降り積もった雪が、目に痛いほど白い。
私は大きな門にもたれながら、レギュラス君が来るのを待っていました。
この門には魔法がかかっていて、特別な数人にしか開ける術を教えていないのだと、いつだったかヴォルデモートさんがおっしゃってたっけ。
そしてそんな大事な魔法を期待のルーキーにやすやすと教えるはずもなく、冬空のした逆出待ち。
雪が降ってないだけいいとはいえ、この寒さ!
レギュラス君が来たら、あったかいお茶淹れてもらわなきゃ。今日は何にしよう。ココアでもいいな。
目を閉じてそんなことを企んでいると、静寂を破って一つの足音が近づいてくる。
ざり、と石の動く音がして見上げると、門の脇に飾られたガーディアン像たちが警戒態勢をとっていた。
おそらく門の外にレギュラス君が来たのでしょう。
ちなみに外からはこの子達、何の変哲もない番犬ちゃん。
「よしよし」
手近に居る像の一つを撫でてあげると、像は目を閉じ警戒を解きます。やだちょっと可愛い。でももし不審者が来たらどうなるんだろう。や、あんまり考えないほうがいいな。
厳かな音を立ててゆっくりと門が開く。
「おはようございます、firstname様」
目が合った彼は、にっこりと笑いました。
「いらっしゃいませ、レギュラスくん」
私のお部屋に通して暖かい紅茶を淹れてもらい、まずこちらが先生を務める事に。
私が許されざる呪文マスター(対虫専門)であると伝えると、彼は目をきらきらさせていましたカワイイ。
さて、服従の呪文について重点を絞り勉強することになりました……が。
ここで事案が発生。人に魔法教えるのってとても難しい。自分でやるのと教えるのは別物なんだと思い知りました。
幸いレギュラス君は優秀だし、ヴォルデモートさんの本を借りれば文献には困らないのですが、それを差し引いても私が先生役をするのは限界があるようで。
とりあえずまた明日、レギュラス君がいらっしゃるまでに何か役に立ちそうな本を探すことを約束して、早々に先生役を交代。
レギュラス君の教え方が上手なのか私がなかなかやる方なのか、こちらはわりと上手く行きました。彼にも褒めて頂けましたし。
しかし問題はやっぱり私なのです。
これは取引なのですから、もうちょっとどうにかしないと……。レギュラス君の休暇も短いし。
で、まあ、闇の魔術について聞くならやっぱり彼しか居ないわけで。
「お前に講師が務まるとは思えんがな」
杖を振りながら、ヴォルデモートさんが意地悪く笑う。
とは言え私の為に本を見繕ってくれているので、やっぱり優しいよね、なんて。
「結構仲良くやってますよ」
「ほう? 魔術の勉強などと言って遊んでいるわけか」
「揚げ足とるのはやめて下さい。……もう、そんなに言うならどういうふうに教えたらいいのかを教えて下さいよ、っとと……そろそろ持てないんですけど」
彼の無言呪文で棚から次々と飛んでくる本たち……を受け取りながら口を尖らせていると、案の定彼が溜め息をつく。
「何とも立派な講師だな」
「ぐぬぬ……イジワル」
「お前が自ら言い出した事だろう。多忙な私に手間をかけるというなら相応の報酬でも支払うのだな」
「……前払いでよろしいなら、」
ちょっといたずらしたくなった私は、本を机に置いてからそっとキスを仕掛けてみた。
頬に、ですけど。
「…………」
「これで終いか」
ほんの一瞬だけのそれが終わってから静かに目が合うと、恥ずかしさがわーっと込み上げて、私はすぐに耐えられなくなってしまった。
ぱっと顔を逸らすと、彼は低く笑い声を上げる。
「まるで子供だな」
「う、ううるさい! うるさいです! もういいです自力で頑張りますから! 本お借りしますありがとう御座いました失礼します!」
これだもの。
きっと私がいろんな魔法を覚えたって、ヴォルデモートさんにとって何の役にも立たないんでしょうね。
先日から始まった、レギュラス君とのお勉強会。
話し合った結果、私に圧倒的に足りない物はやはり基礎知識という結論に落ち着きました。
なので、ホグワーツで一から三学年(彼は今年の夏で四年生になるそうです)までの過程を教えていただいてます。
教科書はレギュラス君が使っていたものを持って来て頂けるので問題なしとして。
スタートダッシュは良かったんです……けど。
「……やはり、ここまで来ると難しくなってきますね」
「……ごめんね」
レギュラス君が普段使っているという教科書、『中級変身術』から顔を上げた彼が苦笑した。
