鉄壁の少女 | ナノ

19-4






 仗助がエレベーターに乗り込んだ十数分後、康一と桔梗が押さえつけていた《ハイウェイ・スター》が血を流し、そのまま消滅した。どうやら、仗助が噴上裕也を倒したようだ。それからまた暫くして、五階にあったエレベーターが一階に下り、中からボロボロの仗助と直されたバイクが現れる。彼はフラフラとおぼつかない足取りで、バイクを手押しして出て来る。

「じょっ仗助君……!」

 桔梗は心配でたまらなかった。彼が無事、噴上裕也を倒し――その後、二度と自分の傷を他人の養分で治そうとすればもう一度ぶちのめすと脅した――帰ってきた事がどれほど嬉しかったのだろうか。歓喜極まった笑顔を浮かべると彼女はフラフラの仗助にタックルまがいの抱擁をしたのである。体当たりなど滅多な事じゃあしないだろう彼女のその行動に、戸惑いつつも彼女の体を受け止めた仗助は、一体なんのご褒美だと言いたげに嬉しいやら気恥ずかしいやら、顔を赤くした。せっかくなので、甘んじて受ける。
 康一は二人の様子を微笑ましげに見守った後、先に病院を出て犬の散歩へと戻ったのだ。
 二人は、漸く――特に桔梗――自分たちがとんでもなく恥ずかしい事をしていると気づき、慌てて体を離した。彼らはその後、栄養剤を持ってトンネルにいるだろう露伴のもとへと向かった。直したバイクに乗り、ノーヘルで無免許であるがそこらへんは今は見逃してと心で祈りつつ走行する。

(……本体探してる時は逃げる事にいっぱいいっぱいで気づかなかったけどよォ、思いっきり当たってるぞ、これは……)

 仗助の後ろに乗っている桔梗は、振り落とされぬよう彼の腰に腕を回し、ひしとしがみ付いている。おかげで彼の背中には、彼女の頬と、女の子にしかない例の物が制服越しでも確かな感触となって押し付けられていた。正直、意識せざるを得ない。
 大きすぎず、小さすぎない。柔らかくて温かい双丘。……バイクはこんなにも男のロマンを味わえるものだったのか。

(グッ、グレートォ……)

 いい仕事をしている。このまま走っていつまでも背中の感触を味わっていたいものだが、そろそろ、トンネルが見えてくるころだ。非常に残念である。
 バイクの速度を少し落とし、トンネル内へと入って行った。少し進んだのちに、壁に寄り掛かるようにして少しずつ歩き始めている岸辺露伴の姿が見えた。

「露伴!」
「露伴先生!」

 二人は彼の名を呼んだ。すると、彼は足を止め、振り返る。
 彼らは彼の傍にバイクを止めた。

「なあんだ、意外とピンピンしてるんじゃあないスか〜」
「……フン」

 露伴は笑顔で歩み寄る仗助を鼻であしらう。それにちょっとカチンと来たのか、彼のコメカミ辺りに青筋が立つ。隣にいた桔梗は、そんな彼を抑えようと奮闘する。

「どー! どー! 仗助君、おおお落ち着いて」

 髪型を馬鹿にされた時よりも格段にマシではあるものの、それでも彼の形相はよろしいものではない。桔梗は何とか落ち着いた彼を一瞥すると一歩前に進み出て、露伴に持っていた栄養剤の入った小瓶を差し出す。

「《ハイウェイ・スター》に養分相当取られちゃってるじゃあないですか。そんな状態でバイクなんて運転してくださいよ、追突事故かなんかで病院行きです。これ飲んで下さい。少しはましになります」
「いらん。君らに頼らなくとも平気だ」
「そんな言ってー、ふらっふらじゃあないスか」
「煩いッ。だいたい、これで許されると思うなよ! お前はぼくが忠告したにも関わらずのこのこ部屋に入って来たんだからな! これで貸し借りはなしだ!」

 大声を張り上げる露伴だが、その声にはとてもじゃないがメリハリがなく、彼が相当弱っているのが分かった。それでも意地を張っている彼に、嫌気がさしたのか、桔梗は苛立たしげに意地っ張りな漫画家へ詰め寄る。珍しく剣呑な表情を浮かべている彼女に驚いていると、なんと彼女は《レディアント・ヴァルキリー》を出し、それで露伴を背後から羽交い絞めにするではないか。これには仗助も驚いた。

「喧嘩じゃあ遠慮しちゃいますけど、命に係わる事なら別です! 絶対にこれを飲んでもらいますからねッ」

 言うや否や、彼女は小瓶の蓋をあけ、手にいっぱいにじゃらじゃらと取り出した。そして、空になった瓶を放り投げると次に一本のポカリを取り出す。露伴がまさか、と顔を青くしたその瞬間、なんと桔梗は手の上一杯にある栄養剤を無理矢理開けた露伴の口に突っ込むではないか。その後素早くポカリを流し込み、その彼の口を手で抑え込んだ。

「飲んで〜〜ッ、飲み込んで下さいィ〜〜!」
「むごーッ、むががーッ!」
(……逆にあれで露伴、死んじまうんじゃあねーか?)

 若干土気色になっているようにも見える露伴の顔を見て、仗助はほんのちょっぴり露伴が可哀想に思えた。

「ごっほ、ごっほ……きっ君はッ、僕をッ、殺す気なのか!?」
「え? 何言ってるんですか、助けようとしたんですよー」
「それ本気で言っているのなら、さっきの行動をよくよく振り返ってみた方が良いぜ」

 無事大量の栄養剤をポカリで流し込むことが出来た露伴は、とぼけた顔で首を傾いでいる桔梗をぎろりと睨みつけた。それでもやはり、彼女は怯むどころか締りのない表情で笑顔を見せる。
 露伴は、「フン」と鼻を鳴らすとバイクの方へと大股に歩み寄る。そのしっかりとした足取りから、彼ももう大丈夫そうである。

「露伴せんせーい、次回の号にのる話、楽しみにしてますよー」

 バイクで去ってゆく露伴の背中に、桔梗はのんびりとした口調で言った。彼はそれに言葉を返す事はなかったが、去り際、片手を上げて行った。それで十分、十分に伝わった。

「ふー、いっぱい走ったらお腹減っちゃったなあ」

 慣れないバイクに乗り、病院までひた走り、再びバイクに乗って意地っ張りな男に力づくで栄養剤を飲ませ――女子としては結構に働いた方だろう。

「適当にアイス食いながら帰るか!」
「いいねそれ、賛成!」

 二人は歩き出す。彼らの間はおおよそ手のひら一つ分。まだまだ縮まる様子はないが、今の彼らにはこれくらいが丁度いい距離なのだろう。

「あ、マントヒヒ!」
「いや、町にマントヒヒはありえ……嘘だろ」
「横断したのマントヒヒだよね」
「マントヒヒだな」
「動物園から逃げ出したとか?」
「かもな」
「あ、役員っぽい人に捕まった」
「脱走したのに、残念だな〜」
「マントヒヒご愁傷様」

 そんなこんなな二人である。





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