本日、晩秋も既に遠くへ過ぎ去った、肌寒いこの頃。
気温は下がっていくばかりだけれど、反対にいつになく私の心は浮足立っている。
何故かと言いますと、今日は皆大好きハロウィーン。
日本でハロウィーンはあまり流行らなかったけれど、それでもお祭り好きな日本人の魂が大いに高鳴ります。

大体、言葉ひとつでお菓子を片っ端から強奪できるイベントとか最高ではないでしょうか。

「ね? ヴォルデモートさん」

そう思いますよね、とソファー越しに語りかける。
熱心に古書物に目を通している彼は、予想通りうんともすんとも言わない。
どころか、目線をこちらにくれる事も無く、まさに一心不乱といった様子で読書の秋に精を出している。
まあ、外に出て色々悪い事をしているよりはいいのですよ。寧ろこの姿だけを取り上げるのならば、まったくご立派な事だ。どうせなら読書感想文でも提出したらいかがですか。

さて、何と言っても、いえ言われずとも、今日はハロウィーンなのです。お祭りなのです。
私のようなレディーを前にして不遜な態度を取りやがるこの男を、どんな手法で巻き込んでやりましょうか。
最後の一枚であるチョコレートクッキーを片手に、計画を練る。


「またくだらん事を考えているのだろう」
「……あは」


わりと図星なその一言に、小さく舌を出して振り向いて見せる。
すると、彼がひどく諦観に満ちた眼差しで溜め息を吐いた。
……何だかもうこの人に呆れられるのもかなり慣れてきた。わざとしている部分もあるけれど。

それにしても、聞いていない様なふりをなさるのに、しっかりちゃっかり聞いてらっしゃるんだから、もう。


「まあ、ご心配なく。ヴォルデモートさんには出来るだけご迷惑をお掛けしないよう努力する所存です」
「神より信用できんな、お前の言葉は」


え。それちょっと言い過ぎじゃないですか。
しかし図星なので反論出来ず、精々出来るのが彼にあてつけるようにしてそっぽを向くこと。
ヴォルデモートさんのように根性がひん曲がって見事な急カーブを描いている方に、健全なイベントの楽しさをいくら語ろうと無駄なのだ。いい加減私も学習してきた。
どうあれ、本人の意思なんて関係なくやらせて頂くから、問題ない。

ハロウィーンといえば、お菓子や仮装やパーティー等が主だ。
ホグワーツ校のハロウィーンパーティーとか、かなり憧れたものです。
けれど、殆ど二人きりのこの屋敷でパーティーは、少々寂しいものがある。よってパーティーは没とします。
残るは……仮装、は、してみたい。けれど時間がない。あ、お菓子も食べたい。いつも食べてるけど、もっと食べたい。なんと言いますか、こう、すごく豪華なやつとか。でもそれだけだと、結局いつもとしている事は変わりませんし。
ハロウィーンの楽しみ方について思考を巡らせるものの、これまで馴染みの少なかったイベントだ。さすがの私も、正直、途方に暮れかかっている。
後悔しても遅いけれど、もっと早く計画を練っておけばよかったかもしれない。
このままだと、いつもとさして変わらない一日を送ってしまいそうだ。そんなの勿体ない。

となれば。
お約束のあの言葉。

ソファーを立ち上がり、ターゲットに歩み寄る。
彼は座ったままなので、珍しく私が見下ろす側になった。
けれど僭越ながら、満面の笑みで言わせて頂きます。


「ヴォルデモートさん、Trick or Treat!」


お菓子くれないと、悪戯しちゃいますよ。

ゆっくりと本から顔を上げた彼に、わざとらしい期待の眼差しを向けて見る。
どれ程下らないとか何だとか仰りつつも、最後には彼は深い溜め息を吐いて心底呆れながらも、杖を振ってすぐに素敵なご馳走を出して下さるんだ。何故なら、そうした方が無駄な時間と手間をかけずに済むという事を、賢い貴方は分かってらっしゃるはずです。
さあ、私の胃袋の準備は万端ですよ。カモンご馳走!
心の中でそう叫び終えるのと同時に、彼は口を開く。


「生憎、菓子など私は持っていない」
「来たご馳走! 待ってましたー! って、……え?」


想定していなかった切り替えしに、目を丸くする。恐らく予想通りの反応を返したらしい私を眺め、彼はすっと目を細め綺麗に笑った。


「では、甘んじてお前の『悪戯』を受けるとしようか、fist name」
「……っ」


完敗です。これはやられました。
まさかそう来るとは思いもしなかった、とか何とか言っても後の祭り。
余りに無計画。何がカモンご馳走、でしょうか。恥ずかしいったらない。
けれども、トリックオアトリートを言ってみたかっただけです、なんて口が裂けても言えないし言いたくないです。
案の定、苦い顔で言葉に詰まっている私を見て、彼はますます楽しそうに笑みを深める。


