鉄壁の少女 | ナノ

20-2






「魚だ! 糸に魚がかかってるぞ!」

 誰かが魚釣りをしているのだろうか。魚の行方を追っている億泰君を見ていると、彼は段々と双眼鏡を覗いたまま鉄塔の方へ再び向く。

「いっいたッ! いたよォ――ッ、男が一人いるよォーッ!」

 億泰君の言う男は今、料理をしているらしい。送電鉄塔には男が一人、生活しているようだ。川の下で魚を釣り、更にその釣竿がフライパンなのでそのまま料理。頭の上にキュウリがなっており、座ったまま材料から料理にありつけるというなんとも便利な構造。鉄塔の下にはたきぎになる材料が豊富にあるので火の心配をする必要もない。まさに、自給自足な生活だ。
 世の中変わっている人がいるもんだと思うが、私の身近にも未起隆君のように自称宇宙人がいる。……世の中不思議がいっぱいだ。
 男の人は、魚が焼き上がったようで、立ち上がり歩き始める。彼が居る場所から上の方にあるソファの所へ行って食事をするつもりなようだ。彼はどれくらいこの場所に住んでいるのだろうか、私達は知らないが、見ているこっちの肝が冷えるような場所だ。ちょっとでもバランスを崩して落ちたら、場所にもよるが大怪我は必至である。大丈夫なのか、と見守る私達の目の前で、なんと彼はピョンとジャンプしたのだった。

「ひえッ!?」

 私は青ざめた。思わず近くにあった仗助君の手首を両手で握る。しかし、私や仗助君や億泰君の心配は杞憂に終わった。男の人が跳んだ時、鉄塔のボルトピンが鉄砲のように打ち出された。すると彼はそれにピタリと乗るとそれをまるで魔法の絨毯に乗るのようにしてソファとテレビのある柱へと一気に登って行った。

「あっあいつ……すっ《スタンド使い》だぞ!!」
「あーゆー変わった事する奴はもしかしてと思ったが『新手のスタンド使い』だ!」

 億泰君と仗助君が言った。

「でっでも、あんな所でどうして《スタンド使い》が生活してるんだろう? 不思議だよ」
「どうやらあの男、もっと調べてみる必要があるようですね」

 私達は、もっと近づいて様子を見る事にした。ある程度近づくと、鉄塔にいる男の方も私達の存在に気づいたようだ。こちらを見下ろしている。彼が送電鉄塔で何をしているのかとても興味があるが、私達にとって今一番重要なのは、彼が強力な《スタンド使い》かもしれない、という事。それが一番用心しなくてはならない部分だ。

「戦う前に敵かどうか見分けられる方法がありゃあいいのによォー」
「そりゃ簡単に分かるぜ、億泰」

 仗助君が言う敵かそうでないかを見分ける方法とは、相手が『登ってこいよ』と誘ってきたら敵、そうでなかったら敵ではないという事だった。確かに、敵ならば自分のテリトリーに誘い込んで襲うはずだ。前回の《ハイウェイ・スター》に似た方法で。
 なんとなくだが、あの鉄塔はヤバいと感じる。スタンド使いとしての勘っていう奴だろうか? とにかく、もし敵ならばあの鉄塔にはいるのはまずい。
 未起隆君に双眼鏡になってもらったまま、私達は更に近づいてみた。

「そこで止まれ! お前らッ! この鉄塔にそれ以上近づくなよッ!」
「……え……」

 私たちは茫然となった。必死な形相で男に近づくな、と言われたからである。こういう場合は敵なのか、どっちなのだろうか? 億泰君は仗助君に問う。けれど、流石の仗助君も男の反応は予想外だったのか、敵か否か、どちらなのか迷っていた。

「ここ、トイレなんだ。てっぺんに雨水を貯める貯水カンがあってね。その水で今洗い流したところなんだ。ほら、下がりなよ! もうちょっと下がらないと危ないよ」
「ま、まさか……」

