鉄壁の少女 | ナノ

20-3






「はーっ、はーっ、はーっ……」

 私は、浅い呼吸をする。

「桔梗、おっお前……」
「無事、みたいだね億泰君……脇腹以外は」

 私の後ろには脇腹から血を流す億泰君。その私の前には堅剛な盾を構えた《レディアント・ヴァルキリー》。しかし、彼女の持つ盾の脇は、何かに抉り取られたようにへこんでいた。これは、億泰君の《ザ・ハンド》によるものである。正確に言えば、《跳ね返ってきた》億泰君の攻撃を防いた跡、だ。飛んできたあのエネルギーは《ザ・ハンド》の攻撃だった。

「良い判断だったぜ、もし《R・ヴァルキリー》の盾で防いでなきゃあもっとヤベー程抉られちまってた、ぜ……」
「仗助君っ……」

 仗助君は避けはしたがやはりある程度のダメージを負ってしまった。流石は《クレイジー・ダイアモンド》の高速ラッシュだが、今はその強力な能力が仇となってしまったみだいだ。彼を守る事が出来なかった悔しさで、思わず下唇を噛む。男はそんな私達を見下ろしながら言った。《スーパーフライ》へのダメージはそのまま回りに回って再び返ってくると。どんなパワーでもどんな能力でも、そのまま攻撃してきた方向へ返って行ってしまうので、絶対に鉄塔を壊す事が出来ない。

「でもそう深刻になるなよ、替わりの誰かを引っ張り込めばいいんだよ東方仗助……『一人入れば一人出れる』、誰か他人にカスつかませて自分だけ出れば助かるじゃあないか……トランプのババ抜きみたいなものさ、人間の社会と同じさ! 『ババ』は自分以外の誰かに持たせりゃいいんだよ! 違うかい?」

 私は悔しくて、地団駄を踏みたくなった。高い鉄塔から伸ばされているワイヤーには、私の《レディアント・ヴァルキリー》や億泰君の《ザ・ハンド》も届かない。彼は滑るようにしてワイヤーを伝って逃亡するので、私と億泰君が例え走って追いかけたとしても見失ってしまうのだろう。それがまた、悔しかった。
 隣の億泰君が悪態をついた、その時だった――

「確かに、替わりの誰かを引っ張り込めば仗助さんは助かりますね」

 そう言って現れたのは、いつの間にいたのか、未起隆君だった。彼はワイヤーに変身して金田一に気づかれず近づいていったのだ!

「貴方が戻ればいいんですよ、貴方が鉄塔のなかに……帰るんです」

 未起隆君は、体の一部をワイヤーにしたままそれで金田一に絡んで捕まえると強制的に鉄塔の中へと引き入れたのだった。

「なっ何だてめーはッ!! 何で電線に? いつからいるんだ!? なんだこの能力は!?」
「よくぞ聞いてくれました、実は私『宇宙人』なんです」

 未起隆君が金田一を取り押さえている間に、仗助君は《スーパーフライ》から脱出した。今度は、『鉄』になる事もなく。
 鉄塔の男『金田一豊大』はこの鉄塔の事をトランプゲームのババ抜きに例えた。『鉄塔』が欲しいのはたった一人だけ。おそらく、人間一人分のエネルギーさえあれば鉄塔は『生きて』いけるのだろう。ババを引いた者、つまり最後まで鉄塔に残った者が永遠に外へ出られない。それが、この《スタンド》である《スーパーフライ》の能力だ。しかし、未起隆君は言い返した。イキナリ騙して仗助君にもう出られないと言うなんて、正月に子供騙して大人がゲームに勝つみたいじゃあないか、と。確かにその通りだと私は思う。そんなやつの為に仗助君が鉄塔に取り残される必要はない。残るのは、騙した金田一だ!
 縛られて強制的に金田一は鉄塔に戻されたが、彼は何を思ったのか、ワイヤーを――長年鉄塔に住んでいた所為で出来た手の大きなタコの中にあった――カッターで傷をつけた。しかし、それは未起隆君が変身したワイヤーではなく、もとからあったものだった。金田一は自分で自分の命綱を切ったのだ。このまま、未起隆君がてっぺんから外に出れば鉄塔に残るのは金田一ただ一人。これで終わる筈だった、これで――

「この俺が何も考えずに自分がぶら下がってるワイヤーを切断するアホに見えるのか? お前らはこの鉄塔にやっと入って来た人間だ……このまま逃がすと思うのか? このやっと訪れた幸運をこの俺が指をくわえて手離すと思うのか。わたしは毎日毎日この鉄塔から出る事しか考えていなかった男だぞッ!」

