鉄壁の少女 | ナノ

21-1






〜第21話〜
壁に耳あり障子に目あり



 康一君を襲った《エニグマ》という《スタンド》を持つ少年は仗助君に本にされたのち、杜王町立図書館に寄付され、その後は『読んでるとたまーにうめき声が聞こえる本』として有名になったとかそうでないとか。
 私と言えば、今日もなんだかんだで平和に過ごしている。でも今日はちょっとあまり平和じゃあないかもしれない。目の前にプライドが服を着て歩いているような人間である露伴先生がいるからだ。

「こんにちは露伴先生、今日はいい天気ですね」
「ああ」
「また取材とかですか?」

 今日はスケッチブックのほかにカメラを持っていた。絶対良い奴だこれ。

「そんな所さ。君は下校途中かい?」
「そんな所です」
「クソッタレ仗助はどうしたんだよ」
「クソッタレじゃあない仗助君は億泰君と遊びに行きました」
「ぼっちだな」
「そうですけど違いますよー。今週出た『ピンクダークの少年』を買いに行ってきたんですー」
「何だ君、康一君から借りてるんじゃあないのか?」
「好きな漫画は手元に置いて何回も読み返したいと思いませんか?」
「ふぅ〜ん」

 露伴先生の絵は初めは慣れなくて顔をしかめていたけれど、段々読んでいくうちに慣れたのか気にならずに読めるようになっていった。寧ろ、先生の描くキャラクター達が魅力的過ぎて絵ごと好きだ。だから、康一君から借りるだけでは飽き足らず、自分で少しずつ買うようにしていったのだ。

「私、二部の中ボスが好きです! 戦士の誇りっていうか、そういうのを大事にして敬意を払うようなあの人柄がカッコイイなあって思うんですよねぇ!」
「ラストのボスは?」
「彼はなんて外道なんだ! って最初は思いましたけどやっぱりカッコイイですねぇ、車に引かれそうになったワンコをさり気なく助けたり、小さなお花を踏まないようにしたり! ギャップ萌えって奴ですかね。あ、あと長い髪を下ろした時のあの独特なポーズがセクシーでしたねッ」

 いつもからかって来る露伴先生は苦手だけれど、先生の描く絵や漫画は好き。男の人とかすっごく強そうだし、女の人はとっても綺麗だし、先生の絵って今にも動き出しそうで素敵だと思う。先生が作者だという事なんて忘れて『ピンクダークの少年』について熱く語っていると、段々と先生の表情が生き生きとしていく。満更でもないみたいだなあ。

「ふ〜ん、君、そんなに僕の漫画が好きだったんだな」
「ええそりゃあもう、最近なんて漫画と言えば『ピンクダーク』しか思いつかないくらい」

 最近何て何度も読み返しているから、大量のキャラクター達の名前を全部スラスラ暗唱できてしまうくらいさ。それくらい好きです。読み進めていくたびに、先生の漫画家としてのスキルがどんどん向上して行っているのを感じるのも良いなって思うしね。

「そんなに好きなんだな」
「ええ好きですよ」
「そうか、ならこれから僕は『ピンクダーク』の為に君を取材するから協力してくれ」
「嫌です!」

 この頃力をつけ始めて、人型のビジョンまで出るようになった露伴先生の《ヘブンズ・ドアー》が見えた瞬間に私は全力で首を振って《レディアント・ヴァルキリー》の盾に隠れた。

「君の好きな作品に君の経験をもとにした物語が出来るんだ、光栄に思えよ。それに、もう別に減るもんじゃあないだろう?」
「減ります、私の何かが減ってゆきます!」
「ちっ……なら仕方ない。残念だなあ、最近ファンから高級菓子を大量に送られて来たからお礼にそれを出そうと――」
「協力させてください!」

 お菓子を作るのも食べるのも好きな私にとって、先生の言葉は殺し文句同然だった。先生はどうぜ私がイエスと言うのを分かっていてやったのだろうが、それを断る事が出来なかった。それも想定の内なのだろう、悪い笑みが輝いている様に見える。ちょっと怖かった。しかし、高級菓子と聞いて先生の頼みを蹴る事なんて考えられなかったんだ。

「君ってホント、損な趣味を持っているな。菓子作りと食べる事が好きだなんて、最悪な組み合わせじゃあないか」
「……先生、それ以上言わないで下さい。最近体重計に乗る事が怖いので、ほんと、その話題だけはやめて下さいッ」

 こっそりお菓子を作り置きして夜中に勉強しながら食べるという荒業というか愚行をしているので、最近、お腹と顔とかにお肉がついていっているのが目に見えて分かる。足にはまだ症状は出ていないが、時間の問題だろう。いっその事脂肪が全部胸に集中すればいいのに、とか思う。

「そういえば、一体どんなことを取材するんですか?」
「恋」
「……鯉?」
「君、ふざけているのか?」
「いやだって! 先生がまさかそんな事を言いだすとは思ってもみなかったと言いますか……せっ先生が恋って、似合わない、ブフフ」

 含み笑いをしていると、露伴先生にげんこつをお見舞いされた。先生、女の子に暴力はいけないと思います。まあ、手加減で小突くくらいでしたけど、先生の骨ばった拳はやっぱり痛いです。痛みでジンジンする患部を撫でながら私は先生を睨んでみた。けれど私がいくら睨みを利かしたところで先生がたじろぐ事も、むしろ怯える事すらしない。悔しいぜ。

「ヒロインですか?」
「そんなわけないだろ。脇役だ」
「そんな所までにもリアルを追及しようとするあたり、流石ですね」

 私の心境を《ヘブンズ・ドアー》で読んでそれを作品中の『脇役』に活かす……流石先生、次回も楽しく読めそうです。康一君の時のようにページを取らないのは、知った仗助君にボコボコにされる可能性があるからだろう。そう思うと、やっぱり仗助君の影響力って大きいなあと実感する。

「でもなんで私なんですか? 由香子さんの方が……」
「プッツン由花子はぼくと話が合わないから却下だ」
「では恋人のいる人とか」
「探すのが面倒だろう」
「さいですか」

 消去法で私が選ばれたらしい。まあ、確かに一般人にほいほい《スタンド》を使うのもどうかと思うし、どうせ私はもう随分と前からプライベートを知られているし、お菓子欲しいし、潔く諦めた方がいい。それに、やっぱり先生の作品に脇役だとしてもちょっとは出場(?)できるのも嬉しい。

「相手はともかくとして、君の心境はまあまあ好感のもてるものだったしな。最適なんだよ」
「……仗助君は素敵な人です」
「どこがだよ。クソッタレのウソつき仗助が好きなんて頭どうかしてるぜ」
「さっ散々な言いよう……確かにウソつきな所はありますけど、人間だれしもウソの一つや二つ付きますよ」
「認める上に肯定……恋は盲目って言うがまさに君にはその言葉がピッタリだな!」
「どうもありがとうございます!」
「褒めてない!」
「知ってます!」
「そうか!」
「そうです!」

 大声で張り合いながら肩を並べて岸辺宅に向かう私達。傍目から見れば、異様な光景だったろう。お互いに走ってもいないくせに息切れしながら岸辺宅に到着した後、私に《ヘブンズ・ドアー》を使って取材した。それを終えると私は美味しい紅茶とクッキーを頂いた。その間に、先生は顔をしかめながら一言。

「気持ち悪い」

 と言った。なんと言われようと私には目の前のお菓子の事しか考えられなかったので、思いきりスルーした。





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