ヴォルデモートさんと私が到着した時には、もう事は始まっていました。

目を開いて真っ先に飛び込んで来たのは、夜空を焦がす赤い炎。
既に村一面、火の手に絡め捕られたあと。
素朴な作りの民家は既に黒々と焼け、遠くから悲鳴や怒号や怯える家畜の鳴く声が絶え間なく聞こえてくる。
そんな悲惨な舞台で踊るのは、黒い装束と仮面を身に着けた死喰い人さんと、彼らから必死に逃げ惑う力の無いマグル。

正直ちょっと怖い。や、ちょっとなんてもんじゃない。今すぐ帰り……たくはないけど。帰らないけど。だって自分から言い出したことだもの。でもやっぱりちょっと、心の準備だけさせて貰えないかな深呼吸したい。


「……ヴォルデモートさん……ヴォルデモートさん?」
「何をしている、firstname」
「わ、待って下さい」


足を竦ませていた私に全く構う様子はなく、既にヴォルデモートさんは歩き出していた。
彼と同じく木々の間を縫うようにして、慌てて後を追う。
それにしても、火の間を突っ切っているというのに、まったく息が苦しくならない。
魔法で点けられたものだからでしょうか。

……もう少し心の準備とか、させて欲しかったかも。
赤々と燃える家や火を眺めながら、前を行くヴォルデモートさんに気づかれない様にそうっと溜め息をついた。

それにしても、一体どこを目指してるんだろう。ひとまずは死喰い人さんと合流するつもりでしょうか。とうとうと考えて居ると、前行く彼が急に足を止める。


「……ふむ。ここで良いだろう」


ヴォルデモートさんは赤く染まる夜空を見上げ、杖腕を高く上げた。


「闇の印を」


その白い杖先から、花火のように閃光がほとばしる。それは真っ直ぐと上空へ上がり、靄のような物が浮かび空中を漂った。
その靄は見る見るうちに濃さを増し、形を整えていく。

夜風に煽られ勢いを増し、高く舞い上がる火に赤々と照らされたそれは、立派な髑髏でした。
ヴォルデモートさんには悪いけれど、これ、趣味悪いですよ。絶対。


「これからどうするんですか?」


未だ立ち止まったままで居る彼に尋ねる。
いつの間にか喧噪が遠い。炎がごうごうと燃える音だけがすぐ近くでしている。
死喰い人の皆さんがすべて殺してしまったのだろうか。人も、家畜も。
そういえば、今夜の目的とか聞いてなかったな。聞きそびれたって言うほうが正しいけれど。まあどうせマグル狩りでしょう。


「ねえ、ヴォルデモートさ、……」


再度呼びかけると、私を無視し続けていた彼が不意にこちらを向いた。……それも、手にしている杖を私に向けて。
紡ぎかけた言葉が止まり、心臓が早鐘を打つ。
え。ちょっと待って何この流れ。
恐る恐る彼の表情を見上げる。けれど予想に反し、あの赤い瞳は私を捉えていなかった。
私じゃなくて、その後ろを見てる。

ただならぬ雰囲気を感じ取って、ちらりと視線だけで辺りを見回す。
難しい魔法を使う時と同じように、私は息を潜めて感覚を尖らせる。

そうしたら、すぐ近くに異質な気配があるのが分かった。私の真後ろの家の中に、それを感じる。
きっとこれが正解だ。

とりあえず納得。
したので行動しましょう。
ポケットから杖を取り出して、彼に倣い同じように私もヴォルデモートさんに杖を向けた。
それを一瞥した彼が、口角を上げて音も無く笑う。嘲笑だった。私ではなく、私の後ろに居る人に向けてのものだとすぐにわかる。だって私はもう随分と、彼にこんな冷たい笑みを向けられたことはないから。

お互い、口を閉じたままで。
ごうごうと、燃え盛る火の音ばかりが騒がしい。
そんな中で、赤い瞳が私を見据える。
周囲を包むオレンジ色の炎が、彼の瞳の中でも燃えていた。