「ふん。どうせお前の事だから何も考えず言ったのだろう?」
「う、べ、別に……」


……おっしゃる通りで御座います。
高さ的には私の方が上なのに、この見下されてる感は何なのでしょう。悔しいです。

「わ、分かってたなら悪乗りしないで下さいっ」

ああもう、早くこの場から立ち去りたい。やっぱり、慣れない事はするものじゃありませんでした。普段のように、大人しく一人でお菓子を貪っていたらこんな事態には。

顔を顰めながら回れ右をして書斎を出て行こうとした途端、ぐっと首に何かが巻き付いて後ろに引き寄せられる。
首に回されたそれが腕だと気づいて、私は後ろを振り向いた。

「まだ話が終わっていないだろう?」

いつの間にかすぐ背後に立っていた彼に、何事かと息をのむ。

「え、は、話ですか……?」

一体何の事をおっしゃっているのかさっぱり分からず、首を傾げた。
もしかして、読書の邪魔をした事を、物凄く怒ってらっしゃる……?
ど、どうしようこのままだと嫌な予感しかしない、よしとりあえず謝っておこう。


「あ、あの」
「Trick or Treat」


私の言葉を遮り、形のいい唇から紡がれた単純明快なその言葉。


「え?」
「どうした、ほら。一つ位、持ち歩いているのだろう? 私に菓子を寄越せなどとほざいておいて、無い筈がない」
「あ、あー……そうですね……」


嫌な予感をひしひしと感じつつも、急いでポケットの中に手を入れてみる。しかし掴んだのはどれもこれも既に中身の無い包み紙や空き箱だ。そういえば、最後のお菓子も先程ソファーの上で堪能し尽くした後だった。けれども僅かな望みをかけてポケットを探ってはみるが、全くもって現実の非情さときたら。

眉を八の字にさせてどんどん涙目になっていく私を見て、どうやら答えを察したのだろう彼が低い笑い声を零した。

嫌な予感的中です。

どうにか逃げ出せないか身体を動かすと、更に強く首を押さえつけられてしまい、呼吸の苦しさに小さく呻き声を漏らした。
顎を捕えられ、そうして真っ直ぐにつながる視線。ふわりと近づく気配に、反射的に強く瞼を閉じた。
それからすぐに甘い香りが鼻腔をくすぐり、唇の僅かな隙間を何かが割って入ってくるのが分かった。

あ、これ。
口内に広がる甘ったるい味と舌触りに既視感を覚え、恐る恐る目を開ける、と。

「……む?」

どうやら、棒つきのペロペロキャンディーが、口の中に差し込まれているらしい。
きょとんとしてそれを咥えたままで彼を見上げると、したり顔で笑みを深くした。
途端に全てを理解し、頬を真っ赤にしてキャンディーを咥えながらもごもご喋る。

「さ、さっき……、お菓子、持ってない、って」

なるほど騙されたようです。二重にしてやられた。


「う、嘘つき!」
「騙されるお前が悪い」


負け犬の遠吠え。
悔しさに震える私を鼻で笑いながら、再びイスに腰を下ろしとっとと読書を再開なさる。
きっとこの人は、私がお菓子を持っていない事も見越していたのだろう。なんて意地の悪い。仕方ないから嫌味の一つや二つ言ってやろうとしたけれど、余計惨めになるのは火を見るより明らかなので、キャンディーをぺろぺろしまくってなんとか我慢する。……しかしやたら美味しいですね、このキャンディー。無性に腹が立ちます。

まったく、今年はろくなハロウィーンにならなかった気がする。それもこれも思いつきで行動したせいです。
そうだ、来年はもっと前から計画して、ヴォルデモートさんを見返、……。

「……」

来年。その時、私は。

胸の中でその単語を繰り返してみると、何とも言えない、淡い寂しさのような物を感じて俯いた。
手先からゆっくりと体温が冷えていくような、そんな感覚。
よく分からない居心地の悪さ。

そんな私のちょっとした変化を目ざとく感じた彼が、ちらりと視線を寄越した。


「どうした」
「……いえ」


理解し難い、霧に包まれたようなこの心情も、いつかはきっぱりと晴れるのでしょうか。それを望んでいるかどうかさえも分からないというのに。

そう、今はまだ分からなくてもいい。きっとそのうちに、時間が解決してくれる。
だから私は、答えの見つからない事を問うのはやめにして、今はただ素直に甘い物に舌鼓を打っていればいい。多分それが賢い。

「これ、とっても美味しいです。ありがとう御座います、ヴォルデモートさん」


胸の内に感じる一滴の苦味を、甘い甘いキャンディーで誤魔化して笑いかけると、彼もほんの僅かに目を細め笑った。
 




[メイン] [トップ]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -