鉄壁の少女 | ナノ

1-4



「やっぱり無理だよ!!」

 ひとり、外で取り残されている身にもなって君達、とっても寂しい気分だよ。
 もう我慢できない。私は館に乗り込んだ。
 中の様子を恐々と窺いながら歩を進めていくと、バタン、ゴトン、という激しい音と振動を感知した。私は音を頼りに更に館を進む。途中、億泰君と遭遇し、「お前っ……」と止められそうになったが、それを軽く無視――ごめん、急いでるんだよ――して、音の方へと向かった。そして、私は、部屋のある一室にたどり着く。そこからは、爆発音などがする。一体、中でどのような戦闘を繰り広げているのだろうか。
 そろりと出入り口から様子を窺う様にして覗いてみれば、ボロボロの東方君と、そして彼に立ちはだかる青年。おそらく、彼が億泰君のお兄さんなのだろう。その彼の背後に、康一君がいた。良かった、怪我は東方君に治してもらったみたい。

(あっ!!)

 康一君は、背後から青年に何か仕掛けようとしたが、それに気づいた彼は、康一君の顔を肘で一突き。体格もいいので、彼の一突きは康一君をノックダウンさせるには勢いが余るほどで、私の方へとブッ飛ばしてしまった。

「康一君っ」
「えっ……桔梗さんっ!?」

 駆け寄り起き上がらせると、驚かれる。彼の声に反応し、東方君も振り返って来た。

「なっ、お、おめー何で入って来たんだよ!」
「心配だったからだよ!」

 多分、今、私凄く泣きそうな顔してる。頬は痙攣し、まぶたも熱い。今にも泣きだしてしまいそうな状態が表情にありありと出ていたのだろう、東方君と康一君は目を丸くしていた。
 青年は、私を見て不敵にただ、微笑んだ。

「ふむ、そういえば女の方もいたんだったな……仗助を始末してから、お前も才能があるのか確かめてやろう」
「う、え……」
「全隊ィィイイイイイイ!!」

 狼狽える私の事など放置して、彼は号令をかける。すると、彼の《スタンド》なのだろう。幾人もの手の平サイズ武装兵が東方君に向かって武器を構える。
 彼の名は虹村形兆、《スタンド》は《バッド・カンパニー》だ。

「突撃ィ――――ッ」

 ズンズンと突っ込んでくる彼へ向けて、攻撃を宣言した。すると、戦車やヘリコプター歩兵までが全て攻撃してくる。ああ、見ていられないよ!
 東方君は、《クレイジー・D》の「ドラァ!」という掛け声と共に繰り出されるラッシュで攻撃全てを撃ちかえして突き進む。しかし、彼の足元になんと地雷が仕掛けられており、それを踏みつけてしまった彼は足を負傷した。がくん、とその場にくずれる。

「まずは足にダメージッ、そしてアパッチッ! ミサイル発射ァアアアア!!」

 小さなミサイルが、両側から迫り来る。片方の二機を殴り落とすが、左側から来たミサイルを腕にもろにくらってしまった。足と腕、しかも両方左側だ。利き腕とかじゃなければ良かったと思うけれど……重症だ。床に倒れる東方君を、全方向くまなく形兆さんの《バッド・カンパニー》が包囲する。負傷した腕では、彼らの放つミサイル、砲弾、射撃を防ぐことなどできない。私は、康一君の肩を掴む手に力がこもる。

「お前の負けだ東方仗助――ッ」

 形兆は、全体に一斉射撃用意の命令を下す。しかし、一方の東方君は、のそりと起き上がると負傷した腕を庇ったまま胡坐をかいてその場に座り込んでしまった。訳の分からなくなった形兆さんは茫然とする。諦めの境地でもたったのか、と彼は判断すると、上げていた手を振りおろし、《バッド・カンパニー》に命令した。
 東方君へ向けて、撃つ事を――

「俺の作戦はよー」

 ミサイル・砲弾・射撃の全てが東方君へと向かってゆく中、当の本人は無表情を崩さずに言うのだ。

「すでに終了してんだよ」

 気づけば、《クレイジー・D》に殴られて破壊されたミサイルが再生され、それは真っ直ぐ形兆さんへと照準を定めていた。勢いは放たれた時のままに、それらは、攻撃に夢中になって防御の間に合わない彼の顔面へと着弾した。気絶したのだろう。座り込んでいる彼を囲んでいた《バッド・カンパニー》は跡形もなくその場から消え去っていた。残ったのは、傷だらけの東方君だけだ。彼は、冷や汗をどっとかき、安堵の溜息をつく。
 彼の《クレイジー・D》は、破壊した――もしくはされた――物を治す事が出来る能力を持っている。それを利用して、彼は形兆さんの隙をつき、そして一気に勝負をつけてしまったのだ。確かどこかの本で読んだことだが、人は、勝利を確信した時が一番無防備になるという……形兆さんはそれがまさに的中している。

