「で、また、振り出しに戻る、と……」

もういいよこの流れ。秋田県。
ヴォルデモートさんどこ。マジでどこ。あーもう、いっそ迷子の呼び出しで呼び出してやろうかな。
テステス、迷子の闇の帝王様、いまいずこ?って。
うん、ばかげてる。


大通りは人が多すぎて窮屈なので、出来るだけ人が少ないほうの道を選んで進む。
それにしても、と、首筋を流れる汗を拭う。
こうして歩いているだけでも、驚くほど汗をかく。人混みや、食べ物を出している夜店の中にいると、余計にだ。
人が少なくなったら、髪を結おう。少しは涼しくなるはずだ。
あ、でも、何か縛る物持ってたっけ。
すぐ隣を過ぎていく人に腕が当たらないように、小さくなりながら巾着の中を覗く。
残念なことに、髪を結えそうな物はない。
けれど、何枚か貨幣が入っていた。ガリオンが7枚、クヌートが3枚。
これなら、出店で何か買えるかもしれない。


道脇の出店を注意深く目で追いながら、考える。

何か、変だ。この世界は。

出店とか。浴衣とか。気づいたらここに居た事とか。その他、数え切れないほど。

と、一つの出店が目にとまる。
よく見ると、アクセサリーらしきものが並べられている。売っているのは、浴衣を着た女の子と、男の子。
人の波を上手に避けながら、そしてぶつかりながら、その屋台の前に行く。
綺麗な赤いロングヘアの女の子が私に気づき、


「いらっしゃい。どれでも見ていって」


愛想よく笑う。
対して、隣に居る黒髪の男の子は、一瞬ちらりと目線を寄越しただけで、すぐに手元に視線を移した。
手には、なぜか本を持っている。それもかなり分厚い。表紙には、『魔法薬学に使える薬草全種』とある。
それを見て、さすがの私も、ピンときた。


この二人、リリーとセブルスじゃね?


……けれど、まあ、普通に考えて、言える訳がない。
もしかしたら、人違いという事も有り得るのだし。

ちらちら二人の顔を見比べていると、リリー……らしき赤い髪の女の子は、セブ……じゃなくて、黒髪の男の子の、持っていた本を、取り上げた。


「せブルス! せっかくお客さんが来てるのよ、こんな時くらい本を読むのはやめて頂戴」


はい、ビンゴー。

リリーとセブでした。うん。会えて嬉しいです。感動です。
二人とも超可愛い。サイン欲しい。nameちゃんへって書いてほしい。


とか思いながらにやにやしていると、本を取り上げられたセブルスは、眉を潜めてぼそっと、


「僕は魔法薬学の店に行きたかった」


その言葉に、リリーが声を詰まらせる。
どうやら、無理矢理この場に立たせているらしい。
だよね。内気なセブルスが、自ら買って出る訳ない。


「……セブルス、ごめんなさいね。もうすぐ交代時間になるから、それまで、もう少しだけお願い」


リリーが、本当に申し訳なさそうにしゅんとして言った。
するとセブルスがそっぽを向いて、別にいい、とぶっきらぼうに答える。
……もう、このお二人、お持ち帰りしたいです。
可愛すぎる。冷静に常識的に考えて、お持ち帰りしたい。


「あっ、ごめんなさい。気にしないで、選んで頂戴」


私の視線が注がれているのに気づいて、はっとしたリリーが言う。

出来る事ならいつでもいつまでも眺めていたいですけれどね、こちらとしては。萌え。
でもあんまりじろじろ見てたら変に思われてしまう。ので、泣く泣く買う物を選ぶ作業に移ろうと思います。


台いっぱいに並べられている、ブレスレットやチョーカーは、花などをモチーフにした女の子らしいものから、男性が着けても良さそうな、シンプルなものまで。
幸いな事に、髪飾りもあった。
硝子で出来たもの。布で出来たもの。
どれも綺麗でかわいらしく、夢中になって見る。


「素敵ですね」
「ありがとう。私の友達が作ったのよ」


ふと、売り物のそばに小さな羊皮紙がたくさん置かれていることに気づく。
値札かと思ったけれど、どうやら違うらしい。
目を凝らしてみて見る、と。


「透明作用、三十分……?」


目を丸くしながら口にすると、リリーが、ああ、と言い、


「それぞれの効力のことよ。例えばね、こっちの指輪は、着けると催眠効果があるの」


それって、いわゆる、魔術具ってことですか。
うん、やっぱり魔法界はすごい。


「外すと効果は無くなるんですね?」
「ええ、そうよ」
「へえー……珍しいですね」
「あら、そうかしら? 最近、魔法界で流行ってるじゃない。特に女の子の間で」
「そ、そう、だったんですか?」


どうもすみません引きこもりなもので。
流行とかにはもう、疎いってレベルじゃないんです。
普段滅多にお屋敷から出ません。だって暑いし。


「どれにしようかな……」


どれも素敵で迷ってしまう。
私も一応女の子なので、こういう物を選ぶのは嫌いじゃない。
けれどやっぱりのんびりしてる場合でもないので、さっさと選ばなければ。

少し焦りながら髪飾りを見つめていると、視界の端に、真っ赤なものが煌めく。
目を向けると、銀色のチョーカーで、赤い石が埋め込まれている。
それを見て、ふっとヴォルデモートさんの事が浮かぶ。
こっちの世界に来てから私は、赤色を見て思い出すのは、すっかり彼の事ばかりになっている。
この赤い石は、彼の瞳を思い出す。

気づいたら、手にとっていた。


「これ、お幾らでしょうか」


見れば見るほど欲しくなってくる。
あの人の瞳と、同じ色の石を使ったチョーカー。
そういえば、私もチョーカーを持っている。彼に渡された物。

ヴォルデモートさんがこの銀色のチョーカーを着けたら、これって地味におそろいじゃね。
……欲しい。
そうだ、いっそプレゼントしよう。


「そのチョーカーは5ガリオンよ」


たかっ。
普通に高い。
ちくしょうヴォルデモートさんめ覚えてろ、ってこれヴォルデモートさんのお金だった。


「この赤い石はね、着けてる人を守るのよ」
「……まも、る」


とりあえずこれを身に着けていると、いろんな悪い事から守ってくれるらしい。かなりアバウト。
マグル界での、お守りと一緒なのでしょうか。
ただの願掛けとかですか、と聞くと、ちゃんとそういった魔法がかけられているのだとか。


「買います。あ、これも」


とりあえず髪飾りは、出来るだけ安い物を選んだ。
黒い革紐に小さな薔薇、大きな薔薇がそれぞれ一つずつ付いた、シンプルだけれど可愛いもの。ちなみにこの髪飾りにかけられている魔法は、『何か幸せな事が起きる』らしい。小さな幸せだったり、大きな幸せだったり、どんな事が起こるかは運次第なのよ、と彼女は仰った。


「チョーカーのほうは、包装をお願いします」


私が言うなり、セブルスが台の下にある箱から、包み紙とビロードのリボンを取り出した。
リリーからチョーカーを渡され、彼女が会計をしているうちに手際よく包装をすませる。
嫌そうにしている割に、中々のベテラン店員である。セブ可愛いよセブ。


「どうもありがとう。誰かの贈り物なの?」
「ええ、」


品物とお釣りを受け取り、私は笑った。


「私の大切な迷子さんにね」


チョーカーの入った小さな紙袋を巾着の中に入れ、私は歩き出す。

その時、お祭りの喧騒を引き裂いて、ある老人の声が響いた。





   



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