 私は男の忠告に従って今いる場所から何メートルか離れる。仗助君と億泰君は茫然と鉄塔の男を見上げたまま突っ立っていた。

「ふっ二人ともはや……」

 私が彼らを呼びかけたその時だ。言葉を遮るように鉄塔に付けられた管からなにかが噴射された。彼らが気づいたころには時すでに遅し。噴射されたモノは少しだが二人にかかってしまったのだった。噴射されたものはなんと『糞尿』、住人は一人しかいないのであの男の物で間違いないだろう。彼は自分で言った。自分は無駄な事が嫌いだから、無駄なくリサイクルできるようにしていると。この糞尿だって、近くにある山菜などの肥料にしているらしい。確かに、言われてみれば私達の周りには多くの山菜や、薬草になる物までが生えている。また、野草が生えていると、野兎がやって来るので罠をかけてまっていれば貴重な肉になるというなんとも一石二鳥なサイクル。
 男は、この鉄塔をお金を払って買い取った彼曰く『家』らしい。彼自身が捨てられた鉄塔を10万円で買い取り、こうして自給自足の可能な家に作り替えたのだそうだ。土地は別人のものだが、人が住めば『居住権』というモノが発生し、簡単には男を追い出す事なんて出来ない。自給自足なので仕事をしなくてもいいし、鉄塔を移動するだけで運動不足にはならない。余談だか、彼はもう三年もこの『家』から出てきてはいないらしい。地面に降りていないだけで言えば一か月くらいはご無沙汰と語る。

「こいつただの変人野郎だよォー、敵じゃあねーよ。攻撃してくる感じが全然ねーよォー」
「確かに……ここは取りあえず、帰って承太郎さんに報告するだけにしとくか……」
「そうだね」

 鉄塔に住む変な《スタンド使い》の男、と片付けて承太郎さんに報告。私達のする事はそれだけ、それだけの筈だった。男のポケットから、はらりと何かが一枚落ちてくるまでは。

「ン! 写真か? それ? ポラロイド写真のようだな」
「もう帰ってくれないか? 拾ってくれなくていいよ。後で私が拾うから」

 男の怒気と焦燥が混じった声に、私と仗助君と億泰君は怪訝に思う。なにかまずいモノでも写っているのだろうか。彼の反応から好奇心がとても刺激される。仗助君が未起隆君が変身した双眼鏡を使って落ちた物を見てみた。

「何ィッ! てめーはッ!」
「おいッ!? 仗助!」
「仗助君!?」

 仗助君は双眼鏡(未起隆君)を億泰君に投げて渡すと鉄塔へズンズンと躊躇わずに向かってゆく。

「てめーは『吉良のおやじ』! やはり幽霊おやじが絡んでいたかッ!」

 なんと、男のポケットから出てきたのは吉良さんのおやじさんだった。通称写真のおやじ。

(でも、なんでワザワザ彼は男のポケットから出てきて姿を現し……ハッ!)

 私は、一瞬で思考を一巡して理解した。

「じょっ仗助君! ダメだ、その鉄塔の中に入ったらっ……!」

 私が仗助君を呼び止めようとした時には、すでに仗助君の足は鉄塔の中だった。

「やっと入ってくれたか……入るのを待ってたよ。ついに鉄塔の中に入ったなッ!」

 ニヤリと笑った男の顔を見て、私は危惧していた事が的中した事を実感した。
 決め手はわざわざ写真のおやじが男のポケットから現れた事に対しての疑問だった。人は、『入れ!』と言うと用心して入らない。現に仗助君が敵かどうかを見分ける為の基準にしていたくらいだ。しかし、人間『入るな』と言えわれればムキになって『入ってくる』。そういう心理トリックを男と写真のおやじは使ってこの、鉄塔――男が言うのには『スーパーフライ』――の中に『入らせた』のだ。
 仗助君が鉄塔の中に入った瞬間、男から、何かエネルギーのようなものが仗助君にとんでいく。それは乗り移ったようにも見える。

「よくやったぞ『金田一豊大』。よくぞマヌケ仗助をこの《スーパーフライ》の中に招き入れた! 褒めてやる!」

 写真のおやじから、男の名前は金田一という事を知った。そして、おそらく《スーパーフライ》は彼の《スタンド》の事を指している。
 仗助君は逃げようとしている写真のおやじを追いかけた。『矢』を彼が持っているという事もあるだろう。写真のおやじは仗助君を嘲笑うかのように『矢』を掲げながら風に乗って逃げてゆく。

「野郎!」

 仗助君は鉄塔の外へ逃げる写真のおやじを捕まえようと手を伸ばした。その時だ、彼の体が、鉄塔の出た部分からみるみる『鉄』になっていくではないか。
 金田一は言った。この鉄塔の中に入れば最後、次に誰かが入って来なければ二度と出る事は出来ない。無理に出ようとすれば先程のように『鉄』となって《スーパーフライ》の一部と化してしまうのだ。しかも、この鉄塔の《スタンド》、金田一の手を離れて独り歩きしている《スタンド》で、生み出した本人さえもコントロールできていないらしい。本体すらも、この《スーパーフライ》に囚われていたようだ。こういう《スタンド》ほど、たちが悪いモノはない。本体を倒したとしても、《スタンド》が止まる事がないのだ。
 仗助君は、鉄塔内をグルリと回ってみて確かめたのだが、どこから出ようとしても必ず鉄になってしまう。完全に、彼は閉じ込められてしまったのだ。

