正直予想外の展開。レギュラス君てば大人しそうな顔して案外肉食系ですね。ブラック家の血筋をひくだけあります。

そういえば……我が君に報告をしなければ、とかおっしゃってました。いちいちそんなの要るのかな。まあ、世間話も兼ねてヴォルデモートさんの所へ向かうことにしましょう。
私自身、なんとなく知って頂きたくもあります。

広間へ続く、私の背丈の倍はありそうな扉。それを、何の躊躇も無く両手で豪快に開け放つ。
こうやって派手に登場するのって漫画とかによくありますよね憧れてました。でもヴォルデモートさんめっちゃ睨んで来てるわ。

「ねーヴォルデモートさん、ちょいお願いがあるんですけど良いですか? 良いですよねあざっしたー」
「要件を言え。そもそもノックをしろと何度言わせるのだお前は」

明かりの少ない陰鬱とした広間。重厚な作りの玉座に腰掛け、鋭い視線を向けてくる彼に笑顔を返した。

辺りを窺うと、彼の足元に死喰い人さんが一人、頭を垂れ跪いているのに気づく。顔は見えないものの、女性らしいシルエットと胸元に零れるウェーブのかかった黒髪で大体の見当はついた。
他には誰も居ないらしい。……良かった、大規模な会議とかじゃなくって。大勢の死喰い人さんの前で怒られるのは、さすがにご遠慮します。

暗い中躓かないように気をつけながら、軽い足取りで彼の隣に近寄る。彼女の隣を横切った時、仄かに甘い匂いがした。久しぶりだしご挨拶したいけれど、今はそれ所じゃないや。
恐らく、話を邪魔されたせいで物凄く苛立っていらっしゃるであろうヴォルデモートさんの方が最優先である。怖い顔が更に輪をかけて怖くなる前に用事を済ませなきゃ。
さてどう話を切り出そう、と考えて居た時、

「まあ良い……ベラ、」

ヴォルデモートさんが肘をつきながら、溜め息と共に口を開いた。
呼びかけられた彼女が、静かに顔を上げる。

「先の件、くれぐれもしくじるな。お前程腕の立つ者はそう見つからん……一度の失敗で殺してしまうには余りに惜しい」

甘く、冷たい声。慈しむような、哀れむような、彼の赤い眼差し。それを向けられた彼女もまた、不敵な笑みで口を開く。

「有り難きお言葉、幸せに御座います。しかしご心配には及びません、我が君。今夜の事はわたくしにすべてお任せ下さい。闇払い共がどれほど来ようと、我が君のご命令を必ずや果たします」
「お前には期待しているぞ、ベラ」

ヴォルデモートさんの唇が吊り上り、冷たい微笑が彼女を見下ろす。

今の会話から察するに、私は丁度話が纏まった辺りに乱入したらしい。我ながらナイスタイミング。
でも今思えば当たり前、か。話の真っ最中だったなら、入って来て五秒で危ない魔法が飛んできただろうから。
……うん、邪魔にならないで良かった。

でも、どんなお話だったのかな。いえまあ大体の予想はつきますけれど。こんな雰囲気だもの。どうせ悪い事に決まってる。聞かない方が心穏やかに過ごせる類の物だ。
でも……怖い物見たさなのか、もう少し早くここに来て、話の内容を聞いてしまいたかったような気もする。

「私は後から向かう。お前は先に行くがいい」
「は……お待ちしております。我が君」
「ああ」

ベラさんが深くお辞儀をして、そのまま私に一瞥もくれないまま退室するのを、黙って見送る。

「……」

何も声が出なかった。
二人の会話から考えると、恐らくヴォルデモートさんは、今夜どこかに出かけるんだろう。
そして、「何か」をするんだろう。いや、抽象的な言い方はもうやめよう。彼の、彼等が何をしに行くのかなんてとっくに分かっているんだから。

……聞かなきゃ、良かったかな。

「……ベラ、」

彼女が出て行った扉を見つめながら呟いた。
親しみを込められた愛称を呼ぶ低い声が、不思議な事に、まだ耳の奥に残っている感覚がある。

「それで? 何をしに来たのだ、お前は」
「っえ? あ、えーとですね、その」
「手短に済ませるなら聞いてやらん事も無い。有り難く思え」
「そ、れは、どーも……」

普段より少々饒舌気味な彼の様子に、機嫌が良い事が伺える。
悪巧みが上手く行きそうで嬉しいのでしょうか。きっとそうだ。タイミング良いかもしれない。きっとあっさりオッケー頂ける筈。

「あの、毎日あんまり暇なので、今後、レギュラス君と魔法のお勉強する事にしまして」

ちらりと横目で彼の様子を窺いながら、あくまでさらりとご報告。

「そうか。くれぐれも私の邪魔はするなよ」
「え、はあ、それはもちろん……」
「用と言うのはそれだけか。呆れた奴だ」
「あー……あの、それで……教科書として、幾つかヴォルデモートさんの本、お借り出来たらなー、と……」

