冬のそっけなくて冷たい風が、頬を撫でていく。溜め息を一つすると、白い息が飛んでいって消えた。
今年の冬は、泣きたいくらい寒い。特に素肌のままの指先なんかは今にも凍えそうで、ずっとポケットに仕舞いっぱなしだ。暖かいとは言えないけど、幾分かはマシだ。


「だから言ったんだ」


あまりの寒さに震えている私を横で眺めるリドル君の声は、心底呆れているようだった。
彼は私よりも薄着だというのに、全然寒そうじゃない。
口を尖らせて軽く睨んでから、再び口を開いた彼に片手でストップをかける。


「ホグワーツに残って試験勉強したかったのに、でしょ?」
「何だ。分かっているじゃないか」
「来る途中に何度も恨み言を言われたんだもん、覚えてる」


勉強は大事だけど、遊びもものすごく大事だと思う。何事もバランス良くが最善だ。それなのに彼は図書館に籠ってばかりで、まったく青春を無駄にしていると思う。ていうかこの頃、リドル君がまったく構ってくれないからつまらないだけなのだけど。
どうせ彼は、今回の試験も一番を取って私を馬鹿にしてくるんだろう。


「息抜きって大事だと思うよ!」
「なら君はその息抜きをする程試験勉強に励んだのかい? まったく喜ばしい事だね、それは結果が楽しみだ」
「……それは言わないお約束」


私だって頑張っているつもりだ。分からない所はリドル君に手伝って貰っているけど。


「ひゃっ!」


ふと、右手が冷たいものに包まれた。驚いて見ると、リドル君が手を繋いでいる。振り返りもせずにずんずん雪道を進んでいく彼に引っ張られるまま、私は口を開く。


「ど、どうしたの? 諦めて今日は一日私とお菓子屋さん巡りする気になったとか?」
「おめでたい思考回路だね」


どうやら違ったらしい。




今日はホグズミード村に行ける日で、私達はもうすぐ試験が迫っている。勉強の事を少しでも忘れられると大喜びで遊ぶ気満々な私や同級生達とは裏腹に、リドル君はホグワーツに残って勉強の続きをしたかったらしい。根は真面目なリドル君を正直ちょっと尊敬したけど、これ以上勉強して一体どうしようというのか。

真っ先にリドル君に腕を引かれられて、私達は三本の箒にやってきた。
ざわざわと騒がしい店内はホグワーツ生徒が溢れており、その喧噪から逃れるように隅っこの寒い席をわざと選んで。

先程運ばれてきたバタービールに口を付ける。甘くて暖かいそれはとっても美味しくて、身体の芯からじんわりと温まっていく。


「ねえ、休んだらどこ行こっか」
「……」


返事が返ってこないので、正面に座っているはずの彼を見た。
教科書をぺらぺらと忙しく捲っては、テーブルいっぱいに広げた羊皮紙の束に数行書き込んで、また教科書のページを捲る。一心不乱、まさにその言葉が似合う。
頼んだコーヒーにすら手を付けずに居るリドル君に、私は顔を顰めた。


「うわあ。なんでここまで来てそんなことしてるの」
「今、要点を纏めてる所だから黙って。あと喋らないで息をしないで気が散るんだよ」
「あのう、さらりと死ねって混ぜるのはやめよ?」
「……」


私の苦言をスルーし再び没頭モードに入るリドル君に、つまんないの、と呟いた。
でも、これ以上邪魔をすると彼の手によって本当に息の根を止められそうだ。一生懸命に調べものをしている時のリドル君に茶々を入れて、首を絞められた時のことを思い出した。
あの時のリドル君ってばものすごくイイ笑顔で、白んでいく視界でうっかり私は胸がキュンとしたのだった。苦くも甘い、青春の一ページ。