「あっ、私の《アルテミス》なら解除できるかも!」
「そうだ、桔梗の《アルテミス》はスタンド能力を解除できるんだったな!」

 私は、《アルテミス》を出現させた。そして、彼女に《スーパーフライ》を解除するよう命令するのだが――

「無理デス」
「はい?」
「ダッテ、アノ《スタンド》ハ 本体ガナイ状態ト一緒ジャアナイデスカァ〜〜。ソウイウ《スタンド》ノ能力ヲ解除スルコトハ出来マセェ〜〜ン」
「なんだろう、自分の《スタンド》なのにものすっごくムカつく、ものすっごくムカつく!」

 ほとんど能面な癖に、人を小馬鹿にしたような顔をするから余計に腹が立った。余りにもムカついて気が散るので《アルテミス》をしまった。もう嫌、この《スタンド》。

「仕方ねえ……怪我するからすっこんでな」
「ごめん」
「何か私に出来る事はあるでしょうか?」
「おめーの役目はもう終わったぜ」
「でも何か役に立ちたいのですが」
「うるせーなっ、てめーの役に立つ事はねーっつてるだろ。荒っぽい事は俺達がやるッ!」

 役に立ちたいという未起隆君を冷たくあしらうと億泰君はズンズンと鉄塔の前へと進み出る。

「あの野郎、もう閉じ込めたつもりになって逃げ始めてるがよォ――ッ、俺達の事知らねーんじゃあねーの!」
「おい、やんのかよ億泰」
「おめーだってやる気だろ!? こんな鉄塔が何だっつーんだよーっ!」

 億泰君は《ザ・ハンド》を発現させ、鉄塔の足の前に立つ。仗助君も、《クレイジー・ダイアモンド》を出していた。

「ブッ壊すぜ仗助!」
「ああ〜〜っ、ぶっ壊して出りゃあ問題はねーなあーっ!」

 宣言通り、彼らは《スーパーフライ》の柱を中と外の両側から攻撃した。二人の《スタンド》は言わずもがな近接パワー型なので、そのスタンドたちからくり出されるパンチのラッシュは凄まじい。特に億泰君の《ザ・ハンド》の右手なんかは物を『削りとる』というパワー無視な驚異的攻撃だってあるのだ。この二人に壊せないモノなんてないかもしれない――けれど。

(けれど、柱を壊すという考えを、三年も住んでいたあの金田一さんが思い至らなかっただろうか? 工夫すれば鉄塔の柱の一本くらい、折れない事なんてない筈だ……それなのに、彼は『出られない』と言った。《スーパーフライ》にはまだ秘密が……)

 嫌な予感を覚えながら、私はハラハラとしつつ仗助君と億泰君を見守った。
 鉄塔は、《クレイジー・ダイアモンド》と《ザ・ハンド》のラッシュでも直ぐには折れなかった。けれど、やはりぐにゃぐにゃで今にも折れて倒れてしまいそうだ。それを見た金田一は、顔を青ざめる。それは、彼らの《スタンド》のパワーが凄まじいのと関係していた。しかし、彼は《スーパーフライ》の柱が折られそうだと思って青くなったのではなかった。

「バッバカが、恐ろしい事しやがって……気づかないのか? この鉄塔がお前らのパワーを吸収して鉄塔全体に、効果的に散らしている事に!」

 私はずっと感じていた嫌な予感が、もうすぐソコまで近づいてきているのを感じた。そう、もうすぐ背後に、ニヤリと不気味な笑みを浮かべながら何かが迫ってきているような感じの。

(……ハッ!)

 私は気づいた。鉄塔全体から、不気味な音が聞こえる事に。ウオン、ウオン、ウオン……。それは段々と大きくなってゆき、ゴオン、ゴオン、ゴオン……という音に代わっていく。

「まっまさか! 伏せろ億泰ーっ!」

 仗助君と億泰君に向かってエネルギーが飛んでいく。それは、《クレイジー・ダイアモンド》の強烈なラッシュと《ザ・ハンド》の恐ろしい攻撃だった。





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