「かなりグレートに危ねー奴だったぜ……」

 よっこらせ、と立ち上る彼。

「康一、山吹、早えーとこよー……この家を出よーぜー」
「ひっ東方君っ、怪我、ひどいからあんまり動かない方がいいってっ」

 歩き出そうとする東方君を支えようと駆け寄ると、彼の大きさがよくわかる。でっでっかい……。威圧感が半端じゃぁないですよ、お兄さん。

「じょっ仗助君、ぼっ僕を討った「弓と矢」はどっ、どーするの?」

 そういえば、形兆さんが持っていたなという事を私は思い出す。その「弓と矢」は彼自身がどこかに隠してしまい、場所は分からないと東方君は言う。
 彼ら虹村兄弟には父親がおり、ダメージが大きいので今は遭遇したくないと東方君は言う。だからいったん引き返そうと康一君に言うが、彼は、声を絞り出したようにその提案を却下した。自分は東方君に治してもらったから生きている、しかし、もしまた他の人が矢に打たれて死んでしたうかもしれない。いま、「弓と矢」を破壊しなければ新たな被害者が出る、そう彼は言ってくるりと方向転換する。

「そっそこにいてよ〜っ、僕一人で探してくっからさっ」

 恐怖で震えながらも、彼は勇気を振り絞り、他人の為に自身を犠牲にしようとしている。犠牲は言い過ぎかもしれないけれど、彼は今、それに近い行動を起こしている。見かけによらず、勇気があるなあ。やる時はやるっって感じだなあ。――……ああ、もう。私はそーゆー人を放っておけない質なんだよー。

「待って康一君っ、私も一緒に探すよ!」

 父親がいるって話も聞いたけれど、この館にいるんなら、もうすでに遭っているんじゃあないのかな。こんだけ暴れて出てこないってことはきっとまだいないって事だと思う。それに、一人で探すより二人で探す方が心強いし効率も良くなると思うんだ。それを提案すると、康一君の表情が和らいだ。彼がコクリと頷くと私も頷き返し、そろって歩き出す。

「おい、やっぱり待てコラ康一!」

 歩き出した康一君の肩を掴んで引き留めるのは東方君。彼は息も切れ切れにして出血も酷く口調も荒いが、決して剣呑な表情をせずに、止めないでほしいと言う康一君と私に、チャーミングなウインクつきで「俺も行く」と言ってくれた。

「早えーとこ「弓と矢」をブチ折って、一緒に外に出ようぜ、康一、山吹」
「うん!」
「東方君がいれば100人力だね」

 私達は戦場となっていた部屋から廊下に出る。そして、階段を見上げた。康一君が屋根裏に部屋がある事をつきとめて、私達はそちらの方へと向かう。康一君を先頭にして、私、東方君と続く。
 慎重に進む私達の耳に、不意に、扉を爪で引っ掻くように「ガリガリ」という音が聞こえてきた。どうやら、何かが潜んでいる事は確かだ。さらに私達は慎重になって扉に近づけば、ほんの少し扉があいている事に気が付く。そして、その隙間からほんの少し中の様子が窺えて、中には、なんと私達が破壊しようとしている「弓と矢」が壁に掛けてあった。

「おい、鎖の音がするぞ!」
「!!……ふっ二人とも、なんか鎖っ、床に鎖があるよっ!」

 東方君の一言に、私は確かめようと床に視線を落としてみれば、すぐそばに鎖がほんの少し見えた。……鎖に何かがつながれている。康一君が犬か何かかと予想する。確かに、ガリガリと扉を引っ掻くこの音は確実に人間の物ではない。

「やっぱり怖いよ――っ、どうしよぉ――っ!?」
「「どうしよう」ってよ〜〜〜〜、おめーがへし折るっていったんだぞ」
「そっ、そうだよ康一君っ、「男に二言はいらない」んだよ、やるって決めたら当たって砕けろ」
「砕けたら本末転倒だよぉ〜〜〜〜っ!」
「山吹、なかなか言うじゃねえか……康一、やるしかねーんだよ」

 東方君に褒められました。
 彼は、康一君に「1・2の3」の掛け声でドアをおもいっきり蹴飛ばして開けろと指示する。脅かす為だ。驚いている間に、東方君が中に入って走って「弓と矢」を取って戻ってくるという作戦だ。勿論私は待機組ですよ、役立たずですから、ね!!