『中級変身術』後半の応用ページに書かれていた「羽根ペンを箒にする手っとり早い方法」。どの辺が中級なのかわかんない。だって何回やっても何回やっても羽根ペンびくともしない。や、気持ち細長くなった気がしなくもない? あと羽根が茶色っぽくなった気がする、けどそれだけ。
ただでさえ面倒な数式を書いた後の私は、ついにぐったりとテーブルに伏せった。
「これまでの過程は順調だったのに……なぜでしょうか?」
「んー……あ、もしかして箒を見たことがないからかも?」
「え、……」
「や、ぼんやりとしたイメージは出来るんですけどね、掃く方なら。でもこれ乗る方でしょう? 実物はまだお目にかかれてなくって……このお屋敷は箒置いてないから……ま、しかたないですよね」
「……僕の物でよければ自分用の箒が家にあるのですが、さすがに箒を持ち込むのは……」
「ああ、フルパから徒歩でいらしてるんでしたっけ?」
ブラックさんちは純血名家で有名だけれど、さすがに箒が入るほどの暖炉はない模様。
「この魔法は後に回して、次に進みますか?」
「え! こんな面倒な数式書いたのに!?」
「さすがに見たこともない物に変えるなんて無茶ですよ」
「むむ……」
がんばって書いた数式無駄にしちゃうのはもったいないし、どうせなら順番通りに進めたいし。
この魔法だけ飛ばしたって、カリキュラムを薦めていればまた必要な物が出てきたりするでしょうし……。
「そうだダイアゴン横丁行こう!」
「……まさかお一人ですか!?」
「何を言うの君も一緒に行くのです!」
「そう、でしたか……いえ僕は構いませんが……我が君がお許しになるのでしたら、ぜひ」
「よし、じゃあ明日の勉強は止めにして朝から行こうね。私もレギュラス君も必要な物買って、そしたらアイス食べるの! わー楽しみ。なんだかデートみたいだね?」
冗談交じりにからかってみると、
「はい。エスコートはお任せ下さい」
こんな返しをしてくれるんだから、少しはくだけてきた……と思ってもいいのかな。
***
「それじゃ、行ってきます!」
「何だその恰好は」
私をゆっくりと眺め、ヴォルデモートさんが顔をしかめた。
「え? だ、だめですか?」
自分の恰好を見下ろしてみる。
今日のコーデは防寒第一。
コートの上にローブを重ね着してロングブーツで一切の肌見せを拒絶!デートにおすすめ……はできないです。
「暑苦しい」
「外、めちゃ寒いですよ」
雪、まだまだ溶けそうにないし。
「視覚的に暑苦しい」
「あ、ちょっとっ」
油断している間に、彼の長い指がローブを結んでいたリボンを外しにかかる。簡単にするりと外されて、ローブはすとんと足元に落ちた。
その手つきに、なんとなくこのあいだ自分がしたことを思い出して顔が熱くなってしまう。
けれどそんなことちっとも気にしないヴォルデモートさんはそのまま流れるように杖を取り出し、私に向かって何か魔法をかける。
その途端、急に手足の冷たいものがひいていくのがわかった。
「防寒呪文だ。切れるまでに帰ってこい」
「なにこれすごーい! 私にも教えて下さい!」
「お前には百年早い」
「失礼な! 私だ、って……!?」
ふいに、彼の指先が私の頬を撫でた。
「顔が赤い。何を考えていた」
「べ、別に、何も?」
「……っくく、お前に開心術は必要ないな」
「え、いま使われた!? いや使わないで下さいプライバシーの侵害!」
「必要ない、と言っただろう。顔を見れば分かる。お前は単純だな」
「褒められてる気がしません」
「褒めていると思ったのか?」
「(む、むかつく)……もう行きますから!」
足元に落ちたままのローブを拾ってヴォルデモートさんに押しつける。
身軽になった私は軽い足取りで外に出ようと、
「……firstname」
扉に手をかけて、振り返る。
「はい?」
「お前の、…………いや、何もない。行け」
「……ヴォルデモートさん?」
彼らしくない歯切れの悪さに、思わず首を傾げた。
そんな私を見て、ヴォルデモートさんはいつものように目を細め笑う。
「ルシウスを待たせてやるな。奴はお前に寛大ではないだろう」
「……ええまあ」
確かにそろそろ出ないと、約束の時間に遅れてしまうかもしれない。
扉を少し開けて、少しだけヴォルデモートさんに振り向く。
「行ってきます」
返答を待つ私に、彼は少し考える素振りを見せて、
「……遅くなるな」
どこかから、やっとその言葉を探しあてたような。
変なの。
こういう時は行ってらっしゃい、ってそれだけでいいのに。
「ふふ……はい」
何気ないやり取り。
いつまでもこういうふうに出来たら、……いい、なあ。
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