鉄壁の少女 | ナノ

20-1






〜第20話〜
強欲 × 傲慢




「はぁ〜〜〜〜」

 クラスの喧噪に呑まれる事すらないくらいに大きなため息をついたのは、ぶどうヶ丘高校だけでなく杜王町でもそこそこ有名な東方仗助である。そんな彼の大きなため息を聞いた康一は首を傾げる。

「どうしたの? ため息なんか珍しいね」
「……康一……」
「うん?」

 小さな康一を振り返った仗助は、いつものノンビリとした表情ではなく、真摯な光を瞳に宿した硬い表情をしていた。いつもとは違う彼の雰囲気に、康一はゴクリと唾をのむ。

「聞いてくれるか、康一」
「うっうん、僕なんかでよければ……!」

 数日前の《ハイウェイ・スター》の時のように、必ずサポートしよう。そう彼は決心し、すまいを正すと仗助はチラリと隣の席を一瞥したのち、内緒話でもするように康一を近くに寄せ、小さな声で語りだした。

「最近、おかしいんだ」
「おかしい?」
「ああ……初めは、両想いってーだけでスッゲー満足できたのによォ〜……最近、あいつの事をどうしようもなく、こう……抱きしめてェ――ッ、って思うのよ」
「…………う、うん」

 仗助は両腕で輪を作るとそこにさも大事なモノがあるように抱く動作をする。緊張で強張っていた康一の全身がミミズのようにぐにゃぐにゃになってしまった。
 あいつ、とは彼が大切にしている女子の山吹桔梗の事である。彼女は彼にとって特別な存在だ。一言で表すならば、「恋人」と言う。
 以前の、《ハイウェイ・スター》と戦ったのち、病院で飛びつかれた仗助はその時の桔梗の柔らかく温かい感触がどうしても忘れられないらしく、もう一度おいしい思いをしたい様だ。なんともクダラナイ――本人にとっては重要なのだろうが、他人にとってみればただの惚気話である――相談をされてしまった康一は、苦笑するしかなかった。頭の片隅ではちょっと聞かなければ良かったと後悔している。

「しかもところ構わずそんな気分になるから困ったもんだぜー……いきなりやってもあいつ、どうせ恥ずかしがってもしかすっと近寄らせてもらえなくなるかもしれねーし……」
「……そ、そうだね」
「ど〜すっかなぁああ……なあ、康一」
「ぼっ僕ら、男にはちょっと、むっ難しい問題だねっ……」
「だよなぁ〜〜……直接本人に聞けりゃあ苦労はしねーのによォ!」

 人間、願いがかなえばもっともっとと欲しがるようになる。現在の仗助の心境がソレに当てはまる。
 康一は、机に突っ伏してため息をつくリーゼントな友人を見下ろした後、「やれやれだ」と尊敬するある男の口癖を真似て肩をすくめたのだった。


 * * *


「仗助君に抱きしめられたら?」

 ぶどうヶ丘高校の広い敷地内を適当に歩きながら桔梗は言った。彼女の横にはすらりと背の高く、大和撫子だがちょっとキツめの美人、由花子が歩いている。

「ええ」
「そんなの決まってるじゃあないですかぁ〜」

 桔梗はすっくと立ち上がると、近くにあった金網に何故か手をかける。そして、大きく息を吸ったかと思えば目をカッと見開き。

「恥ずかしくって心臓が潰れるに決まってるじゃあないですかぁ――――ッ!!」
「煩いわよ」
「ごめん」

 だいぶ近所迷惑な行為をした桔梗は、由花子の鶴の一声によって簡単に大人しくなった。しかし、それはほんの数秒の出来事であることを、由花子は知っている。

「そんな〜、抱きしめられるとか私の心臓が持たないよ〜……でも、やっぱり好きな人にぎゅ〜ってされたらそのまま死んじゃってもいいかもっ……むふふっ」

 桔梗は、りんごほっぺを更に赤くして照れる。両手を頬に押し付けながら訳の分からない奇声を上げてブンブンと体をゆする。そんな奇怪な行動をしている友人を前にしても、由花子は鉄仮面を崩す事をしなかった。

