身支度を整えて、仕上げに指輪をはめる。

ヴォルデモートさんからのクリスマスプレゼント。
今まで大切すぎてつけられなかったこの指輪に、昨晩彼は魔法をかけてくれました。

その結果、何の変哲もない指輪はポートキーにだいへんしん。

「これさえあったら私一人でいろんなとこ遊びに行けますね」
って冗談で言ってみたら「帰る家があるのか」とか返されて思わぬ大ダメージでしたが。
笑えない冗談はやめて頂きたい。

部屋を出ると、普段通りの静かな廊下。
ヴォルデモートさんのお部屋を覗いてみたけれど、まだお帰りになっていないご様子。

……今日出る新聞の一面、決まりでしょうね。この間マグルの村を襲撃したばかりなのに、お仕事熱心だなあ。
闇の印を見るの、もう飽きたのに。


「それじゃあ行ってきます」


一人の時間が増えると、独り言も増えるらしい。
誰も居ないお屋敷を後に、私は初めてのロンドンへ発ちました。



***

車に揺られる、というなんとも久しぶりの感覚に感慨を覚えながら、柔らかな革張りに背中を預けていました。隣には、この高級車の持ち主であるルシウスさんがいらっしゃいます。
まあ、隣合わせで座っていようと、出会い頭以降私達に会話はないのですが。

気の利いたジョークも思いつかず、窓の外を流れる景色をひたすら眺める。
くるくると変わる景色。


お屋敷に来てからというもの、私の行動範囲は極めて狭く、マグル界のロンドンなんてもってのほか。
道行く人々や建物、霧や空の色までもが、この目に輝いて映りました。


「わ、あの時計台素敵ー」


信号で止まった隙に思わず身を乗り出すと、


「あまり不審な行動をとらないで頂けますか」


すかさず怒られました。


「あ、綺麗だったからつい……ごめんなさ」
「ついでに言わせて頂くとこの私がなぜ二日かけて貴方の面倒をみなければならないのか、それについても謝罪を頂きたいものだ」
「……」


あーあ、口を開けばこれですよ。
や、悪いとは思ってます。思ってます……。


「でもこれも我が君の命令ですよ」
「……その事なのですがなぜ昨日届いた手紙にはあなたの筆跡のみなので?」
「ヴォルデモートさんがいちいちうっとうしいって。好きにしろって言って下さって」
「さあ駅に着きましたfirstname様、後はご自由に。私はこれで」
「ぱっと見送ってぱっと戻るつもりなので、帰りにお茶しましょっかー」
「断じて、断る!」
「ひど!」


軽口を叩きながらも車を降りる。
そういや車だけじゃなく運転手さんまでマルフォイさんちの持ち物だっていうから、本当にすごいお家なんだって再認識。


「ちょっと早めについちゃった。マルフォイさんまじ便利」
「はい?」
「いえいえ送って頂いてどうもありがとうございました」
「……私が言ったところで無意味でしょうが、レギュラスは貴方とは立場が違うのですからあまり、」
「あれ? 意外ですね、お二人って結構仲良しさん?」
「……同じ(貴方の)被害者として同情を禁じえないもので」
「何の被害者ですかね?」
「誰の、被害者でしょうか」
「ふふ。まあまた今度、お茶でも」


恨みがましい視線を受け流して、私はドアを閉める。マグル嫌いのルシウスさんが普通の自動車に乗ってるとこ、けっこうレアかも。不機嫌そうなお顔してるけれど。……いつものことか。

駅に向かって歩き出すと、駅前広場でこちらに向かって手をあげる、見慣れた人影。


「レギュラス君!」
「おはようございます」
「おはよう。早く会えてよかったです」
「すぐに分かりましたよ」
「……そんなに挙動不審にしてたかな」
「……大丈夫ですよ」
「不穏な間はやめて」
「では、行きましょうか」


そう言って軽くトランクを持ち上げると、彼は慣れたふうに歩き出す。


「あ、ねえ、お父様とかお母様とかは」
「短い休暇ですし父や母も都合がありますので。いつも送って貰うわけに行きませんよ」
「……そ、そうだね」


なんだかルシウスさんに送らせた自分がちょっと恥ずかしく思えて……や、いやいや。私は初めてのロンドンだったもの!