「……」


彼が唇を開く。
と同時に、私は地を蹴ってヴォルデモートさんの胸へと全力ダイブ。合法的に抱きつき成功。
その瞬間、


「アバダ・ケダブラ」


ぎゅっと目を瞑る寸前、自分の頭上を、緑色の光が走って行った。
その火花が弾ける音が背後で響いた後、ようやくヴォルデモートさんは杖を下ろした。それを見て、ほっと肩の力を抜く。


「はあ……一瞬殺されるかと思いました」
「殺されたかったのか?」
「そんな訳ないでしょう! 大体、ヴォルデモートさんが、何も教えてくれないから、……」
「あの闇払いの存在にこちらが気づいていると知られれば面倒だったからな」
「だからってもー」


あの殺る気満々の目、正直すっごい怖かった。……ちょっとドキドキもしたけど。
ん? 待って、ヴォルデモートさんいま闇払いって言った?


「あ、あの、闇払いさんがここにいらっしゃるってことは……つまり」
「……まったく。お前が居る時に限って面倒事が起きるとは」


ヴォルデモートさんは、倒れている闇払いさんの死体に目をやり、顔を顰め舌打ちをした。

なぜこの場に闇払いが潜んでいたのか。そういえば、あれだけうるさかった悲鳴も止んでいる。
私にでも分かる、実に単純な謎解き。
いくらなんでも駆けつけるのが早すぎやしませんか。


「先を急ぐぞ。来い、firstname」
「……はい」


歩く速度を速めた彼の背を、小走りで一生懸命追いかける。
火の手を避け、燃え盛る建物を避け、周囲に気を配りながら。

点々とした家や畑を抜け、道が広まっていくと、煙の向こう側に数多の魔法使いの気配を感じた。
ヴォルデモートさんは私を振り返り、目線で合図をする。

ご心配なく、準備出来てますよ。
と、口には出さすに、既に構えていた杖を一振りして私は笑みを返してみせた。

更に近づいて行くと、小さかった喧噪がだんだんと大きくなる。

ステューピファイとか、アバダとか、盾呪文とか、色々聞こえてくるなあ……。
とか目を遠くしている間に、ヴォルデモートさんどんどん先に進んでいっちゃうし。

あ、もう既に殺気来てる。それも沢山。

まず手前から……と思ってヴォルデモートさんの方を窺ってみたら、もう既に戦闘中でいらっしゃった。
白い杖の先から緑色の光が飛んでいくのを眺めていると、いきなりこっちに赤い光が飛んでくる。
危ないったらない。慌ててプロテゴで無効化して、魔法を放った人の方へ向き直る。
怒りと敵意が剥きだしになった彼の顔がオレンジ色に照らされている。よく見えないけれど、どうやらお相手は成人男性。


「死喰い人め、ここで息絶えるがいい!」
「お生憎様ですが」


私は死喰い人じゃないしここで息絶えもしませんのです。
ローブを翻して私は彼に杖を向ける。とりあえず失神呪文をはじめとする攻撃呪文をいくつか交わす内、風に煽られて被っていたフードが外れてしまった。

まあいいか。別にアイドルってわけでもないですし。

私の顔を見た闇払いさんが驚きに目を見開き、攻撃の手を緩める。
何か文句でもあるんでしょうか私の顔に。失礼しちゃいます。
若干苛立ちを覚えつつ、固まって隙だらけの彼に呪文を放てば、しっかりと返してきやがりました。


「っ……君のような子供が、こんな場所に居るんじゃない! 今ならまだ僕が事情を話して助けてやれる。大丈夫……落ち着いて、杖をこちらへ寄越すんだ」
「……」


この人多分いい人なんだろうな、と勝手に頷きつつ無言で呪文を放った。きっちり防がれたけれども。
そう、腕は負けちゃいない。でも思ったより手間取ってる。実践なんてろくにした事無いんだもん。
ヴォルデモートさん、助けに来てくれたり……しませんよねー。そろそろ集中力が途切れて来ちゃいそう。つらい。
ああほら今度は真正面から来てる、


「インペディメンタ!」
「プロテゴ、マキシマム!」


飛んできた呪文を防いだつもりが、逆に盾が弾かれた。見栄はって高度なほう選んだからミスったっぽいですね。自分の馬鹿。
よりにもよって妨害呪文をくらうだなんて。吹き飛ばされそうになるのを何とか耐えて向き直れば、すかさず放たれた赤い光が前方から飛んでくる。