足をぶらぶらさせて、溜め息をついた。
その拍子にぱっと脳裏にひらめく、たった一つの名案。


「ねえ、問題出し合いっこしようよ!」
「……は?」


リドル君の眉がぴくりと動き、そのままゆっくりと顔を上げた。
よし、食いついた。


「それなら試験勉強にもなるでしょ。私は暇を潰せるし一石二鳥」
「暇だとか言う暇があるなら魔法史の年表でも舐めとけばいいのに。君の頭でも一つ位は覚えられたんじゃないかな」
「リドル君は私をなんだと思ってるの? まあそれはいいとして……いや良くはないけど……だから、今から勉強するって言ってるんじゃない。リドル君と一緒に!」
「……仕方ないな」


リドル君がはあ、と溜め息をつきながら、教科書の隅っこに折り目をつけぱたんと閉じる。まだ生乾きのインクを乾かす為に、羊皮紙に向かってふっと一つ息を吹きかけた。そうしてそれをくるくると一つに纏めあげてから、リドル君は私に向き直る。


「じゃあまずは僕から。ポリジュース薬の材料を最低三つあげて」
「ポ、ポリ……? えっと、」
「他人に姿に変身出来る薬だよ。君の脳みそって一体何のためにあるんだい?」
「えっいや、本当は分かってたから大丈夫! 他の人になれる魔法薬ね、えっと」


腕を組んで必死に記憶の波を手繰り寄せる。ゆらりと頭の中に蘇る、陰気くさい教室のイメージ。効果を説明する先生の子守歌みたいな声。ええと確か材料は、


「時間切れだよ」
「えっこれ時間制限なんてあったの?」
「いつまで待っても期待出来やしない君の回答を長く待てる程、あいにく僕は優しくない」
「うん、リドル君優しくない。……嘘です」


彼の嫌味に素直に頷けば、すぐに殺意をむき出しにした瞳が私を睨んでくるのだから困ったものだ。やれやれガラスの十代は扱い難い……って私も十代か。


「あ、じゃあそしたら次は私が問題を」
「君って誰かに問題を提出出来る程の頭脳の持ち主だったかい? 無理しなくていいよ」
「えっ……?」
「え?」
「いや聞き返されても困るかな?」


ちょっと酷いんじゃないかなこの仕打ち。しかしあながち否定出来ないのが悲しいところ。勉強を中断されたこと、実は結構苛立ってるよね、リドル君。無理矢理連れて来たようなものだから、仕方ないか。

それにしても、何が嬉しくてホグズミードまで来て勉強しなくちゃいけないのかな。窓の外で楽しそうにはしゃいでいるホグワーツの生徒たちの姿が見えて、少し羨ましくなる。


「買い物に行きたいなら僕は止めないよ」


私をちらりともせずに、再び教科書を開きだす。リドル君の無愛想には慣れているけど、その言葉がやけに寂しく聞こえた。
残っていたバタービールを一気に飲み干して、椅子を立った。


「リドル君が一緒じゃないと意味ないもん。……いつも手、寒そうだったからリドル君の手袋買いに行きたかったのに」
「……は?」
「いいよもう、一人で買いに行っちゃうんだから。ショッキングピンクでハート柄のやつ選ぶか、ら、っ!?」


捨て台詞を残して去ろうとした途端、マフラーの裾がぐいっと引っ張られ、一瞬、首が締められる。
そうしてバランスを崩してよろけた時、自然と引っ張られた方向に身体が連れて行かれて、背中に感じる大きな温もりに受け止められる。


「買った後、すぐに帰って復習だから。……いいね? おなまえ」


いつの間にか席を立っていたリドル君が、私のすぐ背後でそう囁いた。驚いたせいかそれとも彼の顔が近いせいか、胸がどきどきと騒がしい。


「そ、そんなにショッキングピンクのハート柄がいやなの……?」


目を丸くして尋ねると、彼の眉間に皺が寄った。


「このまま呼吸を止めてあげようか」
「うぐっ! ちょ、や……めっ」
「いい顔だね」


唇を三日月の形にして、サディスティックな笑みを零すリドル君に、ぎりぎりとマフラーを力いっぱい引っ張られる。そんなことをしたらマフラーがかわいそうだ、でも私はもっとかわいそうだ!そう言おうとした声は、途切れ途切れで掠れた無様なものになる。