「ところで、どこまでいらっしゃるつもりですか?」
「え。ホームまで、と思ってたんです、けど……だめでした!?」
「いえ、そういう訳でもなく……その、あなたは……色々と立場が」


ルシウスさんと似たようなこと言ってる。


「ああそっち……大丈夫ですよ。ホグワーツ特急見るの楽しみーって昨日ごほーこくしましたけど、スルーでした」
「そ、そうですか」
「いいなあ私も乗ってみたいです。車窓の旅とか憧れちゃう」
「……firstname様、まさか列車の中まで」
「時間があったらね!」
「……いいんですか」
「いいんです!」


べつに、指名手配されてるわけでもないんですから。

渾身のジョークをかますと、微妙な顔されました。

さて、どことなく不安そうなレギュラス君と一緒にホームまでやってきました。駅の構内にある華やかなお店に釣られなかったのは誉めて欲しい。

ていうか、忘れてた……。


「レ、レギュラス君? あの」


周りの人に配慮しての、こそこそお喋り。


「な、何ですか」
「壁、一緒に通ってくれる……よね?」
「もちろんです」
「よかったー! 本当によかった……ありがとう。ではすべてを任せます」


一つカートを持って来て、彼のトランクを入れる。そのまま半分スペースを空けてくれた。真似するようにして持ち手をしっかりと握り、隣の彼を見る。


「大丈夫です。怖がらないで下さいね」
「……とても怖いです」
「……目を瞑って」
「もっと怖い」
「大丈夫ですよ」


ふっと、レギュラス君が柔く笑んだ。
かと思えば、握りしめた右手の上に暖かいものが重なる。


「失敗したらぶつかる時は一緒ですから」
「それフォローになってない!」


なんだか少し笑えて、そしたら肩の力がすっと抜けた。
あ、なんだかいけそうです。


「よし……!」
「行きますよ。初めはゆっくり……、」


ガラゴロガラゴロ。
カートを押しながら、柵に向かって一直線。

ぶつかったら痛いだろうな。
もしそうなったら、帰ってヴォルデモートさんに慰めてもらおう。甘いスコーン出してもらって、そしたら一緒に食べたいなあ……。


「firstnameさん。もう目を開けても平気ですよ」
「……わあ」


言われて瞼を開くと、一番に飛び込んで来たのは鮮やかな赤。
ピカピカの立派な車体に、黒と赤のコントラスト。


「きれい……かっこいい……!」


あ。
今なんか、ヴォルデモートさんを思い出しちゃった。配色のせいかな。

そういえばヴォルデモートさんも、これに乗ってた時期が……。


「まだ少し時間がありますから、中を見に行きますか?」
「いいの?」
「少しだけ、ですよ」
「レギュラス君……!」


そろそろ天使に見えてきますね。


「先に荷物を置きますので」
「コンパートメントでしょ? はいりたい」
「……」


もう好きにして下さい、みたいな目で見られましたが気にしません。


「足下に気をつけて」
「ありがとー……わお」


車内も想像通りのレトロさ。もちろんいい意味で。


「こんなのに乗って学校行けたら幸せじゃない?」
「さすがにもう慣れてしまいましたね」


レギュラス君は手近なコンパートメントを開いて空いているのを確認してから私を招いてくれる。


「わー! 窓あるよ開けてもいいですか!」
「もう開けてますよね」
「まあね」


この窓は乗り込み場から反対側に面しているし、遠慮なく開けちゃう。なかなか全開にならない立てつけの悪さが、年代を感じさせます。
ひとしきり窓の外を眺めてから、席に腰を下ろす。

ほのかに木の香りがして、なんとも居心地のよい空間。
なんか、落ち着いてきた。


「はー……いいなあ」
「満喫しているところすみません。発車時刻の五分前には……」
「分かってます。いくら私でもうっかりしてホグワーツに行ったりしません」


だいぶ羨ましいですけど、さすがにそんな無茶しませんて。

座席にもたれながらコンパートメントの外を見やる。
ドア一枚隔てた向こうから、生徒の賑やかな笑い声がここまで届いてきます。
みんな、夜にはおそろの制服でホグワーツに居るのでしょう。レギュラス君も。


「……そうだ、手紙」
「はい」
「出してくれるって、言ったよね」
「はい」
「じゃあ私頑張って綺麗な字で返事書きます」
「スペルを間違えていたら添削してさしあげます」
「赤ペン先生じゃなくて羽ペン先生だと……こわい」


なんか本当に友達みたいにしてるね私達。いや、


「私達、もう友達ですよね」
「…………はい」
「だからその間ですよ傷つくんですからね」
「すみません。わざとでした」
「だんだんレギュラス君のこと分かってきたた気がするんです」
「それは良かったです」


