ダイアゴン横丁に着く頃には、すでにお昼近く。


「わあ」


寒さを吹き飛ばすように、今日もこの町は多くの人で賑わいを見せています。
かくいう私も、ひさびさの町に浮き足立っていたりして。


「あ、良さそうなパブみっけ……」


一歩踏み出そうとすると、


「あまりよそ見をせずに」


すかさずぐいっとマフラーを引っ張られ戻される。


「……ちっ」
「舌打ちをつくな。大通りへ出ます。いいですねくれぐれも」
「よそ見しないし話しかけないし見失いません」
「……はあ、まったく」


浮かれる私と正反対に、溜め息をつきながら引率して下さるのはルシウスさんです。

まさか彼がついて来てくれるなんて夢にも思わなかったのですが、ヴォルデモートさんにレギュラス君と買い物に行く、と話した時……。


「あ、そうだ。良かったらヴォルデモートさんも一緒に来ちゃいます? そしたら一緒にアイスでも食べましょー!」
「明日か……ルシウスを使え」
「スルー? そしてあるかもしれないルシウスさんの予定もスルー?」


問答無用でパシられるルシウスさんかわいそう。

まあ私とレギュラス君の為ですしここは尊い犠牲になって頂きます。
……あれから顔を合わせたら挨拶する程度でしたから、ちょうどいいのかも。

自分で書け、と丸投げされたルシウスさんへのお手紙(命令書)にヴォルデモートさんのサインを頂いて、ふくろうさんに手紙を括りつけたのが、つい昨晩のこと。

夜が明けて今日、夜中に急な出勤の命令が届いたルシウスさんはすこぶる顔色を悪くして私を迎えにいらっしゃいました(はあと)。
行きがけ、今回のコトの成り行きを話してみると、彼の眉間に深く皺が刻まれたのは言うまでもないですね。


「ごめんなさいルシウスさん私の為に」


振り向きざま睨まれました。
分かってますよ我が君の為ですよね知ってますよわざとです。

足早に先を行くルシウスさんについて大通りに出るものの、道が狭い上、凍った雪に足を取られるし……彼の後姿を追うので精一杯です。

後姿を……ってあれ?
うそ見失った!


「どこに……」


慌てて、ぱっと辺りを見回してみる。目をこらしても見慣れた人かげはどこにもなく、道行く人の波に押されるように、ひとまず細い路地へ行き着く。

どうしましょうか。
冬空の下こんな所で一人で居ると、不安しか生まれない。
でも、一度大通りに出るタイミングを逃してしまうと、なかなか踏み出せなかった。

それにはぐれた時は、あまりうろうろしない方がいいかもしれないし。
ていうかルシウスさん、探してくれてる……よね?

……どうかな微妙なとこかも。いやいや彼にとっては仕事みたいなものですし、ほったらかしな
んて出来ないはず。だってそんなことしたらヴォルデモートさんに怒られる、と思う、多分。


「……」


ヴォルデモートさん、もし私が居なくなったらどうするかな。
って、なに考えてるんだか。
でも、絶対あり得ないことじゃないよね、現に今、このままルシウスさんが見つけてくれなかったら……私。


