、なんて思う私は呑気なのだろうか。

「駄目だよー桔梗ちゃん。仗助君は私達のクラスでも、他のクラスでもまた先輩達にもと〜っても人気なんだからぁー。のんびりしてるとー盗られちゃうかもしれないよ〜? 私、桔梗ちゃんが泣く所、見たくないなあ」
「はっ花ちゃん……!」

 私は花ちゃんの言葉によってはたと気が付いた。そうだ、仗助君は人気者だったんだ。明るくユーモラスで人当りが良い性格だから周囲からの人気も高く、特に同世代の女の子にモッテモテ、先輩達からも可愛いとかカッコイイとかで人気者。性格も良い、強い、男前、見た目も良いとなってはこんなに良い人、そうそういない。モテない訳がないッ!
 急に、危機感が私の小さな胸に押し寄せてきた。焦燥感に駆られた私はどうしようどうしようと譫言のように繰り返しながらアタフタと花ちゃんと由香子さんを交互に見た。すると、花ちゃんはやっぱりノンビリとした口調で、しかし真剣な表情で言うのだ。

「唇奪っちゃえばいいんだよ」
「うえええ!? 花ちゃんン!?」

 いつも突拍子な事をいうのは花ちゃんの癖だが、今のは今までの比じゃあない程に唐突過ぎる。花ちゃんの言っている事は、つまり、私が仗助君にちゅーをするという事――私の心臓を潰す気なのだろうか、彼女は。

「二人っきりの時間をいっぱい作ってさ、そういう雰囲気を漂わせていけば……」
「むむむ無理ィ、無理ィ……私絶対挙動不審になるってえええ!」
「そうね、無理矢理にしても意味はないわ。いい? こういうのは人目も場所も時も関係ないのよ。大事なのは言葉なくても心が通じ合った瞬間なのだから」
「ゆっ由香子さん深い……」
「でも、そんな悠長にしていたら仗助君の場合は流石に危ないんじゃあないかな?」
「……なによ、文句あるの?」

 不穏な空気を肌で感じた。ハッと気が付けば、由香子さんの髪の毛が風もないのに怪しく揺らめいている。私は慌てて由香子さんから花ちゃんが見えないように体をずらすと彼女を説得しに入った。由香子さんが愛の化身であり、愛に関しては人一倍独特の感性があるのだと分かってはいるし、それを真っ向から否定されたら頭にくる気持ちも理解できる。けれど相手は《スタンド》のすの字も知らないただの一般人だ。花ちゃんを傷つける訳にはいかない。

「ふっ二人の意見はよく分かるよ、私の為に言ってくれてる事もヒシヒシと感じるから凄く嬉しい」
「当然じゃないの」
「当然だよ」

 ほぼ同時に同じような事を言う二人。本当は仲良いんじゃあないのかな。

「二人の意見を総合して、花ちゃんの言うとおり私はもうちょっと積極的になるべき。だけど、由香子さんの言う一方的じゃなくて心が通じ合った瞬間が良いなって思う」

 私は、二人の意見を否定的にまとめてみた。哲学者カントがイギリスの経験論とフランスの大陸合理論を批判的にまとめて純粋理性批判という独自の理論を確立させたように、私もそうしてみたのだ。我ながら言いまとめ方をしたと思う。すると二人も納得してくれたのか、渋々頷いてくれた。うん、喧嘩にならずに済んで良かったよかった。

(まあ、今日はゲームの対戦をするっていう約束があるから……ある意味チャンスかもしれないけど……)

 流石にイキナリは無理だなあ、なんて思う私は根性なしと言うんだろう。こんな調子ではいつまで経っても『その時』は訪れないような気がして来る。しかし、そう自覚していても実行に移せるような心臓に毛が生えた人間でもないのでやっぱり今夜はゲームの対戦をしてそれで終わりか。

(仗助君、腕上げたかなあ〜……私もそれなりに上手くなったと思うけど)

 キス云々は置いて、私は彼とのゲームができるという事が楽しみだった。





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