「いくぜ……1……2の……」

 「3!!」と康一君がドアを蹴飛ばした――と、同時にその足首を暗闇から延びた手ががっしりと掴む。飛び出そうとした東方君と、何があっても対応できるように身構えていた私の思考が一瞬停止した。その間、康一君の悲鳴が屋敷に轟く。彼の悲鳴に漸く私達の思考が戻ると今度は手の存在に驚く事になった。
 腕は、イボイボとしていた。そして、膿のようなものがたくさんあり、「ぐじゅぐじゅ」という表現がふさわしいようなものだった。腕は、小さな康一君の足首を持ったまま彼を軽々と持ち上げて引き込もうとする。それに気が付いた東方君はすぐさま康一君が引き込まれまいと彼の小さな手首を掴んだ。私も、ドアを引っ掻く彼の手を握る。

「この手は《スタンド》じゃねえ! モノホンだ……モノホンの肉体だぜこいつは!」

 うわぁあああ。確かにこれはゆうれ……《スタンド》じゃあないッ。本当に本物の肉体だ。現実に起こっているものなんだ!
 東方君は、康一君を助けるべく《クレイジー・D》でその腕を殴りつける。すると、腕は思いのほか脆かったのか、たったの一撃で……――もげてしまった。肉汁が飛び散り、康一君の顔にかかる。気持ち悪そうにしているので、ポケットからハンカチを取り出して拭ってやる。
 切断するつもりはなかったと呟く東方君の横に私は立つ。奇妙な悲鳴が聞こえたので、ちょっと座っていられなかったんだよ、私、ビビりだから。
 私たち三人は、異様な者を目にるする。ボロボロの、もう何日も洗っていないようなシャツを着て、切断された手首から上の腕を抱えて部屋の奥へと転がって行く。茫然としている私達の目の前で、さらに「ソイツ」は失った手を再生させてしまった。傷口から生えてくるそのさまはグロテスク以外の何物でもない。
 また、「ソイツ」は再生させた手で、床に落ちている手を掻っ攫うように拾うとムシャムシャと貪るように喰らう。その光景に愕然としていると、さりげなく、本当にさり気なく東方君は、その広い背中で目の前の出来事を隠すように体をずらしてきた。……本当に、気遣いとかできるからなんかこんな状況なのに変にドキドキするよね。

「ついに見やがったなァ……見てはならねえものをよォ……」

 衝撃的な者を見てどうしていいか分からなくなっている間に、形兆さんに追いつかれてしまった。彼はボロボロながらも身体を引きずってここまで登って来たのがわかる。彼は、別の扉から入って来たと思えば、また背を壁に預けながらもズルズルと「弓と矢」の所まで行くと、大事そうに抱える。
 そして、彼は、この光景よりもさらに衝撃的な事実を私達に告げるのだ。

「そこにいんのがよぉ〜〜、俺達のおやじだぜ」
(えッ……)

 どうしたって人間には見えない。確かに両手足があり、頭はあるが、どう見ても人間には見えない。
 形兆さんは、「弓と矢」は彼の父親を助ける為に必要なのだという。彼を助ける為の《スタンド使い》を見つけてやりたいと、息を切らして悲痛に叫ぶ。その声を聞いて、私は、どうしてか彼の事を怖れる感情が消えて行った。同時に、どうにかしてやりたいという気持ちが芽生えてしまう。
 東方君が、「病気なのか?」と問う。その問いに、形兆さんは嘲笑しながら「NO」と答えた。

「おやじは健康さ! 至ってね。食欲もあるしよォ〜〜……ただ、唸り声あげるだけで俺が息子だっつーのはわかんねーがなァ〜〜〜〜」

 くつくつと笑う形兆さんは、どこか……寂しそうであった。そんな彼に、更に東方君が「父親を治す《スタンド使い》を探しているのか?」と問う。すると、それにも彼は「NO」と答えた。

「「治す」?……フ、フフフフフフ……おめーが治すってか?……それも、違うね……」

 私はハッとする。康一君も、東方君も表情をこわばらせた。
 「弓」を握る武骨な手の甲を濡らすのは、形兆さん自身の大粒の涙。彼は、泣いていたのだ。あんなにも冷酷に、康一君や東方君、そして実の弟までをも手に掛けようとしたあの人が、父親の為に泣いているのだ。その彼の口から、紡ぎだされた言葉は、何とも残酷で、何とも優しさに満ちた彼の感情の塊であった。

「逆だ、おやじを「殺してくれる」スタンド使いを俺は探しているんだよ〜〜〜〜ッ!!」

 形兆さんと億泰君の父親はどんなことをしても死なないと告げられる。頭部を潰そうとも、体を粉みじんにしようとも、億泰君の《ザ・ハンド》で削り取ったとしてもだ。絶対にしなないのだ。
 このままでは、父親は、あの姿のまま、永遠に生き続けるだろうと形兆さんは泣きながら語る。そして、その理由をも彼は告げた。

「何故なら、10年前おやじは操り人形にされるため、「DIO」っつう男の細胞を頭に埋め込まれてこーなっちまったんだからなァ――ッ!」

 父親を普通に死なせてやりたい。その為にどんなことでもすると子供の時に誓い、その為に「弓と矢」が必要なのだと語った。


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