「エクスペリアームス!」


視界を覆う眩い光に思わず瞼を閉じ身体を強張らせる。こんな凡ミスで杖持ってかれちゃうとか恥ずかし過ぎてヴォルデモートさんに言えないよ……てか絶対怒られる……。


「っ……あれ?」


呪文受ける気満々で待ってたのに、何も起きてない? ありえない。自分で言うのも何だけど直撃したはず。どうして。
自分の身体を見てみると、纏っていたローブがぼろぼろに擦り切れていた。ご丁寧に謎の白い煙まで上がっている。


「なぜだ……? 確かに当てたのに、そんな筈は」


助かったっぽい?
なぜ。


「くそっ……エクスペリ、」
「ステューピファイ!」


私の杖先から真っ直ぐに飛んだ光が彼の体に当たって弾けた。そのまま声も無く前のめりになって倒れる闇払いさん。


「…………ふー……」


一息ついて、辺りを見回す。
気づけば喧噪は遥か遠く、この場には私しか居ない。この辺は既にヴォルデモートさんが一掃しちゃったんでしょうか。見たかったな。かっこいいんだろうな。ちぇっ。

さて、後始末。
私の呪文で失神されている闇払いさんに近寄り、傍に落ちている杖を蹴飛ばし、燃え盛る炎の海へボッシュートしておく。
魔法の火だから杖だって灰に出来る……よね? とりあえず、まともに魔法が放てる代物には出来上がらないでしょう。合掌。
このくらいにして、後を追いますか。

ヴォルデモートさんからは何も言われてないし、良いよね。
今夜の本来の目的は、元々マグル狩りですし。勿論敵の数は減らした方が良いのでしょうけれども、私が一人見逃そうが対して変わらないって。それに私に負ける程度の闇払いさんなら生き残らせても大した敵には……まあ負けかけたけれどもその辺ご愛嬌として。
失神から起きたとしても二、三時間後。その頃には皆さん撤退してるでしょ。

さあ、ヴォルデモートさんの後を追いましょうか。

一歩踏み出したとき、がた、と物音が聞こえた。

……おかしいな。私とそこに倒れてる人以外にもう魔力は感じないのに。
気のせい、とか……ううん、確かに音がした。焦って先を急いでもし後ろをとられたら嫌だな。そうすると、これだけ魔力の気配を隠せる相手ですもんね。もし不意をつかれて奇襲なんてかけられたら……怖い怖い。


「よし」


杖を握り直す。

なるべく静かに、音がした方へゆっくりと歩き出す。確か……こっちだったはず。
現在進行形でこんがりと焼かれつつある、小さな家畜小屋の前で足を止める。
木製の扉は腕一本分ほどの隙間を開けて開いていた。

ひとまずその辺に落ちている割れたガラスの、比較的大きい破片を靴先で蹴り、開いている扉の前へ運んで様子を見る。
……うーん、やっぱり暗くて小屋の中まで映りませんか。
それじゃ声とかかけてみましょう。


「あの……このまま膠着状態で居たいなら止める事は出来ませんけど、どう考えても先に貴方の方から焼け死ぬと思います。私も少し下がっておきますからちょっとそこ出ましょう? ……ね」


返事は返って来なかったけれど、中から小さな物音が聞こえた。
とりあえず、開いてる扉の黒い隙間をじっと見つめながら、二、三歩下がってみる。わざと靴音を響かせて。

そのまま少し待って居ると、暫くして小屋の中から小さな物音がして、扉の隙間から恐る恐る姿を現せたそれは――、


「え、ちいさっ!」
「……」


おっと思わず本音が出ました。

だって、背丈一メートル弱。私の腰より少し高い位? 
見るからに子供でした。よかった、闇払いさんじゃなくって。
煤と泥に小さな全身を汚して、おまけに金髪の上には藁がちょいちょいトッピングされている。畜小屋なんかに隠れたせいでしょう。

