「ふわあ……」
大きく開いた口に手を当てて、あくびをかみ殺す。
もしもこの場にお姉様とかルシウスさんとか居たら、だらしないと睨まれそうだ。
でも、今は真夜中なのだから仕方ないというか、大目に見て頂きたい。
窓の外を見ると空にはお月様が輝いてたりして、私も早くベッドに入って安眠を貪りたいなあと目を細める。
けれどあいにく、ヴォルデモートさんに借りた本を返しに行かなきゃいけない。めんどくさいったらない。
もちろん、別に明日でもいいじゃないですか、と反論した。
なのに。
『お前の手元に置いておくと何が起こるかわからん』
偉そうに言いきったヴォルデモートさんを思い出し、眉間に皺を寄せる。
「まるで私が問題児みたいな口ぶり……」
や、たしかに以前、魔法具だかなんだか?壊した事はあったけれど、あれは不可抗力ですし、おすし。
ヴォルデモートさんの私室への道も、今ではすっかり覚えて、こんこーん、と気軽に二回ほどノックする。
日本に住んでた私にはノックの習慣は馴染みがなくて、以前はよく叱られたなあ。
しみじみと思い出していると、「入れ」と、扉ごしにヴォルデモートさんの了承を得た。
「失礼しまー、……うわぁ……」
部屋に一歩足を踏み入れた途端、顔がひきつる。
そこらじゅうに散乱した本、本、たまに羊皮紙、そして本本本……。
それらが床、ソファー、机の上、本棚の辺り、と、とにかくぐっちゃぐちゃ。
ヴォルデモートさんはそんな部屋の奥の机で平然と本に目を通している。
綺麗好きなはずなのに、一体どうしたのでしょうか。
「あの、ヴォルデモートさん?」
足の踏み場が無いので、入り口に突っ立ったまま声をかけた。
「何だ」
返事を返してくれるものの、目線は常に文字の羅列を追っている。
どうやら、とても忙しいらしい。
とりあえず本を返すため、まず床に散らばった本と羊皮紙の一部を片付けてみる。
怒られないかなあと危惧したものの、目に入っていないのかどうでもいいのか多分前者、何も言われなかった。
目に付いた本をとりあえず倒れないほどに重ねておいて、羊皮紙もかさねる。現代日本人だった私は、こういう時、ファイルとかバインダーが欲しいなとか思ったり。
魔法界って、つくづく便利なんだかそうじゃないんだか。
「そんな面倒な事をせずとも、魔法を使えばいいだろう」
突然かけられた声に思わず手が止まる。
「……そっか」
私も魔法が使えるんだった。
ついマグル形式で片付けてしまった。
ネグリジェのポケットを探って、顔をしかめる。
部屋に杖置いてきた!
「あー……」
どうしたものかと手持ち無沙汰になっていると、察したらしいヴォルデモートさんがため息をついて杖を振る。
たちまち床じゅうの本が浮き、すーっと本棚へ戻っていく。
羊皮紙はくるくると巻かれ、ひとりでに封蝋が押される。
まさに魔法。
その見事な光景にぽかんと見とれていたけれど、ヴォルデモートさんの声ではっと現実に戻される。
「用件は何だ」
「え、何って、本を返しに」
「ああ。そういえばそうだったな」
貴方が言ったんじゃないですかこの野郎。
そういえばそうだった、じゃないよ。寝る間を惜しんで来たっていうのに。
明日にしとけばよかったかも。
声には出さずに顔をしかめてさりげなく非難しつつ、本を手渡そうとヴォルデモートさんが座っている奥の机のほうに歩み寄り、
「って、ちょっと。……ひどいクマ出来てますよヴォルデモートさん!」
目元にはうっすらと青いクマ。
白い肌のせいでやけに強調されて、あのなんていうか、ものすごく不健康そうです……!
「何だ。そんな事か」
「いやそんな事って、寝ましょうよってか寝ました?」
「……寝た」
「ハイ嘘きた!」
寝たとしても何日前だよ。
ここでの生活にもすっかり慣れた私だけれど、よーくわかった事がある。
まったくもって、ヴォルデモートさんってお人は、放っておくと無茶しかしないのです。
「一々気にする事ではないだろう」
「いやいやいや、大人しく寝ましょう? ね?」
本を机に置いて、無理矢理ヴォルデモートさんを椅子から立ち上がらせ、部屋にあるもう一つの扉のほうへずんずん引っ張っていく。
「fist name、」
背後から怒った声が聞こえるけれど、無視して扉を開ける。
ヴォルデモートさんの寝室。
「ほら、ちゃんと寝て下さいです」
「……大丈夫だと言っている」
ぎろりと睨まれる。
でもその鋭い目の下にはクマが出来ていて、威力は半減。
「えーっとたしか、疲労とか、寝不足とか目の疲れとかが隈の出来る理由なんですって!」
「だからどうした」
「つまり寝て下さい。…………とうっ」
にっこり笑って、思い切り体当たりをかます。
ぼすん、
「…………fist name」
「てへぺろ!」
ベッドのほうに突き飛ばしたので、あまり痛くはなかったと思う。
ただし私がお腹のほうに体当たりした上乗っかっているので、その辺は痛いのかもしれないけれど。まあ私の知った事ではないのですしお寿司。
その状態のまま、ヴォルデモートさんが不機嫌そうに私を睨みつけたけれど、私を退かして起き上がろうとはしなかった。
そっと身体を起こしてヴォルデモートさんの顔を見やると、目元に手を当てていた。
やっぱり疲れていたんじゃないか。
素直に寝ればいいのにね。
「じゃ、おやすみなさー……い?」
邪魔をしないようにと立ち上がろうとすると、袖をぎゅっと引っ張られて強制的にベッドに戻される。
何かに引っかかったのかと見ると、原因はヴォルデモートさんの右手。
「あの、」
「お前も早く寝ろ」
「や、寝ますけど。お部屋に戻ったら、」
「違う。ここで寝ろ」
「はい?」
ヴォルデモートさんの手が裾から私の左手に移って、再び強い力で引っ張られる。
あ、と声を漏らした時には既に遅く。
麻痺していく脳内で逃げる術を必死で探し、思わず柔らかいそれに、歯を立てていた。
「ぷはっ」
「…………」
口元を手で押さえながら慌てて距離をとる。
「に、睨まないでください。ヴォルデモートさんが悪いんですから……」
「何がいけない。お前は私のものだろう」
「…………こ、この変態!」
イケメンさんにそんな事を言われたら、いやでも顔が赤くなる。
どんどん熱くなる頬がにくたらしい。
「fist name、」
どきり、と鼓動が騒がしくなる。
まるで誘惑するような、甘い声。
この人は、分かっていてやっているのでしょう、きっと。
「ここで寝ろ」
異論は認めない、みたいな感じで言われてしまって、もうどうにも出来ない。
それでも私が諦めずに反論したり、悔しそうな目を向けると、尚更彼を楽しませるだけだと分かっているので。
「はい……」
結局、こうなるんだ。
ああもう自分の流されやすさに涙が出てきそう。
そんな私の気持ちとは裏腹に、隣にある体温はただ心地良いばかり。
(fist name、)
(え?)
(……噛むなよ)
(ちょ、っ!)
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