……見つからない。 もういっそ、どっかで死喰い人さんに会って、ヴォルデモートさんの居場所を問い正したい。 暑さと人混みと、そんな中での希望のない宝探しに似た行為にうんざりしながら、私は溜め息をついた。 ヴォルデモートさん、一体どこに居るのだろう。 先程までの、明るく浮ついた気持ちはどこへやら。 当てもなく人混みを彷徨い続け、どこへ行けばいいのかもまったく分からないまま、それでも足を止めたらいけない気がして、歩き続ける。 周りの人々の、無邪気な笑みが果てしなく羨ましい。そして恨めしい。 ああそうだよ、別に、私がしなくったって、誰かが……止めてくれる訳ない。 きっとこれは、私にしか出来ないことなのだ。 私にしか、という響きが、やけに重たく私にのしかかってくる。 英雄とか勇者とかも、こんな気持ちになったりするのでしょうか。 や、私なんかが英雄とか勇者とかと同レベルに扱われようとするのは、いくらなんでも、おこがましすぎる。 私なんか、村人だ。いや農民だ。町娘とか程遠い。しかもAですらなく、Bでもなく、もう、Fくらいのレベル。 どこまでもいつまでも脇役でしかない。 そんな私が、しかも一人で、回復してくれる僧侶も、華麗な魔法で敵を殲滅してくれる魔道士も戦士すら味方につけていないというのに、ああ、こんな私が、たった一人で一体何ができよう! 「……あーあ、」 ぽつりと呟いた声は、祭りの喧騒にまぎれ誰一人にも届く事はなかっただろう。 一人で悶々と、頭の中で自問自答を繰り返しているなんて、なんてあほらしい。 なんだか泣きたい気持ちになって、ひたすら下を向いて歩いていると、どんっと誰かにぶつかってしまった。 「わっ、君、大丈夫かい?」 顔をあげると、いかにも好青年といった風のイケメンさんが、心配そうな顔をして私を見下ろしていた。 正面からぶつかってしまったらしく、真正面に立っている。 私ったら、なんて馬鹿なの。 こんな人が沢山居るところで下を向いて歩いたりなんてしたら、誰かにぶつかるなんて、考えなくても分かることだというのに。 ますます自分の馬鹿馬鹿しさに、悲しくなってくる。 「すみません……」 「え? いや、僕は大丈夫だよ。君のほうこそ……」 俯きながら謝ると、ますます心配そうな声が返ってくる。 なんだか今日はいい人に遭遇してばかりだ。こんな農民Jに、皆さん優しすぎます。 イケメンさんが無言になったので、もういいだろうと、横を通り抜けて行こうとする……と、手首を掴まれた。 「君、本当に大丈夫かい? 少し休んだほうがいいよ。僕もついて行くから。……君がよかったら、だけど」 「え、」 本当に、心配そうな瞳で見つめられる。 ……私、そんなに酷い顔をしていたのでしょうか。 本当に、いい人……だなあ。 大丈夫ですと断ろうと口を開きかけ、気づく。 ……ちょっと待ってよ。 この人に、ヴォルデモートさんの計画阻止するのを、手伝ってもらう事は出来ないだろうか。 私一人じゃあ、何も出来ないもの。 誰か、味方が一人でも居てくれたら、心強い。 もしかしたら、もしかしたらだけど、私の話を信じてくれるかもしれない。 この人なら。 「じゃ、じゃあ、お願いします……!」 そうして大通りの喧騒から逃れ、人気の無い細い路地に入り込んだ。 本当は、どこか静かな所を探して冷たい飲み物でも飲もうか、と彼が仰って下さったのだけれど、お店の中では、ヴォルデモートさんの計画の事なんて話せる筈も無いので、こんな、少々気味の悪い所まで連れ込んだりしている。 レンガの崩れたところからねずみの一匹でも出てきそうだけれど、そんな事に一々気を揉んでいる場合ではない。 話さなければ、この人に。 どくん、どくん、心臓がせわしなく早鐘を打つ。 ちゃんと、理解してもらえるかどうか、分からない。 けれども行動しなければ、何も始まりなどしないのだ。 動かなければ、私は挫ける事すらも出来ない。 決意して、口を開いた。 「あ、あの、突然なのですけれど、闇の帝王の事はご存知ですよねっ?」 緊張して、声が上ずってしまった。 「ああ、もちろん……知っているよ」 彼が少し、眉を潜めながら言った。 きっとヴォルデモートさんの起こした数々の事件の事などを、その事件の事が一面に飾り立てられた預言者新聞の事などを、思い浮かべているのかもしれない。 瞳が悲しそうに揺らいでいた。 ぎゅっと、両手に力を込める。 ごくりと唾を飲み込み、やっとの思いで口を開く。 言わなくては。 「今夜、その闇の帝王が、とても恐ろしい事をしようとしているんです」 彼の瞳を真っ直ぐ見つめ言い切り、それからすぐに下を向いた。 何て、何て言われるだろう。 緊張で、手も足も震えていた。 「…………えっと、」 お願い、どうか、どうか話がいい方向へ行きますように。 「それは、何かのゲームとかの話、だよね?」 目を、見開いた。 嘘。 そんな……。 ショックで手足の力が抜け、崩れ落ちそうになった時、とっさに彼が支えた。 「だ、大丈夫? やっぱりどこかで休んだほうが……」 「……い、らない、です……」 力なく首を左右に振り、声を絞り出す。 と、同時にはっとして気がつく。 私は、巻き込んではいけない一般人を、巻き込もうとしてしまったのだ。 何も事情を知らないこの人が、優しいのを良い事に。 自分だけ楽になって、その分の重荷を背負わせようとした。 見知らぬ他人がぶつかってきて、具合が悪そうだからって迷わず手を貸すほどに優しい、この人を。 なんて、なんて自分勝手! 自分の都合しか私は、考えていなかった。 最低だ。 最悪だ。 恥ずかしいったらない。 自分で思い立ち決意した事だというのに、勝手に投げやりになって、あげく、この様だ。 まるで自分が選ばれし者かのように気取って、こんな事なら、大人しく屋敷に帰るかお姉様のもとでぬくぬくと、誰かの犠牲で成り立つ幸せを甘受していた方が、どれほど潔かっただろう。 「ごめん、なさい……」 自分自身の情けなさに涙が溢れてきそうだったけれど、それだけはと、唇を噛み締め必死で我慢する。 こんな所で幼子のように泣いて、何になるというの。 そうだ。 行動を、しなければならない。 愛しいものを、守るために。 |