何しろ、レギュラス君には対価として闇の魔術を教えないといけません。私もそこまで詳しい訳じゃないから、参考書があれば助かります。

「好きにしろ。私はすべて記憶しているからな。ただし紛失はするなよ、お前一人の存在より価値がある代物だ。……そもそも、あれらがお前に理解出来るとは到底思わんが」
「……はあ、」

嘲笑と挑発を受けても、いつもの様に言い返す言葉が浮かばない。
その代わりに、胸の辺りがちくりと疼くような痛みを感じる。
一体なぜでしょう。無事に了承頂いて、レギュラス君とお勉強出来る日が、楽しみな筈なのだけれど。

「……ありがとう、御座います……」

喉の奥から絞り出すような声になってしまうのは、どうしてだろう。

頭に浮かんでくるのは、先程の光景ばかり。
純血を引く誇りある名家の生まれで、魔法使いとしても有数の実力者。そんなベラさんに、いっそ重いくらいの期待を寄せるヴォルデモートさん。それを、自信満々に受け答えていた彼女。
……いいなあ、私も、……。

「それじゃ……失礼、しま、」
「……firstname、」
「す、っ!?」

名前を呼ばれたと同時に、腕を引っ張られていた。強い力に従って、身体が傾く。そのまま倒れる前に、私は真っ黒な何かに抱きとめられる。
温かいこの感触は、

「……ヴォルデモートさん?」

私が一番好きなもの。

「何を不服そうにしている、firstname」

顔を上げて睨むと、悪戯が成功したような顔をした彼に見下ろされる。
狡い。そんな顔されたら何も言えないって、分かっていてやってるんでしょう。それくらい私にだって分かるんだから。

「……離して下さいっ」

一気に悔しさが込み上げる。その衝動に身を任せて、ヴォルデモートさんの腕の中でじたばたともがいた。途端、いとも容易く拘束を解かれる。
何ともあっさりし過ぎて、離れた体温が恋しくなる程に。

「……何か、ご用ですか。ヴォルデモートさん」

ヴォルデモートさんの顔を見たくなくて、顔を逸らす。あの瞳と目が合えば、なぜか何でも話したくなってしまう気がして。
彼のルビーのような赤い瞳には、そんな魔力がある。

「どうした。腹でも空いたか」
「……人を動物みたいに言わないで下さい」
「そうだったな。動物はお前より賢い上に可愛げもある」
「い、いくらなんでも失礼過ぎじゃないですか!?」

この人は本当、私がイラっとくる言葉をよく知ってらっしゃる。
うっかり「このハゲ野郎」、とか口から出てしまわない内に帰りたい。まじで。

「……夕食は済ませたのか」
「え?」

静かに問われ、首を左右に振る。
そういえば、ここに向かっている時にはもう既に日が暮れかけていた。広間に窓は無いので確かめられないけれど、恐らくもう夜になっている頃だろう。

「ならばついて来い。まったく手間のかかる奴だ」
「……」

ローブを翻し扉の方へと足早に歩いていく彼の背を、なぜか追う気になれなかった。
けれど直ぐに、足音が一つしか響かない事に気付いた彼が、振り向いて顔を顰める。

「firstname」

低い声は僅かな苛立ちを含んでいる。解っていたけれど、返事はしなかったし歩き出さなかった。
溜め息をついたヴォルデモートさんが荒々しく靴音を響かせ、俯きがちに足元を見ていた私の正面に立ちはだかる。

こんな、明らかに拗ねた態度をとるのは子供っぽい。こういう事をするから、彼にも子供をあしらうような扱いをされるのか。それならせめてと、下を向いたまま口を開いた。

「……今日はヴォルデモートさんも、一緒ですか?」

主語を使わずに尋ねたけれど、彼はすぐに察しがつき、

「そんな事を聞いてどうする」

眉一つ動かさずに。呆れているのか、心底どうでもいいような表情をされた。
その答えから、今日も自分は一人なのだと理解する。
一人はもう慣れているけれど、それでも少し嫌だった。特に、今日に限っては。

「じゃあ、私も要らないです」
「何が気に食わないのだ、お前は」
「……」
「用というのはまだ済んでいないのだろう。言ってみろ」

そう言って、ヴォルデモートさんは強引に私の顎をとって、上に向かせようとした。そうすると、嫌でも彼と目が合ってしまう。見透かされてしまう。言ってしまう。自分が今まで胸の内に秘めてきた事、すべて。

もうこれ以上、やめて欲しいのに。

彼の瞳に自分が映るのを見るのが嫌で、ぎゅっと目を瞑った。暴かれる事を恐れるように、心臓が鳴り出す。この状況が辛くて堪らない。逃げ出したいのに、無理やりにでも振り解けば良いのに、それが出来ない。それがなぜだか、私が一番良く知っている。知っているから尚更、悔しさが込み上げる。

