赤いベルベットのカーテンを二つに割って、空模様が珍しく晴れであることに頬がゆるむ。
久しぶりに外にお洗濯物を干せるわ。
うきうきとした気分で、階段を跳ねるようにして下りていく。
洗濯物がたっぷり入った籠の中から選別して、下着などをネットに入れ、洗濯機の中に衣類を押し込んだ。
スイッチを押すとごうん、ごうん、とやかましく体を揺らし始める洗濯機。
わたしはマグル生まれだから馴染みがあるけれど、彼はこれが嫌いみたいだ。
うるさいのと、マグルが作った機械、ということも手伝っているんだろうな。
額に皺を寄せて洗濯機をにらんでいる彼を思い出して、くすっと笑う。
彼は、どこか子供なとこがあるけれど、そんな部分がわたしはとてもすき。
なんて言ったらまた、怒られるのでしょうけれど。
頬の緩みを抑えずにリビングへ行くと、もう既に支度を整え終わり、コーヒーを飲みながら新聞に目を通している彼が居た。
彼は、わたしに寝顔を見られるのも起こされるのも嫌いらしく、起きるのはいつもわたしの方が遅い。
わたしは彼の寝顔がとても好きなのに。
「おはよう」
「ああ」
新聞に目を向けたまま、そっけなく返事をかえしてくる彼の手からマグカップを受け取り、コーヒーのおかわりをそそぐ。
わたしと違ってミルクも砂糖も入れない、真っ黒なままのそれを渡す。やっぱり目線は新聞に向けられたまま、彼はコーヒーを一口飲んだ。
「ねえ」
多くの人はこういう事を当たり前だと鼻で笑うかもしれないけれど、こういう瞬間が、実は世界で一番大事なんじゃないかしら。
と、そう本音を隠さず彼に言うと、やっぱり鼻で笑われた。
嫌味なところも、まあ好きだから、いいのだけれど。
こういう態度はいつもの事、なので、昨日町で買ってきたばかりのパンを彼に差し出す。
「いらない」
これもいつもの事。
「もう、朝食くらいゆっくりしたらって、いつも言ってるじゃない」
このセリフも。
にっこり笑うわたしに負けて、彼は渋々パンを受け取り、ひとくち口にして、コーヒーを飲んだ。
ああ、なにか嫌味を言われるだろうなあ。
「毎朝しつこいね。いい加減諦めたらどうだ。何も死ぬ訳じゃあるまいし、」
やっぱり。
「朝は食べたほうが頭が働くのよ。それに死ぬ訳じゃなくても、貴方はいつも頭を使うでしょ、だから食べてほしいの」
棚の上のジャム瓶をとろうと背伸びをしながら返事を返すと、不意に気配を感じ、棚の上の瓶がいつの間にか、背後に立っていた彼の手の中にあった。
届かないのに気づいて、とってくれたらしい。
こういうさりげない優しさもまた、好きなところの一つ。
「ありがとう、リドル」
そう言って受け取ろうとすると、ひょい、と瓶が手の届かないところまで逃げる。
むきになって精一杯手を伸ばしてみるけれど、わたしと彼の身長差ではどうにも無理があって、あと少しでとどく、というところで手を止めるのだから、むっと顔をしかめた。
ひとまず瓶を奪い取ることを諦めて、彼を見上げる。
二つのルビーがわたしをまっすぐ見下ろしていた。
「もうリドルじゃないと言ったろう」
その言葉にあ、と声を漏らす。
そういえば、そうだった。
つい最近、彼は名前を改めたのだった。
まだどうにも、実感が湧かなくて、つい学生時代からの呼び名で呼んでしまった。
たしか、彼の新しい名前は、
「……ヴォルデモート」
まだ呼び慣れない名前を口にすると、彼はうれしそうに笑う。
そのまま口付けがおりてきて、わたしはそれを受け入れた。
あなたが闇に落ちて、もしくは落ちようとしているのだとしても、わたしはそんなの構わないわ。
わたしは誰かさんのように多くを欲しはしない、そのかわりに、いずれ闇に落ち世間から恐れられるでしょうあなたにもこんな生ぬるい日常を過ごしていた、という事実だけ残ればそれでじゅうぶんよ。
だってあなたは、わたしの愛したトム・リドルを殺したのでしょう。
でもいいの、わたしはヴォルデモートも同様に愛しているのだから。
あなたもわたしも、思い出に囚われて生きればいい。
あなたが名前を存在を両親を捨てても、わたしを捨てる事だけは許さない。
だからわたしも死んだって、あなたを捨てないわ。
本当はこういう事を相思相愛と言うと思うの。
ああ、分かるかしらこの気持ち。
わたし、今とても幸せよ。