いやいや子供だからって油断はいけないと、さっき身を持って示したばかり……ですけれども。
どう見ても魔法使いには見えませんし魔力も感じません。とすると、


「あなたは、この村の……?」


俯いて足元ばかりを見つめていたその子は、私の言葉に反応して勢いよくその顔を上げた。


「そうだ! ぼくはこの村に住んでたんだ! ……なのに、っ……」


大きな碧眼を潤ませながら、涙の痕が残る頬を赤く染めながら。
少年と思しきその子供は、精一杯に私のことを睨みつける。

憎しみと怒りが浮かぶその色鮮やかな青い瞳を見た途端、心臓が嫌なふうに高鳴った。息を呑んで、杖を握る手に力を込める。
……彼は、きっと、私が今夜一番見ちゃいけなかったものだ。
頭で理解しつつ、目を逸らす事も立ち去る事も出来ない。


「……あ、」


ふと、身体を震わせている彼の裸足に、いくつもの擦り傷があるのが目に入った。

きっと、……何もかもが、突然だったんでしょう。
いつもと変わらぬ静かな夜だった筈なのに、突然見も知らぬ者達から襲撃されて、隠れる暇も、靴を履いて逃げる時間も無かったんでしょう。
火の中を逃げ惑いながら、大人とはぐれて一人で、息を押し殺して藁に潜って、恐らく今に至る。

足が勝手に動くみたいに、私は少年に向かって一歩踏み出した。
それに合わせて、彼も一歩後ずさる。
目だけはしっかりと、私を睨んだままで。


「……」


ゆっくりと一歩ずつ近寄っては、彼はまた一歩後ずさり。二人でそんな事を繰り返している内に、震えていた彼の足が石ころを踏んで、地面に尻餅をついてしまった。

それに気にせず私が近づけば、彼は恐怖を色濃くその瞳に浮かべる。細く小さな子供の足は、可笑しなくらい小刻みに震えていた。

とうとう、彼の目の前まで辿りつく。
下ろした手に杖を握ったまま、泥などで汚れている彼の顔を見つめる。
きっと汚れていなければ、綺麗な肌だったんだろう。

私は地面に膝をついて、ポケットを探りハンカチを取り出した。
そのハンカチで、全身を強張らせている少年の頬に押し当て、出来るだけそっと、撫でるように擦った。


「な、なに、……」


渇いて切れた彼の唇が震えている。どこもかしこも痛そうだ。ああ、頬を拭うよりも先にやることがあったんだ。

握ったままの杖を彼に向けると、彼はぎゅっと強く目を瞑って、より一層身体を固くした。
……これが危険な事を知っているらしい。
構わずに、杖先をまず彼の足へ向ける。


「エピスキー……癒えよ」


傷口が少しずつ、少しずつ塞がっていく。
傷を癒しながらふと、この魔法を覚えるきっかけを思い出していた。
ヴォルデモートさんが怪我を負って帰ってきたのに、何もできない自分が、嫌で。

杖先からあふれ出す光と共に傷口が閉じていく。そのまま同じように、唇の方にも魔法をかけた。
見た所、他に目立った外傷は無いようだ。思わずほっと安堵の息を吐く。


「っは、はなせ!」


ぼうっと私の行動を見つめていた彼が、はっとして手を振り払う。
もう一度睨まれるものの、先程と違ってその瞳には確かな困惑の色が浮かんでいる。


「もう、いたくない?」


安心させようとして、ちょっと微笑みかけてみる。けれども少年は、そんな私を訝しげに見るだけで口をきゅっと結んだ。
……無理もないか。誰が見たって私は、この村を襲った方々の仲間にしか思えませんもの。


「おまえ……お姉さんは、悪い人じゃないの?」


しかし彼の中で私はお姉さんに格上げされたようです。
震える四肢と声が紡ぎだす疑問文には、そうであって欲しいという願いが込められていました。
出来る事なら今すぐヴォルデモートさんの所に戻りたい。だけどこのまま放っておくのは寝覚めが悪い。
そう、私に出来ることは一つだけ。


「……おいで。助けてあげる」


にっこりと笑いかけたはいいものの、何とも苦い罪悪感が湧き上がる。
助けてあげるだなんて、嘘もいいとこ。私は死喰い人じゃないとは言え、彼の味方にだってなれはしないのに。

でもねえほら、悪い人が悪い人かと聞かれて、そうだと答えるわけがないんです。
そうでしょヴォルデモートさん。

 



[メイン] [トップ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -