ゆらりと、夏特有の生暖かい風が肌を撫でてゆく。 熱気を含んだ風などもちろん、心地よいものである筈がなく、早くも屋内が恋しくなってきた。 手首に提げている巾着袋から扇子を取り出して、ぱたぱたと仰いでみるものの、やはり気休め程度にしかならない。 つうっと、汗が一筋、首筋をつたって流れていった。 「あーあつい……、」 暑さに気が滅入ってつい溜め息をこぼすと、横から視線を感じて隣を向いた。 黒い浴衣を着て、不機嫌そうだけれどものすごく綺麗に整った、見慣れた顔。 「暑さくらい我慢しろ」 ごしごし、思わず目をこする。 「……あれっ? ヴォルデモートさん? あれ? なんでここに……あれれ?」 「……どうした」 え、や、あれ? 慌てて辺りを見回す。 どこを見ても浴衣姿の人が溢れていて、道の脇にはなぜか、テントがずらりと並んでいる。 テントが並んでいるだけなら、まだ分かる。 でも、浴衣を着ている人達は、なぜか皆様外国人ばかり。 大人も子供も。むしろ日本人すら見当たらない。 テント。浴衣を着た人々。どこからか響く楽器の音や、美味しそうな食べ物の香り。 老若男女、皆さん浮かれて、お祭りっぽい雰囲気が漂っている。 自分の格好を見直す。 ……浴衣。 しかも元の世界に居た時には、毎年、この季節になるとお世話になっていた代物だ。 再度、隣のヴォルデモートさんに目を向ける。 「……ゆ、浴衣」 「何だ、その顔は。お前が着ろと言ったのだろう」 そんな覚えありません。 「いやいやいや……というかここは、どこ?」 「……ついに頭がおかしくなったか。いや、昔からか」 ナチュラルにひどいです。 もしかして元の世界に戻った?とか一瞬思ったけれど、多分、これは違う。 だって、それならどうして、ヴォルデモートさんが隣にいらっしゃるのか。 しかも浴衣とか着ちゃって。そして似合っちゃって。 大体、日本のお祭りのように、屋台が軒を連ねているというのならまだしも、テントだ。しかも木の看板とかかかっちゃってる。 ちらりと、人ごみの隙間からテントを目で追う。 『百味ビーンズくじ』、『カエルキャンディすくい』、『ボガート当て』、その他もろもろ、エトセトラ。 なんと言いますか、すごく…………胡散臭いです。怪しさ満点。 中にはアイスクリームとか、雑貨などといったマトモっぽいものもある。 でも分かってる、どうせ中に入ったら変ちくりんな物ばっかなんでしょう。そう簡単には引っかからないんだから。 ……でも、アイスはちょっと食べたい。 ふと、テントの横に下げられた提灯に書かれた文字が目に止まった。 ―ダイアゴン横丁― 「は?」 思わず声を漏らす。 いやいや待て。 そうだ深呼吸しよう、すーはーすーはー。 オーケー冷静に、つとめて冷静に。 目をごしごしと擦って、提灯を改めて凝視。 そしてやっぱり、ダイアゴン横丁と書かれている。 しかも無駄に達筆。 「なっ、何で……!」 「こんな場所で何を呆けた顔をしている、name。移動するぞ、……まったく、窮屈でろくに動けもしない」 「わっ」 小さな舌打ちと共に、ぐいっと腕を引っ張られて、慌てて歩き出す。 人と人との間を縫うようにして、けれど歩く速度は緩めずに進んでいく。 慣れない下駄に、足がもつれて転びそうになるのを耐えながら、頭の中はまさにパンク状態だった。 人混みのただ中、浴衣を着た、金髪の女の子とすれ違う。 一瞬、目を疑った。 その時、女の子が手にしている、水が入った小さなゴブレットの中に、カラフルな色のカエルが二匹、優雅に泳いでいたのだ。 ……ああ、もう、頭がおかしくなりそう! もしかしてあれか。 さっきの、『カエルキャンディすくい』か! 後でぺろっといくつもりなのか。あんな可愛い女の子が、あんなグロテスクな形をしたキャンディを。何より、動いてるし泳いでる。 ありえない。 何もかも、ありえない事だらけだ。 「あの、ヴォルデモートさん」 「話なら後にしろ」 「や、そりゃ確かに私もこんなに人がぎゅうぎゅう詰めな騒がしい所で、お話とかしたくないんですけれど、あの、一つだけ、聞かせてください」 必死に懇願すると、ヴォルデモートさんは「手間を取らせるな」と私をひと睨みしてから、すっと脇道にそれて行って下さった。 歩を進めるたびに、だんだんと人通りが少なくなっていき、とうとうテントの一つも、人一人すら見当たらない。 先程の喧騒とは打って変わって、寂れた裏路地だ。 大通りからずいぶんと遠ざかったから、もしかしてノクターン横丁の近くなのかもしれない。 少し不気味だけれど、ここなら落ち着いて話も出来るでしょう。 「あの、えーと」 色々、お尋ねしたいことは多々あるのですが。 とりあえず、最優先事項。 「私……と、ヴォルデモートさんは、いったいなぜあんな場所に居たのでしょうか……」 提灯に書かれた、『ダイアゴン横丁』という文字を思い出す。 不思議な店名。 浴衣を着た人達も、日本人じゃなく外国人ばかりだった。 おかしい。おかしすぎる。 「私の話を聞いていなかったようだな、name。お仕置きが必要か?」 すっと細められる瞳。 あ、なんとなくやばい展開ですねこれ。 後、ヴォルデモートさんがお仕置きって仰るとなんかえろい、とか思ったのは私だけでいい。や、この路地には二人きりなんだけれど。 「え、いや、その……」 「言っただろう、」 話も何も、気がついたらあの場に居たんだから分かる訳ないのに、と言いかけた時。 「このふざけた祭りの主催者の、老いぼれ爺を殺す為だ」 |