「リ、ド……っ!」
「何か言った?」


誰か助けてとじたばたしてみるものの、この席は物陰になっているため誰も気づかない。リドル君はそれを承知の上でやっているのだ。ばれないように悪事を働くのは、彼の専売特許だと私は密かに思う。

そろそろ気が遠くなるか、という所で突然リドル君が掴んでいたマフラーからぱっと手を離した。


「っは……はあ……う、」


圧迫されていた喉が、一気に楽になっていく。肩で一生懸命に呼吸を繰り返すと、彼は微笑んでぐしゃぐしゃと私の頭を力強く撫でた。いや、鷲掴みされているような気もするけど、きっとこれは撫でられているのだと思う、多分。


「はー……リドル君、ほんと私の首絞めるの好きだよね」
「君が一番笑える顔をするからね」
「んん? これ照れ隠し? 照れ隠しかなー?」
「まだ絞められ足りないのか」
「ほんとすみませんでした」


ていうか、他の人の首も絞めたことあるんだね、と広げていた勉強道具を片づけている彼を見ながら思いに耽る。
リドル君に首を絞められるのは、私だけの特権だと思っていたのに。私以外の、誰の首を絞めたのだろう。その人はリドル君と親しいのかな、私と同じくらいだろうかそれとも私より仲良しなのだろうか。そこまで考えた時、胸がギュッとなった。

店の外に出ると、先程来た時より人がまばらになっていた。大体の生徒が買い物を済ませて喫茶店などで休憩しているのだろう。
周りにあるお菓子屋さんや悪戯グッズのお店に目もくれず、まっすぐに洋装店へ急ぐリドル君の隣に並んだ。

ふと、黒いコートの裾から出る彼の白い手が目に入る。辺りを彩る雪に負けず劣らずのその色に、本当に寒くないのかと少し心配になる。
だから私はそっと、その手を包むようにして触れた。


「っ!」


驚いたリドルが、足を止めて私のほうを向いた。


「こっちのほうがあったかいと思って! ……だめ?」
「……別に。好きにしたら」
「えへへよかった」


ぶっきらぼうな返事だけど振りほどかれない手に嬉しくなって、握った手につい力を込めれば、一言「痛い」とだけ怒られた。慌てて力を緩める。


「ねえ、リドル君」
「何」
「私の首……あ、やっぱり何でもない」
「途中まで聞いておいて何でもないとか馬鹿にしてるのかい? 絞めるよ」
「いやほんとばかばかしいことだから、気にしないで!」
「君の存在自体が馬鹿馬鹿しいよ」
「はい!」


……まあ、つまり。
リドル君には私の首だけを絞めて欲しいなっていう、ただの私の勝手極まりない我儘なわけで。

ゆっくりと手先の感覚が消え、喉がからからに渇き、彼の手が添えられた首に神経が集まり、頭がくらくらして視界が彼だけになって、そんな私を見てリドル君が綺麗な顔で笑う。
あの感じ、けっこう嫌いじゃないの。
出来ることなら、あの表情を独り占めにしたいとも思う。

こんなこと言ったら本気で死ぬまで絞められそうだし、恥ずかしくって言えないけど。

だからこれは、私だけの秘密。リドル君には絶対に内緒の。

洋装店に着いたら、繋いだこの手も簡単に離れちゃう。
どうかこの道がずっと続けば良いのに、と何度も念じながら、そっと自分の首を撫でた。
きっとまた、うすピンク色の痕が残っているだろう。想像して、私は胸の高鳴りを抑えきれなかった。

 



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