鉄壁の少女 | ナノ

19-2



 先程バスで通り、露伴先生が『部屋』を見たというトンネル。それは二ツ杜トンネルと呼ばれ、緩いカーブで出口が見えない。

「露伴のヤローに二度と会いたくねーと言ったばかしだけどよ〜〜。来ちゃったよ〜、オレいう事とやる事が違うウソつきだからよ〜〜」
「ハハ、ハ……」

 苦笑しか返せない、私のボキャブラリーの乏しさが憎いぜ。二人で、トンネル内に入ろうとした、その時だった。突如、轟音を立てながら一台の無人バイクがトンネルの闇から出てきたのである。それは操縦する者が運転中に手放したような状態で出てきたと思えば、道路脇に激突したのだった。

「ま、まさか……こっこれは! 露伴のバイクか!?」
「バイクだけが出て来るだなんて、普通じゃあないよッ」

 仗助君は、トンネルに向かって先生の名を叫んだ。私も、仗助君同様に、彼の安否を確かめたくて先生の名を呼んだ。けれど、トンネルは私達の声が反響するだけで欲しい声は返って来なかった。

「俺はトンネルん中はいるが、おめーはここで待ってろよ」
「え、でも!」

 私が意見を言う前に、仗助君はトンネルへと入って行ってしまった。私は仕方なく、待つことにする。
 どれくらい彼は奥へ進んで行ったのだろうか、緩いカーブを描くこのトンネルでは奥が見えない。私はその場で右往左往しながら仗助君と露伴先生が無事にトンネルから出て来るのを待つ。

「え……」

 しかし、トンネルから出てきたのは――時速70キロ程だろうか? そんな――人間離れしたスピードで後ろ向きに吹っ飛んできた。茫然とする私をよそに、よくよく見ると血を口の端から流している仗助君は露伴先生の名を叫んだ。

「岸辺露伴、おまえが……オレを助けるとはよぉ〜〜っ、まさか……『まさか』って感じだがグッと来たぜ!」

 バイクを《クレイジー・ダイアモンド》で直しながら言う仗助君。彼の言葉の意味がちょっと分からなくて茫然としていると、不意にそんな彼に大声で名前を呼ばれた。

「ここを離れるぜ!」

 彼に言われて気づいた。トンネルから、黒い《足跡》が『追いかけて』来ていたのだ。これから察するに、仗助君はスタンド攻撃を受けている。たぶん、露伴先生も。その彼を助けるために、仗助君がバイクを直してここを出ようとしている。私が仗助君の後ろへ跨ると、バイクを発進させた。彼はこれから露伴先生を襲った《スタンド》の本体を探しにゆくのだ。
 《スタンド》の名前は《ハイウェイ・スター》、トンネルで『部屋』を見て好奇心で入って来た人間を襲う。時速60キロで移動し、臭いを覚えた相手――『部屋』に入って来た人間――をどこまでも追跡する。追いつかれれば容赦なう養分を吸い取られて動けなくなってしまうらしい――仗助君は、露伴先生の渾身の《ヘブンズ・ドアー》のお蔭で難を逃れたそうだ――。また、弱点はなく、直接本体を叩くしかないらしい。不幸中の幸いは、この《スタンド》は『遠隔操作型』なために即死させるような『パワー攻撃』が出来ないという事。急げば養分を既に多く吸い取られてしまって動けない先生を助けられる。
 しかし、この杜王町の中だと分かっていても、本体の場所を探すとなると闇雲な行動はできない。

「まずは、この状況と敵の事を整理してみようよ!」
「おう……その@『なぜトンネルでワザワザ罠を張ってたのか?』だ。道端でイキナリ攻撃すればいいのによォ〜!」
「あの『トンネル』に何か理由がありそうだね」
「ああ!……そのA『養分を吸い取る』って所にも特徴を感じるぜ……何で一気に殺さず養分を取ろうとしているんだ?」
「『二ツ杜トンネル』になにか因果関係がありそう……それについての情報を集めなきゃッ!」

