ちょっと気まずい空気が漂ったものの、レギュラス君とのお喋りはやっぱり楽しかった。
彼は純血の家系の生まれだから、私よりも魔法界については詳しいですし。
それで、中でも興味深かったお話がホグワーツ関連。


「え! レギュラス君ってシーカーやってらっしゃるんですか? ちょっとかなり尊敬するんですけど……!」
「いえ、それ程でもありませんよ」
「いやいやそんな事ないですよ、すごいと思います!」


だってアレ超危険じゃないですか。球がハイスピードで自分目がけて飛んでくるなんて、考えただけでがくぶる……!
うん、やっぱりだいぶ誇って良いですよレギュラス君。


「あ、そうだ。ね、授業の内容ってどんな感じですか? 魔法学校に通った事無いんで、私、気になります!」
「え……通った事が無いんですか? 今まで、一度も?」
「無いですね。えっと、とある事情でホグワーツからのラブレターがお家に届かなくって」
「未就学で、これ程まで習得を? ……firstname様には余程の才能がおありのようですね」
「いえいえー、ただ滅茶苦茶怖い先生が居ただけです」
「……?」


何て言ったって私の家庭教師はヴォルデモートさんですからね、えへん。容赦ないスパルタ授業に耐えてきたのです。

ああでも、気のせいか近頃は教え方がわりかしソフトになってきたように思う。そろそろ彼も私の平凡な頭脳に慣れて来たのかもしれない。ヴォルデモートさんみたいに才能無いもん、自分で言ってちょっと悲しいけれど。


「ちなみに食事に出るスイーツの種類ってどの位あります?」
「スイーツ、ですか……分かりました。今後機会があれば注意して見ます」
「最重要事項なのでお願いします」


そんな感じでお茶とお菓子とお話をすっかり味わった後、やって来るのは別れの時間。
「そろそろ失礼させて頂きます」、と言う彼を名残惜しさについ引き留めて、


「あの……私、同年代のお友達とかあんまり居なくて、その」


斜め上を見ながらもごもごと言葉を探していると、察しの良いレギュラス君が上品に笑った。


「またお呼び下さい。僕で良ければ、ですが」
「え。いいんですか? どうして……」


あっさりと承諾されてしまって、思わず目が丸くなる。
何だかちょっと拍子抜けだ。
あの失言のせいで嫌われてしまったんじゃないか、とか割と不安だったのに。


「僕はあなたに命令されれば、断れない立場にありますから」
「むむ……」


彼の意地悪な言い方に顰め面をしてみせれば、レギュラス君はこれまた意地悪そうに微笑んだ。
でもそのお顔、嫌いじゃないです。


「じゃあ、絶対また来て下さいね。これは約束じゃなくて、命令です!」
「ええ」


冗談めかして言えば、レギュラス君も小さく笑い声を零す。
初めより随分と柔らかくなった彼の表情が、とっても嬉しい。背伸びして固い顔をしているよりは、やっぱり年相応に笑っている方がずっと素敵だと、思うのです。


「レギュラス君、笑うと可愛いです、とっても」
「……そう、でしょうか。有り難う御座います……」


あ、今度は顔引き攣らせてる。
反応が結構素直で楽しい。うん、私としてもからかい甲斐があります。
ヴォルデモートさんなんて、虫の居所が悪いと速攻物騒な呪文飛ばして下さるもん。レギュラス君を見習って欲しいのです。


「今日はめちゃ楽しかったです。付き合ってくれてありがとう御座いました、レギュラス君」
「ご用があればいつでもお呼び下さい。ホグワーツは今、休暇中ですから」
「あ、ほんとですか? じゃあまた今度、一杯やりましょう!」


手を振り彼の背を見送って、部屋はまた静寂に包まれる。
彼が聞き上手なせいもあって、つい話が弾んでしまった。窓の向こうの陽はすっかり傾いている。時間を忘れる程楽しいとはまさにこの事。

そろそろベラさん達もお帰りになっている頃、でしょうか。
よし。ちょうど暇になっちゃいましたし、ヴォルデモートさんのお部屋に遊び、に……。


「……やっぱりいいや」


夕食の時間になるまで本でも読んで居よう。
……別に、大した用事がある訳でも、無いのですし。





慣れた自宅の雰囲気が全身を包むのを感じ、目を開く。辺りを見渡すと、ここはどうやら客間のようだった。
姿現しの為に掴んでいた父の腕を放すと、父は幾らか憔悴した動作でソファに腰掛ける。そのまま懐から取り出した杖を暖炉に向けて振れば、中に積まれていた薪が勢いよく燃え出した。