「その気持ち、よく分かるわ」
「流石由香子さん! でも康一君の場合、抱きしめるというよりは抱きつくっていう感じな気がする」
「そこがまた良いんじゃない」
「惚気ましたねぇ〜」
「貴方ほどじゃあないわ」
「いや〜、それほどでも」
「褒めてないわ」

 口調ではあまり女子高生の感じはしないものの、彼女達を取り巻く空気は「キャッキャッ、ウフフ」という声が聞こえてきそうな程はしゃいでいる。
 恋する乙女たちは今日も変わらず輝いていた。

「嫌じゃあないわけね」
「ん? 抱きしめられるという事ですか?」
「ええ」
「突然されたら吃驚しますけど、嫌じゃあないですね。逆に嬉しいですっ……フヒヒ」
「……そう」

 想像をしているのか、能天気そうな顔の筋肉が更にだらしなく緩んでしまっている。今彼女の頬を引っ張れば、10センチ以上は伸びそうだと思えるほどに緩々になっている。
 やれやれ手のかかる子だわ、なんて由香子は胸でひとりごちながら、愛しの康一を今日も想う。


 * * *


 ある日の夕方――
 私は仗助君と億泰君との三人で下校していた。

「おっ、見ろよ仗助、桔梗。双眼鏡だよ〜っ、双眼鏡が道に落ちてるぜ〜〜っ」
「おめーは落ちてるモンに直ぐ興味示すなあ〜〜っ。バッチイから拾うなよ〜〜」
(仗助君なんだが億泰君の保護者見たい……ぷぷっ……)

 好奇心旺盛な小学生のような億泰君と、そんな彼を叱咤する大人な仗助君に私は思わず含み笑いをしてしまう。微笑ましい光景を横で眺めていると。

「私はバッチくなんかありません」
「おうわああああ!?」
「うひゃああああ!?」 

 突然、落ちていた双眼鏡が聞き覚えの声を発しながら億泰君の体へぴょんぴょん上る。その奇怪な出来事に私達は絶叫した。私なんて変な声が出てしまい、最終的に恥ずかしくて赤くなってしまった。
 双眼鏡はみるみる形を崩していくと、人型へ形状を変えてゆく。そうして上半身が出来た所で人物が特定できたのだ。自称宇宙人の未起隆君である。

「てめーっイキナリ『物の形』で現れるな! スゲー心臓に悪いぞコラァーっ」
(うんうん、億泰君の言うとおりだ)
「イヤーそれほどでも」
「照れんな! 褒めてねーぞ」

 どこまでも謎な未起隆君に的確な突っ込みを入れた仗助君はひっくり返っている。かく言う私も尻餅をついてます。億泰君が未起隆君に「自分は宇宙人だと思い込んでいる《スタンド使い》」なんだろ、と詰め寄っている間に私はすっくと立ち上がり、スカートに付着した砂を払った。
 未起隆君は、億泰君に何と言われようと「自分は宇宙人だ」と言い張る。初めて彼と会った朝の学校で聞いたのだが、未起隆君は《スタンド》が見えていなかったらしい。それでこの者に変身する能力を持っているという事は明らかに人間離れしている。もしかしたら、と思うけれどやはり確実に信じられる証拠がない。空飛ぶ円盤とかレーザービームとか。

「最初カラハッキリシテマス。ワタシハ宇宙人デスヨ」
「なに急にカタカナで喋ってんだよ! てめー言い張るのか」
「もしもし宇宙船のコンピュータ、異常はないですか? 応答せよ」
「腕時計とお話しするのはやめろ! テメーッ」
「もういいよ……それより、こんな道端で双眼鏡なんかに化けて何やってたんだ?」