レギュラス君てドライですよねほんと。
私のこととか、どう思ってらっしゃるのか。

……何考えてらっしゃるのかさっぱり読めなくて、ちょっとどこまで踏み込んでいいのか分からなくなったりして。

でも、まあいいや。
何かあったら、ヴォルデモートさんに聞いてもらうもの。


「ねえ、レギュラス君……どうしよう車内販売来るまでここ動きたくない」
「発車しないと来ませんよ」
「知ってた」


仕方ない帰りに駅の売店でお菓子でも……あ、いまガリオンしかないわ。不便だなーもう。


「……そろそろ行きますか」


重たい腰を上げて、衣服を整える。


「まだ少し時間がありますが……もうよろしいのですか?」
「名残惜しいですけど、ね」
「まさか僕のことを気にされてるんですか」
「え、はいまあ……あんまり友達との時間奪っちゃかわいそうかなって」
「……余計なお世話です」
「え、まさか友達居ないの!?」
「っそうではなくて! 僕は、まだ……」


なぜかそこで彼の言葉が小さくなっていく。


「? まだ、なに?」
「……少し、待って下さい」


レギュラス君がテーブルの上でトランクを開ける。
ぱっと何かを取り出して、私に差し出した。


「……本?」
「餞別に、どうぞ」
「そんな永遠の別れみたいに」
「……どうぞ」
「どうも、ありがたく頂きます」


何の本だろう?
カバーがかけられていて、わからない。


「あ、じゃあ……引き止めてすみません」
「いえいえこちらこそ。勉強教えてくれたり、遊んでくれて……楽しかったです。また遊んで下さいね」
「……ぜひ」


最後まで間があるんですからもう!

温度差は多少あるものの、お互い笑顔で別れました。

また会えるかな。次のお休みは夏でしたっけ?

列車を降りて、真っ赤な機体を見つめた。
少しだけそうしていると、発車時刻が迫っているらしく、たくさんの少年少女がすべり込むように乗っていく。
その中で、ふと後ろの方で大きな物音と、笑い声が聞こえた。

振り向いて目をこらしてみると、地面に荷物をばらまいてしまっている男の子が一人。
眉間に皺を寄せ手早く散らばった荷物をかき集めている。
もう既に列車は煙をふかして始めているのに。

足早に歩いていって、男の子の前にしゃがむ。
落ちた本に手を伸ばして汚れを簡単にはらっていると、彼が顔を上げた。


「……」


そうして一瞬目が合うと、なぜか表情を険しくさせて、また小さな袋や箱をトランクにつめ始める。

大体終わった頃を見計らって、いくつか抱えた本を差し出す。
彼は私を訝しげに見つつ、奪うような手つきでそれを受け取った。

最後にそれを無造作に押し込み、入らなかった分は小脇に抱えると、何事もなかったように立ち上がる。
それらがあんまり流れるような動作なので、私はちょっと遅れてから立ち上がった。

その頃には、彼の足が列車へ歩きだしていた。どうやら間に合うみたいでよかった。

なんとなく見送っていると、不意に列車の窓が一つ開いて、誰かが身をを乗り出して大げさな声を出した。


「やあやあ、ずいぶんゆっくりなご登場じゃないか」


それはどこかで見覚えのある、少年でした。

その少年は、さっきの彼に向かって意地悪く笑っている。かと思うと、叫んだ少年の隣でもう一人少年が顔を出して、これまた意地悪く笑い声を上げた。


「おい、トランクの閉め方を教えてやろうか」
「代わりに僕らは闇の魔術でも教えていただこうかな?」
「乗り遅れたら汽車の乗り方も教えてやったのに、残念だぜ」


ああ……集団生活によくあるやつですね。

からかわれた彼はこちらから表情は見えませんが、気にもとめていないご様子。
相手にしていられないといった足取りで、反対にある乗り口へときびすを返しています。

……ん?
あの少年、いま闇の魔術とかおっしゃいました?

列車が高く汽笛を鳴らして、はっと我に返る。
ぼうっと眺めている間に、彼はとっくに無事乗り込んでいました。

そういえば彼のトランクのなかに、緑色のネクタイが見えたような。

あと……本を渡した時、ふわりと薬品みたいな、独特な香りがしていました。
時々ヴォルデモートさんから香ってくるからよく分かるのです。

轟音を響かせホグワーツへと走りだす列車を見送りながら、胸の内がざわつくのを感じていました。

……ああいま、すごく彼に、会いたい。

あまく締めつけてくる指輪の石に、そっと爪を立てた。
 



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