まったくの闇となった視界の裏で、ただじっと耐える。姿は見えないものの、ヴォルデモートさんが軽く舌打ちをしたのが聞こえて、その音にぴくりと肩を震わせてしまう。

ああもう、彼が手ぬるく言っているうちに白状した方が良いのは分かっていたのに。
だけど、言える筈が無い。
「寂しい」、「行かないで」。胸に秘めている、そのどちらも。
以前の私なら冗談交じりに言えたのだろう。
ヴォルデモートさんへの好意を自覚してから、私は臆病になっちゃった。

「firstname」

ふと、鼻先に懐かしい匂いが香った。
そう思った時、きゅっと結んでいた唇に、柔い物が押し当てられる。温かく、しっとりとした感触。
それが何だか、朧気ながら知っている。けれど認めたく無かったから、意地でも目を開けずに、ただ全身を強張らせて耐えていた。目を開いてその光景を見なければ、この唇に触れているものが彼でないと、私はかろうじて否定出来る、気がして。……なんて、自分でも馬鹿だと思うけれど。

これは何の為にする行為なのかと、頭の片隅でぼんやり考える。
いつからか、彼の気まぐれで落とされるくちづけに、最早無駄な抵抗や思惟すらも諦めてきた。

彼に教えられて、初めて知ったから。支配されるのは、とても楽で気持ちが良いという事。
でも、ヴォルデモートさんにしかこんな感情は抱かないから、やっぱりこれは恋なんでしょう。
とても純粋な、私の恋。

どれくらい、そうして居ただろう。息が苦しくなる寸前に、やがてそれは離れていった。
夢から醒め、誘われるように目を開けてしまうと、想像した通りの光景が広がる。

「ヴォルデモート、さん……」

赤い瞳は、やっぱり私を射抜くように見ていた。この目を前にすると不思議な感覚を抱くようになったのは、いつからでしょう。
逃げ出したいような、ずっと見つめていたいような。そんな事を考えている内に、いつの間にか目が離せなくなって、捕らわれてしまう。

「……一つ、お願いがあるんです」

観念した振りをして、彼を見上げる。赤い瞳が驚きの色を見せる。
……けれど。
やっぱり本当の事なんて、絶対に言えないから。

「……いま。すぐに、行くんでしょう? ベラさんも」

声が少しも震えなかった。自分でも驚く程。これくらいなんでもない事だとでも言う様に。
私の言葉の先を読んだヴォルデモートさんが、目を細める。相変わらずその瞳の奥は、何を考えて居るのかまったく分からない。感情を隠すのが、彼は本当にお上手だから。
手足の先が穏やかに冷えていくのを感じながら、ヴォルデモートさんに微笑んで見せ、

「私も、ご一緒します」

彼の答えは、聞かなくても分かっていた。
だっていつだったか、ヴォルデモートさんは言って下さったもの。

“「お前が欲する物があるのならば、私がすべて叶えてやろう。私以外に懐く事は許さん。お前は私の物だ、firstname。……そうだろう?」”

あの時、私はその言葉に頷いた。深く考えずに。だって考える必要なんて無かった。ノーと言っても意味が無いんだもの。

私はヴォルデモートさんの物じゃない。でも、彼がそう思いたいならどうぞ思ってくれて構わない。むしろ嬉しいくらい。
だってそれは、少しでも私の事を価値があると思って下さっているからでしょう?

「……私が欲しいと思う物は、ヴォルデモートさんがくれるんでしょう?」

首を傾げ、赤い双眸をじっと見つめ返した。心臓がまた高鳴り始めている。それが恐怖からなのかさえ、もう分からない。
少し前まで重ねていた彼の唇が、ひどく愉しそうに歪んでいく。

「……ああ。勿論だとも、お姫様?」

そして、差しのべられる手をとった。途端に魔法がかかり、私の肩にふわりと黒いローブが掛かる。闇より黒いそれは、一瞬で私の全身を包み隠す。長い裾が翻るさまが、まるでドレスのようだ。丁度ヒールも履いている。これならダンスも踊れるでしょうか。
そんな事を思うと、急におかしさが込み上げた。静かな広間に笑い声が響く。それにつられたのか、ヴォルデモートさんも意地悪そうな笑みを浮かべた。

「ヴォルデモートさんは魔法使いでしょ。王子様は無理ですよ」
「……お前のような姫の隣には、王子などでは無く魔法使いが似合いだろう」
「世界一の魔法使いですもんね」
「当然だ。文句があるか?」
「いーえ!」

彼も私も、とんだロマンチスト。
この場所と状況に、お伽噺のそれなんて一つも似合わないのに。

黒いドレスを纏って向かうのは、怖くて暗くて酷い場所。
恐ろしいけれど大丈夫。握り合った彼の手が、だんだんと私の震えを止めてくれる。

ね、ヴォルデモートさん。
私が願ったら、なんでも叶えて下さるんでしょう。
だったら、私を愛してください。
……愛せるものなら。

 



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