 キリがないだろう口論に仗助君は割って入り、おそらく一番肝心なところだろう話題を振った。すると、思い出したかのように未起隆君は見て貰いたいものがあると言ってある送電鉄塔を指さした。それを私達に見てもらいたくて、ずっと双眼鏡になって待っていたのかと思うと未起隆君って変な人だなと思う。自分が宇宙人だって言っている時点で変わってるけどさ。
 未起隆君のさした送電鉄塔は、近くに小川が流れており、緑も多い。それは、もう既に電線を外されて残骸となっている鉄塔だった。仗助君の話によると、杜王町が宅地開発された時に『ケーブル』は地下に埋められ、要らなくなったのだそうだ。一見すると特に何も変わった所のない廃送電鉄塔である。一体、未起隆君が気にする要素がどこにあるのか分からずにいると、彼は鉄塔から煙が出ていると言う。

「お!? あれ!?」
「そ、そういえば……!?」
「……くそう、目が悪くて見えない……」

 眼鏡を鞄から態々取り出すのも面倒なので、目を細めてピントを定めようと躍起になってみた。……無駄だった。
 未起隆君は、煙が出ているという事は何かが燃えている、もし危険物だったらと危惧しての行動だったのだろう。だから、双眼鏡に変身して待っていたのか。
 もっとよく見てもらうために、未起隆君は再び双眼鏡に変身し、仗助君の手にストンと落ちる。双眼鏡になった彼を仗助君は使い、煙の上がる送電鉄塔を見た。

「おお〜ッ、おい、ヤカンだよ!」
「お湯を沸かしています。たきぎを燃やしているんです」

 約20メートル以上はある送電鉄塔の上で、なんとお湯を沸かしているらしい。私も見てみたいが、煙すら見えない程に目が悪いので肉眼では勿論ヤカンの存在を確認できない。必死になって煙を見ようとしていると、不意に背後に何か気配を感じた。

「!」
「桔梗も見てみろよ、あれ!」

 確認する前に、眼前に現れた丸いレンズと落ちてきた仗助君の声。はたから見た私達の様子を想像するだけで、耳が熱くなるのを感じる。私がおずおずと仗助君の手から受け取るとなんと彼の大きな手は――私の腰に回ってきた。いや、回るっていうよりもさり気なく手が置かれているだけだが、私にとってはかなり恥ずかしい。
 「大丈夫、平常心を保てるはずだ」と私は心の中で叫びつつ双眼鏡を覗いてみた。

「……ほっ本当だ、たきぎを燃やしてヤカンの中のお湯を沸かしてるのが見える」
「だろ?」

 背中で仗助君の存在を感じながら、私は煙とヤカンを見た。漸くその二つを確認する事が出来て少し感動した。更に、未起隆君に言われてもう少し5メートルほど上を見てみた。

「あっ……」

 私は、未起隆君に言われて見た物に、思わず赤面してしまう。別に、兄弟の物でもよく見ているから今更他人の物を見たって何も思わないけれど、『双眼鏡で覗いてみた』という行為自体に羞恥心を覚えた。そんな私の様子が不思議だったのか、仗助君が私の手にあった双眼鏡を上から取って見る。

「何だ〜〜? ジーンズやシャツやパンツがあるぞ。ひょっとしてあれ干してんのか?洗濯物を干してるって事か!」

 正直に言います。私、パンツをドアップで見ました。未起隆君、そこらへんちょっと調節して欲しかったです。目が悪いからってきっと配慮してくれたんだろうけれど、余りいらない親切だったみたいだよ。ハート柄だったよ、意外と可愛かったよ。
 近くには布団もあったらしい。もっとよく見てみると、ソファや家具、テレビまであるらしい。
 茫然とする仗助君から億泰君は双眼鏡を取ると彼も覗いてみてみた。その後、大声で笑った。たまに、億泰君の笑いのツボが分からなくなる。私の頭が固すぎるのだろうか。彼は多分小学生と同等のピュアな精神を持って……ああなんかこれ以上言うと彼に失礼な気がしてきた。

「ム!」
「ん?」
「うん?」

 私達は、バチャッ、と水の跳ねる音を聞く。億泰君が何かに気づいたようで、鉄塔から小川の方へと双眼鏡を向けた。





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