「レギュラス、お前も座るといい」
「はい」


本心としてはすぐ部屋に向かいたかったのだが、僕はそれをおくびにも出さず反対側のソファに腰を下ろす。
その時丁度、まるで機会を窺っていたかのようにノックの音が響いた。


「お帰りなさいませ、旦那様、レギュラス様。お茶のご用意を済ませてあります!」
「クリーチャーか、入れ」


扉越しに聞こえてくるよく知った甲高い声に、父は頬杖をつきながら命じる。
がちゃりと扉を開き、クリーチャーが細い腕でカートを押しながら入って来る。ティーポットから香る、洗練された茶葉の香りが部屋に充満した。
目の前に置かれた紅茶のカップを手にとれば、自然と頬が緩む。これは自分の好きな茶葉だ。


「有り難う、クリーチャー」
「そ、そんな! わたくしめには勿体無いお言葉で御座います、レギュラス様!」


その大きな目を見開き、小さな身をばたばたと震わせる。大げさだが、いつもの事だ。いい加減慣れて欲しいとも思うが、それは恐らく永遠に叶わないのではないかとこの頃は諦めている。
そんな僕等の様子を眺めながら、父は無感情に目を細め紅茶を飲む。父にとっても、最早慣れたやり取りなのだろう。

クリーチャーを下がらせてから、再び父が口を開く。


「……もう一度聞こう。あの方にお仕えする事の覚悟が、お前には出来ているんだろうな?」
「勿論です。そもそもそうでなければ、今日僕はあの場から逃げ出して居たでしょう」
「そうだな、レギュラス……お前は私の期待を裏切る程、愚かでは無いな」


安堵した様な笑みを向けてくる父に頷き、カップに口をつける。

ふと、今日再会したばかりの少女の姿が脳に蘇る。
かの闇の帝王が拠点とする荘厳な屋敷では、その存在自体が何もかもと噛み合わない。
無邪気で能天気な笑顔や考え方、その立ち振る舞いすべて、どれをとってもそぐわないというのに、不思議な程に彼女はあの場所に馴染んでいるように思えた。

あのお方が許しているというのだから、何か有効に利用出来る物が彼女にはあるのだろう。
しかし今日交わした会話だけでは、それが何なのかまったく予想がつかない。
僕がそれを知ったとして、恐らく意味が無い事も分かっているが――。

どこまでも、不思議な存在。
その不思議さにあてられてしまったのか、僕は、


「父上。休暇の間はfirstname様のお相手を務めようと考えて居るのですが」


あの時間を少し、楽しんでいたのだ。
だからそう、これは単純な――好奇心。


「……突然何を言い出すんだ。あんな小娘の機嫌取りなど、一体何の役に立つものか。それどころか下手に関わればブラック家の品格をも落とし兼ねないのだぞ、レギュラス」
「分かっています。ですが、父上……父上も、彼女がなぜあの地位に、どうやって上り詰めたのかが、気にはなりませんか?」
「……」


訝しげに顔を顰めこちらを凝視する父に向かい、至って冷静に返せば、僕の言葉に口を固く閉ざした。この無言は、恐らく肯定か。

父は余程彼女が憎いのだろう。
突然現れた、素性が知れない少女。それなのに己を差し置き我が君に優遇されているなど、寧ろ反感を抱かない方が困難だ。
だが、生憎僕は敵意よりも疑問の方が強かった。


「良いだろう、ただし……何かあった場合、言い逃れの弁は自分で用意しておくのだな」


溜め息と共に吐き出されたその言葉に、勿論だと頷く。
彼女はあのお方の支配下に在る、所有物なのだ。傷をつけるつもりなど初めから無い。もしそうすればその先でどんな罰が待ち受けているかを、僕は理解しているつもりで居る。

それに――、

“じゃあ、絶対また来て下さいね。これは約束じゃなくて、命令です!”

これは彼女から命じられた事だ。
首を横に振る権利など、僕は求めるべきですらない。

 



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