 落ちながら意味深な笑みを浮かべて言った金田一。と、その時だった。未起隆君の体に異変が起こった。正確に言えば、切られたワイヤーの切り口から刃のようにエネルギーが飛んで未起隆君の胸に突き刺さった。なんと、あのワイヤーは鉄塔の一部だったのだ。男は、切られたエネルギーが未起隆君に返っていくような角度に切っていたのだ。傷は深く、傷口から噴水のように鮮血が噴出した。更に、そんな彼に金田一は追い打ちをかける。彼がボルトを鉄柱に手で打ち付けると、反射エネルギーがボルトの形となって未起隆君を襲う。それは未起隆君の右腕を貫き、そのまま近くの鉄柱に打ち付けるようにして固定してしまったのだった。あれを外すには時間がかかりそうだ。その間に、金田一が鉄塔から出るのだろう。
 金田一はこの鉄塔から逃げ出す事しか考えていなかった。毎日毎日。この鉄塔の反射エネルギーの角度やスピードそれら全てを把握した上で、更にどうやって作ったのか精巧な顔マスクを被って本当の顔を隠し、『金田一豊大』という偽名を名乗っていた。だから、彼は私達から逃げ切れる自信がある。私達は彼の本当の情報をなんにも持っていないのだから。
 私達は怒った。未起隆君を出られないようにしたばかりか、『お前が入れば助けられるぞ』と騙して入れた癖に卑怯な事を言う金田一に。

「もうだめです、どうしようもないです」

 その時だ。右腕をボルトで鉄柱に打ち付けられた未起隆君が静かに言った。入ってこないでくれ、と。『そもそも自分が双眼鏡でこの鉄塔を見つけたのが始まりだ』とか『こうなったのも自分が勝手にワイヤーに変身して登ってきたのが原因だ』とか――

「『ぼくだって少しはやるんだぜ、ちょっとは見直したかい』って、思ってもらうためにやったんです。億泰さんは引っ込んでろって言ったのに……自業自得なんです」

 何て健気な言葉なのだろう。なんて心に重くのしかかる言葉なのだろう。そんな未起隆君に、金田一は嘲笑いながら、自分さえ出れれば誰が残ろうと関係ないと愚弄する。それを聞いた時、私の中で密かにスイッチが入った。一歩、大きく前へ進み出た。しかし、その私にとって大きな一歩は、ある人物の一歩によって簡単に追いつかれて止められてしまった。彼は私にボソリ、と囁く。その囁きを聞いた私は思わず顔を赤くしてスカートを押さえた。

「いいや、残るのはお前だよ」

 仗助君だった。彼は大股で鉄塔の中へと入ったと思えば、金田一の切ったワイヤーを《クレイジー・ダイアモンド》で直して上まで上がって行くではないか! それは重力の法則を完全に無視をした現象で、見ているこっちの感覚がおかしくなりそうだった。

「おめーに『さよなら』って言葉があるとするならよ――っ、俺達が『さよなら』と言うのを聞く時だけだ!」

 ついに切断されたワイヤーを直し、金田一のいる高さまで到達した仗助君は言った。

「ばっバカなッ!」

 金田一は、ワイヤーを直して戻ってくるというある意味神業な事を平然とやってのけた仗助君を目の当たりにして声を荒げた。

「未起隆、あと10秒程待ってくんねーか。今、この野郎をブチのめして鉄塔内に連れ戻してからおめーを治してやっからよォー」

 不敵な笑みを浮かべ、煌々とする目で眼前の金田一を睨みながら宣言する仗助君。ああ、なんて凛々しいんだ、できればもっと近くて見たかったが私の中である事が原因で鉄塔に登る事が出来ないでいた。それは私が登ろうとして、それを仗助君が止めた時だった。彼は私だけに聞こえるよう耳元でこう囁いた。

 ――上るのはいいけどよォ……スカートん中、丸見えになるぜ?

 もう真っ赤になるしかない。怒りでそういう女の子として気を付けなければならないことを忘れてしまっていたのだ。失念だった。仗助君に止められ忠告してもらわなければ、今頃羞恥心で鉄塔の上から動けなくなっていただろう。

「東方仗助、私は今「バカな」と言ったけれどそれは間違いで、正しくは「バカめ」と言い直すよ……私はこの鉄塔から出るだけで良かったのに、お前らの誰も殺すつもりはなかったのに……これじゃあお前をここから突き落とさなくては逃げられねーじゃあねーかこの「バカめ」がァ――ッ!」