「firstname様」


すぐ後ろから低い声がして、びっくりしつつ振り返る。


「ル、……」


見上げると、不機嫌そうなルシウスさんのお顔。
なんだか少しだけ、安心してしまう。きっと、いいえ確実に怒らせてしまっているのに。


「ごめんなさい」


何となく彼に先手をとらせたくなくて、先に腰を折った。


「……」


反応がない。となると顔を上げるのが怖くなってきた。そんな猛烈に怒らせてしまったのでしょうか。どうやって謝ろう。

そろそろこの体勢も辛くなってきました。ゆっくりと顔を上げてルシウスさんを窺って見ると、戸惑ってしまうくらい私を真っ直ぐ見つめる碧眼がふたつ。

それから世間話でもするみたいに、ゆっくりと彼は喋り出す。


「先日の夜では何か収穫が御座いましたか」
「……!」


ああもう、その意味がわからないほどばかじゃない。


「……あー、いらしてたんですね。まあ死喰い人さんがたの中で一二を争うルシウスさんですものね、まあ不思議じゃないですよね」
「……はあ、」


溜め息か。さすがに上手くはぐらかせないや。
いえ、別にいいよいいですよ?
何しに来てたとか聞いてくれたって、私は別に困らないよ……そんなには。


「興味本位であまり分不相応な事に首を突っ込むのはどうかと。少しはご自分の立場を省みてはいかがです」


そっち方面から攻めてくるか、そっか。
言い返してやりたいけれど、全部当たってるからお手上げ状態。


「……す、みま、せん……」
「実の無い謝罪は結構ですが、せいぜい今後に期待していますよ。では私の言葉を理解したのな 今度こそきちんと私の後をついてきて頂けますね」


彼の立ち振る舞いは何一つ間違ってない。それが分かるからこそ、余計に腹立たしいです。
なのでこれくらいの反発を、許していただけますでしょうか、ねえルシウスさん。


「……ご忠告して下さって、ありがとうございます。私が言ってしまうのもなんですけれどルシウスさんも大変ですよね。あなた的には私なんて消えてくれたほうがやりやすいでしょうに、ほんと命令には忠実、で……」


え。あれ?


「……無駄口を叩く暇などありませんよ」


なに? ルシウスさんの、今の表情。

顔を顰めているだけにも見えた、けど……。

歩き出す彼を素直に追うことが出来ず立ち止まっていると、すぐに気づいた彼が苛立ちを露わに振り返る。


「……今度は一体何なのですか」


そしてまた、溜め息一つ。

それが普通だとは分かってる。彼にとってこの時間が居心地いいものになんて、だいぶ無理があると思う。

ええ、彼にとってはお仕事の一環。
でも、私のことちゃんと見つけてくれたのは確かなのに。


「……ルシウスさん、ありがとうございます」
「は?」


え、なんでそこでおもきし顔歪めるの。


「意味が分かりません。何に対しての礼ですか」
「えと、今日……付き合ってくれて? で、……迎えに来てくれて?」
「この程度で逐一礼を言われても困ります。一体どれほど私があなたから迷惑を被っていると」
「た、確かにお世話になってますけど……そんなに言うほどじゃ……ないような?」
「ではこの間の晩傷一つなく闇祓いを倒しあなたが屋敷へ帰りおおせたのは、ご自身のみの力であると?」
「え」


なにゆえご存知?

目で問うと、ルシウスさんはしまった、という顔をなさる。遅いよもうそれ答えじゃん。

その話もっと詳しく……と言いたいところだけど、今の言葉でじゅうぶん私、察しがついちゃいますよ。


「ヴォルデモートさんてば、ほんと私にお優しいですね……ふふ」


あのローブだけじゃなくて、番犬までつけて下さるなんて。


「見てたなら声をかけて下さったらよかったのに……まあ、全然気づかない私も私ですね」


向こうさんに、こっそり妨害呪文でもかけてくれてたのかなあ。実戦経験に乏しい私が、ちょっと上手くできすぎかな?って気はしてたんですよ。

ヴォルデモートさん、私のこと心配してくれてたんだろうなあ。
その優しさがとてもつらい……なんて。
自分でも贅沢だって思います、けれど。


「つくづく、私って……」


なんだか体の力が抜けて、渇いた笑みを浮かべるまま暗い足元を俯いた。

自分で身を守ることも出来ないようじゃ、あんなふうにルシウスさんに言われても仕方ない。

あーあ。


「firstname様」


ルシウスさんが私のほうに踏み出したのをぼんやり見ていると、右手がじんわりと暖かい何かに包まれる。
彼の手と繋がれているのだと気づいて驚いていると、彼がぐっと顔を近づけ、


「いい加減これ以上の足止めを食らう訳にはいきません。我が君に要らぬご心配をおかけしない為にも迅速に行動し本日の任務を終わらせます。その為firstname様にも大変申し訳ないのですがご協力して頂きます、よろしいですね」
「……あ、ハイ……」


ノンブレスでしかも疑問符すらついてない。でも頷かないと服従呪文の一つでも飛んできそうな迫力。

……ていうか大変申し訳ないとかおっしゃいますけど、「めんどくせーからとっとと終わらすぞ」
としか聞こえませんでした。

フードを深く被り直して彼は前を向く。

……んん?


