2012 HappyBirthday | ナノ




 
好き、とか、態度に出すことすら怖くて。


「なんだか甘い香りがするけど、それ、貰ったの?」


声に刺々しさが混じらないよう気を配って言った。
実際には砂糖の甘い香りと、様々な種類の香水が混じってしまって甘いどころでは無いのだけど、これに一番うんざりしているのは彼なのだろうし。
人気者の彼の事だから、下級生上級生他寮に関わらず、女生徒からたくさんの贈り物と共に祝われたのだろう。ほのかに漂う砂糖の香りは、さしずめ手作りの菓子を渡されたのかな。
珍しく一人で歩いている姿を見かけたから声をかけたものの、近づくのではなかったと後悔する。思ったより不快だ、いろいろと。


「いい迷惑さ。相手の気持ちも構わず押しつけて、鬱陶しくて堪らないね」


彼は整った顔を歪めて、そう吐き捨てた。
迷惑。その鋭い言葉にどきりとして息を呑む。同時に、後ろめたさと共に女生徒達への同情を覚えた。だって私も同じなのだ、それこそ悲しいほど。


「そ、そうね」


慌てて頷いて、動揺を取り繕った。
そう、同じだからこそ二の舞になって、無駄に傷つきたくはない。彼にこんな風に冷めた目で嘲られるなんて悲し過ぎる。

今までポケットの中で握っていた、プレゼントの入っていた小箱から手を放した。喜んで欲しくて悩んだ末に選んだプレゼントだけど、彼の言う通りそんなのは私の気持ちの押し付けに他ならないし、やっぱり止めよう。

なるべく自然な笑顔を浮かべて、彼の隣に並んだ。隣から香ってくる香水に少し泣きたくなりながら。
彼が分厚い本を片手にしているのに気付いて口を開く。


「図書館に行くんでしょう? 私もご一緒していい?」
「好きにしたらいい」


素っ気ない返事に、不思議と少しほっとする。
プレゼントなんて渡せなくても、こうして隣を歩いて居られるだけで幸せだ、と思う。


「その本、面白かった?」
「特には。僕が期待した情報は得られなかったな」
「そう……残念」


この本を読むよう薦めたのは、他でもない私だった。

リドルはホークラックスという魔法について調べているらしく、残されている資料が少なすぎる、とぐちを零していた彼の役に立ちたかったのだけど。
この著者は闇の魔術に関する本をいくつか出していたから、恐らく書いてあるのでは、と思ったのに。どうやらホークラックスとやらは相当古く危ない物なのだろう。リドルはそんなものを調べ上げて一体どうするのだろうか。あるいは、冬期休暇中の自由研究にでもして提出するつもりなのかも。まったく勉強熱心なのだから。

私達は、図書館で知り合った。
お互い本の虫で、何度も顔を合わせるうち少しずつ挨拶や言葉を交わし、その上ホグワーツきっての秀才は話も面白く、気づけばちょっと仲良くなっていた。そして、彼が猫を被っているということには後から気づいた。
彼の本性を知っている者は少ないらしく、この位置を特別だと勘違いした時期も、そういえばあった。今思えば恥ずかしい。


「name、」
「な、に……っ」


二人で廊下の角を曲がった時、突然視界が急転した。
背中に感じる冷たい壁。正面にはいつの間にかすぐ近くに居たリドルが、なぜか不満そうに顔を顰めている。腕を掴まれていて、なるほど彼に引っ張られたのか、とようやく私は理解した。彼との距離が近すぎて、香水の香りが少しだけ鼻につく。

辺りは静かで、人っ子ひとり通らない。あまりに静かで、自分の高鳴る心臓の音が聞こえて、顔が熱くなる。どくん、どくん、といつもより早くてうるさいこの音が彼に聞こえてしまわないかと危惧する程、近い。
少しでも身動きをしたらそれこそ密着してしまう距離だから、私は背に当たる壁にぴたりと張り付けられたようにじっとしていた。
この状況どうしたらいいの、と視線を彷徨わせた時、彼が言う。


「君は、何も言わないのかい?」


すっと細めた目と、苛立ちを含んだ声。


「リドル……?」


その様子で、恐らく彼が私に対して怒りを感じているらしいことは、分かる。しかし私の何に対して怒っているのかさっぱり分からない。何かまずい事をしたかと先程までの行動を頭の隅で振り返ってみてもお手上げだ。


「……今日、」


苦虫を噛みつぶしたような表情で、重々しく彼が口を開いた。


「今日?」


すかさず、首を傾げて聞き返した。
リドルはそんな私を見ながら、はあ、と一つ深いため息をついてから、そっぽを向いて先程より少し小さな声で言った。


「僕の誕生日なんだ」
「……知ってるけど、それがどうかしたの?」


あっけらかんとしてそう言った後、あ、と思った。今の言い方は、ちょっとまずかったかもしれない。存外、まるでどうでもいいみたいに響いてしまった。
しかしそう思った時にはもう遅かったようで、彼の眉間の皺はいっそう深く刻まれ、


「もういい」


そのままくるりと踵を返した。
あれほど嫌だった香水の香りと、愛しい体温が一瞬で離れていく。
もういいって、何が良いんだろうちっとも良くない、でも彼が何に怒っているのかさえ分からないのに引き留めていいのかな、ああもう。


「リドル!」


彼の背に声をかけると、ぴくりと足を止めた。それを見た私は、ローブのポケットの中で眠っていた小箱を取り出す。ついさきほどまで、もう永久に出番が来ないかとも思われたそれを。

こちらを振り向いた彼に走り寄り、小箱を突きだしてから満を持して私は言葉を紡ぐ。


「誕生日おめでとう」


顔が熱い。きっとトマトみたいに真っ赤になっているんだろうな、ここに鏡がなくてよかった。
私から小箱を受け取って、彼は満足げに微笑んだ。


「最初から素直に渡せばよかったんだ」
「……私だって、本当はもっときちんと渡したかったけど」


こんなのって意地悪だわ、と口をとがらせて呟くと、彼はふふ、と小さく笑った。

どうやら、私が最初からプレゼントを用意していた事は彼にばれていたらしい。なるべく気づかれないようにして居たのにどうしてだろう、と考えを巡らせてはっとする。そういえばリドルに渡すプレゼントの相談をマルフォイ先輩にしていた。彼に口止めをするのを、すっかり忘れていた。……結果的に、いい方向へ転がったけれど。


「ねえ、迷惑じゃないの?」


ふと気になった事を聞いてみる。いい迷惑だ、と出会い頭に彼は確かに言ったのだ、それなのに催促してくるだなんて一体どういうことなのだろう。
そう首を傾げたとき、ぐいと腕を引かれ、眼前にリドルの整った顔が迫り、あ、と思った時には唇に柔らかいものが触れていた。
反射的に瞼を閉じて、それからぱっと身体を後ろに引いた。ぱちぱちと数回瞬きを繰り返して、やっと何が起きたのか理解する。
今のって、キス……よね。


「迷惑な相手にここまでしないさ」


彼はいたずらっぽく笑って、今度は優しく私を抱き寄せた。

 



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