 しかし、バイクでいつまでも走行しているだけじゃあ情報を集める事なんてできやしない。《ハイウェイ・スター》は時速60キロで移動し、私達はバイクで今時速80キロで走っている。よって、8分走れば奴は私達が6分前にいた地点で走っているとなる。二分ほどは時間を稼げている。
 私たちは、止まって電話する事にした。相手は、康一君。射程距離の長い彼の《エコーズ》ならば、本体を探しやすいかもしれないのだ。仗助君と私は公衆電話までたどり着くと、バイクを降りて電話をかけようとした――のだが。

「じょっ仗助君!」
「なに!?」

 一分くらいは稼げているはずだった。しかし、私達が停車し降りて電話をかけようとしたその直ぐ傍に、なんと《ハイウェイ・スター》の足が出現したではないか。それを見た瞬間、私は殆ど本能的に叫んだ。

「乗って仗助君! 電話は私がする!」

 彼の背中を押し、自分のテレフォンカードを出した。彼はごねた。しかし、私は譲らない。

「私の臭いは覚えられていない筈ッ。だから康一君には私が電話する。仗助君はバイクに乗って走って! 早く!」
「おっおお! オレもなんとかして康一と連絡を取るぜ!」
「うん!」

 仗助君はバイクを発進させた。私はテレフォンカードを公衆電話の口へと挿入する。

「ッ!」

 私の脇を、時速60キロですり抜けて行った《ハイウェイ・スター》。やはり、私の事は《見えて》いない。覚えた仗助君の匂いだけを追いかけて行っているのだ。
 早くしなければ、バイクの中の燃料もそこを尽きてしまいかねない。私は急いで康一君の家の電話番号をプッシュした。

「お願い、早く出てェ〜ッ」

 3回のコールの後、《はい、広瀬です》という声が聞こえてきた。

「こっ康一君! じっ実はッ……」

 運よく、目的の人が出てきたので私は今の状況などを早口に伝える。すると、電話の奥の彼が「ちょっと待って」と言った後、何かその場で開くような音がした。

「何か本体に関係する事……そう、二ツ杜トンネルに関する事件とかないかなッ? 出来るだけ最近のやつ!」
「あ、あるよ……新聞に載ってる。二日前だ! 僕もこの事故ならニュースで見たよ。暴走族のバイクが二日前に飲酒運転のためトンネルの入り口に突っ込んでいる。血だらけだったよ! 『少年A』は全身打撲の重体で意識不明、ぶどうヶ丘病院で集中治療中って書いてある!」

 頭の隅で、何かが引っ掛かった。とてもモヤモヤする。まさか、もしかして、いやそんな馬鹿な――

「血だらけ?……でも仗助君と露伴先生は養分を吸い取られて血だらけじゃあない、養分を吸い取る《スタンド》だし……」
「その『少年A』が《スタンド使い》っていう事は考えられないかな?……でもそんなはずないよなあ、意識不明なわけだし……」

 康一君の言葉によって、引っかかっていた物がコトリと音を立てて落ちてきた。
 何故、道端で襲わずにワザワザトンネルで罠を張って待っていたのか。何故覚えた臭いのみしか追ってこれないのか。なぜ一気に殺さず養分を吸い取っているのか。――『少年A』がもし、《ハイウェイ・スター》の本体で、自分の傷をいやす為に《養分》を吸い取っているのだとしたら?

「……康一君」
「ん?」
「自動遠隔操作って、本体と離れても大きな力が出せる代わりに、大雑把で単純な動きしかできないんだよね?」
「え? うん、そうだけど……」
「……私、ぶどうヶ丘病院に行ってみる。仗助君からも連絡が来ると思うから、そのままでいてね!」
「え、桔梗さん、ちょっとまッ――」

 私は最後まで聞かず、すぐさま電話を切ってしまった。出てきたテレフォンカードをポケットに乱暴に突っ込むと、駆け出す。向かう先は、ぶどうヶ丘病院だッ。


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