「あ、あの……ルシウスさん……」
「何か?」
「や、ええと……」


不機嫌そうな横顔で、そのくせ私を引っ張る、あたたかい手。
彼を見上げながらぎゅっと力を込めてみると、案の定こちらを睨んでくる。そんな様子ががおもしろくて、思わず小さくわらった。


「雑踏で置き去りにされたいのですか」
「……そんなことしたらヴォルデモートさんに言 っちゃうかも」
「まさか貴方が告げ口のような真似をなさるとは」
「ちゃんと手、はなさないで、連れてってくれたら……」


言わないかもね、って口に出す前に、ルシウスさんの掴む力が強くなった。

つながれた手。
手袋越しに伝わる体温は、私にはじゅうぶんすぎるほど温かかった。

わたしは、ほんとうに幸せだ。

レギュラス君の待つパブが近くなる頃には、きちんと離れてしまうのですけれど。



パブに着く頃にはとうにお昼時で、店内もなかなかに混雑し始めていました。

先に到着していたレギュラス君は守備よくテーブル席を確保してくれていたので、冷えた身体を温める為に……というか私がお腹空いたので。
ルシウスさんのキッツイ視線を横に流しながら、異例のメンツでランチ。

隅にあるこの席は鉢植えのおかげで、ちょっとした個室状態。
お喋りも楽しめるってわけですよ。


「なんだかここに来るだけでお店三件はまわった気分……」
「大丈夫ですか? ……すみません、やはり僕がお迎えに行くべきでした」
「そんな……レギュラス君の気にすることじゃ」
「さすがfirstname様はお優しい。普段からのご自分の運動不足を顧みておられる。確かに我が君の命に従い部屋から一歩も出ずにお勉強に励んでおられれば、この程度の道のりで疲労してしまうのは致し方ない事でしょう。firstname様もどうかお気になさらず」


あなたは言葉の棘をもうちょっと気にして。
ていうか別にヴォルデモートさんに言われて引きこもってるわけじゃないし!


「私が引きこもってるのは別に我が君のご命令じゃないですよ」
「これはこれは……ご自分の意思でアウトローを満喫していらっしゃるだけでしたか。大変失礼致しました」


わあほんと失礼!
……いえ、私は慣れたからいいですけどね?


「……」


ほらレギュラス君ちょっと戸惑ってる。


「そういえば、今日はマルフォイ様もいらっしゃるとは聞いていませんでした」


なんて見事な切り返し。
レギュラス君の空気読みスキルにより場の空気が回復されました。


「昨晩、我が君から直々のご命令が届いたのだ」


簡潔に言い放ち上品に紅茶を飲むルシウスさんを、レギュラス君は羨望のこもった眼差しを送っている。


「……えっと」


なんかすごそうなこと言ってますけど。

本当のところは私が書いたお手紙にヴォルデモートさんはサインしただけですよ?
この程度のことで筆を執るのは面倒くさい、サインだけしてやるか、って感じで。

そんな思いを込めて彼に冷やかな目線を送ると、黙ってろと言わんばかりに睨み返されました。
ええ……嘘は言ってないですものね。


「とりあえず食べましょうか、メニューください。あ、このシェパードパイってなんですか? 甘いですか?」
「羊の肉です。パイとついているだけですべてがデザートですか素晴らしい頭脳をお持ちだ」


……このデコ、いつかほんとにちくってやろうかなあ。
…………いや、やっぱやめとこ。

 



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