真っ白で雪のようなクリームの上に、赤く熟れた苺を乗せる。柔らかいクリームの土台が崩れてしまわないよう気をつけながら。 苺を全部飾り終えてみると、窓から射す光に反射して、それはまるで宝石のようにぴかぴかと輝いた。 チョコレートのスポンジを、クリームで丸ごと包んだホールケーキ。 急いで準備したからあんまり豪華なものは出来なかったけれど、これならヴォルデモートさんに食べて頂いても恥ずかしくない、かな。 ケーキは少し冷やしておいて、とりあえずプレゼントを渡しに行こう。造花とリボンで丁寧に包装を済ませたプレゼントを手に、私は甘い香りの漂うキッチンを後にした。 「ヴォルデモートさん、ちょっと目を閉じて下さい!」 書斎に来て開口一番、にっこりと笑って言った。私の一声で読書を邪魔された彼が、目を細めて本から顔を上げる。 「まったく……今度は何を企んでいる?」 「た、企むなんてそんな……とにかく、お願いします!」 譲らない様子でいる私に、さっさと済まさせた方が得策だ、と言いたげな彼な彼はため息をつきながら瞼を閉じた。 案外素直に応じてくれた事にちょっと驚きつつ、私は軽い足取りで彼の座っているソファーの後ろに立った。 どきどきと胸が高鳴る。彼は喜んで下さるのでしょうか。 「いいって言うまで、絶対開けちゃだめですよ」 「早くしろ」 今まで後ろ手に持っていたプレゼントをふわりと広げ、そのままそれをヴォルデモートさんの首にかける。端っこをきゅっとリボンにして結んだら、出来上がり。 「はい、もういいですよ!」 「……何だ、これは」 目を開けて状況を理解した彼が、面食らった様子で首に巻かれたそれをつまむ。 彼の瞳と同じ色の、真っ赤なマフラー。 白い頬をふわふわの生地に包まれた彼は、その感触が慣れないのか眉を寄せている。 思ったより似合っているその姿に、つい顔が綻んだ。 ずっと立っているのも何なので、私もふかふかのソファーに腰を下ろす。 あ、そういえばまだ言ってなかった。 「ヴォルデモートさん、お誕生日おめでとう御座います!」 「何かと思えば、それか」 まるでたった今気づいた、とでも言うような顔をしながらマフラーを眺める。その瞳がどこか遠くを見ているようで、少しだけ寂しくなる。 ……ある程度反応は予想していたけれど、やっぱり興味がないのかな。 「……嬉しくないですか?」 俯きがちに尋ねた声は、自分で思うよりも物悲しく響いた。 もっと気の利いた物を贈ればよかったかな、と今更後悔しても遅い事を思う。だってどうせ彼の欲しい物なんてどこかの伝説に記された秘宝とかだもの。そんなの用意出来っこない。 「それほど悪くはない」 雪のちらつく窓の外を見ながら、ヴォルデモートさんが言った。そうしてマフラーをリボン結びで巻いたまま、再び本に顔を落とした。 ……こういうふうに彼が言う時は、実はちょっと喜んでくれている証なのでは、とか最近思っている。その印にマフラーを外そうとはしないし。 「それなら、良かったです」 ぶっきらぼうなその言葉があんまり嬉しくて、なんだかそわそわして落ち着かなくなる。顔のにやけが止まらない。 大切な人の誕生日を祝える事が、こんなに幸せだなんて。今日は私があげた筈なのに、意図せずして貰ってしまった気がする。 ふと、ヴォルデモートさんの顔がいつもより少し火照っている気がした。なぜだろう、と首を傾げて少ししてからはっとする。 窓側の壁に取り付けられた大きな暖炉の中では、炎がぱちぱち音を立てながら燃え盛っていて、部屋はじゅうぶんに暖められている。彼も私も、上着を着なくてもいいくらいの温度だ。そんな中で厚手のマフラーなんて巻いていたら、あっという間にちょっとしたがまん大会かもしれない。 それなのにマフラーを外さないでいてくれる彼に、心底嬉しくなった。 一人でにこにことヴォルデモートさんを見つめていたら、その視線が鬱陶しくなったのか本を閉じ、長い脚を組み替えてふっとため息をついた。 「本、もういいんですか?」 「お前が居ると集中が乱れるのだ、まったく……」 「あははーごめんなさい」 呆れ顔をしたヴォルデモートさんは、ソファーの肘置きに頬杖をついて百パーセントくつろぎモードに入る。 どうやら構って下さるらしい。 「あ、そうだ。ケーキもあるんですよ!」 「よくもそこまで必死になれるものだな、生まれた日ごときに」 「……ヴォルデモートさんにとっては何でもなくても、私にとっては特別です」 「私には理解出来んな」 意味が無い、と彼は付け足した。 記念日などには人一倍疎い、そんな彼だからこそ、共に祝いたくなるのはなぜだろう。 「……私はただ単純に、ヴォルデモートさんがいま隣に居ることに感謝したいのです」 こうして互いに言葉を交わして、少し手を伸ばせば触れられて、それが私は本当にうれしくて。 この気持ちを何らかの形にしたかった、それだけなのだ。 「……ふん」 目を細めた彼の口元に、柔らかい笑みが浮かぶ。 そのまま懐から杖を取り出し、テーブルに向って弧を描くようにそれを振った。 するとたちまち現れる、淹れたての紅茶と、三段のティースタンドにたっぷりと乗ったサンドイッチやお菓子。 「わあ……!」 決まって彼の機嫌が良い時にだけ催される、二人だけのティータイム。 なんだかいつもよりお菓子が豪華な気がするのは、不器用な彼なりの「ありがとう」なのかもしれない。 そして私はヴォルデモートさんとお茶を楽しむうちに、ケーキの事をすっかり忘れてしまっていたのだった。 |