 バカっていう方がバカなんだよと言い返しそうになってやめた。子供の喧嘩じゃああるまいし。でも、どうしてか私は妙に落ち着いていた。仗助君なら大丈夫、と奇妙な自信と確信があったのだ。仗助君は、憤る金田一に向かって《クレイジー・ダイアモンド》で「ドラァ!」の掛け声と共に攻撃を仕掛けた。しかし、三年もこの鉄塔を自由自在に動き回っていた金田一にとってここはまさに独壇場。サルのようにひょいひょいと華麗に《クレイジー・ダイアモンド》のくり出す鋭いパンチをかわして見せた。逆に、動き回す彼に仗助君の方が翻弄され、危うく落ちそうになった。流石にそれを見てしまうと私も肝が冷える。
 また、奴は卑怯にも唾を吐いておちょくるフリをしながら鉄塔に傷をつけて浅ましい攻撃を仕掛けてきた。それでも、そんな反射攻撃をものともせずに《クレイジー・ダイアモンド》は難なく弾いくが、それは金田一の想定内だった。奴は、やり飽きた『ビリヤード』のように何十回何百回とこの鉄塔の上で『エネルギーの反射』をやりつくしていたのだ。気づいた時には既に彼の作戦は完成していたようで、それは仗助君の右腕を後ろから勢いよく掠めた傷の反射エネルギーによって明らかになる。奴は、ビリヤードのように下の鉄塔に反射させるような角度で飛ばしていた。いくら、《クレイジー・ダイアモンド》で避けられない事ないスピードだとしても、攻撃の軌道が読めなくては後手に回って捌ききれないモノも増えてくる。

「そーら飛んでくるぞッ!」

 乱反射してきたエネルギーが、仗助君へ向かってあちこちから迫りくる。それを彼は《クレイジー・ダイアモンド》の拳で叩き落として行っているが――

「仗助さん背後からも飛んでくるッ!」

 未起隆君の警告の直後、仗助君の左甲をエネルギーが『切り裂』く。その後、それに追随するように何発ものエネルギーが仗助君の体を貫いた。ぐらり、と彼の体が大きく傾き、鉄塔から落ちる。ギリギリのところで《クレイジー・ダイアモンド》の手を伸ばし鉄柱に掴まる事が出来たら、宙吊り状態に私は目の前がくらくらした。早鐘を打つ心臓を「大丈夫」と暗示をかけながら落ち着けようとする。

「だから「バカめ」と言ったのさ……そこの宇宙人とかいう野郎が健気にも残るって言ったんだから、それを素直に聞いていれば死なずに済んだものを……」

 仗助君の両腕はすでにエネルギーの反射攻撃によってやられている。掴まっているのもやっとの状態だった。次の攻撃を避ける事は出来ないッ。
 私はたまらず駆け出し、宙吊りになっている仗助君の下の位置に立つ。落ちてきたら、彼を受け止めようと思う。大丈夫、もし落ちてきたとしても私の《レディアント・ヴァルキリー》のパワーならきっと受け止めきれる。

「ところでよー億泰、桔梗。今おれ、此奴の攻撃よー、何発ぐれー《クレイジー・D》で叩き返したかそっから見えたかよ?」
「ン? ああ見えたぜ。確かよォー四発は叩いてたと思ったぜェーッ。なあ桔梗」
「え? うっうん、確かそれくらいだったはず!」
「ところで、だと……?」

 反撃できないと思っていた金田一は、明らかに動揺した。ピンチに立たされている筈の仗助君が「ところで」と口にしたからだ。狙いを定めてとどめを刺そうとしたその時に、「ところで」とまるで意に介さないような口調で言ったからだ。

「四発か……ま、十分ってとこかな。四発なら十分だな」
「何言ってんだお前ら……?」
「おまえが《反射》って言ったんだからな……スタンドエネルギーをビリヤードのように《反射》しておれを攻撃したってお前が言ったんだからな」
「だから何の事だ!? 仗助――」
「おれの《スタンド》は《クレイジー・D》! 写真のおやじから聞いただろうが能力は破壊された『物』や『エネルギー』を直す!」

 クールな面持ちで言った仗助君の傍には、《クレイジー・D》が不敵に微笑んでいる。……やばい、グッと来た。素敵すぎる。恋慕しているとはいえそんなフィルターなしで見てもきっと彼は煌々と輝いているだろう。私じゃあもう見えないかもしれないけどね。好きすぎるくらい好きだからねっ! ははははは!

「直すだと!? 何を直したっていうんだよッ! 今のお前に何かを直す余裕があったっていうのか――ッこのバカが――ッ!」

 金田一が叫んだ。その瞬間、四発のエネルギー体が彼を襲う。ソレは真っ直ぐ鉄柱の傷に帰ってきていた。鉄柱には、金田一がつけたはずの傷が直っていた。
 仗助君は反射してくるエネルギーを直して、傷をつけた場所に逆行させていた。彼はやられたと思わせ既に勝っていたのだ。

「バッバカ、な……」

 金田一は絶叫し、倒れる。腕や足を鉄柱に引っ掛ける事で落ちはしなかったがもう彼は動けないだろう。

「やはりおめーのセリフはよォ〜〜ッ、『バカな』だったなぁ〜〜っ」

 私は、ついに鉄塔の中に押し戻された金田一の姿となんとか無事でいる仗助君の姿を見て、「よし」と拳を握った。





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